第8話 凛とした花の如く/White Night's Knight
「生き残っちゃったね」
イズは地面に寝転がって、木々の間から空を見ていた。
「そうね。神様がもう少し遊ばせてくるのかしらね。この大きな柩の中で」
オリハはイズの隣に寝転がっていて、右手を空に伸ばした。
2人の頭側にはボロボロになったヴォルクが転がっている。
「いやぁ、スマートデバイスの電波きてて良かったね」
イズはすでに協力者に連絡して、ヴォルクの回収を頼んでいた。
「あーあ、負けちゃったわね」
オリハが転がってイズに抱きつく。
「あのパイロット、僕らの心に触れてきたね。おかげで心が安らいじゃった」
「ええ。負けたのに穏やかな気分だわ。可哀想なぐらい優しいパイロットよね。どうしてリーゼロッテと一緒にいるのかしら?」
心に触れられた時、相手の心にも少しだけ触れることができた。
だからイズとオリハはあのパイロットが酷く優しい奴だということを理解していた。
「さぁ、家族とか?」
「ま、どうでもいいけれど」
「そうだね。どうでもいいね。次に会ったら撃墜するだけだし」
「ええ。相手が優しかろうが可哀想だろうが金持ちだろうが王様だろうが、打ち砕くのが私たち」
「ああ。僕らは《ヴォルクの柩》だからね。それはそうと、オリハからいやらしい匂いがする」
「じゃあエッチでもしましょうか」
「いいね」
イズが笑うと、オリハがイズのお腹の上に乗って、それから大人のキスをした。
◇
リーゼロッテはしばく部屋でぼんやりしていたが、ブルーノの助言通り、まずシャワーを浴びることにした。
自分の裸を見て、痛感する。女だ。私は女なのだ。
それからリュカの裸を想像した。
リュカのミルクみたいな肌を指でなぞって――。
「……変態か私は……」
友人に恋愛感情を抱き、性的な対象として見ている。
その上、自分の気持ちを悟られたくないばっかりに傷付けてしまった。
「……まぁ、変態なのだろう……」
認めることにした。抗ってもどうしようもない。この感情はきっと消えない。
紅茶を飲んで、落ち着いたらリュカの部屋に行こう。
もちろん、さっきのことを謝るためだ。それと、助けてもらったお礼も。
バスルームの中で身体を拭いて髪を乾かして、白い制服を着た。
白はリュカの色。汚れのない色。だからとっても好き。
そしてバスルームから出ると、
メイド服のリュカが椅子に座っていた。
リーゼロッテは頭が混乱した。
リュカを呼んだ覚えはない。それに鍵、部屋に鍵を――掛け忘れたのか、私は。
鍵をした記憶はなかった。
「リーゼ」
リュカがリーゼロッテの方を見る。
その瞳は真っ赤に染まっていて、腫れぼったくて、泣いたというのが一目で分かる。
ああ、私のせいでリュカが。
「すまない。本当に悪かった。許してくれ。拒絶したわけじゃないんだ。センスを否定するつもりはなかったんだ」
「座って」
リュカに言われ、リーゼロッテはリュカの対面の椅子に腰を下ろした。
テーブルを挟んで、リュカと向かい合っている。
「あのね、そのことは悲しかったけど、いいの。許すよ。誰だって心を覗かれるのは嫌だもんね」
「ありがとう……」
リーゼロッテはホッと息を吐いた。
「あたしの話を聞いてくれる?」
「もちろんだ」
「マリーが行ってしまった」
「妹が? どこに行ったんだ?」
「艦長さんに聞いたら、あたしが出撃したすぐ後に、ホークロアで出撃したんだって」
「……戻ってないのか?」
撃墜された、ということなのか。もしそうだとしたら、何を言えばいいのかリーゼロッテには分からない。
「戻らないよ。マリーはパスティアに行ったから」
「パスティア?」
ひとまず、戦死したわけではないようなので安堵する。
「そう。パスティア共和国」
「何のために?」
意味が分からない。あそこはもうパスティア王国ではないというのに。リュカの話では7年間ずっと辛い生活を送っていて、帰る場所もないということだったはずだ。
「亡霊なんだよ、マリーはさ。パスティア王国の亡霊」
「どういう意味だ?」
「反政府軍に参加して現政権を打倒する、って意味」
「……なに?」
「マリーはまたパスティア王国を創りたいんだよ」
「なるほど。そういうことか」
パスティア共和国はある意味内戦状態だ。共和国政府と、王国の敗残兵たちがずっと戦っている。
そこにマリー・ベルナールが参加する。その意味は深い。
マリー・ベルナールはオーバーセンスを持っている。それだけでも、大きな意味がある。
「仮にさ、反政府軍が現政権を打倒して、パスティア王国を再興したとして」
まぁあり得ないことではない。そこにマリー・ベルナールがいるのなら。
「でも、国際連合は許さないよね?」
「武力制裁だろうな」
経済制裁では済まない。国際連合は王制や皇帝制などの独裁体制を酷く嫌っているし、反政府軍をテロリストと位置付けている。
「マリーはさ、殺されるよね?」
「……ああ」
それだけは間違いない。大丈夫だ、なんて見え透いた嘘は言えない。
マリー・ベルナールは死ぬ。それが処刑か戦闘での死か暗殺かは分からない。でも殺される。絶対に。
「ドブネズミの生活がね、あたしは嫌でたまらなくて、苦しくて、辛くて、世界は冷酷で、現実は残酷で……」
「ああ……」
リーゼロッテは相槌を打った。
「ドブネズミにはドブネズミのコミュニティがあってね、そのおかげで、あたしは日雇いの仕事につけて、マスカレードの操作も覚えて、毎日頑張ったんだよ?」
リュカの瞳が潤む。
「死にたいぐらい辛かったの、あたし。でも、そんな苦しい生活をしてたのに、マリーはあたしがいたから幸せだったって……」
それはきっとマリーの本音だろう、とリーゼロッテは思った。
「あたし、大事なものが見えてなかったのかなぁ? ねぇリーゼ、世界を変えたいなんて、あたし間違ってたのかなぁ?」
ポロポロと、リュカの瞳から涙の雫が落ちる。
リュカが泣いている。悲しんでいる。それなのに、リーゼロッテはその雫を綺麗だと思った。
「リュカ……」
「リーゼが言った通り、ラール帝国のどこかで、静かに暮らせば良かったのかなぁ?」
「リュカ、リュカ、まだ間に合う」
リーゼロッテは席を立って、リュカを背後から抱き締めた。
そこに不純な感情は一切なく、ただただ、リュカを慰めたいと思った。
「オーディンをパスティアの国境付近まで移動させる。だから妹を探し出せ。そして話し合えばいい。住む所も、何もかも私が用意してやる」
そこにリーゼロッテはいないけれど。
リーゼロッテは今の立場を捨てたら間違いなく殺される。それだけのことをしてきた。だからリュカと一緒には住めない。でも時々、寄ることぐらいはできる。
「ありがとう、ありがとうリーゼ……」
リュカがリーゼロッテの腕を掴む。
ああ、この小さな手を守るためならば、この細くて可愛い女の子を守るためならば、
リュカが幸せに暮らせるならば、なんだってしてやれる。
リーゼロッテの恋は叶わない。
でも、ならば、せめて守ろう。
リュカが幸せになれるように。
◇
オーディンを出た翌日。マリーはパスティア領土内、国境付近の山にマスカレードを下ろし、自分は近くの岩にもたれて座った。
パスティアの防空網を避けるルートは、すでに反政府軍から貰っていたので特に問題なく領土内に入ることができた。それに、念のためシックスセンスもフルに使用した。
マリーを見つけられる者などいない。血の繋がった実の姉であっても。
もし、マリーを見つける者がいるとしたら、
「やぁマリー、久しぶり」
マリーがここに降りることを知っていた者。
即ち、反政府軍の人間。
「クロードも久しぶり」
マリーは小さく笑った。
クロードは16歳で、マリーの幼馴染。当然、リュカの幼馴染でもある。
クロードは茶髪でよく笑う男の子。細いけど筋肉質で、顔立ちは美しいとは言えないが不細工でもない。服装はマリーと同じような安っぽい服。
「来てくれたってことは、僕らと一緒に戦ってくれると思っていい?」
クロードは自然に、マリーの隣に座った。少し動けば、肩が触れる距離。
マリーは少しだけ、ドキドキした。
「うん。そのつもりで来た」
「そっか。じゃあ早速、親父のとこ行く?」
クロードの父は元パスティア王国騎士団長。パスティアの騎士団は、王直轄の部隊だった。
そして今、クロードの父は反政府軍の指揮を執っている。
「もう少しだけ、マリー・ベルナールでいさせて」
「いいよ。マリーの気が済むまで待つよ」
「クロードは優しい」
「でも、7年前に君たち姉妹を救えなかった」
クロードが拳を握りしめた。7年前はクロードだって子供だった。どうしようもなかったのに。
「その上、僕は君たちを見つけるのも遅くなった……」
マリーはリュカに嘘を吐いていない。あの時点では、反政府軍に加わっていなかった。けれど、繋がりだけはあった。それがマリーの隠し事。
「でも見つけてくれた。ねぇ、子供の頃の話がしたい」
クロードが見つけたのはマリーの方だった。そして、マリーはリュカにクロードのことを伝えていない。理由は単純で、リュカは反政府軍を肯定しないと分かっていたから。
リュカは優しくて、だけど少し臆病だったから。その臆病さを隠すために、リュカはずっと気が強くて喧嘩っ早い振りをしていた。でも辛かったはずだ。本当は誰よりも優しい人だから。
「いいとも。マリーがおねしょして、わんわん泣いてた話とか?」
クロードが笑う。
マリーも一緒に笑った。
「マリーとお姉ちゃんが大喧嘩した時のこと、覚えてる?」
「もちろんさ。君たちは仲良しだったのに、あの日は掴み合いの喧嘩してたね。僕がトイレから戻ったら酷い有り様で驚いたよ」
「あの喧嘩は、実はどっちがクロードのお嫁さんになるかで揉めた」
「……え?」
クロードは驚いたように目を丸くした。やっぱり気付いていなかった。マリーはずっとクロードのことが好きだったのに。
「でもクロードはお姉ちゃんのことが好きだったよね」
「なんでそうなるの?」
「だって、お姉ちゃんとばっかり仲良くしてた」
「違う違う。リュクレーヌは誰とでも仲良しだったじゃないか。僕はずっとマリーしか見てなかったよ」
「……それ、本当?」
「本当。僕は嘘を吐いたことないはずだよ。それに、マリーの騎士になりたいって言ったことはあっても、リュクレーヌの騎士になりたいって言ったことはないよ」
「そっか」
マリーは息を吐く。もう思い残すことはほとんどない。
ただ、大好きなお姉ちゃんとずっと一緒に暮らしたかったというだけ。
でも、
「それにリュクレーヌ、好きな奴いたろ?」
「うん。お姉ちゃんバカだから、自分が恋してることにも気付いてない。今も」
「今も? ははっ、リュクレーヌらしいな。リュクレーヌはやっぱり来てくれないかい?」
リュカはリーゼロッテを選んだ。
行かないで、って叫んだのに。
「お姉ちゃんは来ない。パスティア王国を取り戻すつもりはないみたい。というか、黙って出てきた。言ったらきっと猛反対されるから」
お姉ちゃん、マリーは知ってたよ。時々お姉ちゃんが寝言で「リーゼ」って呼んでたの。マリーじゃなくて少し寂しかった。
そのリーゼが魔王リーゼロッテだと知って酷く驚いたけれど。
「そうか。でも仕方ないね。リュクレーヌは誰かを傷付けるなんてできないだろうしね」
「うん。ありがとうクロード。もういいよ」
マリーが立ち上がり、クロードも立ち上がった。
「じゃあ……」
「うん。目を瞑って」
クロードはマリーの言葉に従って瞳を閉じた。
「目を開いた時、そこにいるのはマリー・ベルナールじゃない」
「分かった。僕が目を開いた時、君はマリーじゃない。僕も、幼馴染のクロードじゃない」
マリーはゆっくりとクロードの前に移動した。
そして、
「クロード、目を開けなさい」
凛とした声で、マリーは言った。
枯れ果てた荒野で咲く、気高い花のように。
クロードがゆっくりと目を開き、そしてすぐに膝を折って頭を下げた。
「クロード・アリエル・デュラン。あなたに問います。あなたはあたくしのために死ねますか?」
「はっ! 喜んで!」
「あなたはあたくしの盾になれますか?」
「たとえ銃弾の雨に曝されても、あなたを守るために倒れることはないでしょう!」
「あたくしが道を誤ったら、正してくれますか?」
「全霊をもって!」
「あたくしの敵を、打ち砕いてくれますか?」
「たとえ肉を裂かれ、両手両足を失い、頭を撃ち抜かれても必ず!」
「いいでしょう。パスティア王国第二王女、マルティーヌ・モニカ・パスティアの名において、今日、この時よりあなたをあたくしの守護騎士とします」
「はっ! ありがたき幸せ!」
「これより《白夜の騎士》を名乗りなさい」
「拝命いたします! わたくし、《白夜の騎士》クロード・アリエル・デュランは、命尽きるまでマルティーヌ様を守り、その敵を余すことなく殲滅し、この身を捧げることを誓います!」
さようならマリー・ベルナール。
1度名乗りを上げたなら、もう2度と引き返すことはできない。
さようならリュカ・ベルナール。
大好きなお姉様。どうかお姉様の恋が叶いますように。
そして、世界征服を本気でやるというのなら、いつかきっと敵になるけれど。
それでも、
マルティーヌは征きます。
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