第22話 慈悲も容赦も必要ない/I Am A Knight
ファントムのコクピットで、リュカは手の甲を噛んでいた。
そうしていないと、恐怖に押し潰されそうになる。
現在、戦神戦艦オーディンはロードシール軍への攻撃を中断し、周囲にマスカレード隊を展開。第一戦闘配備のまま滞空している。
攻撃を中止した理由は、単純にロードシール軍とパスティア軍が乱戦を始めたから。今はまだ、パスティア軍を攻撃するわけにはいかないのだ。流れ弾ですら、当ててはいけない。
「……怖いよぉ……」
呟き、手の甲を強く噛む。歯型が残るぐらい強く。
これからたくさん死ぬ。たくさん死なせる。でも、それが覇道なのだ。立ち塞がる者は叩いて潰す。そうしていつか、世界を統一する。
リュカはロードシール軍とパスティア軍の戦闘を見ながら、色々と分析する。
例えば、ヴォルクはとても燃費が悪い。すでに2回も補給のために空中戦艦に入った。昔の機体をチューンしているので、当然と言えば当然か。
エネルギー兵器はパイロットの感情エネルギーを使用するが、マスカレードそのものはパワーセルによって動いている。当然、残量が減れば交換しなくてはいけない。
ヴォルクが3回目の補給に入る前に開戦できれば、幾分か有利になるか。
でも、それよりも、リュカはヴォルクの弱点とも言える部分を見つけることができた。
リュカはARインターフェイスの時計に目をやる。
開戦5分前。
すでにロードシール軍は空中戦艦を3隻失っている。残りは2隻のみ。片方はアリアンロッドだった。
「リュクレーヌ、今は魔女の時間だよ……。震えてないで……声をかけなくちゃ……」
自分に言い聞かせ、手の甲を噛むのを止める。
ゆっくり深呼吸し、「よしっ」と呟いた。
それから、リュカは秘匿回線でクリスタに通信を送る。
「クリスタ、開戦したらあたしは一直線にエスポワールに向かう」
「はい。了解しました」
クリスタが真面目な表情で言った。
「あなたはマルティーヌの騎士を、ソレイユを押さえて。できる?」
「もっと強い口調で命令してください」
クリスタは真面目な表情のままだったので、真面目に言ったのだろう。
「奴隷のくせにあたしに指図するな。お前はソレイユを押えろ。できないならせめてソレイユと心中しなさい」
リュカは命令口調で喋るのが少し苦手だった。
けれど、今後は慣れなくてはいけない。クリスタは本当、素晴らしい練習相手だ。
「了解ですリュクレーヌ様」
クリスタは満足そうな表情を浮かべた。
「クリスタ、マルティーヌの騎士よりあたしの親衛隊の方が優秀だって世界に示して。それと、ソレイユを破壊してもパイロットは殺さないこと」
「え?」
「同じことを2回も言わせるの?」
「い、いいえ。分かりました」
難易度がかなり上がった。ただでさえ、クリスタの機体は量産型のビーネⅡ。シックスセンスもレベル1。手加減なんてしたら、最悪は瞬殺されるかもしれない。
でも、この命令は取り消さない。クロードを死なせるわけにはいかない。マリーはクロードと一緒に生きてもらう。
片方が死んだら、もう片方も死ぬかもしれない。そんな風に思ったから。
「ねぇクリスタ、上手にできたらご褒美をあげる」
リュカがそう言うと、クリスタの顔がパッと明るくなった。
「屈辱的でエッチなことを……例えばわたしをギッチギッチに縛ってそれから……」
「それ以外で」
さすがにエッチなことをしたらリーゼが泣く。
リュカはクリスタが嫌いじゃないし、むしろ好きな方だけど、それはできない。
リュカの恋人はリーゼだけだ。
まぁ、リーゼと3人で、というならアリかもしれない。リーゼ次第だけれど、今度聞いてみようと思った。
「じゃ、じゃあ、あ、足を、リュクレーヌ様のおみ足を、な、舐めさせて頂ければ……」
クリスタが珍しく頰を染め、照れながら言った。
「分かった」
まぁそのぐらいなら、許そう。リーゼは嫉妬して「私も舐める」と言い出すかもしれないが。
しかし、ご褒美が足を舐めることってどうなの?
普通はお金とか休暇とかの方が喜ぶのだが。
まぁ、クリスタらしいと言えばそれまでか、とリュカは納得した。
「ありがとうございます! わたし、今日は人生で一番頑張れると思います!」
「そう。じゃあそうして」
秘匿回線を切断する。
続いて、リュカはリーゼに秘匿回線で通信を送る。
「どうした?」
リーゼは特に緊張した様子もなくそう言った。
戦争に、戦闘に、殺すことに、殺されることに、すでに慣れている者の態度。
「《緋影の騎士》リーゼロッテ」
「リュクレーヌ様?」
リーゼは切り替えが早い。
「これは泡沫の夢の続き。リーゼロッテ。あなたは騎士号を名乗れない。けれど、それでも、あなたは今日、魔王としてではなく、あたしの騎士として戦って欲しい」
「もちろんですリュクレーヌ様。私はいつだってあなたの騎士。そうでない時など存在しません。たとえ夢の中であっても、私はあなたのもの」
リーゼは騎士として話をする時、声のトーンが少し下がる。
「ありがとう。あたしの騎士。あなたは《ヴォルクの柩》を押さえて」
「承知しました。あの野良犬に、悪夢を気取る獣に醒めない悪夢を与えましょう」
「そしてできるのなら、生かしておいて」
「分かりました。しかし、理由を聞いても?」
「雇いたいから」
あの戦力は覇道の役に立つ。
「そうですか。あのようなケダモノを雇うことに、私は心からの賛成はできませんが、あなたがそう言うのなら、生かす努力を惜しみません」
「でも、最優先じゃない」
「心得ています。最優先はヴォルクの撃破。我々の覇道の邪魔になるなら、押し潰すのみ」
「騎士リーゼの喋り方も、声も、すごく素敵で、だからとっても好き」
「……リュクレーヌ様……。いきなり褒めるのは反則です……」
リーゼは頰を染め、目を伏せた。
ああ、なんて可愛いのだろう。きっとリーゼは世界で一番可愛い。間違いない。
「ふふ。事実だよ。さて、あたしの騎士。ヴォルクには隙がある」
「隙、ですか?」
リーゼが首を傾げた。あのヴォルクに隙があるなんて、誰も思わない。リュカだってずっと見ていたから気付いたというだけ。
その些細で、だけど確実に弱点となる部分をリーゼに教えた。
「さぁ、泡沫の夢の続きは終わり。魔王リーゼロッテ。開戦の合図を」
「ああ」
リーゼは頷いて、オーディンだけでなく神聖ラール帝国の全軍に対して言う。
「時間だ諸君! 我々の新たな覇道の第一歩! 圧倒的な勝利で飾ろうではないか! パスティア王国を蹂躙せよ! 抵抗する者は排除しろ! 容赦も慈悲も必要ない! 開戦だ!」
◇
「なぜだ!? なんで悪人に勝てねぇんだよ!」
ハロルドは酷く焦っていた。
エスポワールとはすでに2回戦。どちらも1度、補給のために母艦に戻っている。
最初の戦闘では、エスポワールに全ての攻撃を躱された。それは腕前の差でも機体性能の差でもなく、シックスセンスの差だとハロルドは理解していた。
そして2回戦目だが、すでにアタックアシストはエラーを吐き出し、ハロルドは自分でエターナルを操縦していた。
「ちくしょう! マルティーヌ!!」
ハロルドはエスポワールに通信を送った。
マルティーヌがそれを受け、ARインターフェイスにマルティーヌの姿が映る。
マルティーヌはコンバットスーツを着ていなかった。代わりに、髪を綺麗に編んで、薄く化粧をして、ドレスを着ていた。
まるで舞踏会のような格好だった。
「ハロルド君。投降してください。そうすれば、命までは奪いません。あたくしは魔王ではない」
「お前は、お前はなんで戦う!?」
エターナルのエネルギーソードを、エスポワールが鮮やかに躱す。
すでに味方は壊滅状態。フライクーゲルの2射目で30機以上が堕とされた。
単独で武力制裁に踏み切って、あげく全滅なんて世界の笑い者だ。ロードシール共和国は第三次世界大戦で敗戦するまでは世界の警察と呼ばれていたのに。
今だってハロルドはそのつもりだ。正義のためだけに戦ってきた。
「大切なものを守るためですが?」
月並みの答え。
けれど、とっても素晴らしい答え。人間らしい答え。
「それは! お前が武力で奪った国のことか!?」
アサルトライフルの弾丸も、エスポワールには当たらない。
ここまで、ここまでシックスセンスに差があるなんて。
「違います。奪ったのはあなた方で、あたくしは取り戻しただけです」
「それは! お前たち王族が国民を虐げていたから! だから国際連合は革命軍に手を貸したんだ!」
「それは事実ではありません。ハロルド君。あなたはきっと、本当にいい人なのでしょう。アリアンロッドであたくしに優しくしてくれましたし、正義の心もきっと本物なのでしょう。でも」マルティーヌは憐れむように言った。「でも、あなたは世界の仕組みを知らなさすぎるのです」
「んだよそれ! 俺はただ! 目の前の悪を討つために!」
「だからあなたは、あたくしに勝てない」
エスポワールのエネルギーソードが、エターナルの前面を斜めに裂いた。
ARインターフェイスが赤く明滅し、警告文がいくつもポップアップ。
「なんでだ!? なんでお前みたいなテロリストに力があって、俺にねぇんだよ!」
「力の問題だけではありません。あなたには決死の覚悟が見えないのです。正義を愛していても、正義のために死のうとは思っていない」
「当たり前だろうが! 誰が好き好んで死にたがる!?」
自ら死にたがる人間はどこか壊れている、とハロルドは思う。
特に、理想のために自爆するようなタイプは完全におかしい。
「だから勝てないのです。想いが違う。その重さが違う。あたくしとあなたでは、背負っているものが違いすぎる!」
エスポワールのエネルギーソードが、エターナルのコクピットの上を貫いた。
エスポワールが、マルティーヌが、エネルギーソードを斬り下げれば、ハロルドは終わる。
「……ちきしょう……」
呟いた。それが、最期の言葉になるかもしれないのに。
他に言葉が出てこなかった。悔しさだけが、ハロルドの中に広がっていた。
「ハロルド君。もし生き残ったなら、世界を知ってください。そしてもし、国際連合の正体を知ったなら、戦うべき相手と場所をよく考えてください」
エスポワールはエネルギーソードを斬り上げた。
メインカメラが破壊され、ARインターフェイスに多くのノイズが走る。だが全ての映像が消えるわけではない。カメラは1つではないのだ。
そして、エスポワールは更にエネルギーソードを横に薙いで、エターナルの上半身と下半身を分断する。
幾つかの回路がショートして、数え切れないほどの警告文が浮かび、まず下半身が海に呑まれた。続いて、上半身もオフライン状態になって真っ逆さまに墜落した。
◇
「イズ! リーゼロッテよ! リーゼロッテが来たわ!」
オリハが狂喜したように叫んだ。
神聖ラール帝国との開戦時刻までにロードシール軍を排除できなかった。
と、神聖ラール帝国のマスカレード隊が動いたのを見て、ロードシール軍が後方に下がり始めた。
「ああ! 来たね! それと、ロードシールは撤退するみたいだから、もう放置でいいよね!?」
「逃げ惑う豚に興味なんてないわ! リーゼロッテよ! リーゼロッテに悪夢をプレゼントしましょう!」
オリハがヴォルクを反転させる。同時にイズがオープンチャンネルを開く。神聖ラール帝国にヴォルクの声が聞こえるように。
「征こうオリハ! 僕らはたった1機の傭兵団!」
「征きましょうイズ! 私たちはたった2人の傭兵団!」
「「されど我らは空舞う獣! 百合姫リーゼロッテ! 憧れの人! 今度こそ悪夢に堕ちろ!」」
◇
心が落ち着いている。
リーゼロッテはマスカレード隊の先頭を飛びながら穏やかな気持ちでヴォルクの口上を聞いていた。
7年前のあの日より、全てが視える。
あの日が生涯で最高のセンスを発揮した日だと思っていたけれど、どうやらそれは今日のようだ。
リーゼロッテはヴォルクに通信を送る。
「久しいなケダモノ。死んだと思っていたが、悪運の強いことだ」
「リーゼロッテ!」オリハの驚いたような顔がARインターフェイスに浮かぶ。「あんた、雰囲気が変わった!?」
「オリハ! こいつ、前と違う! 何かが違う」
イズの顔もARインターフェイスに映った。
「ふん。私は憎悪さえも塗り替えるような愛を知ったんだケダモノども。前と同じであるはずがないだろう? まぁ、お前たちには無縁だろうがな」
そしてリュクレーヌの騎士となった。名乗ることはできないけれど、リーゼロッテは幸福だった。
「何を恥ずかしいこと言ってんの!?」オリハが赤面する。「それって処女じゃなくなったって意味でしょ!?」
「え!? リーゼロッテって最近まで処女だったの!?」イズが言う。「だったら僕らで奪いたかったね!」
「……そういう意味じゃ、ないのだが……」
けれどそういう意味も含まれている。
だからまぁ、問題ない。リーゼロッテはただ、愛を知ったと言いたかっただけなのだから。
「見せてやろう空を這うケダモノども! 私は、リーゼロッテ・ファルケンマイヤーは!」
リュカ・ベルナールを!
リュクレーヌ・エステル・パスティアを!
死ぬほど愛している!
そう強く想った瞬間、ARインターフェイスに感覚回路が起動したことを示す文字が浮かび、続いてモードメサイアが展開される。
リーゼロッテは右のスロットバーを回してエネルギーライフルを選択する。
左のスロットバーでエネルギーウイングを選択。
そして加速。誰よりも速く。何よりも速く。
◇
私は騎士。名乗ることのできない騎士。リュクレーヌ様の影。誰にも讃えられることのない《緋影の騎士》。
されど私は先陣を切る。
常に、あなたの騎士こそが1番槍であると、あなたの騎士こそが、戦場において最強であると。あなただけが、リュクレーヌ様だけが知っていてくれればっ!
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