第13話 断絶の空/Over Sense
「マリー……」
リュカはリーゼが持って来てくれたファントムに搭乗している。
ARインターフェイスを通して、エスポワールのフライクーゲルが国際連合駐留軍のほとんどを撃墜した様子を見た。
「リュカ、オーディンに戻るぞ」
ARインターフェイスに映ったリーゼが言った。
リーゼもヴァイスリーリエに搭乗していて、ファントム及び戦神戦艦オーディンのマスカレード隊とともに滞空している。
「ねぇリーゼ、あたし考えたの」
「考えた?」
「そう。マリーを救う方法は3つあるのね」
「おいリュカ……」
「1つは、あたしがシックスセンスを使って、マリーの心を読みながら説得するって方法」
「それはもう通用しないだろう? 名乗る前ならまだしも」
「違うよ。撃つ前なら通用した。あたしが言うのも変だけど、マリーは本当にいい子で、たぶん撃つギリギリまで迷ったと思うから」
「そうだとしても、もう遅いだろう? ひとまずオーディンに戻ろう。いつまでもパスティアの領空にいるのはまずい」
今のところ、パスティア共和国もマリーたち王国軍も戦神戦艦オーディンをスルーしている。それどころではないからだが、長時間滞空していたら矛先が向く可能性も否定できない。
「先に帰ってて。あたしは2つ目の方法を試してくるから」
「待て。2つ目の方法とは何だ?」
「エスポワールを破壊してマリーを攫う」
簡単なことではないが、フライクーゲルは最大火力での連射はできない。リュカだってエスポワールのことはよく知っている。
ファントムのアタックアシストを使えば、勝てない相手じゃないことも。
「冗談はよせ!」リーゼが怒った風に言う。「参戦するつもりか!? エスポワール以外にも深緑の奴と国際連合がいるだろう!?」
リュカはパネルを操作して、戦闘空域にいるマスカレードの識別コードを確認する。
4機が国際連合の所属で、残りがパスティア王国軍の所属。深緑のマスカレードはソレイユ。他のパスティア王国軍所属のマスカレードは、昔のパスティア王国の量産型。
量産型の方は映像配信を行なっているようで、戦闘には参加していない。
「リュカ! 私の話を聞いているのか!?」
「聞いてるよ。ごめんねリーゼ。あたしワガママばっかりだね」
リュカはちょっとだけ笑った。
「ちっ、なんでそんなに頑固なんだお前は。仕方ない、オーディンは待機。マスカレード隊はオーディンを防衛。私とリュカとクリスタが戻るまでだ」
「リーゼ?」
「1人では行かせん」
言ったあと、リーゼが回線を秘匿回線に切り替えた。他の人間には聞こえない、リュカとリーゼだけで会話できる回線だ。
「お前が死んだら私も死ぬぞ? だから死なないように援護してやる。分かったらさっさとバカな妹を攫ってお仕置きしてやれ」
「なんであたしが死んだらリーゼも死ぬの?」
ちょっと意味がよく理解できなかったので、そう聞いた。
「うるさい! 言葉のアヤだ! 行くなら早く行くぞ!」
ARインターフェイスに映ったリーゼの頰は薄紅色に染まっていた。
「分かった。ありがとうリーゼ」
持つべきものは友達だな、なんてことをリュカは思った。
まぁ、その友達に友達以上の好意をリュカは寄せているわけだけれど。
リュカはリーゼに対する愛情を表情に出した。
つまり笑ったのだが、
「高純度の感情エネルギーを認識」
その瞬間にファントムの量子ブレインが起動した。
「え?」
「アタックアシストの対象を指定してください」
「……そっか、愛情も感情なのか……」
リュカは呟いて、それから大きく頷く。
「ファントム、あたしの命令聞くよね!?」
「はい」とファントムの量子ブレインが無機質な声で言った。
「だったら、対象はエスポワール! だけどコクピットは狙わずに戦闘不能にして!」
「了解。コクピットへの攻撃を避け、エスポワールを戦闘不能にします」
瞬間、リュカの身体がファントムに乗っ取られるような感覚。何度経験しても慣れない。
リュカの両手がスロットバーを回して、それぞれエネルギーウイング・イカロスと通常のアサルトライフルを選択した。
ファントムが加速し、エスポワールへと向かう。
「バカ! 速すぎる! 私とクリスタを置いて行くな!」
リーゼは秘匿回線を解除して、通常の回線で怒ったように言った。
リーゼはすぐに怒ったような口調になるが、たぶん実際はそこまで怒ってないだろうなぁ、なんてことをリュカは思った。
◇
「見逃す、だと……?」
ARインターフェイスに映ったマリーの言葉を受けて、ハロルドは眉を寄せた。
エターナルは損傷が激しく、感覚回路が閉鎖されて量子ブレインも沈黙。併せてアタックアシストも終了した。
「そう言いました。しかしながら、二階級特進を望むのであれば、兵士として死ぬことを望むのならば、アッサリと滅ぼして差し上げます」
マリーの声は酷く冷えていて、その表情は氷のようだった。
こんな奴だったか?
ハロルドはアリアンロッドで洗濯係をしていたマリーと今のマリーが重ならない。
以前からマリーは綺麗な顔立ちをしていたし、大人びていたけれど、ここまでクールではなかったように思う。
テレビ放送の時は衝撃の方が大きかったので、そこまでジックリ比べる余裕はなかった。しかし、今ハロルドと話をしているマリーは洗濯係の頃とは別人のようだ。
「20秒、与えます」
マリーは淡々と言った。
撤退するべきだ――ハロルドはそう思った。勇気と無謀は違う。これ以上の戦闘は無謀だ。《紫電のセリア》なら撤退を選ぶ。
ただ、気持ちが治まらない。相手がテロリストであることはもちろんだが、多くの仲間を撃墜された。
本当なら、向かって行きたい。
しかし、
「ハリー! どうするの!?」
アメリアが悲鳴みたいに言った。
アリアンロッドマスカレード隊で生き残ったのはハロルドとアメリアのみ。
みんないい奴だったのに。
「撤退だ……」
いい奴らだからこそ、ここでハロルドやアメリアが死ぬことは望まないだろう。
「悔しいよっ! 悔しいよハリー!」
「俺だってそうだよチクショウ!」
ハロルドは右手で自分の額を押さえた。
エターナルを与えてもらい、隊長代行にしてもらい、勇んで飛び出してこの結果だ。
アリアンロッド隊だけではなく、国際連合駐留軍そのものが壊滅した。
「では早々に引き上げてください」マリーが言う。「それと、2度目はありません。あなたがもうパスティアの空を飛ばないことを願います」
「俺だって、俺だって2度も負けるのはゴメンだ……。次があれば、必ず討ち取ってやるぞマルティーヌ」
ハロルドは残りの3機に正式な撤退命令を出した。残った連中の中では、ハロルドが1番階級が上だからだ。
エターナルとアメリアのホークロアともう1機はエスポワールに背を向けて移動を開始。
しかし残りの1機が命令を無視してエスポワールに突っ込む。
「バカ! 無駄死にだぞ!」
その1機だって無傷ではない。奇跡が起こっても勝てやしない。
そしてやっぱり現実は現実で。
ソレイユがアッサリと簡単にその1機をエネルギーソードで斬り裂いた。
エスポワールに届くことすらなかった。
「ちくしょうがっ……」
ハロルドは悔しさの余りに、強く目を瞑った。
そして目を開くと、レーダに新たな光点が出現。識別コードは神聖ラール帝国のファントム。
「ファントムだとっ!?」
ハロルドは速度を落とした。
更に少し離れてヴァイスリーリエと親衛隊機のビーネⅡ。
どういうことだ!?
戦神戦艦オーディンが動いたのはハロルドも知っている。だが目的は不明だった。テロリストと組んでいるのかとも思ったが、その様子はなかった。
「今更……何をしに?」
もう全てが終わってしまった。パスティア共和国軍は瓦解し、国際連合駐留軍も壊滅。もうすぐパスティア共和国は滅びる。
◇
「クロード!!」
マリーが叫ぶ。
ファントムは、リュカは、お姉様は、エスポワールを破壊しに来たっ!
危機管理において、マリーのシックスセンスは誰よりも秀でている。
そのセンスが全力で警鐘を鳴らした。
信じたくはない。信じたくなんてない。でも、外したことは1度もない。7年前だって、このセンスのおかげで生き延びることができたのだから。
「神聖ラール帝国っ!」
クロードのソレイユがファントムへと向かうが、ファントムはソレイユのエネルギーソードを舞うように躱し、アサルトライフルの銃口をエスポワールへと向ける。
撃たないでお姉ちゃん!
そう願ったのだけど、ファントムは容赦なく引き金を絞り、
「くっ……」
マリーは加速して銃弾を躱す。
ソレイユはヴァイスリーリエとその親衛隊機に捕まった。
マリーはすぐにファントムに通信を送った。
リュカがその通信を受けて、ARインターフェイスにリュカの顔が浮かぶ。まだそれほど長い期間離れていたわけではないけれど、なんだか酷く懐かしい気がした。
「マリー、連れて帰るよ」
リュカは少し笑った。
ファントムが兵装をアサルトライフルからエネルギーソードに切り替える。
エスポワールも右手にエネルギーソードを装備し、左腕にエネルギーシールドを顕現させた。
「勝手なことを!」マリーが怒鳴る。「お姉様はリーゼロッテを選んだじゃないですか!」
「それが家出の理由?」
「お姉様がお姉様の道を征くから! あたくしもあたくしの道を征ったまで!」
ファントムのエネルギーソードを、左腕のシールドで受ける。
そこからエネルギーソード同士の斬り合いへ。
「で、滅びた国を再興するのがマリーの道なわけ?」
「自分の国を取り戻して何が悪いんですか!?」
マスカレードの扱いはマリーの方が上手い。しかし斬り合いは互角。リュカがアタックアシストを使っていることにマリーはすぐ気付いた。
「あたくしを撃墜する気ですか!?」
「そうだよ。ねぇマリー、あんた、国際連合に殺されるよ?」
「覚悟の上です! お姉様だってリーゼロッテなんかと一緒にいたら、いつか誰かに殺されますよ!?」
「ねぇ、あたしもう世界なんていらないから、一緒に暮らそうよ」リュカは穏やかな表情で言った。「どこか、静かな場所でさ。お昼にはお弁当を持って散歩に行くの。湖畔があればボートに乗るのも悪くないね」
「今更……今更ですか!? あたくしはもう名乗ってしまった! 撃ってしまった! 引き返せるはずがないでしょう!!」
「そう言うと思った。だから、撃墜して連れて帰る。あたしはマリーに死んで欲しくない」
ああ、なんて身勝手な姉なのだろう。マリーにはマリーの想いがあるというのに。
「……お姉様は2つ、勘違いしています」
もう話し合いでは解決しないのだ。マリーはそのことをやっと悟った。
もう、2人で何かを分け合うことも、笑い合うことも、お互いを守ることもない。
それは酷く悲しくて、酷く絶望的で、涙が出そうになった。
2人の大切な日々は、取り戻すには遅すぎる。
「勘違い?」
激しい斬り合いを続けながら、リュカが首を傾げる。
「1つは、マリー・ベルナールならすでに死にました。あたくしはパスティア王国第二王女、いえ、新立パスティア王国女王、マルティーヌ・モニカ・パスティアです」
話し合いが成立しないなら、仕方ない。
ファントムを撃墜する。大好きなリュカ・ベルナールを撃墜する。
もちろん殺したりはしない。でも、マリーはリュカと違って無理にリュカを引き留める気はない。リーゼロッテと行けばいい。
やりたいことが、望んだことが、違っていただけ。姉妹と言っても違う人間なのだから、それはもう仕方ないのだ。
「そして2つ目。お姉様、あたくしに勝てると、本気で思っているのですか?」
「え?」
エスポワールがファントムの右腕を切り落とした。ファントムはエスポワールの速度に全く反応できていなかった。
エスポワールとファントムの攻防が互角だったのは、マリーが迷っていたから。
「エスポワールの特性をお忘れですか?」
「嘘っ!?」リュカが初めて焦りの表情を浮かべ、ファントムはエスポワールから距離を取った。「まだ強くなるの!?」
「思い出してください。エスポワールのモードメサイアは国際連合やラール帝国の偽物とは違いますよ」
「そんなっ……あんた、どんだけオーバーセンスなのよ……」
エスポワール以外のモードメサイアは、単純にエネルギー兵装が使用可能になるというだけ。
しかしエスポワールのモードメサイアは、パイロットのシックスセンスに応じてその機体性能を上げてくれる。パワー、機動性、エネルギー兵装の威力。
つまり、誰が乗るかでその能力に大きな差が出る。
そして、
「先に撃ったのはお姉様の方です。いえ、あたくしはもうあなたを姉とは思いません。故に、容赦もしません。あたくしの前に立つのなら、打ち砕いて征きます」
今のマルティーヌ・モニカ・パスティアのセンスは、
現時点で世界最高。
全てのシックスセンス持ちの頂点に立っているのだと、同じくシックスセンスを持つ者なら肌で感じることができる。
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