第14話 魔女の鼓動/What Is Her Name?
「ちっ、面倒な相手だ」
リーゼロッテは小さく舌打ちした。
ヴァイスリーリエとクリスタのビーネⅡは、ソレイユと戦闘中なのだが、ソレイユの機体性能が思ったよりずっといい。
というよりも、変わった機体性能なのだ。
ビーネⅡが撃ったライフル弾を、ソレイユは右腕のエネルギーシールドで防ぐ。
同時に発射したヴァイスリーリエのライフル弾を、ソレイユは左腕のエネルギーシールドで防いだ。
「リーゼロッテ様! こいつ、シールドが4枚もあります!」
通信回線を繋いで連携を取っているクリスタが言った。
「お前に言われなくても分かっている」
ソレイユのエネルギーシールドは両腕だけでなく、両脚でも発生可能。ここまで防御に特化しているマスカレードは今までに見たことも聞いたこともない。
ソレイユはその4枚のシールドを使い分けて、こちらの攻撃を完全に凌いでいる。
「感覚回路の搭載を急がせるか……」
通常兵装ではエネルギーシールドを撃ち抜けない。
だが、
「《ヴォルクの柩》と戦った時のような絶望感はない。そうだろう、クリスタ」
「はい! こいつは厄介ですが、わたしたちで勝てない相手ではありません!」
このまま連携を取りながら、時間をかければいずれ撃墜可能だ。
リーゼロッテは相手の攻撃をある程度先読みすることができる。それがリーゼロッテのシックスセンスにおける最大の利点。
まぁ、先読みが無意味なほど激しく攻められれば、どうしようもないのだが。
幸い、ソレイユのパイロットは《ヴォルクの柩》の2人に比べると攻めが甘い。
と、ファントムの腕がエスポワールに斬り落とされた。
リーゼロッテはARインターフェイスに別窓を開いて、ファントムの動きをずっと追っていた。
「リュカ!!」
咄嗟に叫び、リーゼロッテはファントムの方に行こうとした。
「リーゼロッテ様!?」
連携攻撃の途中でリーゼロッテが抜けたので、クリスタが焦った声を上げる。
ソレイユのパイロットは攻撃が甘い。けれど、この隙を逃すほど優しくもなかった。
ヴァイスリーリエの火線がなくなった瞬間、ソレイユはエネルギーソードを装備して一気にビーネⅡとの間合いを詰めた。
「ゴミみたいに捨てられるの、嫌いじゃないけど……」
クリスタが呟いて、
同時にソレイユがビーネⅡを斜めに斬り裂いた。そのまますぐ反転して今度はヴァイスリーリエへと向かう。
ARインターフェイスからクリスタの顔が消える。
「クリスタ!!」
リーゼロッテが叫び、クリスタの機体が地上に吸い寄せられるように落ちた。
「バカか私は!!」
愚かなミスで最も優秀な親衛隊員を失った。銃で自分の足を撃ち抜きたい。まぁ、それでクリスタが許してくれるかは分からないが。
ソレイユのエネルギーソードを、ヴァイスリーリエが躱す。対応できない動きではない。単独でも戦える。
「すまないクリスタ、せめて仇討ちだけはさせてくれ」
アサルトライフルを仕舞って鋼破ソードに持ち替える。シールドの合間を縫って機体にダメージを与えようと考えたのだが、
「いえそんな。リーゼロッテ様に利用されるだけ利用されてボロ雑巾のように棄てられるのは本望ですし?」
「クリスタ!?」
リーゼロッテは素っ頓狂な声を上げて、攻撃を失敗した。
鋼破ソードがソレイユのエネルギーシールドに弾かれる。それと同時にソレイユの方がヴァイスリーリエから距離を取った。
「直撃は躱しました。でもリーゼロッテ様が罪悪感に悩んでいるのなら、ご褒美ください」
ARインターフェイスに復活したクリスタがニコニコと笑った。
「分かった。いいだろう。休暇か?」
言いながら、ヴァイスリーリエがソレイユとの距離を詰めようとする。しかしソレイユがアサルトライフルを撃ってきたので、それを回避する方向に動きを変える。
「いえいえ。鞭で打ってください。敵に撃墜されかけた罰という名のご褒美です」
「……あぁ?」
ちょっと言っている意味が分からない。
罰が欲しいのかご褒美が欲しいのか。罰がご褒美だからご褒美が罰? どういうことだ? などと、リーゼロッテは真面目に思考してしまった。
「あ、それから素足で踏んでください。こう、割と強く」
そうだった。こいつは真性の変態だった――リーゼロッテが苦笑いを浮かべる。しかしここまで直接的な要求をされたのは初めてのこと。
死にかけたことでテンションがおかしくなっているのかもしれない、とリーゼロッテは思った。
「……おい、機体は動くのか?」
聞きながら、ソレイユの弾丸を躱し、徐々に距離を詰めて行く。
「はい。大丈夫です」
「だったらさっさと復帰しろ!! この役立たずが!!」
「も、申し訳ありません! すぐに!」
リーゼロッテの怒声で、クリスタは満面の笑みを浮かべた。
◇
「アタックアシストエラー」ファントムの量子ブレインが言う。「モードメサイアは継続中」
「エラー!?」
リュカの身体からファントムの意思がスッと消える。
「エラーってどういう……くっ!」
エスポワールが距離を詰めて、エネルギーソードを振る。リュカは躱し切れず、機体のお腹辺りを横に裂かれた。
ARインターフェイスに幾つかの警告文が浮かぶ。
「エスポワールに対する戦術を見つけることができません」
ファントムの量子ブレインが淡々と言った。
「そんな無責任な!」
叫びながら、エスポワールの猛攻を躱す。だが完全回避に至らず、何度も軽微な傷を負う。このままでは撃墜されてしまう。
「マリー! 心を閉ざしてるの!?」
リュカはすでにシックスセンスを使用している。だがマリーの心に触れられない。
マリーはリュカのセンスを知っているので、予め対策されていた可能性が高い。
「最初から、いつかあたしと闘うって、そう思ってたの!?」
「そうやって簡単に人の心を覗こうとする」マリーが冷たい声で言う。「自分の心は見せないくせに。本当に身勝手な人ですね」
マリーの言う通り、リュカはシックスセンスを使う時に自分の心を他人に見せないように注意している。
ただ、《ヴォルクの柩》に使った時は久しぶりだったので、少しだけ心の中に侵入された。
エスポワールがファントムの左腕も斬り落とした。
これで、ファントムは両腕とも欠損した。
「まぁ、心など見せてくれなくても、あなたのことはだいたい分かりますが」
エスポワールがファントムの頭を掴んで、一気に下降した。
地面に叩き付けられる!?
「止めてマリー! あたし死んじゃう!」
悲痛な声を上げるが、エスポワールは止まらなかった。
リュカは強く目を瞑った。
死ぬ。殺される。大好きな妹に、殺されてしまう。
どこでどう間違ったのか。何が悪かったのか。
その瞬間、リュカは走馬灯を見た。
だいたいは、子供の頃の、幸せだった時の映像。
マリーとクロードと王城で隠れんぼした時のこと。
マリーがおねしょしてわんわん泣いて、だからリュカが「あたしがやった」って両親に言った時のこと。
1度だけ、マリーと大喧嘩した時のこと。あの時、本当は知っていたんだ。クロードがマリーを好きだってこと。でも、あたしは意地悪を言ったんだ。
そして、
お姫様のあたしよりもお姫様に見えたリーゼロッテ・ファルケンマイヤーとの出会い。
「リーゼ!! 助けて!! リーゼ!!」
リーゼとの回線は、繋いでいないというのに。エスポワールから通信が入った時に、リーゼの方は1度切ったのだ。
マリーと2人で話したくて。
「無様ですね」
マリーが言って、リュカは目を開く。
ARインターフェイスに、道路が写っていた。
エスポワールは道路に衝突する寸前で停止していた。
「自分の命を懸けることもできないあなたが、命を懸けて国を取り戻そうとしているあたくしに勝てるとでも?」
マリーの声は少し優しかった。
その優しさが、リュカには酷く痛かった。
「半端な覚悟でここに来たあなたが、決死の覚悟で臨んでいるあたくしに勝てるとでも?」
「あたしは……あたしは……ただ、マリーを……」
「リュカ・ベルナール。2度とあたくしをマリーと呼ぶことは許しません。あたくしはマルティーヌです。本名を名乗る勇気すらないあなたを、心から軽蔑します」
マリーの声はもう優しくはなかった。酷く冷えていて、怖かった。
「……だって、だって! 名乗れるわけないじゃない!」
「それでもあたくしは名乗りました」
「でも! そのせいであんたは担ぎ出されて! いつか国際連合に粛清されるじゃない!」
「担ぎ出されたのではありません。あたくしの意思です。国際連合も、押さえ込みます。あなたは臆病者です。昔からそうでした」
「そうだよ……あたしは臆病だよ……。でも、だから! あんたが殺されることに耐えられない! お願いだよマリー! もう止めてよ!」
「なぜあたくしが殺されると決め付けるのでしょう? 舐めないでください。それと――」
エスポワールがファントムを道路に叩き付け、コクピットの少し上をエネルギーソードで貫いた。
瞬間、ARインターフェイスに警告文が幾つもポップアップされる。
「――マルティーヌ様と呼びなさい。リュカ・ベルナール。祖国を捨て、名前を捨てた臆病者め。殺す価値もない。消え失せなさい」
エスポワールがエネルギーソードを消す。
「嫌だよマリー……。マルティーヌに戻らないで……。滅びた国のために死なないでよぉ……」
リュカの瞳から、涙の雫が零れ落ちる。
「はぁ」マリーが溜息を吐く。「今から1度だけ、たったの1度だけです。本音を言います。あたくしはあなたのことが大好きです。お願いですから消えてください。そして2度とあたくしの前に立たないでください。あなたを殺したくない」
「あたしも……マリーが大好きだよぉ……、お願い……あたしと……」
「それ以上言えば、あなたを殺します。いえ、それよりも」
エスポワールが背中の大きなライフル――フライクーゲルを装備した。
「リーゼロッテを殺しましょう。エネルギーは満タンではありませんが、ヴァイスリーリエだけなら、十分仕留められるでしょう」
「なんでよ!? なんでそんなことするのよぉ!?」
「その方が効果的だと思ったからです。あなたは自分が傷付くよりも、他の誰かが目の前で傷付く方がキツイでしょう?」
「止めてよマリー!? そんなことする子じゃないでしょ!?」
信じられない。マリーがここまで酷いことを言うなんて。
そして、その酷いことを実行する覚悟を決めているなんて。
「マルティーヌ様、です。リュカ・ベルナール。次はありません」
「お願い、リーゼを撃たないで……マルティーヌ様」
マリーをマルティーヌと呼ぶのは、身を裂かれるような、そんな激烈な痛みだった。
「ここでもまた、リーゼロッテを選ぶのですね」
「え?」
「マリーよりも、リーゼロッテを選んだ。いいでしょう。こう言いなさい。『マルティーヌ様の前に立ったことを心から後悔しています。2度と現れませんので、1度だけ慈悲をください』と」
それはつまり、もう会わないと、マリーの人生に関わらないという宣言。
「あたくしは忙しいのです。早くしなさい。それとも、リーゼロッテが死ぬのを見ますか? ヴァイスリーリエはソレイユの……クロードの相手に忙しくこちらを見ていません。確実に落とせますよ?」
「クロード……?」
その名前を、リュカはよく知っている。幼馴染の男の子で、彼は子供の頃からマリーのことが好きだった。
「クロード様、です。彼は《白夜の騎士》の称号を持っています。あなたのようなメイドが呼び捨てにしていい人物ではありません」
「……守護騎士を……選んだんだ……」
「ええ。王族のしきたりですから。それで? 言うのか言わないのか、早く決めてください」
「……言うよ。だから、フライクーゲル仕舞ってよ……」
魔弾の威力は7年前に証明され、ついさっきマリーによって確認された。守護騎士と闘いながら躱せるような生易しいものではない。
「言ってからです」
「……あたしは、マルティーヌ様の前に立ったことを心から後悔しています。2度と現れないので、どうか1度だけ慈悲をください……」
それは完全なる敗北宣言。
悔しくはなかった。マリーの方が強く、そして覚悟を決めていたというだけ。
でも、心が潰れそうなぐらい悲しかった。
「いいでしょう。本来なら、逆賊として公開処刑にしてもいいぐらいですが、7年間育てて貰った恩もありますし、1度だけ見逃しましょう。さようなら、リュカ・ベルナール」
エスポワールはフライクーゲルを仕舞って、フワリと空を舞った。
それと同時にARインターフェイスからマリーの顔が消える。
その瞬間に、リュカはもう1度泣いた。
「でもね、マリー」リュカが泣きながら言う。「もう1つ、手段があるんだよ、あたしには……」
リュカはゴシゴシと乱暴に涙を拭った。
「あたしに覚悟を決めさせたのは、あたしを魔女にしたのは、あんただよマリー」
涙は乾き、
その瞳に宿るのは決意。
妹を救うためならば、大好きな妹を救うためならば、
たとえ妹の意思を叩き潰してでも。
それが身勝手だと、重々承知している。
けれど、それでも、マリーがどこかでクロードと静かに生きてくれればそれでいい。誰にも殺されることのない、穏やかな場所で。
「さようなら。リュカ・ベルナール」
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