第24話 世界で1番嫌いな言葉/Excellent Slave


 ARインターフェイスの隅で、戦神戦艦オーディンが新立パスティア王国の空中戦艦を撃墜したのを、クリスタはチラリと確認した。

 この戦争には勝てるだろう。けれど、


「わたしは死ぬかもっ」


 ソレイユがビーネⅡの右脚をエネルギーソードで斬り落とした。

 ソレイユとは一度戦っているので、その特性や機体性能をクリスタはちゃんと把握している。その上で、味方のマスカレード数機に援護も頼んだ。

 それでも、それでもソレイユに勝てない。

 味方が順番に撃墜されていく。


「まだ死にたくない。まだ死にたくない。わたしは、わたしはまだ、リュクレーヌ様のおみ足を舐めてないのにっ」


 生きようとする意思だけは強い。

 動機は不純、されど鋼破ソードよりも真っ直ぐな想い。

 やっと、やっと支配者を見つけたのだ。子供の頃から憧れ、恋い焦がれたお姫様の奴隷にしてもらったのだ。

 しかも彼女は支配者であると同時に友人でもある。これほど素晴らしい相手とは、生涯でもう2度と出会うことはないだろう。

 だから、だからまだ生きたい。

 奴隷ライフを満喫したい。理不尽に罵られたり、鞭で叩かれたりしたい。そして踏んで貰ったり、他にも色々したい。


「防御力高すぎなのよ、あんたはっ!」


 アサルトライフルを撃つが、ソレイユのシールドで弾かれる。

 味方と一斉攻撃をしても、時間差攻撃をしても、通用しなかった。

 せめて、クリスタと同レベルのパイロットがもう3人いれば。あるいは、リーゼロッテと同等の者が1人いれば、なんとかなるのに。

 と、クリスタの援護をしていた味方が全て撃墜されてしまった。


「……ここまでなのね……」


 呟くと同時に、ソレイユがこちらに向かって来た。


「……なんてね! 奴隷の底力! 見せてやるわ!」


 ソレイユの斬撃を躱し、鋼破ソードで斬り付ける。

 しかしやっぱりエネルギーシールドで弾かれる。

 勝てなくても時間だけは稼ぐ。クリスタの愛すべき支配者、リュクレーヌ・エステル・パスティアが生意気な妹を撃墜するまで。

 クリスタのやるべきことは、とにかくソレイユをエスポワールから引き離すことだ。


       ◇


「アタックアシストエラー」


 数分の攻防で、ファントムの量子ブレインがエスポワールと戦うことを諦めた。


「互角に戦ってたじゃない!?」


 リュカが叫ぶ。

 いきなりコントロールを戻されて、少し焦ったがエスポワールの攻撃はエネルギーシールドで防御した。


「対象の能力が高すぎます」量子ブレインが言う。「アタックアシストによる負荷が限界です」


「あ、そう!」


 役立たずめっ、という言葉は呑み込む。

 リュカは速攻でシックスセンスを使用。マルティーヌの心を覗く。

 とはいえ、見ることができるのは表層のみ。でも十分。どう攻撃するかさえ分かれば、なんとか躱せる。

 と、ARインターフェイスの片隅で、新立パスティア王国の空中戦艦が墜落するのを確認した。

 よしっ、勝てる。問題はマルティーヌとクロードをどうにか死なさないように倒すこと。

 リュカはエスポワールと戦いながら、クリスタの方を確認する。

 クリスタを援護していた最後の1機が墜ちたところだった。


「クリスタはよく頑張ってるけど……」


 もう長くは保たないだろう。どうか死なないでと、それだけ願った。


「……クリスタが稼いだ時間でエスポワールを倒せてないのは、あたしが弱いからだ」


 ファントムはエスポワールとエネルギーソードによる斬り合いを演じている。

 リュカは武器を使った戦闘にまだ慣れていない。この戦いが終わったら、ちゃんと訓練しなくちゃ、と思った。

 しかしながら、マルティーヌの方も武器の扱いには慣れていない。

 ただ、機体性能はエスポワールの方が上だ。マルティーヌの強力なシックスセンスに呼応して、エスポワールの機体性能は尋常じゃなく上がっている。

 それでも2人が互角に戦っているのは、リュカが心を読んで攻撃方法を先読みしているから。

 と、

 エスポワールが距離を取った。

 リュカも不自然な複数の心を読み取って下がった。


「ハロルド君!?」


 複数の心の中心に、ハロルドの心があった。

 海中から、上半身だけの紅い機体が飛び出した。識別コードはロードシール共和国のエターナル。

 エスポワールに撃墜されたはずの機体。


「何なのよその不自然な心!」


 ハロルドとともに、別の人間たちの心を感じる。その思考は読めないが、誰かいるというのだけは分かる。

 エスポワールがエターナルに向かった。

 マルティーヌの危機を察知するセンスは半端なものではない。そのマルティーヌが、ファントムを差し置いてエターナルに向かった。

 つまり、それだけエターナルが、大破している機体が危険だということ。


「ベルナール姉妹!」ハロルドがオープンチャンネルで言う。「お前らは世界を混乱させる悪だ! ここで墜とす! 正義のために!」


「ふ……ふざ……」


 エスポワールとエターナルがエネルギーソードを斬り結ぶ。


「ふざけんなお前!」リュカがエターナルに通信を叩きつけて叫ぶ。「何が正義だ! あたしは正義って言葉が世界で一番嫌いなんだよぉ!!」


 ファントムもエターナルへと向かって加速。

 先に潰してやる。正義を謳う奴はみんな嫌いだ。彼らは正義と言えば何をしてもいいと思っている。平和だった国を潰してもいいと思っている。

 そのせいで傷付く人間のことなんておかまいなしだ。


「そりゃお前が悪だからだろうぜ」


 ハロルドの顔がARインターフェイスに浮かぶが、かなりノイズが混じっている。まぁ、あれだけ大破した機体で、映像通信を送れるだけマシではあるが。


「うるさいっ! お前たちのせいで! あたしらが今こんな風なのは! 大好きな妹と殺し合わなきゃいけないのは、お前らのせいじゃないか!」


 7年前がなければ、今だってずっと幸せで仲良しな姉妹だったはずだ。

 リーゼだって闇に落ちることはなかった。

 あんなに可愛くてポンコツだったリーゼが、人格が変わるほどの激烈な憎しみに身を焦がした。


「んなこと知るかよ! お前らが過去にどんだけ酷い目に遭っていようが、今世界を混乱させていい理由にはならねぇんだよ!」


 ファントムとエスポワールの2機による斬撃を、エターナルが躱す。

 なんでっ!?

 ファントムとエスポワールの2機がかりの攻撃を躱せるの!?


「何を驚いてんだよ。俺は1人じゃねぇんだ。信頼できる仲間がいて、ともに正義を誓いあった戦友がいるんだよ! そいつらが俺に力をくれる! 悪を討つための力を!」


 それがハロルドのシックスセンスなのだと、瞬時に理解。

 そして、それがオーバーセンスであることも。


「リュクレーヌ!」マルティーヌが秘匿回線で通信を送ってきた。「協力しなさい。でないと、あたくしたちはこいつに、偽りの正義を信奉するこいつに負けますよ!」


「分かってる! こいつのセンス、特殊過ぎる!」


 ハロルドの言葉が本当なら、彼は戦友の力を全部自分に取り込んでいることになる。


       ◇


 なんなんだこいつは――クロードは神聖ラール帝国の量産機ビーネⅡに苦戦していた。

 苦戦と言っても、ソレイユが危なくなったことはない。ただ、撃墜できないという意味だ。

 このビーネⅡとは、以前にも一度戦っている。あの時は勝ったが撃墜はできていなかった。

 ビーネⅡは援護していた味方がいなくなって、更に動きが良くなった。


「……まさか、リュクレーヌの騎士……なのか?」


 そうでなければ考えられない。この粘り、この尋常ならざる執念。まともじゃない。

 それに、最初からこいつだけはソレイユを狙って来た。


「同じ騎士であるならっ! 僕が負けるわけにはいかない!」


 いくらソレイユが防御特化の機体だとはいえ、エネルギー兵装を使用しているのだ。量産機とサシで勝負して撃墜できないなんて、そんなことはあってはいけない。

 接近し、積極的にエネルギーソードで斬り付ける。

 しかしビーネⅡは躱す。ギリギリではあるが、躱している。右脚を一本奪って以来、ダメージを与えていない。


「高レベルのシックスセンス持ちなのか?」


 モードメサイア搭載機が間に合わなかったとか、そういう理由で量産機に乗っているのかもしれない。

 ビーネⅡは躱すだけでなく、反撃も入れてくる。しかしその攻撃を防ぐことはそれほど難しくはない。

 クロードは戦闘を続けながら、相手に通信を送る。同じ騎士であるなら、名乗りを上げてもいいと考えたから。

 相手が通信を受けて、ARインターフェイスに銀髪の少女が映る。吊り目で、少し怒ったような表情に見える少女だった。


「何?」


 少女が目を細める。


「僕はマルティーヌ様の騎士。《白夜の騎士》クロード・アリエル・デュランだ。君の騎士号は?」


 会話しながらも、ソレイユは攻撃を続ける。


「は?」

「……リュクレーヌの騎士じゃないのか……?」


 だとしたら、なぜここまで粘れるのか。この少女の執念は一体何なのか、クロードは気になった。


「騎士? わたしは奴隷だけど?」

「奴隷?」


 神聖ラール帝国に奴隷制度などない。いや、世界中どこを見回しても奴隷制度など存在しない。


「……奴隷のようにリュクレーヌ様に尽くすって意味よ! わたしはリュクレーヌ様の親衛隊。クリスタ・シーゲル! 騎士だか何だか知らないけど、どれ……親衛隊舐めないでよね!」

「親衛隊、か。なるほど」


 性質的には、騎士に近い。だからこその、執念。


「いいだろう。親衛隊クリスタ・シーゲル。君のことは忘れない!」


 ともに主人を持つ者同士。故に、どちらも負けられない。

 クロードは通信を切って、更に攻撃を加える。


       ◇


「さて。クリスタはなかなか頑張っているじゃないか」


 ヴォルクを倒したリーゼロッテは周囲の状況を確認して呟いた。

 リュカからの指示で、ヴォルクを倒したらクリスタの援護に回ることになっていた。


「さすがに優秀だ。ご褒美にまた踏んでやってもいいが、リュカが踏んだ方がきっと喜ぶだろう」


 想像すると、ちょっと嫌だった。あまりクリスタと仲良くなって欲しくない。が、そんな独占欲は取りあえず仕舞っておく。

 ヴァイスリーリエを加速させて、ソレイユとビーネⅡの間に入る。それから、ソレイユのエネルギーソードを同じくエネルギーソードで受け止める。

 ヴァイスリーリエは左腕を失っているので、エネルギーシールドは使えない。ソレイユのように両手両足にシールドがあるわけではないのだ。


「リーゼロッテ様!?」


 クリスタが通信を送って来た。


「情けない奴め。それでも親衛隊か? マルティーヌの騎士に勝てんとは。あとできつい罰を与えるようリュカに言っておこう」

「は、はい! お願いします!」

「ふん」


 ヴァイスリーリエがソレイユに斬りかかる。


「……あの、リーゼロッテ様は、その、わたしとリュクレーヌ様の……」

「知っている。心配するな、他には言わない」


 言えるわけがない。リーゼロッテがリュカと付き合っていることさえ、誰にも言っていないのだ。そういうのは、付け入る隙になる可能性がある。

 不倫や交際相手とのことで引き摺り降ろされた大統領はごまんといる。


「リーゼロッテ様に知られていると知って、わたし今ゾクゾクしていま……」

「黙れ! いいから援護しろ役立たずめ!」

「はい! 申し訳ありません!」


 こいつは本当、変態でさえなければ最高の親衛隊なのだが、とリーゼロッテは思った。


       ◇


 エターナルの反応は常軌を逸している。マルティーヌはそう思った。


「……あなたも背負うものを……強い想いを見つけたのですね……」


 能力が高いのは機体ではなくパイロット。機体はもう大破している。その機体で、エスポワールとファントムを同時に相手にしている。

 もしこれが映画だったなら、主人公はハロルドで、マルティーヌとリュカはここで負ける。


「ですがっ! それでも!」


 あたくしの方が、多くを背負っている!

 ファントムがエターナルと斬り合い、エスポワールは少し離れてフライクーゲルを構えた。

 エネルギーは少ないが、マスカレードを1機墜とすぐらいなら十分。


「この魔弾で! 墜ちてください!」


 フライクーゲルを発射する。

 ファントムと斬り合っている今なら、当てられると、そう思ったのだけど。

 エターナルは躱した。螺旋を描くように避けて、そのままエスポワールの方に向かって来る。

 ファントムがそれを追う。


「くっ……」


 マルティーヌは即座に回避行動に移る。それと同時にフライクーゲルを仕舞う。

 しかしエスポワールの前面、腹の辺りを横に裂かれた。

 致命傷ではないが、警告文が1つポップアップされた。

 エスポワールの性能と自らのシックスセンスを駆使して、ギリギリ。

 あまりにも驚異的。ハロルドは、そのセンスはあまりにも危険。


「墜ちろマルティーヌ! 正義のために!」


 ハロルドはオープンチャンネルで言った。


「墜とさせるかぁぁ!」リュカもまたオープンチャンネルで叫ぶ。「何が正義だ! 何が正義のためだ! 正義って言えば何しても許されると思うなよ!!」


 ファントムがエターナルに追い付き、背後から斬撃を入れる。

 しかしエターナルはそれも躱す。


「お前も墜ちろ! リュカ・ベルナール!」


 エターナルが反転し、ファントムを斜めに斬り裂いた。

 そしてまた反転し、エスポワールへと向かってくる。

 ARインターフェイスの中で、ファントムがオフラインになって墜落する。

 その様子が、マルティーヌには酷くゆっくりに見えた。

 ファントムは深傷を負った。コクピットも少し斬られたかもしれない。分からない。でも、ファントムが再起動する様子はない。

 ただ、重力に引かれるままに、

 まるで死んでしまった鳥のように、

 ただ墜落して、

 海の中に吸い込まれた。


「……」


 あれほど憎んだ姉。自ら殺してやろうと誓ったはずなのに。

 それなのに、他の誰かの、しかも腐敗した正義の信奉者の手にかかるなんて。

 そんなこと、

 そんなこと、

 許せるはずがない。

 だから、マルティーヌは、


「ハロルドぉぉぉぉぉ!!」


 姉を殺した者の名を、叫んでいた。

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