第23話 あんなに仲良しだったのに/For Justice


「リュクレーヌ!!」


 マルティーヌからの通信を受けた瞬間、酷い怒声で名前を呼ばれた。

 ARインターフェイスに浮かぶマルティーヌの顔は、まるで憤怒を象徴する悪魔のよう。

 リュカはそんなマルティーヌを見て悲しく思った。けれど、昏い瞳は揺れない。


「マルティーヌ。パスティア王国の哀れな亡霊。前に進むこともできず、亡国に縛られた可哀想なお姫様。あたしが、あなたの悪夢を終わりにしてあげる」


 リュカは静かに、ただ静かに感情を吐き出す。それは深い憐れみと、もっと深い愛情。

 ファントムの量子ブレインが起動し、モードメサイアが展開される。アタックアシストはまだ使わない。


「祖国を! 祖国を取り戻すことが亡霊なら! あたくしはそれでも構わない! あなたのように! 祖国を簡単に手放して滅ぼすなどとのたまうクソ女よりはずっとマシです!」


 エスポワールがフライクーゲルをファントムの方に向けた。距離はおよそ1000メートル。

 リュカがシックスセンスを使用し、マルティーヌの心に触れる。

 マルティーヌは心に防壁を張っている。前回はそれを破れなかった。けれど今回は違う。リュカのセンスはあの時より伸びている。

 深層までは入り込めないが、マルティーヌの心の表面に触れることができた。

 フライクーゲルのエネルギーはマックスではないが、数機はまとめて堕とせるレベルであると理解。

 それと、マルティーヌがリュカに向けている憎悪と憤怒と殺意が本物であることも。

 とっても、とっても胸が痛む。あんなに、ずっと毎日一緒だったのに。あんなに仲良しだったのに。お互いを大切に想って、姉妹として愛し合っていたのに。

 でも、


「パスティア王国は7年前に滅んだ。あんたはただ、目を背け続けただけ」


 あたしたちの道は違ってしまったね。

 過去に囚われたあんたと、理想の世界が欲しいあたし。

 もう、一緒にはいられないんだね。


「うるさいっ! あたしくは目を背けてなどいない! 直視したからこそ! だからこそ取り戻したいと願った! あなたのような悪魔は! この魔弾で散ってください!!」


 エスポワールがフライクーゲルを発射。

 そのエネルギーは途中で拡散したが、その数はあまり多くなかった。


「アタックアシスト、攻撃回避」

「了解」


 ファントムがリュカの身体を乗っ取って、フライクーゲルのエネルギー射撃を躱す。

 しかしオーディンマスカレード隊の数機がフライクーゲルの直撃を受けてしまった。

 クリスタはきちんと躱していた。さすがは親衛隊。


「アタックアシスト終了。次の指示を」


 リュカは通信回線を切断してから、量子ブレインに言う。


「エスポワールの撃破。ただし、コクピットは狙わないで」


 この甘さを、マルティーヌに聞かせるつもりはない。

 リュカの右手がエネルギーソード・エクスカリバーを、左手がエネルギーシールドを選択。

 量子ブレインは接近戦なら勝てると判断したのだ。


       ◇


「ハロルド。起きてください」


 懐かしい声。大好きだった人の声。

 ハロルドが目を開くと、そこにセリア・クロスがいた。

 半透明な彼女は、幻か。それとも化けて出たのか。まぁ、どちらでも、


「セリア隊長……」


 どちらでも、嬉しいことだ。

 そして、


「ハロルド」「ハリー」「ハロルド君」「ハリーボーイ」「寝てんなよ正義の味方」


 アリアンロッドマスカレード隊のみんなもそこにいた。


「みんな……俺は、もう死んだのか?」


「違いますよ」セリアが微笑む。「これがあなたの本当のセンス」


「本当の、センス?」

「わたくし、言ったでしょう? あなたは特別だと。それがやっと、開花したのです。深淵に堕ちるような悔しさが、あなたのセンスを目覚めさせたのです」

「セリア隊長?」


 彼女が何を言っているのか、ハロルドにはよく分からなかった。


「あなたのセンスは、散った戦友の想いの欠片を集めて自らの力にすること。あなたが仲間思いの優しい人だからこそ、持ち得たセンスです」


「ハロルド、まだやれるだろう?」「ハリー、まだ何も終わってない」

「なぁハリーボーイ、俺らがいるぜ?」「悪に屈するんじゃねぇ」


 戦友たちの言葉で、ハロルドの視界が歪む。


「でもエターナルが動かないんだ。パワーセルからのエネルギー供給が、切断されちまって……」


 これは悔し涙。仲間の想いに応えられない悔しさが、涙となって溢れた。


「そんなことはありません。あなたはヒーローですハロルド。わたくしは、ヒロインになれませんでしたが、あなたは紛れもなくヒーローなのです。ハロルド、マルティーヌの言葉通り、国際連合には腐敗があります。それはいつか、正さねばならない。ですが、だからと言って、目の前の悪を見過ごしていいという理由にはなりませんよ」

「けど、エターナルの下半身だって、海の底で……俺もたぶん、沈む……」


 コクピットが浸水している。やがてハロルドは海水に飲まれて窒息する。


「感覚回路があるでしょう? 感覚回路はモードメサイアの展開用ですが、非常時には機体にパワーを回せるように設計されています。ディラン博士はちゃんと説明しなかったのですね? あの人は本当、いい加減なのですから」


 セリアが困ったように笑った。


「感覚回路……」


「ああそうだよハロルド」「君には特別なセンスがあるんだハリー」

「ハリーボーイ、あれをやるぞ」「おう。あれがなきゃ始まらねぇ。隊長、頼むわ」


 半透明の戦友たちがそう言うと、セリアが急に真面目な表情になった。


「アリアンロッドマスカレード隊! 唯一の隊規は!?」

「「その持てる力を正義のためにしか使わない!!」」

「ハロルド! あなたの銃は!? あなたの剣は!?」


「俺の……銃は……俺の剣は――」ハロルドが涙を拭う。「――悪を討つためにある!!」


 ハロルドが言った瞬間、


「ハイレベルのシックスセンスを確認。超高純度の感情エネルギーを認識。感覚回路始動。エターナル再起動。モードメサイアを展開。ただし使用可能兵装はエネルギーソードのみ、アタックアシスト使用不能。限界起動時間10分」


 エターナルが起動し、ノイズだらけのARインターフェイスが立ち上がる。


「征きなさいハロルド、正義のために!」

「隊長、みんな! 一緒に征こう! 正義のために!」


 想いの欠片を集めて。


       ◇


「私たちが押されてる!?」


 オリハが珍しく焦っていた。

 それもそのはず。一度は負かしたはずのヴァイスリーリエを捉えられないのだ。


「こいつっ! まるで別人、いや、これが、これこそが7年前に伝説を作ったリーゼロッテなんだよオリハ!」


 ヴァイスリーリエがエネルギーライフルを放って、ヴォルクがそれをエネルギーシールドで受ける。

 その次の瞬間には、すでにヴァイスリーリエが目の前にいて、エネルギーソードで斬りかかってくる。

 ヴォルクはそれもエネルギーシールドで受けて、右手のエネルギーソードで反撃した。

 けれど、そこにヴァイスリーリエがいない。


「くっ、なんて反応速度! まるで私たちが次に何をするか知ってるみたいじゃない!」


 この戦闘で、ヴォルクはヴァイスリーリエにダメージを与えていない。けれど、ヴォルクの方は軽微なダメージを何度か負っている。


「リーゼロッテのセンス、僕らを上回ってる! 恥ずかしいこと言っていい!?」

「どうぞ!」


 ヴァイスリーリエの猛攻を凌ぐだけでも結構きつい。前回とはまるで逆。


「愛の力ってヤツかな!?」

「本当に恥ずかしいこと言ったわねイズ!」


 と、ヴァイスリーリエが距離を置いて通信を送ってきた。


「どうした野良犬。そんなものか? お前らはそんな程度だったか?」


 小馬鹿にしたようなリーゼロッテの表情がARインターフェイスに映し出される。


「ははっ、舐めるなよリーゼロッテ! 僕らは《ヴォルクの柩》!」

「代名詞はフェイルノート!」


 ヴォルクは右手のエネルギーソードを消して、掌にエネルギーを集中させる。


「当たると思うのか?」


 やれやれ、とリーゼロッテが肩を竦めた。

 ヴォルクはエネルギーシールドを解除して背中に仕舞っていたアサルトライフルを左手で握る。


「余裕ぶっこいて距離を置いたのが間違いよ!」


       ◇


 やっとか、とリーゼロッテは思った。

 正直、ヴォルクとの戦闘はきつい。たった1つ、何かミスをすれば死ねる。だからずっと神経を張り詰めている。精神的にも肉体的にも疲労が半端じゃない。

 距離を置いたのは、リーゼロッテの方が一息入れたかったから。

 ヴォルクがアサルトライフルを撃ってヴァイスリーリエの動きを制限する。

 そして、リーゼロッテは敢えてそれに乗る。動きを制限されたように見せる。まぁ、実際に制限されているのだが。それでいい。

 そして、ヴォルクが掌をヴァイスリーリエに向けて、フェイルノートを発射。


「待ち侘びたぞ!」


 やっとフェイルノートを使ってくれた。

 リュカが教えてくれたヴォルクの弱点。

 ヴォルクはフェイルノートを使う時、他のエネルギー兵装は使用できない。その上、フェイルノートの反動を殺すためにスラスタを全開にしていて、身動きが取れない。

 だがそれは、普通は弱点にならない。

 なぜなら、アサルトライフルで動きを制限した上で、確実に当ててくるから。そして、当たればマスカレードなど泡のように消えてしまうから。

 フェイルノートは対マスカレード兵器ではなく、対艦兵器なのだから。


「機体を少しくれてやるっ!」


 躱さなければならない。何がなんでもフェイルノートを避けなければいけない。

 今のリーゼロッテなら躱せる。どこに撃つか視えているから。

 それでも、それでも完全回避は不可能だ。

 ヴァイスリーリエの左肩から先を完全に持っていかれた。

 ARインターフェイスにノイズが走って、警告文がポップアップ。

 だが構わずエネルギーウイングを選択し、フル加速。


「悪い夢は終わりだ《ヴォルクの柩》!」


 ヴァイスリーリエのエネルギーソードが、ヴォルクのコクピット付近を貫いた。


       ◇


 ARインターフェイスに穴が開いて、外の景色が見えていた。


「……終わっちゃったのね、私たち」


 オリハが呟いた。

 警告文の数は数え切れない。

 ヴァイスリーリエはコクピット付近を貫いたあと、そのままエネルギーソードを斬り上げた。

 ヴォルクはもうまともに動けない。それほどの損傷を受けた。オフラインにならないだけ、幸運と言ったところか。


「……そうだね、オリハ」

「……死ぬのかしら、私」


 オリハの脇腹に、何かの破片が突き刺さっていた。

 赤い血が、ドクドクと、オリハの身体から流れ出る。


「オリハ……」

「嫌よイズ。死にたくないわ……。もっと戦いたいの……。もっと、蹂躙して、凌辱して、悪夢を振りまきたいわ……」

「オリハ、オリハ」


 イズはサブシートから降りて、オリハの真横に移動した。

 コクピットは見る影もない。やがてヴォルクはオフラインになって、海の藻屑と化すのだろう。

 それとも、ヴァイスリーリエがとどめを刺して、空の塵になるのだろうか。


「君が好きだよオリハ。君が死ぬのなら、僕も一緒に逝くよ。だから安心して。一緒に地獄で暴れよう」

「私も君が好きよイズ。地獄に行っても、どこに行っても、君と一緒なら、きっと楽しいわ」


 オリハが目を瞑る。


「オリハ……」


 イズはオリハにそっとキスをした。


「……もっと激しくしてよ。というか、いやらしいことして欲しいわ。痛み止めの代わりに」


 目を開けたオリハが言った。


「……オリハ? ちょっと確認なんだけど、本当はそれ、急所外れてるよね?」

「……あ、痛いわ! 死ぬわ! 私死ぬわ! 早くエッチしてくれなきゃ死んでしまうわ!」

「……まぁ、いいけど。ってゆーか、リーゼロッテは? 僕らにとどめ刺さないままどっか行ったのか?」

「お前らのクソ茶番のせいで、声をかけるタイミングを見失っただけだ」


 ノイズだらけのARインターフェイスに、リーゼロッテの顔が映っている。

 まぁ、通信を切っていなかったのでずっと映っていたのだが。


「僕らを殺さないの?」

「ああ。私はお前らのようなケダモノには一刻も早く世界から退場して欲しいが」


「それは正直にどうも」とオリハが言った。


「リュクレーヌがお前たちを雇いたいらしい。もうパスティアには十分貢献しただろう? 投降してオーディンに行け」


「断ったら?」とイズ。


「ならば死ね。味方にならないのなら、用はない」


 リーゼロッテの声は酷く冷えていて、それが本気だとすぐに理解できた。

 魔王リーゼロッテに慈悲などない。利用価値がないのなら殺すだけだ。


「どうするオリハ?」

「まぁ、貰ったお金以上の働きはしたでしょ? ここらが潮時よ」

「そうだね。無茶をやらかすと先代パパに殺されるからね」

「ええ。先代パパは私たちを溺愛してるから」


 傭兵はあくまで傭兵。新立パスティア王国のために死ぬ必要はない。

 生きてさえいれば、またどこでだって戦争できるのだから。


「ならば投降だな?」

「ええ。ついでに治療してくれると助かるのだけど?」

「オーディンのドクターに伝えておくが、金を払え」


「ケチだな、意外と」とイズが肩を竦めた。


「嫌なら死ね。私はお前らが嫌いなんだ」


 そう言って、リーゼロッテは通信を切断した。


「「正直にどうも!」」


 今日、初めて、

 世界最強の傭兵団と呼ばれた《ヴォルクの柩》が敵対者に投降した。

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