第12話 魔弾の射手/Anguish And Calamity
すでにコードレッドは発令され、ハロルドはエターナルに搭乗していた。
エターナル及び国際連合駐留軍は基地を出て、激戦区と見られる首都上空を目指している。
「アリアンロッド隊、俺たちの任務はパスティア共和国軍と共同でテロリストを排撃することだ」
隊長代行のハロルドが、アリアンロッドマスカレード隊に通信を送る。
ARインターフェイスにはアリアンロッド隊の隊員たちの顏が映っていた。
「最優先対象はマルティーヌ・モニカ・パスティアを名乗る少女だ。本物か偽物かは知らねぇが、こいつがテロリストを主導しているのは間違いない」
本人たちはパスティア王国軍を名乗っている。しかし国際連合は今までの認識を崩さない。あくまで彼女らは大規模なテロ組織だ。
「マルティーヌに関してはできるなら拘束して国際法廷に引っ張り出したいというのが上の意向だが、拘束が不可能な場合は任意で撃墜せよとのことだ。以上」
ほぼ間違いなく撃墜することになるだろう、とハロルドは思った。
ああいう連中は降伏しない。大義のために自分の命を捨てることに疑問を抱かない。
「「了解」」
アリアンロッド隊の隊員がハロルドの言葉を受諾。
と、ARインターフェイスに別窓が開いて基地司令官の男が映った。
「各部隊長に重要な情報を伝える」司令官が神妙な顔付きで言う。「パスティア共和国軍の8割がテロリストに寝返った」
「なんだとっ!?」
意味が分からない。どうなっている?
あいつらはテロリストだろう?
前パスティア国王は酷い独裁者で、神聖ラール帝国に媚びて自分だけが利益を享受していたはずだ。国民は今以上に飢えていて、デモ行進でも起こそうものなら即座に軍を投入して鎮圧するような最低の国だったはずだ。
少なくとも、国際連合加盟国の教科書にはそう載っている。
平和で穏やかだったパスティア王国を取り戻す――マルティーヌの言葉がハロルドの頭の中をグルグルと回った。
「これでは内戦にもならん。我々は共和国政府への義理を果たした時点で撤退する」司令官が言う。「適度に交戦し、それぞれの国へと帰還したまえ」
「なんだそれっ! テロリストを放置して、逃げ帰れってのか!?」
「アリアンロッドの隊長か。何も我々はテロリストを放置するとは言っていない。1度撤退したのち、国際連合の威信を懸けて大規模な武力制裁を行う。現状では分が悪い、というだけのこと。理解したかね?」
「……了解」
納得などできない。しかし逆らう意味もない。ハロルドは軍人だ。上の命令に従う義務がある。もちろん、あまりにも理不尽で正義のない命令なら拒否もする。《紫電のセリア》もそうしていた。
だがこの命令は理に適っている。
ただ、一時的にでもテロリストに国を明け渡すことになるのは気に喰わない。
「ああ、それと、未確認だがエスポワールに良く似た機体が出ているそうだ」
「エスポワール?」
7年前に撃墜されたはずだ。
しかし、国際連合はその残骸を回収できなかった。だから色々な噂が飛び交った。どこかの国の秘密部隊が我先にと回収した、残骸が残らないよう自壊するシステムがあった、あるいは王国軍の連中がどこかに隠した、など。
「マルティーヌ・モニカ・パスティアが搭乗していると推測されるが、無理に交戦する必要はない。無駄に戦力を消耗するな。どの道パスティア共和国政府は倒れる。以上だ」
司令官の顔がARインターフェイスから消える。
「みんな聞こえてたか?」
ハロルドはアリアンロッド隊との通信を繋いだままにしていた。
「聞こえたよ」アメリアが言う。「撤退ね、撤退」
「適度に交戦してから、が抜けてる」と別の隊員が言った。
「でもよぉ、隊長代行」また別の隊員が言う。「別にマルティーヌを撃墜するな、って命令は受けてねぇべ」
「ああ。俺たちは適度な戦闘の中でマルティーヌを倒すぞ!」
ハロルドがそう言うと、みんながニヤッと笑う。
「そうこなくっちゃ!」アメリアが叫ぶ。「私たち、正義の味方だもんね!」
「おうよ!」
「アリアンロッドマスカレード隊はテロリストを見逃したりない!」
「んなことしたらセリア隊長が化けて出るわぁ!」
隊員たちが口々に言った。
「やっぱアリアンロッド隊は最高だな!」
ハロルドが言って、ARインターフェイスにテロリストの機体を目視で確認。激戦区と聞いていたが、すでに戦闘は終了しているようだ。
まぁ、8割も寝返ったなら当然そうなるか。
「ほらハリー、あれやってよあれ。セリア隊長がいつもやってたやつ」
アメリアがニコニコと笑った。他の隊員たちも「だな、あれがないと締まらない」と乗り気だった。
ハロルドは少しだけ照れながらも、大好きだったセリア・クロスを思い浮かべる。
セリアは凛と咲く一輪の花のようだった。たとえ世界が枯れ果てても、セリアという花だけは折れない。そう思えるほど強く、真っ直ぐな花だった。
「アリアンロッドマスカレード隊! 唯一の隊規は!?」
「「その持てる力を正義のためにしか使わない!!」」
「俺たちの銃は!?」
「「悪を撃ち抜くためのもの!!」」
「征くぞ! 正義のために!」
「「正義のために!」」
◇
「主要施設の大半を我々が押さえました」
ARインターフェイスに映ったクロードがそう言った。
クロードは現在、ソレイユという名のマスカレードに乗っている。位置は首都上空、マリーの搭乗しているエスポワールの少し前方。
ソレイユは装甲の厚い重量級の機体で、深い緑色をしている。
「早いですね」
マリーはエスポワールのコクピットで小さく息を吐いた。
「共和国軍のほとんどがこちらに寝返り、更に国民も立ち上がりましたからね。マルティーヌ様の演説のおかげです」
「そうですか。しかしクロード、まだ終わっていません」
ARインターフェイスに、国際連合駐留軍のマスカレード部隊が映った。その数は50機か60機といったところ。
首都上空ではすでに共和国軍との戦闘は終了している。
共和国軍の多くが寝返ってくれたので、短い時間で片が付いた。
マリーは撮影を担当しているマスカレードとソレイユだけを首都上空に残し、その他のマスカレードには主要施設陥落を手伝うよう命令を出した。
最初に言った通り、国際連合駐留軍はクロードとマリーで殲滅する。
「はい。マルティーヌ様、いけそうですか?」
「残念ながら、まだエネルギーが満タンではありません」
エスポワールを起動させると同時に感覚回路も接続して、マリーはずっとエネルギーを溜めている。しかしそれでも、まだエスポワールの最強兵装を最大火力で使用できない。
オーバーセンスを持ったマリーの感情エネルギーですら、まだ足りない。それほどの威力を持った兵装なのだ。
「では僕が時間稼ぎを」
「ええ。クロード、世界に見せつけてやりなさい。エスポワールを護るため、パスティアの空を護るために生まれたソレイユの力を」
ソレイユはエスポワールとセットで運用するための機体だ。
7年前にソレイユが完成していたら、今とは違う結果だったかもしれない。
「はっ!」
◇
「僕の中に憎悪はなく、あるのはただマルティーヌ様への愛と忠義のみ! 僕の想いに応えろソレイユ!」
クロードが言うと、ARインターフェイスに文字が浮かぶ。
高純度の感情エネルギー認識。感覚回路始動。モードメサイアオンライン。全兵装使用可能。
クロードは通信チャンネルをオープンにして、小さく深呼吸した。
「我は《白夜の騎士》クロード・アリエル・デュラン! 搭乗機はソレイユ! マルティーヌ様の剣であり盾である! 国際連合軍よ聞け! 貴様たちはエスポワールに、マルティーヌ様に触れることすらできずここで朽ち果てる!」
親指でスロットバーを回し、兵装を選択する。
「うるせぇ! テロリストがご大層に名乗ってんじゃねぇ!」
国際連合駐留軍の先頭を飛んでいる赤い機体がオープンチャンネルでそう言った。
赤い機体の識別コードはロードシール共和国のエターナル。
敵マスカレード隊がライフルを構えると同時に、数機がマイクロミサイルを放つ。
「マルティーヌ様への全ての敵意を払い、全ての害意を打ち砕き、全ての災厄の盾となる。顕現せよ! アイギス・フィールド!」
ソレイユの両手から薄い青色のエネルギーが放出される。
そのエネルギーは球体となってソレイユとエスポワールを包み込む。
アイギス・フィールドとは絶対防御領域。エネルギーの膜によって内側を守るための兵装。
マイクロミサイルがアイギス・フィールドに当たって爆発する。広範囲に展開しているにも拘わらず、その防御力は通常のエネルギーシールドより若干弱いというレベル。
これが、ただエスポワールを護るというその一点にのみ特化させたソレイユの能力。
◇
「んだよっ! あれは!」
ハロルドは敵機が展開したエネルギーの膜に、マイクロミサイルたちが阻まれたのを見て歯噛みする。
「ハリー! あれ通常兵装じゃ抜けない気がする!」
アメリアが言った。
いや、正確には攻撃を続ければいつかは終わりが訪れる。ただ、通常兵装での攻撃だとそれがいつになるのか、という話だ。
「俺が抉じ開けるから、お前らはそれまで散開して援護してくれ!」
「「了解」」
アリアンロッドマスカレード隊及びその他のマスカレード隊もハロルドの意見に同意した。
モードメサイアを搭載しているのはハロルドのエターナルだけだから。
「征くぜエターナル! お前の力を見せてみろ!」
「高純度の感情エネルギーを認識。感覚回路始動。モードメサイアオンライン。全兵装使用可能。アタックアシストの対象を指定してください」
エターナルに搭載された量子ブレインが無機質な声で言った。
「テロリストの騎士とか名乗るクソ生意気なソレイユ! あの深緑の奴だ!」
「対象を認識。アタックアシストを開始します」
瞬間、身体の自由を奪われるような感覚があって、ハロルドの両方の親指が勝手にスロットバーを回す。
選択した兵装はエネルギーソード・アロンダイトとエネルギーウイング・タラリア。
エターナルが加速し、ハロルドの身体がシートに押し付けられる。
エターナルはアロンダイトを振り上げ、アイギス・フィールドに一閃。
アイギス・フィールドに亀裂が入る。しかしエターナルが通るには小さい。
エターナルは連続でアロンダイトを振り、アイギス・フィールドの亀裂を広げていく。
「何が災厄を払う盾だ! お前らが災厄そのものなんだよっ!」
◇
マリーは右手の甲を噛みながら小さく震えていた。
手の甲を噛んでいないと歯が鳴ってしまう。
怖いのはアイギス・フィールドを破ろうとしているエターナルではない。
エターナルはファントムによく似ている。もしかしたら同型の機体なのかもしれない。でも、それは問題ではない。
問題なのは、エネルギーが溜まってしまったこと。
マリーが恐れているのは、これからたくさんの人を殺すこと。
今までの人生で、自分が誰かを殺すなんて夢にも思わなかった。
お姉ちゃん、怖いよぉ。
それがマリーの本音。だけど、もう引き返すことはできない。自分で選んだ道だ。マリーはマルティーヌとして生きることを選択したのだ。
ガリっ、と一度強く手の甲を噛んだ。
エスポワールが背中の巨大なライフルを装備し、構える。
「クロード、アイギス・フィールドを解除しなさい」
声が震えないように。
ARインターフェイスではロックオンシーカーが敵マスカレード隊に重なっていく。
「はい!」
ソレイユはアイギス・フィールドを解除したと同時にエネルギーソードを装備し、エターナルへと向かった。
「これは全ての敵を撃ち抜く魔弾」マリーが言う。「故に、あたくしは魔弾の射手となる。世界よ、国際連合よ、刮目し、そして祈りなさい! フライクーゲル!」
エスポワールが拡散エネルギーライフル・フライクーゲルの引き金を絞る。
刹那、
エスポワールの巨大なライフルから放たれた一筋のエネルギーは、パッと弾けて無数の魔弾となり敵機へと向かった。
フライクーゲルに貫かれた敵機が爆発し、残骸となって墜落する。
7年前に伝説を築き上げた究極の兵装。それがフライクーゲル。
敵マスカレード総数55機中、撃墜51機。フライクーゲルを躱せたのはわずか4機のみ。
その4機も、直撃を避けただけで完全回避には至っていない。
「てめぇ! ざけんな! 何だよっ! 今の攻撃は!」
エターナルのパイロットがオープンチャンネルで叫んだ。
マリーはその声に覚えがあった。
エターナルは右肩を抉られ、その先の右腕も失っている。ソレイユと斬り合いながらフライクーゲルの直撃を躱したということ。
機体の性能かパイロットの腕か、あるいは両方か。
「クロード!!」
「はっ!!」
マリーが叫ぶと同時に、ソレイユが再びエターナルに斬撃を加えた。
しかしエターナルはその斬撃を躱し、ソレイユから距離を取った。加速性能はソレイユより上のようだ。
ソレイユがエターナルを追うが、
「クロード、もういいです」
マリーが追撃中止命令を出す。
そしてすぐ、マリーはエターナルに通信を送った。
エターナルがそれを受け、ARインターフェイスにハロルドの顔が浮かぶ。
「やはりアリアンロッドのハロルド君ですか」
「マリー・ベルナール……」
「あなたにはアリアンロッドでよくしてもらった恩があります。ですので、一度だけ見逃しましょう。すぐにパスティアの領空から去りなさい」
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