第10話 喘ぎ声の災難
「お兄ちゃぁーん?ねえ、ちょっとそこのあたしのコップとってー」
「・・・・・」
「・・・?お兄ちゃん?」
「・・・・・あ、、?なんか言ったか?」
「え?だからコップ取ってって・・・ああもういいよ自分で取る」
「あ、ああ、すまん・・・」
美陽はソファの上から振り向いた。
心なしか目に心配そうな光が浮かんでいる。
「大丈夫?なんかおかしいよお兄ちゃん」
「え?そうか・・・?」
「ん。なんかあったのー?」
美陽にバレるほど俺は不安そうな顔をしていたのだろうか。
不甲斐ない。
そして_美陽は、何か知っていやしないだろうか。
「あのさ、凜香のことなんだけど」
「凜香ちゃん?」
「うん。なんか・・・言ってなかったか?」
「ええ?最近会ってないしなぁ・・・特に何も」
「そ、っか・・・ごめん」
「んー」
そのまま美陽はテレビに見入ってしまう。
美陽と凜香はなぜか仲が良かったのだが、彼女も何も知らないという・・・。
美陽に何も話さないということは、俺になんぞ事情を話してくれるわけがない。
***
「・・・って感じだった」
「・・・そう。うーん、難しいわねぇ・・ってかまあ虐めとかじゃないのかもしれないよ?もしかしたら。そんな深刻なのを見たわけじゃないしさ」
「そう、だなあ・・・。今日も行ってみるか?」
「・・・うあああああああ!!!」
「!?」
いきなり迸った絶叫にビクッとする。
栞里はハアハアと息を荒げながら膝に両手をついた。
「、、、っなんで、こんな、お悩み相談なんかを真面目にしなきゃいけないのよぉ!!」
「そ、それは同感だけど・・・」
「クイズ大会、近いのよ!?そこで勝って、賞金もらわないと・・・!部費が・・・部費がぁ!!」
「あ、ああ・・・少ないんだな?ってか、まあ成立さえしてないけど・・・成立しても部費なんてなぁ・・・」
「もう!・・・とか言ってもしょうがないのかぁ・・・。はあ。まあ、凜香ちゃんはすごいよね。私、知ってる」
「え?そうなの?」
「ん。一年の時、音楽室の場所が分かんなくてウロウロしてたら、教えてくれた」
「子供かよ・・・」
まあ、凜香らしいといえば凜香らしいし、、栞里らしいといえば栞里らしい。
凜香は昔からお人よし過ぎるところがある。
「でさ、とにかく私、今日は塾があってね。行けないんだ・・・ああ、もうこんな時間じゃない、教室入んなきゃ。じゃね!」
さらりと髪を揺らして教室に入っていく栞里を、ぼおっと見送ってから我に返る。
さて、どうしたものか。
「ええ~、今日は前回の復習を・・・」
やたらと頭が寂しくなってきてしまったオジサン先生が、講義を始める。
俺の頭の中には。
___やべ、なんかメールきた・・・!
ポケットの中の携帯が振動している。
このまま開かないと、ちゃらりらり~ん♪という何とも優雅な音楽が流れてしまう。
くっそ、マナーモードにするのを忘れていた・・・!
不覚だ。
「ええ~、今日は、二次関数のぉ~」
すまん先生。
二次関数なんぞ弄っている場合ではないのだ。
隣の女子に睨まれながら、携帯を取り出し、音が鳴る直前でメールを開く。
美陽だ。
【ドラマ、『慌てん坊刑事』があるから撮っといて!お兄ちゃん帰宅部なんだから!】
携帯を投げつけたくなった。
もうお兄ちゃんは帰宅部なんかじゃないのだ!
その時、ワイチューブ(説明しよう!ワイチューブとは、動画共有サイトである!)に新着動画が入った。
画面に、目が釘づけになる。
そこに映っていたのは、
凜香_?
タイトル【バスケ部員にムリヤリ告白させてみた!マジウケww】
なんじゃこりゃ!?
たまらず再生ボタンを押すと、流れてきたのは
「ふ、ああんっ・・・ぅっ、ひっ・・・あぁん♡」
という、喘ぎ声_
__が、最大ボリュームで教室に響き渡った。
「っあああああああああああああ!!!」
絶叫し、高速で画面をタップする。
音量を×にする。
だが、目線は消えない。
「望月君?今、君はいったい何を見ていたんだい?」
数学教師がわざわざこちらまで歩み寄ってきた。
クスクスと笑いが教室中に満ちる。
顔がかあっと熱くなった。
ああ、、もう不面目だ。
生きていけない。
「い、いえっ、なんでもっ・・・!!」
「望月ぃ、授業中にAVかよぉ!!」
クラスの誰かが叫び、教室内が爆笑に包まれる。
死に恥だ。
いっそ死にたい。
「ち、ちが・・・!」
「はっはっはっ。大丈夫だぞぉ望月!先生も若いころはよくやったもんだ!!あっはっは!若いなぁああ!!」
ああああああああ・・・。
いっそ殺してくれ。
てんやわんやで授業は再開されたものの、隣の女子生徒から10㎝ほど机を離された。
美陽を恨もうとも考えたのだが、あいつの送ってきたメールと、訳わからん動画とは、何の関係もないわけで。
俺は机に突っ伏すしかないのだった。
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