第20話 単独制裁/Day Of War


 翌日の朝。運命の日。

 戦神戦艦オーディンのマスカレード格納庫に、リュカは親衛隊のクリスタと2人でやって来た。


「ブルーノお兄ちゃん、ファントムの調子はどう?」


 リュカはニコニコと笑いながら、整備班長のブルーノに話しかけた。


「おう、完璧に直ったぜ」ブルーノが煙草を吹かしながら言った。「ははっ、お兄ちゃんってやっぱ照れるな」


「そお? 止める?」

「……いや、お兄ちゃんで」


 ブルーノは照れたように目を逸らして言った。

 リュカはクスッと笑った。

 ブルーノは妹という存在に強い憧れを抱いている。だから、そのように振る舞えば勝手にリュカの味方になる。

 落とす難易度は非常に低かった。「あたしがファントムで出撃した時、生きて戻れって言ってくれたのすごく嬉しかったなぁ。ブルーノさんってなんか頼りになりそうだし、あたしのお兄ちゃんになって欲しいなぁ」と言ったらすぐ落ちた。

 今のところ、1番難易度が高かったのはクリスタだ。関係を維持する難易度が高いのもクリスタ。しかしその努力に見合うだけの能力がある。

 ちなみに、ブルーノはリーゼのことも初めて会った時から妹のように思って味方してきた。

 憎悪に身を焦がす前のリーゼは、割とポンコツな性格だったので、ブルーノはすぐにリーゼを気に入った。

 まぁ、リーゼは今も本当は結構ポンコツなんだよねぇ、とリュカは思った。

 今朝だって、「ちゅきちゅき、リュカ大ちゅき」なんて言いながら何度もリュカの頰にキスをした。

 他の人に見られたら、リーゼは悶絶して死ぬんじゃないかと思うぐらいの甘えん坊ぶりだった。

 微笑ましく嬉しい今朝の記憶だが、それに浸っている時間はあまりない。


「それでお兄ちゃん、アタックアシストのエラーは分かった?」

「ああ。それな。単純にエスポワールの能力が高すぎて、蓄積されたデータから有効な戦術が得られなかっただけ」


 ブルーノは上に向かって煙を吐き出した。


「なるほど。でも、もうエスポワールのデータは前回の戦闘で集まったよね? ファントムは学習するんでしょ?」

「おうよ。次回はまぁ、簡単にエラーは出ないだろうぜ。まぁ、だからってあの伝説の機体に勝てるかって言われるとちょい微妙だがな」

「そっか。でもあたしは自分の力を示さなきゃいけないの。だから、エスポワールはあたしが一騎討ちで倒したい」


 マリーを殺すわけにはいかないのだ。リュカ以外の者が、マリーの生死を気にするとは思えない。たとえ生け捕りにしろと命令しても、状況がそれを許さない場合だってある。


「首席補佐官様の力、ってことか。いやぁ、お兄ちゃん鼻が高いなぁ」


 デレデレとブルーノは頰を染めて頭を掻いた。

 ブルーノはすでに、リュカを本当の妹のように思っている。


「あたしを支えてね、お兄ちゃん」

「おう。なんでもオレに任せろ」


 どん、っとブルーノは自分の胸を叩いた。

 ああ、本当に、人間を操るのは簡単だ。

 もちろん、根本的にリュカが嫌い、というタイプの人間もいる。だがそういう連中は時間をかけてじっくり攻略すればいい。


「ところで、ヴァイスリーリエの感覚回路の方はどう?」

「そっちも仕上げたぜ。あとはリーゼロッテ様にテストして欲しかったけど、この状況じゃぁ、いきなり実戦だな」

「うん。まぁ、お兄ちゃんが仕上げたなら大丈夫だよ。ありがとう。あたしブリッジに上がるね」


 リュカは小さく手を振って踵を返した。

 クリスタが黙ってそれに続く。

 そして通路に2人きりになった時、クリスタが言う。


「リュカ、なんであんなにブリブリした話し方してたの? まぁ、ブルーノさん機嫌良さそうだったけど」


 リュカは立ち止まり、小さく息を吐いた。

 それから振り返り、そのままクリスタの頰に平手打ちを入れた。


「あたしがどっちか分からないの?」

「も、申し訳ありませんリュクレーヌ様!」


 クリスタはすぐに頭を下げた。

 挨拶代わりの虐待。

 リュカがクリスタの心に触れると、ちゃんと喜んでいた。

 周囲から見ると完全にリュカは気の短い暴君だ。しかしそれを望んでいるのはクリスタの方。というか、クリスタは虐待されたくてわざと間違ったのだ。まぁ、それはリュカとクリスタにしか分からないこと。

 だから人が見ている時に虐待はしない。そういうのを嫌う人の方が多いからだ。


「今後は気を付けて。基本的に、あなたの前ではリュクレーヌだから。リュカになる時は先にそう言う」

「はい。察することのできなかった愚かでバカで人間以下のゴミであるわたしをお許しくださいリュクレーヌ様」


 自分でそこまで言わなくても、とリュカは思った。しかしクリスタは言いたいのだ。だからリュカは何も突っ込まない。


「ブリッジに上がるよ」

「はいリュクレーヌ様」


 歩き始めたリュカの斜め後ろをクリスタは歩いた。


(今のは全裸土下座した方が……でも人目が……悩ましいわね)


 クリスタのそんな考えに触れて、リュカは苦笑いを浮かべた。

 それなりに可愛くて、優秀で、スタイルのいいクリスタ。男にも女にもモテるだろうになぁ、とリュカは思った。


       ◇


「ロードシール共和国はパスティアを占拠しているテロリストどもに対し、独自の制裁を加えることを決定した。国際連合の採決を待っていたら、テロリストどもが基盤を固めてしまう。よって、これよりアリアンロッドはギース共和国を経由して、パスティアを攻撃する」


 空中戦艦アリアンロッドの艦内スピーカーで、艦長が言った。


「マジかよ。上の連中にも話の分かる奴がいるんだな」

「そうだねハリー。こんなに早くみんなの仇を討てるなんて」


 ハロルドとアメリアは、マスカレード格納庫でその放送を聞いていた。

 2人は機体に乗ってイメージトレーニングをしようと思って格納庫に来ていたのだ。


「我々はギース共和国で4隻の空中戦艦と合流し、そのまま南下」


 ロードシール共和国から海を挟んで東にあるポトン共和国を神聖ラール帝国に落とされてしまったので、東に飛んで直接パスティアに向かうことはできない。

 だから、まずはパスティアの北に位置する島国、ギース共和国へと向かうのだ。


「俺らは仇討ちに行くんじゃねぇよアメリア」

「悪を倒しに行くんでしょ? 分かってるけど、それがそのままみんなへのはなむけになるじゃない」

「……まぁ、そうだな」


 ハロルドはギュッと拳を握った。

 マルティーヌ・モニカ・パスティア。あいつは倒さなければいけない。テロリストが国を手に入れるなど、そんな前例を世界に残してはいけない。


「ただし攻撃は限定的なものとする」艦長が言う。「パスティア市民になるべく被害が出ないよう、軍事拠点と大統領府のみを攻撃対象とする」


「十分だぜ」

「うん。今度こそ、正義が勝つ」

「ただしエスポワールが出て来た際は、最優先で撃墜せよ。テロリストの思い通りになどならないと、我々が世界に正義を示すのだ。それと、パスティアへの制裁時、邪魔する勢力があればこれを任意に排撃せよ。以上、全員持ち場に付け」

「うっし!」


 艦長の言葉に、ハロルドは思わず歓喜の声を上げた。

 邪魔する勢力など1つしかない。

 即ち、


「魔王と魔女も一緒にやれるねハリー!」


 新立パスティア王国に宣戦布告した神聖ラール帝国のみ。


「ああ。世界を混乱させる諸悪の根源どもも、今日でそのイカレた夢から醒ましてやるぜ」


 世界を敵に回したリュクレーヌ・エステル・パスティア。魔王の魔女となったリュカ・ベルナール。ハロルドは彼女のことが、なぜか頭から離れない。

 テレビ放送で彼女が言った幸福な世界には共感している。だが、方法は間違っている。武力で一方的に統一するなど、ハロルドは認められない。

 それと、あの「平伏せ」の言葉。あの瞬間、ハロルドは一瞬だが平伏しそうになった。気合いと根性で抗ったが、まるで催眠術のようだった。

 そして、その力がシックスセンスによるものだとハロルドは感じていた。もしそうであるなら、リュカは危険だ。極めて危険な存在だ。

 排除するべきだ。撃墜するか、捕縛するか。まぁ、捕縛したところで極刑は免れないだろうが。

 しかし、と思う。

 リュカが処刑される場面を想像すると、酷く胸が痛む。

 なんだ、この気持ちは……。

 分からない。分からないけれど、他の誰かにリュカを殺させたくないと思った。

 だから、


「俺の手で、必ず終わらせてやるぞ……」


 そう呟いた。


       ◇


「リュクレーヌ、ロードシールが単独制裁に踏み切った」


 リュカが戦神戦艦オーディンのブリッジに上がった途端、リーゼがそう言った。


「単独制裁? パスティアに?」


 リュカはリーゼの隣に並んだ。その少し後ろで、クリスタは立ち止まる。

 ちなみに、リーゼは別の親衛隊員を従えていた。


「ああ。すでに発表があって、ロードシール軍は1度ギース共和国に集結し、そこから南下するらしい」

「あたしたちが攻めるのに?」


 少し読みが甘かったか。国際連合の制裁決議が採択される前に宣戦布告してしまえば、国際連合はパスティアに手を出すことを躊躇うと思ったのだが。

 まさかロードシール共和国が単独で武力制裁に走るとは予想外だった。


「だからかもしれない。パスティアの実権を握っていたのは主にロードシールの金持ち連中だ」

「知ってる」


 彼らのせいで、リュカもマリーも、元々のパスティア王国民も酷い生活をしていたのだから。

 まぁ彼らのやったことで唯一評価できることは、パスティア共和国のドブネズミ救済のために仕事をいくつか斡旋したこと。主力戦艦アリアンロッドの調理師と洗濯係もその時の募集だ。

 ちなみに評価しているのは、そのおかげでリュカは再びリーゼと出会えたから。


「やつらはメンツを潰されるのが嫌いだからな。我々に介入される前に、報復だけはしておきたいと言ったところか」

「みんなそうでしょ、権力者なんて」


 あたしは違うけど、とその権力構造の1番上にいるリュカは思った。


「どうする? 我々が指定した時間まで待っていたら、ロードシールの方が先にパスティアに攻め込むことになるが……」

「……少し考える」


 時間を前倒しする?

 どうせマルティーヌは降伏しない。昨日の夕方、マルティーヌはすでにそういう趣旨の会見を開いた。

 しかし、猶予を与えたのはこちらだ。それを反故にしては信用がなくなる。他国の信用は当然として、神聖ラール帝国内でリュカとリーゼの信用が落ちる。

 それは避けなくてはいけない。今、権力から追い落とされたら理想の世界を目指せない。

 実際に国を動かしている役人どもを早めに陥落させなくては、とリュカは思った。

 それと、唯一の皇族である少女も。


「時間は変更しない」

「だが、もし……エスポワールが保たなければ……」


 リーゼはとっても言いにくそうにしている。

 だが言いたいことは分かる。

 エスポワールが保たなければ、マルティーヌが死んでしまう。それだけはダメだ。そもそも、リュカはマルティーヌを救うために名乗ったのだから。


「時間的に、どのぐらいロードシールが早いの?」

「予想だが、我々の開戦時刻より1時間は先に攻め込むだろう」

「1時間……か。それで、ロードシールが投入する戦力は?」

「こちらも確実ではないが、情報では空中戦艦を5隻以上。占領目的ではないので、陸軍戦力は乗せていないと考えられる」

「そんなに?」


 神聖ラール帝国が投入する空中戦艦の数は戦神戦艦オーディンを入れて3隻。その他、空軍基地からの支援戦闘機を多数と、陸軍戦力を占領に必要なだけ陸路で。

 神聖ラール帝国は多面的な戦争を行なっているので、大規模な招集をかけることはできない。

 しかし、リーゼの読みでは新立パスティア王国を落とすのに十分なものらしい。

 ただし、エスポワールをファントムだけで押さえ込むことを前提にしている。


「それだけ本気、ということだろうな」

「なるほど。でも、たぶん大丈夫」


 エスポワールの本当の能力を、ロードシール共和国は知らない。彼らが注意するのはフライクーゲルだけだろう。でも、本当に怖いのはマルティーヌが搭乗することによる性能アップの方。

 まともに戦うにはファントムレベルの機体と、最低でもシックスセンスのレベル3が必要だ。

 ああ、でも、前回はそれで手も足も出なかったのか、とリュカは考えを改める。

 必要なのはレベル3ではなく、オーバーセンスだ。


「そうか。ならば予定通りに開戦しよう」

「そう。みんなはそれでいい。でもあたしたちは、パスティアの北に向かって。国際連合と戦争中のあたしたちが、偶然出会ったロードシール軍を叩くことに問題はないでしょ?」

「ああ、それに問題はないが……。オーディンだけで向かうのか?」

「そう。オーディンだけでいい」


 ロードシール軍を叩くと言っても、パスティア軍とロードシール軍の戦闘に横槍を入れるだけだ。マルティーヌが確実に生き残れるように。

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