第47話 手合わせ

翌朝、ルツァとマヌムンの襲撃があったのにも関わらず村はさっさと復旧作業に入り店によっては開いている所もあった。


その通りをカリアの後ろについて歩いている。


『パーティーを抜けるための手合わせ』


通称『離別の儀』というものがあるらしい。

おめでたなどで抜ける意外、よほどのことがない限りはパーティーで突然抜ける時によくやるやつらしい。


といっても最近はやらないパーティーが増えてきているが、ちゃんとしとした師匠から手解きを受けている人等は餞別の意味でやるらしい。

これによって下剋上的なことも起こるらしいのだが、オレの場合はまた別の意味でやるのだとか。


しばらく通り沿いに進み、途中の小道へ入る。小道といってもアスファルト等で舗装されている筈もないから獣道を少しマシにしたくらいか。


オレの後ろからキリコとアウソも付いてきているが会話はない。というか、言い出しっぺだから気まずくて話し掛けずらかった。

ならばと猫をフードから取り出したのだが、眠かったのか不機嫌だったのか『触るな』と手を咬まれてしまったので諦めた。


しばらく歩くとぽっかりと空いた場所に出る。


獣道の先にある広場にも関わらずその広場は地面はきちんと均(ナラ)され、広場を囲む木も種類が統一したものを均等な距離で植えられたようだった。


「ここはこの村の闘技場よ。この辺の村はだいたいこんな感じの闘技場があるね」


広場の中心でカリアの歩みが止まり、荷物をキリコへと預ける。


「今回は私が言い出した離別の儀だから、私と同じ条件で戦わなくてもいい。好きな得物使っていいよ。アウソ!」


「はい…」


アウソがオレの荷物を預かってくれ、昨日までアウソの練習棒を入れていた袋を差し出してきた。

何だろうと中の物を取り出してみると一振りの片刃剣が出てくる。


「これ…」


「ギルドから借りてきたんだけど。剣使うって言ってたからさ。あのカリアさん相手だとその腰の得物はキツいかもしれんから」


確かに、ルツァ相手にしてて傷一つ無かったって言ってたからな。凄く助かる。


「無理だけはすんなよ。怪我治ってきたのに無理したら元も子もねーからな」


「ありがとう。アウソさん」


フードの中で丸くなってウトウトしていたらしい猫と黒棒と空の袋を受け取ったアウソがじゃあな、と手を軽く挙げ広場の端へと避難していく。


キリコはカリアの近くにいて、何かを手伝っていた。手にあるのはロープ。それでカリアの右腕を後ろへ回し、動かないようにきつく固定していた。


「ルールを説明するよ」


「はい」


「この『離別の儀』は私なりの餞別も入っている。よって、いくつか追加ルールもあるから良く聞くよ。

まずはお互いの要望を宣言し、負けた方は相手の要望を必ず実行する事。ライハはパーティーを抜けるって要望を開始前に宣言するよ。

勝敗は相手に“膝を着かせる”か“背中かお腹を地面に着けさせる”もしくは“参りました”と言うまで。その時点で『離別の儀』は終わる。

で、こっからが追加ルール。昨日のルツァの話を聞く限り、私とライハでは力の差が大きい。雷系魔法使うらしいけど、言霊式であれ陣式であれ使うのはいいけど基本あまり私には効かないと思った方がいい。なので私がハンデとして行動を制限する。まず私は左手しか使わない。そしてーー」


カリアが爪先で円を地面に描き、その中に立った。


「この円から出ない。そしてもう一つ」


固定されていない左腕がこちらへと向けられ、指を一本だけ立てた。


「ライハ。私に攻撃を一回でも当てられたらそっちの『勝ち』とする」


「一回でも、ですか?」


「一回でもよ」


マジか。


カリアの提示したルールは圧倒的にこちらが有利なもの。しかもカリアの行動は制限され、あの円から出ないとなると攻撃を避けるのも大変だと思うのだが。


(……それだけしないとオレが勝つ見込みは無いと見られているのか)


なんだか前にシンゴとの手合わせを思い出した。あれは凄く腹が立った。確かにオレは弱い、けれども一番ムカついたのはあのあからさまにバカにした目。見下し、オレには絶対に負けることは無いと思っていたのだろう。


改めてカリアを見る。


あの時と状況は似ているが、明らかに違うのはその目だった。

バカにした様子も、見下した様子もないその紫の瞳は、ただただ静かにオレを見ているだけだった。


「分かりました」


剣を構え剣先をカリアへ向ければ、キリコが二人の間に立ち双方を見てから言う。


「お互い、宣言して下さい」


キリコがこちらを向く。


「パーティーを抜けさせて下さい」


次いでカリア。


「離別の儀が終わった後、もう一度ライハの意見を聞かせて貰うよ」


予想外の宣言に驚きカリアを見ると、カリアの口許に笑みが浮かんでいた。


キリコが安全地帯まで下がり、片手を上げる。


「それでは、『離別の儀』開始!!」


大きく息を吸い込み身体強化を発動。

昨日ので少し筋肉が痛んでいたが短時間ならダメージは小さくて済む。強く踏み込み距離を一気に詰めると横凪ぎに振るった。避けられるだろうなとは思っていたが見事に避けられた。

カリアの背中を滑るように通過した剣、カリアは上体を前方に倒している。それを狙っての蹴りを入れようとするもこちらもスルリと空を切る。


視界下方からの影に気付いて慌てて後ろへと飛ぶと、鼻のすぐ先をカリアの左手が風を纏って通過。危ない、顎を打ち抜かれる所だ。


(正面は良くないかもしれない)


少し卑怯な気もしたが固定されている右を狙うしかない。


しかしそうは思ってもカリアは半身の姿勢を崩す事なくいくら攻撃を入れてもスルリスルリと空を切り、ほんの僅かな隙でさえカリアの左手が蛇のように襲い掛かってくる。正直、こっちの身体強化の方が切れそうな気配がする。その内ハンデとは何かと思考が吹っ飛びそうになり掛け、それを振り払いながら剣を、蹴りを放つ。


(駄目だ。このままじゃ勝てない。どうすれば。魔法を使う?

いや、オレの魔法は相手に触れないと効かない。身体強化ももうすぐ切れる、切れる前に何とかーー)


「い゛っ!!?」


突然激痛が剣を握る右手首から腕全体を駆け巡る。

カリアの人指し指と中指が手首のある一点を突いていた。凄まじい痛みに痺れ、カクンと手の力が抜けたかと思うと剣がすっ飛んで行った。あ、と思うも間もなくカリアの手が胸元を鷲掴み次の瞬間には視界がぐるんと回って。


「………まじか」


気付けば地面に大の字で倒れていた。

瞬間的ではあったが叩き付けられた背中と脚がズキズキ痛み、叩き付けられた時に肺の中の空気が強制排出されたせいか頭がボーッとしている。


「私の勝ちよ」


胸元を掴んでいた手を離し、カリアはオレを見下ろした。


「私と戦ってみてどうだった?」


「強かったです、隙がありませんでした…」


「だいたいこれくらいのハンデでお隣で戦争中のビャッカ諸国兵士くらいの強さよ。どう?生き残れそうか?」


「…………いえ、難しいかもしれません…」


隠れて移動したとしても、いずれ対戦することがあるだろう。悔しいが、ホールデンへ辿り着ける自信が無くなった。


勝敗が着いたところで避難していた二人が駆けてきた。

キリコがカリアの拘束を解き、自由になった腕を回しながらすぐ近くへと座る。


「ちなみに私は一月でお前をビャッカ諸国兵士と互角に戦えるようにする自信がある。そうすると今では無力な子供のように鷲の爪に狙われる事もなく、何かあったときに逃げ切れる

可能性を高めることが出来る。ちなみに今のお前は片手だけで私は5分掛ける事無く殺すこと出来るよ。なんせ戦い方がなってない上に隙だらけだからね」


「………」


悔しいが、その通りだった。


戦い方だって、訓練を受けてはいたものの解呪のせいで練習不足で、ほとんど筋トレや素振りであった。

今更ながら考えが甘かったと思う。


戦争中という言葉でさえ、あちらにいたときも縁遠いものであったし、隠れながら移動すれば、もし見付かっても身体強化で逃げ切れると思っていた。それ事態が甘い考えだったのだ。


この世界は普段から魔物やルツァが現れ、それを退治しているのだ。それを争いなど知らない平和な所からきたヤツの考えが楽天的過ぎていた。はっきりいって舐めていた。


あんだけハンデがあったカリアに身体強化を施した攻撃はかする事すらしなかった。しかもあのハンデでビャッカ諸国兵士と同じくらいという。


「せっかく流れでとは言え私の弟子にしたんだから、最低でもそこらのちょっと強めのマヌムンくらいには殺られないくらいにしたいと思ってるんよ。それに、そのホールデンに行くのだって別にそこまで焦らなくてもいいんじゃない?どうせ徒歩なら時間かかるし、多少遅くなっても変わらんから。ってのが私の意見なんだけど…」


どうよ?とカリアがオレの返答を待っている。


オレは考えた。

前にも思っていたんだが、この人はなんでこんなオレに良くしてくれるのか。

お人好しなのか、それとも何かあるのか。


「カリアさんは、なんで見ず知らずの他人であるオレにこんなに良くしてくれるんですか?」


思わずそんな言葉が出てしまった。


それに対してカリアはキョトンとした顔をし、次いでブハッと吹き出した。それを見ていた二人もつられたように笑い始めた。


笑い続けるアウソの腕から猫が抜け出てオレの所へとやってくる。猫を抱き上げながら座り直し何で三人が笑っているのか理解できないままはてなを浮かべるしかない。


ようやく笑いが収まったらしいカリアのがオレの肩をバシバシ叩きながらニカッと笑った。


「バカだな~、そんな事思ってたんか。

ぶっちゃけね、私の趣味なんよ。何の巡り合わせなのか、昔から拾ったり拾われたりが多くてね、そこのキリコも拾ったし、アウソも預かっているようなもんなんよ。鷲の爪は単純にアイツら大っ嫌いだから」


うんうんと笑いが収まった二人は頷く。


「例えばだけど、運良く拾ったのを小動物を野に放った瞬間、キツネに襲われてしまうのを自然の摂理だって事で諦めて見る事出来なくてね。

ただの自己満足なんだけどさ、せっかく拾ったんだったら、せめて返り討ちに出来るくらいにはしときたいんよ。だから、もしまだ抜けたいってんならもう引き留めたりしないし、何も言わんよ」


「俺はせっかくできた男仲間がいなくなるのは悲しいさ、友達ができたみたいな感じだったから」


「アタシは利用できるもんは利用した方が良いと思ってるわ。拾われ同士からの言葉だけど、師匠はちょっと変わり者だけど、良い飼い主よ。ちなみに師匠はお人好しなわけじゃないの、今回だって運良く拾ったような感じだから。アタシだったら向こうからノコノコ来た獲物は見逃すより食らい付くわよ」


「…キリコ、例えがアレな感じは相変わらずね」


「アレって何よ、アレって」


キリコがムッとしたような顔をしてカリアを見詰める。何だかキリコが犬に見え始めてしまった。


「うちらの意見はこんな感じ。最後、ライハの意見を聞かせるよ」


冷静に考えてみればオレはここでの生き方を知らない。多少ホールデンで読んだ本でホールデン周辺の国の事や魔物の事は知っているが、それだけだ。お金の知識も浅く、知らない事だらけ。


運良く拾った小動物。

その言葉がやたらしっくりきた。


焦っても仕方の無い事なのかもしれない。

静かに言葉を待ってくれている三人に頭を下げる。


「よろしくお願いいたします」


「うん、よろしくよ」


この日、オレは正式にカリアさんの弟子となったのだった。

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