第15話 イズとオリハ/Two Dirty Princess


「クロード、そんな羽虫はもう放っておきなさい。すでに共和国政府は降伏しました。大統領府に行きましょう」


 マリーはクロードに通信を送った。


「はっ」


 クロードは短く応え、ソレイユがヴァイスリーリエから距離を取った。

 ヴァイスリーリエもその親衛隊も、ソレイユを追わず下降した。リュカの様子が気になるのだろう、とマリーは思った。

 もしかしたら、リュカとリーゼロッテは両思いなのではないか、とも。

 今回の戦神戦艦オーディンの動きは、明らかにリュカのためだ。普通、ただの友人、あるいはメイドのためにそこまでしない。

 2人が両思いであるなら喜ばしいことだ。女同士なので偏見はあるだろうが、マリーは応援する。だから、世界征服なんてバカな夢から醒めて欲しい。

 そして、2人でどこか静かな場所で暮らして欲しい。

 誰にも殺されない、どこか穏やかな場所で。


「あなたの幸せを願います。お姉様。愛しています。さようなら」


 小さく呟いた。

 もはやマリーに普通の幸せは望めない。この先ずっと茨の道。


「クロード、国際連合内部の諜報員から何か連絡はありましたか?」


 エスポワールとソレイユは並んで大統領府を目指している。


「パスティアから撤退し、後日大規模な武力制裁を行うだろう、ということ以外は特に」

「そうですか。予定通りということですね」

「はい。制裁決議の採択などがありますので、10日は平穏かと」


 国際連合は幾つもの国が加盟している大きな組織だ。防衛以外の戦争を迅速に行うことは不可能だ。


「10日では足りませんね」

「実際にはもう少し遅れるでしょう。エスポワールとソレイユの戦闘能力を見たはずですから」


 武力制裁そのものに反対する国も出てくると予測される。甚大な被害が出ることは明らかなのだから。故に、決議をまとめるのに時間がかかるということだ。


「事前に相談した通り、彼らを使いましょう」

「はい。ただ、僕はやはり反対です。確かに戦力を稼ぐことはできると思いますが……」

「その戦力を稼ぎたいのです。あたくしたちにはやるべきことが多すぎます。常にマスカレードに乗っているわけではないのですから」


 まずはマリーの建国宣言と戴冠。大事なことだから手抜きをするわけにもいかない。

 それに軍備と内政。国際連合と世界征服を望む神聖ラール帝国以外の国々との外交。

 世界を大雑把に勢力分けするなら、国際連合、神聖ラール帝国、レスカ帝国、東洋連邦、その他の国々という5つに分けることができる。

 新立パスティア王国はその他の国々でしかない。なんとかレスカ帝国や東洋連邦の後ろ盾を得られれば、と言ったところ。


「では手配しておきます」

「よろしくお願いしますクロード。本当の戦いはこれからです。あたくしたちが、独立国家としてやっていけるかどうか」


 国際連合の武力制裁を凌ぐことができれば、希望が見える。


       ◇


 3日後。

 国際連合所属の小国、その首都郊外の安っぽいアパート。

《ヴォルクの柩》のイズとオリハは全裸でテレビを見ていた。

 部屋の中には大量のビールの缶が転がっていて、灰皿では煙草とマリファナの吸殻が山を作っている。


「見事な独裁者っぷりだね。マルティーヌ・モニカ・パスティアは」


 イズはオリハの首筋にキスをしながら言った。


「そうね。まさかの共和国政府要人を公開処刑。若いけどいい独裁者になるわね」


 テレビの画面で、今まさにパスティア共和国大統領が銃殺された。その銃殺を、マルティーヌは顔色1つ変えずに命令した。


「ああいう子をさ、凌辱してみたいよね」


 イズがオリハの胸を揉む。オリハの胸は小ぶりだが柔らかくて形がいい。


「ええ。分かるわ。だいたいお姫様なんて設定は、私たちみたいなケダモノに凌辱されるためにあると確信してるわ」


 オリハはイズの行動をスルーしてマリファナを咥えて火を点けた。


「お姫様の奴隷落ちとかマジで燃えるよね。特にマルティーヌみたいなタイプを堕とすと楽しいだろうね」

「全裸で犬の格好をさせて、パスティアの街中を散歩させるの。ゾクゾクするわ」

「あぁ、想像すると勃起してきた。もう一回しようよオリハ」

「これ吸ってからね。ってゆーか、何回目?」

「数えてない。僕も吸うか」


 イズもマリファナに火を点ける。

 ヴォルクが破壊されて以来、2人はずっとこんな調子だ。酒を浴びるほど呑んで、煙草とマリファナの煙に巻かれ、一日中卑猥な妄想をしては性行為に耽る。

 だいたい2人の妄想はリーゼロッテへの凌辱なのだが、マルティーヌがテレビで宣戦布告して以来はマルティーヌがメインになった。


「おいジャリども! 仕事だぞ!」


 唐突に、アパートの玄関が勢いよく開かれた。

 2人は鍵を掛けない。いつでも誰でもウエルカム。殺し屋でも警察でもウエルカム。

 2人の側には常に拳銃が置いてある。

 まぁ、実際に殺し屋や警察が踏み込んで来たことはない。2人はただの傭兵で、逮捕される筋合いも暗殺される理由も特にない。


「やあ先代。とりあえずビールでも飲む?」

「それともマリファナにする?」


 イズとオリハが室内に入って来た40代の男に言った。

 この男はイズとオリハの協力者だ。というか、イズとオリハの管理人と表現した方が正しい。


「くっせぇなこの部屋」男が顔をしかめる。「酒と煙草とオメェらの体液か?」


 男は小綺麗な茶色いスーツを着ていて、短い髪には白髪がチラホラと混じっている。体格はやや筋肉質で、顔が怖い。子供が目を合わせたら泣き出すんじゃないかと心配になるぐらい怖い。

 何を隠そう、イズも最初にこの男を見た時は少しビビって、腰の銃に手が伸びた。


「そんなとこかな」

「そんなに臭うかしら?」


 イズは肩を竦め、オリハはスンスンと部屋の匂いを嗅いだ。


「オメェらマジでマスカレードに乗ってねぇと人間のクズだなおい。ゴミクズの生活じゃねぇか。傭兵らしく身体鍛えるとか、何かやることねぇのかよボケ」

「鍛えてるさ。オリハと楽しく」

「そうよ先代。エッチは体力使うのよ?」

「その上僕らは妄想も欠かさない」

「ええ。頭だって使ってるの」


「黙れダメ人間ども」2人に先代と呼ばれる男が鋭い眼光で2人を睨みつける。「あとな、儂を先代と呼ぶんじゃねぇ。儂は昔、確かにヴォルクに乗ってたが、《ヴォルクの柩》なんてオシャンティに名乗った覚えはねぇんだカス」


「オシャンティだってオリハ」

「必死に考えた甲斐があるわねイズ」


 先代に睨まれても、2人はどこ吹く風。


「あー、儂はたまにオメェらにヴォルク譲ったことを後悔しそうになるわい……」

「ははっ。でも僕たち以外に誰が乗りこなせる?」

「ええ。私たち以外の誰がみんなの悪夢になれるの?」

「儂はオメェらの実力は認めてんだよ。普段の生活がクソ過ぎるってだけでな。ケダモノじゃねぇかこれじゃぁよぉ」

「だって僕ら天翔る獣って名乗ってるし?」

「まぁ今はボロアパートの性獣だけど」


 クスクスと2人が笑う。


「ほんっとうに、オメェらはクソだ。が、そんなクソでも仕事だけは回ってくるもんでな」

「ヴォルク直ったの?」

「直ったなら早く試運転させてよ。ストレスで死んじゃうわ」

「お前らの生活のどこにストレスがあるってんだクソ。んで、ヴォルクの部品は全部特注だぞ? どんだけチューンしてっと思ってんだボケ。んな簡単に直るか。だいたいよくもまぁ儂のヴォルクをスクラップ寸前までぶっ壊してくれたもんだぜ」

「いやぁ、あの時はさすがの僕も死んだと思ってさぁ、これが傑作なんだけど、うっかりオリハに愛してるなんて言っちゃってさぁ。まぁ愛してるんだけど」

「本当にねぇ。ついつい雰囲気で『私も』なんて言っちゃったわ。まぁ愛してるけど」

「ノロケかクソジャリどもが。儂が独身だからか? ん? 殺すか?」


「まぁまぁ、いいじゃないか先代」イズが言う。「可愛い子供が2人もいるじゃないか」


「そうよ」オリハが頷く。「こんな手の掛かる可愛い子供たち、他にいないわよ?」


「うるせぇよ。オメェらは手が掛かり過ぎ……って、儂がいつオメェらを子供にしたよ!?」やれやれ、と先代が首を振る。「とりあえず、ヴォルクはまぁ近く直せるからよぉ、仕事は受けていいか?」


「ヴォルクが間に合うなら構わないよ」

「同じく」


 イズもオリハも雇い主について聞かない。戦う相手についても聞かない。

 誰でも構わないのだ。2人には思想も理想もない。ただ戦場を駆け回ることができるなら、それで幸せなのだから。


「で、だ」先代が急に神妙な顔で言う。「普段なら、雇い主のことなんて告げねぇんだが、今回はちょっと事前情報を与えておきたい」


「へぇ。珍しいね。先代がそう言うんなら、一応聞いとくけどさ」

「まさかリーゼロッテが雇い主とかそういうオチかしら? 別に問題はないけれど」


「いや」先代が少しだけ首を振った。「もっと厄介で危険な戦場に征くことになる」


「わぁお。最高じゃないか」

「素敵ね。濡れちゃう」

「だからだ。オメェら、調子に乗り過ぎて死ぬんじゃねぇぞ。ヤバくなったらトンズラしろ。傭兵なんてのは金の分だけやりゃいんだよ。親より先に死ぬのは許さねぇぞ」

「うわぁ、僕ら愛されてるなぁ」

「本当ねぇ。これからは先代じゃなくてパパって呼ぼうかしら」


 2人はニコニコと笑って、ハイタッチした。気分がいい。


「冗談じゃねぇぞ。いいか、オメェらの雇い主はな――」


 先代が口にしたその名前は、

 テロリストの中のテロリスト。

 若くして国を1つ武力で手に入れた筋金入り。

 伝説の機体を駆り、自ら戦場で凄まじい戦績を残し、ヴォルクが負けたファントムを軽くあしらった。


「――マルティーヌ・モニカ・パスティアだ」


 ついさっきまで2人が妄想の中で凌辱していた独裁者。

 つまり、2人の征く先は、

 新立パスティア王国。

 今、世界で最もホットな戦場になるであろう場所。


       ◇


 一方その頃、戦神戦艦オーディンは神聖ラール帝国の空軍基地に着艦して、補給とメンテナンスを受けていた。

 リュカは戦神戦艦オーディンの食堂でお昼ご飯を食べていた。


「でねー、わたし、ついにリーゼロッテ様に踏んでもらえたの」


 リュカの前で、機嫌の良さそうなクリスタが言った。


「よ、良かったね……」


 一体どうしてそうなったのか、見当も付かないが、なんだか少し嫉妬する。

 別にリーゼに踏んで欲しいわけではないのだが、なんだかやっぱりモヤモヤする。


「頭をこう、割と強く」

「そ、そうなんだ……」


 なぜ踏んだしリーゼ。リュカはそう強く思った。


「リーゼロッテ様って、人の頭を踏んだことなかったらしくて、ちょっとこう恐る恐るな感じがすごく良かったわ」


 そりゃ普通、人の頭なんて踏まないだろう、とリュカは思った。


「あとは鞭で打って欲しかったのだけど、リーゼロッテ様持ってなくて」


 やれやれ、とクリスタが肩を竦めた。


「えっと、クリスタは持ってるの?」

「もちろんよ。支配される側の嗜みよ。だから部屋から持参しましょうか? って言ったら、いや、それはまたいずれ機会があれば、ですって」


 凄いなぁ、筋金入りだなぁ、とリュカは思った。

 まぁ、心に触れた時にだいたい分かっていたことだけれど。


「で、あんたいつまで沈んでんの?」

「え?」

「そりゃさぁ、妹にボコボコにされたら沈むだろうけど、もう仕方ないじゃない。姉妹ったって常に同じ道を歩く必要ないでしょ? あんたはあんたで、リーゼロッテ様のメイド一生懸命やればいいじゃない」

「クリスタって優しいよね」


 リュカは少し笑った。

 でも、メイドゴッコはもう終わりにする。

 リュカには2通りの未来がある。過程が違うだけで、結末は同じだ。その過程について、この3日ずっと考えていた。

 最初の一歩が1番勇気がいる。


「べ、別にぃ」クリスタが頰を染める。「色々言ってるけど、わたし本当はあんたにお姫様に戻って欲しいし? あ、わたしの前だけでも、って意味で」


「そして支配して欲しいの?」

「ま、まぁ……そうね」


 クリスタが視線を逸らす。


「人権を剥奪して奴隷のように扱って欲しいの?」

「……まぁ、ね……」

「そっか。じゃあもし、あたしが本名を名乗ったら、クリスタを1番の奴隷にしてあげるから、あたしのために死んでくれる?」

「えっと、それは……本気なら、もちろん。わたし、本物のお姫様に支配されたい……」

「そ」


 リュカは俯いて少し笑った。

 他人の心を操るのはさほど難しくない。子供の頃からやっていたことだ。目的が違うだけ。

 昔はみんなを幸せにしたくてやっていた。今は、自分のためにやっている。

 この3日で、リュカはすでに戦神戦艦オーディンの乗組員の2割をリュカの傀儡にした。クリスタのように単純な望みを持ち、今のリュカでも付け入れる2割だ。

 残りの8割もじきに落とす。


「さて。じゃああたしはちょっとリーゼに用があるから」


 リュカは席を立つ。

 さぁ、勇気を出せリュクレーヌ。

 リーゼロッテ・ファルケンマイヤーに問いに行くのだ。

 その答え次第で、過程が決まる。

 即ち、

 リーゼとともに歩むか、

 あるいはリーゼに成り代わるか。

 どちらにしても、辿り着く未来は同じだけれど。

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