第9話 敵意を汲み取るモノ/Of The Lost Kingdom


《ヴォルクの柩》を撃墜し、ポトン共和国が無条件降伏を受け入れてから7日後。

 リーゼロッテはブルーノに呼ばれてハンガーへと足を運んだ。


「お前ぐらいのものだ、私に出向けなんて言うのは」


 やれやれ、とリーゼロッテが肩を竦める。


「まぁいいじゃないっすか。どうせ暇でしょうに」

「まぁな」


 戦神戦艦オーディンは5日前からパスティア共和国の国境付近に滞空している。

 そのせいでパスティア共和国の国際連合駐留軍が補強されたが、特に戦神戦艦オーディンを攻撃する素振りは見えない。

 国際連合側も、戦神戦艦オーディンが1隻でパスティア共和国を攻めるとは考えていないのだろう。念のための補強、と言ったところか。

 もちろん、リーゼロッテにも攻撃の意図はない。今パスティア共和国を攻撃する意味はない。世界征服をするならば、いつかは攻めるのだろうが、今である必要は全くない。

 それに、リュカとクリスタがパスティア共和国内で活動している。攻撃などするはずがない。


「メイドの嬢ちゃんにアタックアシストのことを調べてくれって頼まれてたんですけどね」


 ブルーノがファントムに視線を送る。


「ああ。それで?」

「自分はしばらく留守にするから、何か分かったらリーゼロッテ様に伝えておいてくれってさ」

「ああ。聞いている。何が分かった?」


 リュカが今後ファントムに乗ることがあるのかどうか、現時点では分からない。リーゼロッテとしては、2度と乗って欲しくない。

 妹を見つけて、平和に暮してくれた方がいい。

 でも、リュカはファントムのことを知ろうとしていた。


「なんでリーゼロッテ様なんですかね? 乗るんですか?」

「いや。私は乗らんよ。ただ、今後あいつがファントムに乗るなら私の指揮下に入れる。だから私としてもファントムのことは知っておきたい」

「なるほどねぇ。まぁいいですけど、とりあえずこいつの量子ブレインはプログラムを自分で書き換えることができるみたいですねぇ」

「機械が自分で自分を修正するというのか?」


「成長とか学習とかの方が正しいっすよ」ブルーノが肩を竦めた。「こいつは本来、味方の識別コードを発している機体に対して攻撃を行わない設定になってましてね」


「だが《紫電のセリア》を……」そこまで言って、理解する。「……そうか。書き換えたのか」


「そういうことっす。ログを確認したところ、こいつは嬢ちゃんの敵意を汲み取って、勝手に自分を書き換えて勝手にライトニングを攻撃した」

「敵意を汲み取る?」


 リーゼロッテが首を傾げ、ブルーノが頷く。


「で、《ヴォルクの柩》の時は勝手に動かず対象を指定するように嬢ちゃんに言ったらしいんですわ」

「つまり、その時のリュカには敵意がなかった?」

「ええ。ログを見る限り、嬢ちゃんの下した命令は『ヴァイスリーリエを護れ』だったわけで、《ヴォルクの柩》を敵として認識していなかったってことですね」


 いや、そうじゃない――リュカは何よりもリーゼロッテの命を重視したのだ。

 リーゼロッテはうっかり「嬉しい」と呟き、ブルーノが首を傾げた。


「なんでもない」リーゼロッテは咳払いをする。「とにかく、こいつはパイロットの敵意を汲み取って味方でも何でも攻撃する、ということだな?」


「ええ。かなり危険な代物ですわぁ。最悪、嬢ちゃんがリーゼロッテ様に敵意を見せたら、リーゼロッテ様がやられるっつー話で」

「ふん。それはないな」


 リュカがリーゼロッテを敵と認識するはずがない。それだけは確信を持って断言できる。

 だが危険なシステムであることに変わりはない。


「味方を攻撃できないように防壁を張れないのか?」

「無駄っすよ。あっさり書き換えられますって」

「そうか。まぁ、現状では味方に敵意を見せるなとパイロットに言うしかないのか」

「そうなりますねぇ。あと、こいつは学習するわけで、それは戦えば戦うほど際限なく強くなっていくって意味です。万が一敵に回ったら最悪っすよ。《紫電のセリア》が乗らなくて本当に良かったと思うわけで」


 確かにその通りだ。もしこの機体をセリアが扱っていたなら、いずれリーゼロッテは撃墜されただろう。


「同型の機体があると思うか?」

「いくら国際連合でも、量子ブレインをそう何個も作れるとは思えないですが、最悪もう1機ぐらいは出てくるかもしれませんねぇ」

 そうなったら初戦で確実に仕留める必要がある。


「ところで話は変わりますが」

「ん?」

「リーゼロッテ様はあのメイドの嬢ちゃんとはどういう関係なんっすかね?」

「健全な関係に決まっているだろう!?」


 しまった――こんなムキになって応えたら、逆に疑われてしまう。


「いやいや、オレは確かにエロオヤジかもしれませんがねぇ、そういう意味で聞いたんじゃないんですわぁ」

「そ、そうか。ブルーノのことだからてっきり妙な想像をしたのかと思ってな……」


 ブルーノが悪いことにしておこう、とリーゼロッテは思った。


「女同士でですか? まぁ、見てる分には2度お得って感じですけど、オレはやっぱり自分でやり……」

「だから! そういうことを言うから勘違いしてしまうのだ!」


 よし、ブルーノが墓穴を掘ってくれた。これで上手く誤魔化せたはずだ。


「まぁまぁ」ブルーノが両掌をリーゼロッテに見せる。「そうムキにならなくても。オレが聞きたかったのはですね、あのお嬢ちゃんだけやたら特別扱いしてるでしょ、っつーこと」


「ああ、しているな」


 リュカのためだけに戦神戦艦オーディンをパスティア共和国の国境付近まで移動させた。そして今も、リュカが妹を見つけるまで待っている。


「なんでだろう、ってみんな思ってますよ?」

「不満に思っている、という意味か?」

「いんや。単純に疑問なだけですよ。あの魔王が誰かを特別扱いするなんて、今まで有り得なかったことっすからねぇ」

「……友達なんだ。7年前に失ったと思っていた、大切な友達だ」

「なるほど。あの時の、ね。そりゃ良かったですね。けど、みんなに説明した方がいいっすよ。今は良くてもいずれ不満に変わる可能性もありますんで」

「分かった。ではブリーフィングを行おう」


 ただ、リュカの正体は伏せなくてはいけない。

 リュカが何者なのか広まってしまえば、リュカを利用しようとする者や抹殺しようとする者が暗躍することになる。


       ◇


 やれやれ、とブルーノは溜息を吐いた。

 あんな態度じゃぁ、メイドの嬢ちゃんを友達以上に想っていると宣伝しているようなものだ。

 自分で気付かないもんかねぇ。


「別に隠さなくても、あんたが一言『文句のある奴は前に出ろ』って言えば済む話だっつーのに」


 あるいは、リーゼロッテは自分が魔王リーゼロッテだと忘れているのかもしれない、とブルーノは思った。


       ◇


 ハロルド・ブラウンは同僚のアメリアと2人で買い出しに出ていた。

 ここはパスティア共和国の首都。

 空中戦艦アリアンロッドが人員整理で忙しいため、アリアンロッドマスカレード隊はパスティア共和国の国際連合駐留軍基地に派遣されていた。

 5日前から神聖ラール帝国の戦神戦艦オーディンが国境付近に滞空しているので、万が一を考えていくつかの部隊が合流していた。


「あーあ、歓迎会してくれるのはいいけど」隣を歩いているアメリアが言う。「なーんでうちらが買い出しに行かなきゃいけないの?」


「まぁいいじゃねぇか。みんないい奴そうだし」


 2人ともロードシール共和国軍の軍服を着ているが、左腕に国際連合軍の腕章をしている。


「オーディンが攻撃始めたらどうすんの、って思うし」

「それはないさ。何のために滞空してんのか知らねぇけど、やる気ならもうやってるだろうぜ」


 戦神戦艦オーディン以外の軍艦が近付いているという情報もない。

 本当に何のために戦神戦艦オーディンがそこにいるのか謎だが、何もないならその方がいい。


「それにうち、この国嫌い。ドブネズミがいっぱいいるし」


 首都だと言うのに、みすぼらしい格好をした子供たちが物乞いをしている姿をちょくちょく見かける。


「そんな言い方はやめろ。悪いのはそれを正そうとしないパスティア政府だ」


 政府と言っても、国際連合理事国の傀儡でしかない。パスティアから採掘できる宝石類やレアメタルで自分たちが儲けることしか考えていないのだ。

 国際連合からの支援金も政治家どもが懐に仕舞っているのだろうが、その不正を糾弾するのはハロルドの仕事ではない。

 と、高価な車からいかにも金を持っているという風体の男が降りて来た。

 その男にみすぼらしい子供たちが群がって、物乞いを始めた。


「見てられねぇな……」


 せっかく7年前に神聖ラール帝国から独立し、更に王政を打倒したというのに、これでは意味がない。


「ええい! 寄るなドブネズミが! 臭いが移るだろうが!」


 男は持っていた杖で子供を殴った。


「このクソ豚野郎がっ!!」


 考える前に身体が動いてしまうのがハロルドだ。

 ハロルドが駆け出したと同時に、ジーパンの女の子が飛び出してきて、杖で殴られた子を庇った。

 はん、いい女もいるじゃねぇか――そう思いながらハロルドは男の頰に拳を打ち込んだ。


「てめぇ、子供殴るとはどういう了見だこら! てめぇらが利益独占してっからこういう子供たちが生まれるんだろうが!」

「そうだ! この資本主義の豚野郎!」


 ジーパンを履いた女の子が、ハロルドに殴られて尻餅を突いた男の顔を蹴った。

 おお、なかなかやるじゃねぇか、とハロルドは思った。

 そして、女の子と目が合う。


「え?」

「あれ?」


 お互いに一瞬だけ、硬直した。

 その女の子の顔を、忘れるはずがない。くすんだブロンドのセミロングで、細いくせに割と気の強い女の子。ドブネズミとバカにされたらフライパンで殴りかかるような子だった。

 ハロルドはその女の子のことが嫌いではなかった。


「調理師……リュカ・ベルナール……」

「アリアンロッドの……ハロルド君……」


 女の子――リュカはヤバイ、という表情を見せた。そしてすぐに踵を返す。


「待て! ファントム強奪の罪で確保する!」

「リュカ・ベルナール!!」


 アメリアが銃を抜いた。


「バカやめろ! 街中で発砲する気か!」


 ハロルドはアメリアの銃を押さえた。


「だって! あいつがセリア隊長を!」

「だからって裁判もせずに殺すつもりか!? それは殺人だアメリア!」


 まずい。リュカはもう走り出している。ここで逃してしまったら、2度と捕まえるチャンスはないかもしれない。


「お前は買い出しして戻ってろ! 俺が捕まえる!」


 と、銃声がしてハロルドの足元に弾丸が打ち込まれた。

 瞬間、一般市民がパニックを起こして悲鳴を上げる。

 誰が撃った!?

 周囲を見回すが、発見できない。それどころか、逃げ惑う市民に紛れてリュカ・ベルナールを見失った。


       ◇


「こぉのバカメイド!」


 人気のない路地裏で、クリスタはリュカの頰を抓った。


「痛い痛い痛い」


 リュカが涙目でそう訴えた。


「なんでまた国際連合の兵士に喧嘩なんか売ったのよ!?」


 リーゼロッテの親衛隊であるクリスタが、命令とはいえメイドの護衛をしているというだけでも意味不明なのに。これ以上妙なことに巻き込まれたくはない。


「売ってないよぉ。子供が殴られたから、カッとなって……」

「バカメイド! わたしたちは密入国してんのよ!? 騒ぎになったらどうすんの!?」


 まぁ、もうなっているのだが。

 リュカを逃すためにクリスタが発砲してしまったから。


「だって、まさかアリアンロッドの人がいるなんて思わなくて……」

「アリアンロッド?」

「うん。さっきの2人、アリアンロッドの人で、だからあたしを捕まえようとしたの」

「……なるほど。リュカはファントム盗んで来たんだっけ……」

「そう……」

「まぁいいわ。今日は宿に戻りましょう。反政府軍探しはまた明日ね」


 クリスタの任務はリュカを護ること。危険な状況なら引かせる必要がある。

 そしてリュカの任務は反政府軍とコンタクトを取ること、らしいが、クリスタは詳しい事情を聞いていない。

 ただ、探すのはリュカに任せれば問題ないとリーゼロッテが言っていた。

 リュカに「どうやって探すの?」と聞いたら「シックスセンス」とだけ答えた。レベル3ともなると、色々と便利で羨ましいなぁ、なんてクリスタは思ったのだった。


「そうだね。ごめんねクリスタ。それとありがとう」

「いいわよ。護衛が任務だし。でも、ちょっとご褒美は欲しいわね」

「料理しようか? あたし得意だよ。いつも出来合いのものだし」

「それより、リーゼロッテ様の匂いの染み付いたリュカの足を舐めさせてって言ったら――」

「ごめんねクリスタ、染み付いてないから」


 リュカはニッコリ笑ってそう言った。

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