第49話 いざサグラマ!
翌日、しっかり食べて残り少ない(主に猫の所為)薬を飲んだら自分用の荷物を背負った。
「結構重い」
10kgはあるんじゃないだろうか。
見た目はこそまで重そうには思えなかったが、やっぱり長距離旅するにはこれくらいの荷物は必要なのか。
「ニャーゥ」
首もとで猫が鳴く。
お前は良いよな、乗ってるだけだし。
「準備は良い?」
大丈夫と皆返事をしたのを確認すればカリアは大きく頷いた。
「じゃあ出発!」
塞がりたての傷口を労りながら三人の後を着いていく。太陽が容赦なく照り付け気温が時間と共に上昇していくが、道の両端が森なので四人は出来るだけ日陰を歩いているので関係ない。そして時折森から涼しい風が吹いてきて定期的に体温を下げてくれるので最高です。遠足の気分。
「んー、やっぱりウリズンは良いね。歩きやすい」
「そうね、今だけだもんね」
前を歩くカリアとキリコが気持ち良さげに言う。また風が吹き、歩くのに邪魔にならないように高く結い上げている二色の髪を揺らした。
「アウソさん」
「んー?」
「ウリズンってなんですか?」
「えーと、ウリズンっていうのは…」
アウソの言葉が止まる。
恐らく理解しやすい言葉を探してくれているんだと思う。その証拠にアウソの目線がやや上を向いていた。
「今の季節の名称の一つで、本格的な雨季に入る前の過ごしやすい時期の事なんだけど…分かる?」
「?」
ちょっと分からない。わかりそうで分からなかった。
てっきり何月頃的な、そんな感じの返答が返ってくるとか思ってたから予想外だった。
そういえばここの世界は四季があるのかも知らない。
(あれ?そういやホールデンは少し寒かったような。ここより北だからか?)
「ライハ」
やや混乱しているところへキリコがスピードを落としてやって来た。
「寒い季節と熱い季節があるのは分かる?」
冬と夏の事だろうか。
頷いた。
「その二つの季節の中間、寒い季節から熱い季節になる途中で雨の季節があるの。ウリズンはその雨季に入る手前の季節の名称のひとつの事よ」
わかった?とキリコが確認してきたので、分かりましたと答えた。
何となくだが《春》の事なんだと理解した。
「なるほど」
「さすがキリコさんさ」
「あんたの説明固いのよ。もっとサクッと簡単にしたほうが分かりやすいわよ」
「えー、まだ固いばー」
二人の会話を聞きつつ、オレは頭のノートにこの世界にも四季的なものがあるとメモをした。
さて、そこからは主に体力勝負。
ウリズンという大変心地良い季節で合ったとしても歩いていれば暑くなってくるし鈍った体は疲れやすい。おまけに旅初心者。
そんな初心者のオレに旅に必要なことだからと三人は色々教えてくれた。ここら辺に現れるマヌムンや美味しい食べ物。お金の単位、そしてマテラでの常識等だ。
「ライハはよく謝ったり頭下げたりするけどさ」
「お辞儀のこと?」
「そう、それ。そのおじぎってのはあまりしない方が良い、あとすぐ謝るのとかも」
「何でですか?」
「何でもないのに謝ると、俺の方が強いと勘違いした馬鹿(フラー)がもっと変な要求してきたり、つけ込んできたりするのが必ずいるばーて。特にお前なんか目がそんなだから獣人族とかに思われて見下されたり、下手したら騙されて売られたりするからな、知らんやつには出来るだけ悪い事したとき以外は謝んなよ」
「はい」
「そんで、頭下げるのはおじぎ知らんやつから見たら、一番やりたくない奴隷の礼するのかと思われるから。普通に頭上げたまま謝るだけで良い」
「うぇ、マジですか…」
言葉が通じるからと言って自分の常識と同じと思ってはいけない。国によって、さらには地域によって常識は、様々だ。特にこの世界では奴隷や人身売買が普通にあるのだ。気を付けなければすぐにやられる。
ちなみに奴隷の礼は両腕を完全に後ろに回して拳を作って頭を深く下げる。完全に抵抗の意思がないことを示すためだ。そこからさらに両膝を着いて、額を地面に擦りつけるらしい。
土下座よりもひでえ。
「……あれ?そういやオレのアレは大丈夫だったの?」
「アレ?」
「離別の儀でオレがカリアさんに『よろしくお願いします』って頭下げたやつ」
「あー…、あれは…うん。コーワの最高礼知らない奴から見たら完全アウトだったかな」
「気を付けよう。本当に気を付けよう」
「挨拶とかは『オラ』な。たまに訛りで『オンラ』っていう人もいるけど気にすんな。お礼は握手か『グルァシアス』と言えば大丈夫。基本共通語話してるだろうから、少しずつ覚えれば良いさ」
教えてもらった事、というかさりげなく共通語とは何かと訊ねると凄い昔に世界中を巻き込んだ戦争があった時に国同士で言葉が通じず連携が取れないのは不味いと言うことで言葉を統一させるというか事があったらしい。
しかし母国語を捨てられる筈もなく、それによって色々問題はあったが人類共通語という事で覚えさせる事になった。結果年齢によって喋る言葉が違うという事態が発生しているのだが、これによって世界中ある程度の意思疏通がとれるようになったらしい。
まるで英語のようだ。
小さく覚える為に教えてもらった言葉を反芻してるとキリコがそういえば、と言う。
「あんたマテラ語の聞き取り上手いわよね。聞いたわよ、湯屋のオバァの会話を聞き直さなかったって。あの人8割マテラ語混じりで話すのに」
湯屋のオバァと言われて、あの陽気なおばあさんを思い出した。訛りは凄かったが聞き取れない程ではなかった気がするが。
「そうですか?普通に聴けましたけど」
「共通語は分かるけど、マテラ語やマテラ訛りが強いと聞き取りにくい人が多いわよね。アウソも初めは全然聞き取れなくて、あの時結構面白かったわ」
「だってマテラ語ってさ、訛含めて言葉が跳んだり巻いたりするじゃん、しかも喋るのはえーし!」
「そんなに早い?ていうかそれ言うならルキオ語も大概よ?」
「確かに…」
そこへカリアが参戦。
「こっちも師匠がちょいちょい喋ってたから慣れてたけど、そうじゃなかったらチンプンカンプンだったよ」
「ええー」
何でという顔をしたアウソに、遠い目をしたカリア。そして分かる分かると頷くキリコ。
「そんな違うの?」
「試しに聞いてみる?」
キリコがちょいちょいとアウソの肩をつつく。
「アウソ、ちょっとルキオ語で話して」
「別に良いけど」
どんな言葉だろうかとワクワクしながら待つ。
マテラ語が関西弁っぽかったから、ルキオ語もどっかの方言なのだろうと、ちょっと変な確信があった。のだが。
「じゃあ、I'e Laiha.
Won-n'u ktba ansi wkaly n'e-n y'aibin?
Won-nkai Rukio-gch ya Kyo-tyu-gch nkai chk'asan.
ankto Matira-gch yorim wkaly um-y'aibin siga...、どう?」
「………ん?なんて?」
聞き取れる気がしない。
聞き取れたとしても全く分からない。
「ほらー、やっぱり難しいじゃない!」
「何て言うか、こう、全体的に伸びる言葉ですね」
んむーとか、ねーんとか、よく分からなかった。なんかタイとか、インドネシアっぽい感じ?聞いたことないけどそんなイメージで聞こえた。
「聴いていればその内分かるようになるわ、耳が慣れてくるから」
この世界の言葉で苦労はしなさそうだと思った矢先に叩き折られ、もしルキオに行くときの為に言葉を習っておこうと思った。
定期的に休みつつ歩き、お昼のバム(固いパン)のサンドイッチを食べつつ進む。歩いている方向が変わってきたのか風が変わってきた。向かい風が辛い。
「このペースだとリオコスタまでギリギリね」
「少し沈んじゃう?」
「そうね」
空を見ていたカリアに習い見上げる。よく晴れた空に薄い雲。反対側、シルカ村の方にだいぶ高度を下げた太陽が煌々と輝いていた。
リオコスタというのは野宿に適した場所の事である。意味はマテラ語で『川の瀬』と言う、マテラの人は道を川として例える事が多いから。
昔からこの道を旅した人達はだいたい同じような所で野宿をする。それを何年も繰り返すうちに野宿しやすくする為に除虫草や食べられる草を近くに植え、土を均して広場を作る。結果、旅人達はそこを川の入江のようだと言うことでリオコスタと呼び、現在では1日の移動の目安にもしているらしい。
しばらく考えていたカリアだったが、仕方がないと言うように少しだけ息を吐くとキリコに言った。
「ちょっと先行ってるよ」
「わかった。アウソ、これお願い」
「うーす」
アウソは大小二つある荷物の小さい方を預かると、キリコは軽く足のストレッチをし、よしと一言いうと走り出した。残された荷物でもオレと同じか、それより少し大きめの鞄を背負いながらあのスピード。感心している間にキリコは道の向こう側へと消えていった。
「はえー」
「これで肉は大丈夫ね」
「肉?」
「野宿所(リオコスタ)にも特別な所がいくつかあって、今夜着くところは運が良ければ肉が確保できるんよ」
カリア曰く気の効いた誰かが森の比較的浅いところに甘い果実のなる木をたくさん植えたらしく、それを狙って鳥や獣が来るという。水が確保できる所もあれば、人が食べても大丈夫な果実の木もあるとか。
「今夜のは食べれるやつですか?」
「食べても良いけどお腹壊すぞ」
今夜のは人間用では無いようだ。
それから更に歩き続け足がパンパンに張り始めた頃、とうとう日没までの時間が本格的にやばくなってきた。東の空はすでにオレンジから紺色へと姿を変え始め、一番星が瞬いている。
「急げー!駆け足ー!」
「オー!」
「ファイッオー!」
部活かよとツッコミを入れたいが、完全に太陽が沈んでしまうと野宿に必要な準備が何一つ出来なくなってしまう。キリコが先に行ってはいるが、全てを任せてしまえばオレの練習(野宿したことがないと明かした)にならない。前ウルズマ遠征の時は従者の人達がほとんどやってしまっていたからな。
でも、さすがに10キロ背負って駆け足(いやもうこのスピード駆け足じゃない走ってる)はキツい。足の裏痛い。昔漫画でよくある手足に重り着けて修業しているキャラがよくおりましたが本当にそんなに辛いのかと思ってたけど正直舐めてたと思うしとても辛いです。それなのに前方を走る二人の涼しい顔ときたら。キリコの荷物も持っているアウソも息切れはしていない。基礎体力からして違う事を実感して軽く落ち込んでいる。
そしてそれから約15分ほどで、念願の野宿所(リオコスタ)へとたどり着いたのであった。
「おつかれ、鳥3羽手に入れといたわ」
「ありがとう。じゃあ仕度しようか」
ヘロヘロになりつつ荷物を下ろし、ついでにフードでゴロゴロしていた猫も下ろすと早速見知らぬ場所を確認するようにあちこち臭いを嗅ぎに行った。
「遠くに行くなよ。さて」
腰ポーチから布と氷雹石を取り出し、それをくるんで首の後ろへ宛がう感じで固定した。良い感じに体を冷やしてくれ、やる気が出てきた。
「何かやることありますか?」
鳥を手慣れた様子で捌いていた二人の元へ行くと、あっちを手伝えと言うように広場の中央、石が円状に並べられている所へ座り作業をしているアウソを指差した。
「何か手伝うことありますか?」
「あ、じゃあこれ頼むさ」
手渡された白いやや厚みがある布が巻かれた石みたいなのと鉄で出来たような板を渡された。板は掌に収まるほどで、先端に行くほど薄くなっている。
「これは?」
「火つけたことある?」
アウソの問いに首を横に振る。
あちらでもキャンプ等はしたことがあったが、火をつけるのはバーナーやマッチでしかやったことがない。
「そーか、ならちょっと手本な。貸してみ」
石と板を渡すと、石を左手に持ち、板を右手が先端を下にして持つ。
よく見てみると全体に布が巻いてあるわけではなく一部だけ剥き出しの部分があり、そこから石の表面を見ることができた。黒いざらっとした見た目の石だ。
「だー、見ててみ。こうやるばーて」
ガツンと剥き出しの石と鉄がぶつかる。その瞬間大きめの火花が飛び散り、爪の先ほどの火の塊がパラパラと落ちた。
火の塊は土の上に落ちると少しだけ燃え、そして白い粒になって消えてしまった。
「これとこれをぶつけて、出てきた火の粉を下の草に落とすんだ。凄い乾燥させて解したやつだから、何回かやっていれば燃え移るから、それを細い枝から太い枝へと継ぎ足して大きくしていくんさ。わかった?」
「わかりました」
再び手渡された、見た通りにやってみる。
これが意外と難しく、角度が悪いと火花すら出ない。ずっとガツガツやり続けてたら猫が興味津々でやって来た。
食べ物じゃないぞ。
「お!」
そして遂に安定して火花が出る頃には真っ暗になってしまっていた。
「急げ急げ!」
火の粉を密集させて何度も同じ所へと落とす。
そうすると、草が小さな煙を出し始めた。
「こっから俺がやる。見てろよ」
団扇のようなものをしきりに動かして風を起こしながら少しずつ草が赤く染まってくる。そこへ細い枝、そして普通の枝へと大きさを変えながら継ぎ足していき、やっと焚き火へと成長した。
「火をつけるって、大変」
「まぁな、何があるか分からないからうちは子供の時に火の付け方を習うんさ。ほんとは撃炎石(ゲキエンセキ)があればもっと楽なんだけど。あれは高いからなかなか、な」
「撃炎石…?」
「ん?どうした?」
腰の鞄から袋に包んでおいた石を取り出す。
そしてそれをアウソに見せるとたちまち「は?」と言いたげな顔になった。
「オレ、撃炎石もってましたわ」
「早く言え!」
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