第48話 洞窟

午前中の内に決着がついたので、少し前から気になっていた疑問をカリアに投げ掛けた。


「本当に今更ながら事なんですけど、オレ何処で保護されていたんですか?」


「ん?ああ、洞窟(ドウクツ)よ」


「洞窟?」


「そう洞窟」


洞窟ってなんだ。

なんでそんなところ居たんだ、雨宿りでもしてたのか?覚えてないけど。


「そこって行くこと出来ないですかね?」


「行きたいの?」


キリコが不思議そうな顔して言う。


「もしかしたら何でこんな離れた所に居たのかの手掛かりでもあればなーっと思いまして。ぶっちゃけて言いますとカリアさん達に会った日より前の記憶がぼやっとしてるんですよ」


「……ほう?」


「初めてそんなこと聞いたんだけど」


「あれ?言ってませんでしたっけ?」


「聞いてんさ」


「うん」


「あー、どうりで突然抜けたいとかいうと思ったわ…」


理解したと言うキリコによく分かってなさそうなカリアにアウソ、そしてオレ。


「アタシ達はライハが″勇者を抜けて逃げてきた人″って思ってたのよ。よく考えてみて、人が立ち入らない危険区域の森の奥深くの洞窟で重傷を負った元・勇者が倒れているのを発見した。で、あの勇者の噂を知っていたとして、どう考える?」


カリアが「うん」と声を出す。


「普通に行き倒れだと思うね。元・召喚勇者で、もしかしてっ…てのもあったから」


イメージしてみる。

そして前に聞いた勇者のあまりよろしくなさそうな噂を掛け合わせてみた。


「あー、これは完全にオレの言葉が足りてなかったですわ。すみません」


バイト先での報連相(ホウレンソウ)を徹底的に!と口を酸っぱくして言う支店長の顔が浮かぶ。あと言葉が足りないのを今後考えながら話そうと思った。


「過ぎたことだし、次からもうちょっと詳しく説明してくれたら良いよ」


「え?どういうこと?」


うまくイメージ出来なかったらしいアウソが首を傾けている。それを更に噛み砕いてキリコが説明するとようやく理解したらしい。


「という事なんで、洞窟に行きたいんですよ」


「こっちは構わないよ、ちょっと歩くけど」


「片道どのくらいだっけ?」


キリコが訊くと、少しだけカリアが考え、多分二時間半と答える。


「往復すると勿体無いわね。アウソ」


「ん?」


「あんたどうする?師匠と行く?アタシと一緒に買い出し行く?」


「じゃあ俺は買い出し行ってくるさ、荷物も二人で持ったら軽いしな」


「じゃあ、これでよし!ライハは私と洞窟、キリコとアウソは買い出しよ!」





◇◇◇





途中で簡単な食事を摂ってから二手に別れた。

猫をアウソに預けようとしたが、器用に爪をフードに引っ掻けて猛抵抗されたので放置した。今はフードの中で外をキョロキョロ見渡している。


村の外れから森の中へと入っていく、途中蔦に覆われた木製の看板があったが、カリアは気にせずズンズン奥へと入っていく。森は歩くにつれて視界が悪くなって行った。


道はない、ハッキリ言って獣道すら無い。

クローズの森の方がまだ歩きやすかったようにも感じる。


カリアが時々振り返り着いてきているかを確認してくる。


「大丈夫よ?」


「まだ大丈夫です」


「そう?まぁ弟子入りしたからには慣れて貰わんとね。うちのパーティーは基本『遊狩人(フリーハンター)』だから」


(遊狩人(フリーハンター)?)


「なんですか?それ」


「あんまり狩人(ハンター)には詳しくない?」


「はい」


短剣で進行方向で絡まっている蔦を切り開きながらカリアが説明をしてくれた。


「簡単に言えば″依頼があるから狩る″狩人(ハンター)じゃなくて、″依頼がなくても普段から活動している″狩人(ハンター)の名称ね。日々なにかしら狩っては素材屋に売ってお金を稼いだり、助太刀で別パーティーに混じって討伐したりしてる。一般のは普通に『狩人(ハンター)』か『冒険者』って呼んでる」


「長所短所とかあるんですか?」


「知名度がとかパーティーランクが上がり辛い所かな?あれは依頼達成の数に比例するし。あ、でも個人の狩人(ハンター)ランクは試験受けて合格すれば上がるから」


「なるほど」


しばらく歩きにくい箇所が続いたが、あるところから急に足元の草が減り、段々と歩きやすくなってきた。


「?」


目の前に垂れる蔓を邪魔だと退かそうとした瞬間、しゅるりと蔓が動いたような気がした。


「ライハ!」


「!」


「走るよ!!」


カリアが言うのと同時だろうか、周辺の太い蔓が鞭のように襲い掛かってきた。


「うわ気持ち悪い!!」


襲い掛かる蔓を必死で避けながら走っていたが、何かに躓いて転びかけた所に避け損ねた蔓が腕や胴に巻き付く。転びかけた原因は脛ほども高さのある白い茸の群衆だった。しかもそいつらは蜘蛛のような脚を生やしていて足元を4体程がチョロチョロと走り回っている。そしてその内の一つがひっくり返って8つの脚をバタバタ動かしていた。こいつに躓いたのか。


巻き付いた蔓の内の1本、蛇ほどの太さもある蔓が首に巻き付いている。首の蔓を引き剥がそうとしても利き腕に多く蔓が巻き付いていて上手く引き剥がせない。せいぜい蔓と首の間に手を突っ込んで首が絞められるのを阻止するのに精一杯だ。そうしている間にも蔓が体に巻き付いていく。


「フギャウ!!」


猫が怒ったような声を上げて首の蔓に攻撃しているが、よほど頑丈なのか外れる気配がしない。むしろ外されまいと絞まる力が一層強くなる。


(これヤバくねぇか!?)


そう思った時、右腕の蔓に強い衝撃が掛かり、するりと外れた。

視界の端に黒い物が映る。猫が首の蔓から腕の蔓にターゲットを変えたらしい。力を失った蔓の切れ端を踏みつけつつ猫は綺麗に着地すると、脚に体当たりを繰り返していたマタンゴを追いかけ回し始めた。


右腕が動く、チャンスだと首の蔓を鷲掴み引き剥がしに掛かる。

少しずつだが首の蔓が外れていく。


「!、げっ!?」


もう少しという所で別の太い蔓が三方向から襲い掛かってくるのが見えた。

が、首元でブツンと音がした。いや、蔓を伝って響いてきた。その途端首の蔓から力が抜け、ギリギリ襲い掛かってきた蔓を避ける事ができた。


「耳塞ぐよ!」


後方からカリアさんの声が聞こえて言われた通りに耳を塞げば後方から凄まじい破裂音と光が。


「ギャッ!」


足元の巨大茸複数へ猫パンチを炸裂させていた猫が突然の音と光に驚いて跳んできた。

それをキャッチすると服が勢い良く引っ張られる。


「今のうち!」


カリアの後に続いて全力で駆け出す、巻き付いたままだった蔓は走り出すとブチブチ音を立てて引きちぎれる。少しだけ振り返った時に見たのは幹の上半分が綺麗に切り取られた低い木数本と、白い煙を上げる何かに群がる無事だった蔓と茸の群れだった。





しばらく走り、息切れが酷くなってきたところでカリアはようやく速度を落とした。心臓が痛い。それに対しカリアは息を乱していない。


そこでようやく体のあちこちに巻き付いたままの蔓の残骸を捨てる。ついでに茸が体当たりを繰り返していたズボンに付いた小さい綿みたいなものを脚を擦り付けて落とした。


「いやー、吃驚したよ。まさか此処まで移動してきてるなんて」


カリアが短剣に残った蔓の残骸を払いながら言う。


「な…何だったんですか、あの蔓と茸は」


「食歩木(ヤテベオ)と歩茸(マタンゴ)の事?」


「そう、それです」


「ヤテベオはあの蔓だらけの木の事、マタンゴは茸の事よ。知らない?」


「知らないです」


カリアの説明曰く、ヤテベオは近くを通り掛かった人や獣、弱いマヌムンを蔓で捕獲し自身の中に取り込み養分にしてしまう。普段は動かないが、時折獲物を求めて複数の蜘蛛のような脚で移動するらしい。マタンゴは歩く茸の群衆。湿気の多い所やヤテベオの近くに良くいるらしく、見た目はシメジに似ていた。


「………食べれ…るんですか?」


「食べたら寄生されて全身から茸生えて数を増やすための肥やしにされるよ」


「ひぃいい!!」


マタンゴの本体はしたの脚が生えている所で、それ以外はただの茸なのだが、食べた者の神経を狂わせ五感を麻痺させ幻覚を見せる。そして少しずつ肌から胞子が噴き出し、茸に体を呑まれて自我は破壊されていき、その内人を襲うようになり、最終的に体を食い尽くされて崩壊して自我を持たないマタンゴの群れになる。

ちなみにお腹を空かした者にはとても美味しそうな臭いも発生させるとか。


と続く説明を聞いてさっきから鳥肌が止まらない。


「マヌムンの中にはそういう寄生系もいるから十分気を付けるよ」


「超気を付けます!」


腕の中で必死に毛繕いする猫を抱き抱えながら頭の中に『ヤテベオ』『マタンゴ』危険と赤文字でメモしまくった。





その後、順調に森の中を進んでいくと、大きな岩が木々の間から姿を現す。


「ここよ、ここ」


横向きに細長い裂け目がある所に辿り着き、カリアが小さな石を投げ込んだ。石は軽い音をさせながら洞窟の中を転がる。


「?」


「大丈夫みたいね」


カリアが裂け目へと脚を踏み出す。

それに続いて入ってみると、洞窟は薄暗く緩やかに下降しており思ったよりも広さがあった。奥の方にかけて狭くなりながら続いているが、先は暗すぎて良く見えない。


(お化けでも出そう…)


薄暗さにも慣れて地面や壁を見渡してみるとあちらこちらに飛び散ったように赤茶色の跡や何かの骨の山。壁には鋭い何かで削った後が複数あった。


「………、何か凄いものが棲んでいるみたいですね」


「正確には″棲んでいた″、よ」


カリアが骨の山から骨を抜き取り地面へと並べている。その隣には恐竜博物館で見る見事な骨格標本が完成していた。


「ここ数日、この洞窟はもぬけの殻。で、あんたを回収したのがそこよ」


指差した先には大量の赤茶色いものがこびりついていた。

腕の中から猫が飛び出し、赤茶色のものを嗅いでいる。その隣にしゃがんで赤茶色の物を触ると乾いており、指先に付いた物は軽く擦るとパラパラとした細かい粉になった。


「なんだこれ」


「血が乾いたやつ」


「!?」


急いで手をズボンで拭いて猫を抱き上げる。


(これ全部血!!?)


なんて恐ろしい所にいたんだ。


「獲物(エサ)として連れてきたやつがいるかもしれないと思って警戒してたんだけど、ここ数日いないとすれば移動したかもしれんね」


「獲物(エサ)…」


もしかしたら食べられる寸前だったのかと想像してしまい一気に血の気が下がった。


「あくまで可能性よ。もしかしたら既に主は移動していて、空になった此処に自分で逃げ込んだ可能性だってあるから」


どうか後者でありますようにとライハは祈った。




それからしばらく調べたものの特に記憶に繋がるようなものは発見できず、奥の方は気になったが軽く覗く限りでは急な坂になり、足場も悪くなっていっている。そして石を投げ入れてみたが相当な深さがあるのが分かり、何だか怖くて止めた。


そして、カリアが組み立てていた骨だが、オレが調べ終える頃には骨の山は無くなり、その代わりに12体の骨格標本が完成していた。








「あそこと、そっちに一個ずつ投げて」


「はい」


カリアの指示に従いヤテベオ&マタンゴの対秘密兵器の黒い玉を投げ、着弾する前に耳を塞ぎ目を瞑る。瞼の裏が一瞬だけ明るくなり、目を開けると蛇のような蔓と茸が煙の所へと群がっている。その側を気付かれないようにそそくさと走って逃げた。


黒い玉はカリア曰く『発光音弾(ハッコウオンダン)』という名前で、着弾すると凄まじい音と光を発して標的の目と耳を潰し、立ち上る煙には獣の血の臭いが拡散するようにしている。ついでに破裂した衝撃でしばらく熱が発生するので、ヤテベオやマタンゴのように熱を感知して襲い掛かるマヌムンの気を逸らすのにもってこいなのだという。


ちなみに猫は大きい音が苦手らしく、服の中に潜り込んで震えている。猫暖かい。


帰る時に森にいる寄生系マヌムンや獣の特徴、弱点何かを教えてもらい、その度に頭のノートに刻み付けるようにメモをした。


それからは特にマヌムンに遭遇することなく森の中を進み、空が赤くなる前に宿へ戻る事ができた。



結局手掛かりを見付けることは出来なかったが、その内思い出すだろうとライハは考えるのを放棄した。



夜、ご飯を食べてカリアの部屋へと集まる。


「サグラマまではだいたい20日ほど。直線で行けばもっと早く着けるけど、今回はライハが加わったからね。チクセで駿馬(シュンバ)を調達する」


「シュンバ?」


「駿馬知らんば?ここいらじゃ良く移動するとき使うけど」


「西の方は良く爬竜馬(ハレーバ)を使うって聞いたことあるね。楽しみにしていると良いよ爬竜馬と違って可愛いから」


可愛いらしい。


「チクセまでは13日くらいかかるから、今日はしっかり休むこと!解散!」

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