第12話 望月家の憂苦と朝

「な、なあ凜香。ちょっと話があるんだけど」


「ねえ、湊?」


「ん?」


振り返ると、凜香が立っている。

いつもは見せない、恍惚とした表情で俺を見ている。

俺は手に持ったペットボトルをあおる。


「ねえ、、湊って、すっごくカッコいいよね」


「ぶっっ!!!」


お約束と言わんばかりにジュースを吹き出す俺は、我ながら滑稽だ。

目を白黒させながら、俺は凜香を凝視する。


「ど、どうしたんだいきなり?変なもんでも食ったか?」


「ううん・・・かっこいいよ湊・・・世界で一番、カッコいい・・・」


「え?ええ・・・?」


「みんなも、そう思うよね?」


そう言いながら彼女が後ろを振り返ると、建物の影からわらわらと女子が溢れてくる。

俺には純粋な恐怖が芽生える。


「うん、望月君、かっこいい・・・」


「宇宙一、素敵・・・」


「あたしと付き合ってください!」


「ずるい!私と!」


「いやウチと!!」


じりじりと詰め寄ってくる女子たち。

恐怖を何とか抑えつつ、俺は一人の女子の姿を探していた。

いない。いない・・・。


はあ、とため息をつくと後ろから。


「はあああ!?あんたたち、バッカなんじゃないの?」


待ち望んでいた声がした。

だが、その言葉は待ち望んでいなかった。


さらりと茶髪を泳がせ、栞里が演説する。


「こいつのどこがカッコいいっていうの?ただの地味で平凡でコミュ症な男子じゃない!?みんな目を覚まして!お願いだから、目を覚ましてえぇ__っ!」


栞里の演説に魅了されたように、多くの女子たちが謎の魔法から溶けていく。


「あれ?なんで私望月なんかのこと・・・」


「ああー、あほくさ!」


「ごめんね湊~!じゃあ!」


立ち去っていく女子を尻目にぱたりと膝を地面に着くと。

栞里が勝気な目で、俺に向かって言葉を吐く。



「この…モテない男子がああぁぁっ!!!」



__



「ぁああああああああああっ!?」


目が、覚めた。

大量の汗をかいている。

___なんだ、夢かよ。


大きくため息をつきながら、昨日の夜を思い出す。

凜香にどう話しかけようかと迷っていたから、こんな夢を見たのだ。

こんな夢、見たくなかった・・・。

悲傷しながら、俺はベッドから降りた。

制服に袖を通しつつ、いつもより早く家を出ることを決心する。

凜香と話をしなければ。

俺はいつも家を出るのが遅いため、凜香と通学途中に会うことはないのだ。

だけど__あれが、本物の動画だったりしたら?


階段を下り、いつものように朝食の匂いを嗅ぎあてようとすると。

いつものいい匂いがしなかった。

おかしい。

今週の食事当番は、美陽のはずだ。


まだ寝ているのか・・・?困るんだが。


また階段をひいひい言いながら上り、美陽の部屋までたどり着く。

ためらいもなく部屋を開けようとし、俺は止まった。


・・・・・。やっぱり、まだ・・・、、・・・。


トントン、とノックする。

返事がない。

思春期盛りの中三女子だ。

勝手に部屋に入ったりしていいものなのか。

だが。


「…美陽、入るぞ」


かちゃ、とノブを回すと、女の子らしい清純な部屋が現れた。

やはり、すうすうと寝息を立てながら眠る美陽。

吐息しながら、少々畏れ多くも彼女の寝顔を覗き込む。


そして、俺は息を呑んだ。


彼女の頬には、涙のすじが光っていた。

もぞもぞと動いたかと思うと、ころ、と寝返る。


「おか、あさん…」


言葉を失う。

俺まで泣きそうになる。

___やっぱり、まだ。


「ごめん、、」


俺はかちゃりとドアを閉め、廊下に出た。

ずるずると壁に寄りかかり、嘆息する。


___強くならなければ。


時計に目が行く。

7時半。

しちじ、さんじゅういっぷ__


「えええええ!?」


思わず叫び、意味もなく足踏みする。

今日は、今日こそは、凜香にコンタクトしようと思っていたのに。


「おはよお兄ちゃん・・・どうしたの?」


いきなり美陽が現れ、どきっとしながらも喚く。


「どうしたもこうしたもねぇよ!もう七時半だよ!」


「ええええええええええ!?ホントだ!うわマジか!お兄ちゃん起きてたなら朝ご飯位用意してくれればよかったでしょぉ!?」


「お前が当番だったじゃねぇかよ!!」


さっきまでのシリアスな雰囲気が嘘のように、いつもの朝の日常だ。

俺は美陽の頭をぐいっと押さえつけると、先に立って歩き始めた。



美陽は、湊の押さえたところを自分の右手で、ぽんと叩いた。

そして、たまらなく泣き出しそうな顔になって。

そのまま、兄の姿を追いかけるのであった。















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