第21話 我らは《ヴォルクの柩》!/Dancing In The Sky


 新立パスティア王国領空の少し手前。海と空の間で、ロードシール軍はマスカレード隊を展開していた。

 ハロルドもすでにエターナルに搭乗し、空中戦艦アリアンロッドの周囲を飛んでいる。

 その前方、約5000メートルの位置に、新立パスティア王国の空中戦艦一隻とマスカレード隊が展開している。

 少ねぇな、とハロルドは思った。

 どうやら、新立パスティア王国は戦力を分けているようだ。

 まぁ、新立パスティア王国は神聖ラール帝国の攻撃にも備えなければいけないので、仕方がないのかもしれないが。


「舐められたもんだぜ」

「本当にね。って言っても、パスティアに空中戦艦は一隻しかないよね」


 ハロルドが言って、ARインターフェイスに映っているアメリアが頷いた。


「そうだっけか?」

「うん。しかもうちのお古だよ、あれ」

「なるほど」


 ロードシール共和国の方が神聖ラール帝国より早く攻撃できるから、マルティーヌはこちらに主力を持ってきたということか。まぁ、どちらにしても少ないが。


「ロードシール共和国のみなさん」


 音声のみ、オープンチャンネルでマルティーヌが言った。

 あの空中戦艦に乗っているのだろうか。それともすでにエスポワールに搭乗しているのか。もう少し近づかなくてはマスカレードの識別コードを受信できない。


「そこから先は我が国の領空となります。ただちに引き返してください」


 マルティーヌは淡々とした声で言った。


「はん。テロリストが女王さま気取りか」

「すぐに椅子から引き摺り下ろすけどね」


 今度は負けない。悪に何度も負けるわけにはいかないのだ。


「マルティーヌ・モニカ・パスティアを名乗るテロリスト。こちらはロードシール軍作戦司令官のケレイブ・パッカーである。即座に降伏し、君が裁きの場に出るというのなら、我々は武力制裁に踏み切らない」


 新立パスティア王国への制裁軍旗艦、アリアンロッドに乗っている司令官がマルティーヌと同じく音声のみのオープンチャンネルで言った。


「あなた方に裁かれる理由はありません。あたくしはあなた方に奪われたものを取り戻しただけです」

「これは最後通牒である。降伏したまえ、マルティーヌ。その程度の戦力で、我々と一戦交えるつもりかね?」

「愚かな……あなた方は今、パスティアの領空を侵犯しました。我々は国土防衛のため、あなた方を攻撃します。思い知りなさい。

「柩?」


 ハロルドがマルティーヌの言葉に違和感を覚えた瞬間、

 遥か上空からの高エネルギー反応。

 避ける暇もバリアフィールドを展開する余裕もなく、

 空中戦艦が一隻、真上から矢のように降ってきたエネルギー砲によって貫かれた。


「なんだ今のは!?」


 ハロルドが叫ぶ。

 エネルギー砲に貫かれた空中戦艦の高度が下がる。

 正確にブリッジを貫いたのか!?

 一体どこから!?


「攻撃解析終了」すでに立ち上げていたエターナルの量子ブレインが言う。「99%の確率で、対艦エネルギー兵器フェイルノートによる超長距離射撃です」


 絶対必中の弓、フェイルノート。マスカレード乗りでその名を知らぬ者はいない。


「《ヴォルクの柩》だと!?」


 まずい。ハロルドはエスポワールだけでも、かなりの苦戦を予想していた。その上で、《ヴォルクの柩》が出てくるなら最悪、敗戦も有り得る。

 空中戦艦4隻が同時に上部にバリアフィールドを展開。

 その瞬間、


「海中より超高エネルギー反応あり! 浮上してきます! 注意を!」


 空中戦艦アリアンロッドの戦術オペレーターが、アリアンロッドマスカレード隊の通信チャンネルで言った。


「後悔する時間も、祈る時間も、あなた方には必要ない。豚のように泣きながら死になさい」


 マルティーヌの声と同時に、海中から1機のマスカレードが姿を現わす。

 その機体を、ハロルドはよく知っている。いや、ハロルドだけではない。みんな知っている。

 その伝説をみんなが知っている。


「エスポワール!? まずい! フライクーゲルだ! 散れ!」


 その威力を知っているハロルドが叫んだ瞬間、エスポワールの大型ライフルからフライクーゲルが発射される。

 しかしそのエネルギーは拡散されることなく、一直線に空中戦艦を貫いた。

 そして次の瞬間、貫かれた空中戦艦が爆散した。


「拡散させないこともできるのかよ……つか、動力部を……的確に……化け物どもがっ……」


 同じことをやれと言われても、ハロルドにはたぶん不可能だ。


「隊長! 指示をくれ!」

「隊長、空中戦艦が2隻も!」


 アリアンロッドマスカレード隊の新隊員たちが叫ぶ。

 開幕僅か数秒で、空中戦艦を2隻も失った。


「エスポワールだ! エスポワールをやれ! 最優先だ!」


 アリアンロッドマスカレード隊の新隊長が言って、アリアンロッド隊が一斉に下降。


「バカ! 連携を……クソ!」


 ハロルドが舌打ちをする。昨日集められたメンバーで、連携をしっかり取れと言っても無理だ。

 以前のアリアンロッド隊なら、誰がどう動くか完全に分かっていたので、自然に連携が取れたものだが。


「ハリー、援護するから!」

「頼んだぞアメリア!」


 ハロルドはスロットバーを回してエネルギーウイングを選択。

 誰よりも早くエスポワールへと向かった。

 これ以上、仲間を失ってたまるか。昨日会ったばかりでも、同じ隊の仲間なのだ。


       ◇


「上手になったね、オリハ」


 ヴォルクのサブシートに座っているイズが言った。


「ふふ、そうでしょう?」


 メインシートに座っているオリハが笑った。

 元々、超長距離射撃に関してはイズの方が上手だった。まぁ、初期の頃の話だ。

 ARインターフェイスの遥か下方に、点のようにロードシール共和国の空中戦艦が映っている。

 雲の間を縫って、オリハはフェイルノートを命中させた。


「さぁオリハ、いつものようにやろう」

「ええ。当然でしょう? やる気は?」

「血が滾ってるよ」

「弾薬とエネルギーは?」

「ああ、それこそ腐って余って捨てるほどさ」

「いいわね。征きましょう」


 オリハがヴォルクの反重力装置アンジー切って自由落下させる。

 しかしコクピット内のアンジーは作動させたままだ。

 イズがオープンチャンネルを開く。

 みんなに、戦場にいる全ての者にヴォルクの声が聞こえるように。


「私たちは《ヴォルクの柩》。たった1機の傭兵団」

「僕たちは《ヴォルクの柩》。たった2人の傭兵団」

「されど私たちは天翔ける獣」

「僕らはお前たちの心臓を穿ち」

「その魂までも喰らう者」

「さぁ、僕らに出会った絶望を愛しく思え」

「さぁ、私たちに出会った幸運を握りしめて死ね」


 敵のマスカレード隊が上昇してくる。きっと彼らはヴォルクに母艦を貫かれた者たち。帰る場所を奪われた哀れな子羊たち。


「決死の覚悟で私たちを撃ちなさい」

「そうすれば、望み通りに滅ぼしてあげよう」

「「我らは《ヴォルクの柩》! 天翔ける獣! 史上最高の悪夢だ!!」」


 イズがオープンチャンネルを切ると同時に、ロックオンシーカーが敵マスカレード隊を捉える。


「さぁ、やっぱり最初はマイクロミサイル! オリハ特製の変な軌道で飛んで行け!」

「変な軌道じゃないわ! 素敵軌道よイズ!」


 ヴォルクの肩に装備されたマイクロミサイルランチャーから、合計32発のマイクロミサイルが飛び出して、パッと花が開くように拡散した。


「ランチャーパージ! 素敵に変な軌道で飛んでったねオリハ! さぁ、ヴォルク専用多目的アサルトライフルには徹甲弾60発! コクピットをぶち抜いてやれ!」

「イズ絶対勃起してるでしょ!?」

「オリハだって濡れてるくせに!」


 オリハもイズも戦闘が好きで好きで堪らない。

 殺したい、殺されたい、撃ちたい、撃たれたい。

 できることなら永遠に。


       ◇


「艦砲射撃始めっ!」


 ソレイユに搭乗し、パスティア空中戦艦の側に滞空しているクロードが言った。

 クロードの言葉で、パスティア空中戦艦が一斉射撃を開始。

 敵、ロードシール空中艦隊はすでに2隻の空中戦艦を失っている。

 残った3隻が縦に並び、1番上の艦が上部にバリアフィールドを展開。1番下の艦が下部にバリアフィールドを張って、真ん中の艦が前方にバリアフィールドを出現させた。


「予定通り」


 クロードが呟いた。

 これで、敵空中戦艦による強火力の砲撃を封じ込めた。バリアフィールドを展開している方向に射撃はできない。自分のバリアフィールドに弾丸やエネルギー砲が当たってしまうからだ。


「マスカレード隊は左右に展開し、敵艦の側面を撃て!」


 クロードの命令で、パスティアマスカレード隊が速度を上げ、左右に広がりながら敵艦隊へと向かう。

 クロードは真っ直ぐ正面から征く。もちろん、味方戦艦の射線に入らないよう、少し高度を下げている。

 クロードたちはなるべく早くロードシール軍を壊滅させなくてはいけない。このあとまだ神聖ラール帝国との戦闘が待っている。

 現状、パスティア国土の守りはクロードの父である《威風の騎士》が率いる部隊に任せてある。神聖ラール帝国との開戦にクロードたちが間に合わなかった時のために、パスティア軍を2つに分けたのだ。

 そして、エスポワール、ソレイユ、ヴォルクという精鋭をこちらに集め、迅速にロードシール軍を撃破して《威風の騎士》と合流する。そういう予定だ。


「新たな艦影を捉えました」


 パスティア空中戦艦の戦術オペレーターが言った。


「艦影!? ロードシールの増援!?」


 現時点でも、簡単に勝てるというわけではない。その上で増援など冗談じゃない。


「いえ、この識別コードは……」戦術オペレーターが息を呑む。「……オーディンです! 神聖ラール帝国の戦神! オーディンの識別コードです!」

「バカな!? まだ開戦時刻じゃないのに!」


 指定した時間を守らないつもりなのか?

 そんなことしたら、国内でも批判に曝されるはず。


       ◇


 さぁリュクレーヌ、魔女になる時間だよ。

 リュカはリュクレーヌを魔女にしてしまったことを、悪としてしまったことを、ほんの少しだけ悲しく思った。

 幼い頃はあんなにも純粋な子だったのに。

 それでも、今は、純粋さを殺し、昏い瞳と支配者の雰囲気を纏う。

 リュカは戦神戦艦オーディンのブリッジで、オペレーターに映像通信をオープンチャンネルに乗せるよう指示した。


「おやおや」リーゼが言う。「これはこれは、パスティアとロードシールの皆様ではありませんか」


「こんなところでダンスパーティ?」リュカが言う。「招待状を貰っていないけど、参加しても構わないよね?」


「ああ、当然そうだろう首席補佐官。しかし我々はこのあと、パスティアとは正式なダンスの約束がある」

「ああ、そうだったね。それなら、楽しみは取っておいて、先にロードシールさんと踊ってもらおうか」

「いい考えだ。我々はロードシールとはよく踊っているからな」


「撃ち方!」リュカが左手を突き出す。「始め!」


 号令とともに、戦神戦艦オーディンがロードシール軍に向けて一斉射撃を開始。


       ◇


「リュカ・ベルナール……」


 マルティーヌはアリアンロッドマスカレード隊と戦いながら呟いた。

 エスポワールはもう一度フライクーゲルを使うため、エネルギーを節約しながら戦っている。

 通常のアサルトライフルと鋼破ブレード。しかし時々はエネルギーシールドを使わざるを得ない。

 真紅の敵機――エターナルが手強い。


「……いえ、リュクレーヌ・エステル。あたくしはあなたをパスティアとは認めません。祖国を滅ぼすと宣言したあなたは、もはや魔王の魔女。姉でも第一王女でもありません。ここで殺します」


 ギリっと唇を噛む。

 しかし今すぐ戦神戦艦オーディンと戦うわけにはいかない。向こうは時間を守るつもりだ。ならばこちらは予定通り、まずはロードシール軍を撃滅する。

 幸いなことに、戦神戦艦オーディンもロードシール軍を攻撃している。

 これは好機だ。


「マルティンちゃーーん」


 と、ARインターフェイスに《ヴォルクの柩》の片割れ、オリハの顔が映った。


「マルティン?」

「そう。あなたの愛称。それより、オーディンが来たわよ。どうするの?」

「放置です。ロードシールを先に撃破してください。それと、マルティンなんて呼ばれる筋合いはありませんし、そんな風に呼ばれたこともありません。不愉快です」

「ねぇイズ、マルティンちゃんは気に入らないって」

「だからマティの方がいいって僕は言ったろ?」


 ARインターフェイスに《ヴォルクの柩》のもう1人、イズが映った。


「どちらも却下です。仕事をしてください。傭兵でしょう?」


「やってるのだけど、こいつら思った以上に……」とオリハ。

「そう、思った以上に弱い」とイズ。


「弱い?」


 エターナルや他の機体の攻撃を躱し、反撃のアサルトライフルを撃ち込みながら、マルティーヌは状況を確認した。

 そうすると、

 ヴォルクの方に向かったマスカレード隊の反応がすでに消えていた。

 マルティーヌの想像以上に、《ヴォルクの柩》が強い。

 ファントムに負けるまで、世界最強の称号をほしいままにしていた実力は伊達じゃない。


「あたくしはいい買い物をしました。そのままロードシールの空中戦艦を叩いてください!」


 ロードシール軍に勝てる。いや、もしかしたら神聖ラール帝国の攻撃も凌げるかもしれない。


「了解したわ」

「サクッとやって、ファントムと再戦だねオリハ」


 そんな希望を、《ヴォルクの柩》に見た。

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