第7話 心に触れる者/Sweet Little Sister


 リュカは自分でファントムを操作してヴォルクの斬撃を躱した。

 リュカのシックスセンスは特別だ。オーバーセンスと呼んでも過言ではない。

 その特別性は、多くの人を救えるけれど、同時にリュカの心を壊しかけた。

 だからずっと封印して、通常のレベル3程度のセンスしか使っていなかった。

 でも。

 今後、世界を盗るなら必要になってくる。差し当たって、世界最強の傭兵団である《ヴォルクの柩》に通用するのかどうか試したかった。

 それはリュカにとって酷く怖いことだった。ヴォルクの殺意や敵意も怖いし、戦闘も怖いし、自分のセンスも怖い。


「でも……いけるっ!」


 アタックアシストを使わなくても、ヴォルクの攻撃を躱せる。

 ヴォルクだけにシックスセンスを集中させて使用する。

 ヴォルクに搭乗している2人のことが、よく理解できる。リュカのセンスは相手の心に入り込むことができるから。

 だから、次にヴォルクがどう動くか事前に知ることができる。

 ヴォルクはエネルギーソードを横に振る――リュカがそう理解した次の瞬間、

 ヴォルクが横薙ぎにエネルギーソードを振って、ファントムは左手でヴォルクの腕を掴んでその斬撃を止めた。

 ファントムの方がパワーは上。

 ファントムは右の拳を握りしめ、

 ヴォルクの顔部分――メインカメラをぶん殴った。


「バカ!」通信を繋ぎっぱなしにしているリーゼが言った。「エネルギーソードを使え! というか、アタックアシストを使え!」


「そっか! エクスカリバー!」


 戦闘経験のないリュカは、武器を使用するという発想がそもそもない。作業用マスカレード同士で喧嘩した時は、当然殴り合いだったわけで。

 リュカがスロットバーを回してエクスカリバーを選択。

 同時にヴォルクがエネルギーソードを消した。

 その瞬間には、ヴォルクが次に何をするのかリュカは知っていた。

 ヴォルクの右手に高エネルギー反応。

 フェイルノートだっ!

 それが放たれるより速く、ファントムのエクスカリバーがヴォルクの右腕を切断する。

 左手で掴んだままのヴォルクの右腕を捨てて、エクスカリバーを斬り上げる。

 ヴォルクの前面を斜めに斬り裂いたが、ヴォルクが後方に下がったことで撃墜には至らなかった。

 でも闘えてる。戦闘経験がなくても、シックスセンスとファントムの性能があれば世界最強と謳われたマスカレードと対等以上に闘えている。


       ◇


「こいつだオリハ!」

「そうねこいつね!」


 戦神戦艦オーディンはフェイルノートを躱した。それはリーゼロッテの指示だとイズもオリハも思っていた。

 でも違う。

 こいつだ。ヴォルクのメインカメラを潰した上、斜めに斬り裂いた漆黒の機体ファントム。

 このパイロットはヤバイ。2人のシックスセンスが告げる。

 戦闘という局面においてのみ、2人のセンスはリーゼロッテをも凌駕する。そのセンスが囁くのだ。本当にヤバイのはリーゼロッテじゃなくてこっちだと。

 世界征服なんて偉業を本当に達成できる者がいるとしたら、それはファントムのパイロット。

 

 ARインターフェイスの半分がノイズに染まり、右腕も失い、機体の前面も裂かれた。

 それでも。

 左手でアサルトライフルを装備するが、


「野良犬の限界だな」


 ARインターフェイスにリーゼロッテの顔が浮かぶ。

 ヴォルクはどんな通信もウエルカム。発信があれば全て繋がるように設定している。


「ああ、イズ、私たち終わっちゃうのね」

「そうだねオリハ、そういうことだね」


 リーゼロッテの親衛隊5機が、ヴォルクを囲んでいた。


「おやすみ。いい悪夢を」


 リーゼロッテが凶悪に笑った。

 瞬間、親衛隊5機による激しい銃撃に曝され、


「愛してるよオリハ。ヴォルクの次に」

「私もよイズ、ヴォルクの次に」


 ヴォルクは墜ちた。

 常勝無敗、世界最強の《ヴォルクの柩》。

 その伝説が今日、幕を下ろした。

 ただ、ヴォルクに勝ったのはリーゼロッテでもその親衛隊でもない。

 漆黒の機体と心を読むパイロット、

 ファントムとリュカ・ベルナールだ。


       ◇


 ポトン共和国が無条件降伏を受け入れ、戦争は神聖ラール帝国の勝利で終わった。

 リーゼロッテはオーディンに戻ってすぐ、隣のハンガーに向かった。

 そうすると、ちょうどリュカがファントムから降りたところだった。


「あ、リーゼ、お互い無事で良かったね」


 リュカが笑顔を向ける。

 その笑顔が眩しく、リーゼロッテは目を逸らした。

 自分の気持ちに気付いてしまった今、どうリュカと接すればいいのか分からない。

 ただ、知られてはいけない。それだけは確か。

 友人だと思っていた相手が、恋愛感情を抱いている上に、性的な対象として自分を見ている――そんなこと、リーゼロッテがリュカの立場ならゾッとする。

 いやしかし、とリーゼロッテは思う。

 リーゼロッテの友人はリュカしかいない。だからもし、リュカが同じ気持ちならとっても嬉しい。ゾッとするはずがない。

 だがしかし、とリーゼロッテは思考する。

 それはリーゼロッテがリュカを好きだからそう思うだけだ。例えばだが、相手が別の誰かだったら、リーゼロッテはゾッとするし、遠ざける。

 女同士でなんて、あり得ない。


「どうしたの? あたしがファントムに乗ったこと、まだ怒ってる?」


 リュカが近寄って来て、リーゼの顔を覗き込む。

 心臓が、破裂しそう。

 でも、心地いい。

 でも、酷く痛む。

 この恋は叶わない。あまりにも破滅的。せめてリーゼロッテが男であったなら、まだ少しは救いがあったというのに。


「いや……怒ってはいない」

「そう?」

「ああ。それより、なぜアタックアシストを使わなかった?」


 私は今、普通に話せているだろうか?

 間違って好きだと言っていないだろうか?


「んー、自分のシックスセンスを試したの。ずっと使ってなかったからさぁ」

「使ってなかった?」

「うん。全部使ってなかったわけじゃなくて、ある部分だけ。ちょっとあたしのシックスセンス特殊でさ、その特殊な部分だけ封印してたの」

「特殊? どんな風に?」


 シックスセンスと言っても、個人差がかなりある。レベルだけでなく、内容にも差があるのだ。

 例えば、リーゼロッテは万能型で、いつ、どんな場面でも使える。しかしそうじゃない者の方が多い。

《ヴォルクの柩》なんかは戦闘特化型という噂だし、他にも特定の場面でしか使えないというような、制限付きのシックスセンスの話はよく聞く。


「んー、ちょっと説明が難しいんだけど、こう、他人の心が分かるというか、気持ちが分かるような……」

「なるほど。戦闘で相手の気持ちや思考が分かれば有利に……」


 そこまで喋って、リーゼロッテは気付く。

 え?

 相手の気持ちが分かる?


「ちょっと待てリュカ! それ私にも使ったのか!?」

「再会してからは使ってないけど……」

「絶対に使うなよ! いいか!? 絶対だぞ!?」

「……うん。使わないよ……約束する……」


 リュカは酷く悲しそうな顔をした。

 まるで、百合の花に影が落ちるような、そんな暗くて切ない表情。

 しまった、とリーゼロッテは思った。

 今のはリュカのセンスを全否定したに等しい。

 子供の頃、リーゼロッテはシックスセンスのせいで荒んでいた。化け物扱いされ、避けられ、友達もできず、両親にすら愛されなかった。

 シックスセンスを否定されることの辛さを、誰よりも知っていたはずなのに。

 そして、そんなリーゼロッテを救ってくれたのは他でもない、リュカだったのに。


「あたしシャワー浴びてくるね。戦闘で変な汗かいちゃって」


 あはは、と笑いながらリュカが立ち去る。

 酷く乾いた笑いだった。

 リーゼロッテは遠ざかるリュカの背中に、声をかけることができなかった。

 リュカを傷付けてしまった。

 リュカはシックスセンスを封印していたと言った。ドブネズミとして過ごしていたリュカに、他人の気持ちはまるでナイフのように突き刺さったに違いない。

 リュカにとっては、怖かったはずだ。封印したはずのセンスを再び使うのは。

 でも、その怖さを乗り越えて、リーゼロッテと覇道を歩みたいと思ってくれたからこそ、忌まわしいセンスを使ったのだ。

 そんなこと、少し考えれば分かるのに。

 リーゼロッテは泣きそうになったけれど、ハンガーで泣くわけにはいかない。

 どうして私はこうなんだ?

 リュカにいいところを見せたくて、浮き足立って出撃して、結果《ヴォルクの柩》に殺されかけた。

 そんな時、リュカに命を救われたのに「ありがとう」すら言えていない。

 ファントムのことだって、リュカはとっても怖がっていたのに。

 それでもリーゼロッテを助けるために来てくれたのに。


「リーゼロッテ様、そんなとこにボサッと立ってられると邪魔なんっすけどぉ?」


 煙草を咥えたブルーノが寄って来た。


「ブルーノ。お前、友達を傷付けたことはあるか?」

「はぁ?」

「あるのか?」

「そりゃあるでしょーよ」


 ブルーノは肩を竦めた。


「そんな時はどうすればいい?」

「悪かった、でいいんじゃねぇですか?」

「謝ればいい、ということか?」

「リーゼロッテ様って、謝ったことないんっすか?」

「ない」


 心から誰かに謝ったことはない。

 建前として、謝罪の言葉を口にしたことはある。


「あ、いや」リーゼロッテが言う。「昨日謝ったな」


 リュカにキスをしてしまった時、咄嗟に謝った。

 あれはたぶん、心からの謝罪だった。

 寝ている相手に、しかも同性で年下で友人――そんな相手にキスをしてしまったのだから、罪悪感でいっぱいだった。


「メイドのお嬢ちゃんですか? 相手は」

「な、なぜ分かる!?」

「さっきまで話してたじゃないっすかぁ。んで、リーゼロッテ様が凄い剣幕で怒鳴って、お嬢ちゃん泣きそうな顔で笑いながら行っちゃったでしょ? 誰でも分かりますって」

「ああ、なんだそっちか……」


 一瞬、キスをして謝罪した相手を見透かされたのかと思って焦った。

 だがそんなことがあるはずがない。ブルーノはシックスセンスを持っていない。


「ま、シャワーでも浴びて、紅茶でも優雅に啜って落ち着いたら、謝ればいいんじゃないですかねぇ」ブルーノが上に向かって煙を吐いた。「ほら、いつまでもそこに立ってられちゃ、作業の邪魔なんですって」


 ブルーノに追い立てられるように、リーゼロッテは自室に戻った。


       ◇


 リュカは戦神戦艦オーディンの共用シャワールームでシャワーを浴びながら少し泣いた。

 リーゼに拒絶されてしまったことが悲しかったから。


「あんなに強い口調で言わなくても……」


 リュカだって分かっているのだ。自分のシックスセンスが他人に嫌われることぐらい。

 子供の頃は良かった、とリュカは思う。

 悲しい人がいたら慰めて、寂しい人がいたら話し相手になって、怒ってる人をなだめ、喜んでる人と一緒に笑った。

 それが普通だったし、誰もリュカを拒絶しなかった。

 リュカの両親は「リュクレーヌのセンスはとっても素敵なものだから、大切にしなさい」って言ってくれて。

 あの頃は自分のセンスが誇らしかったし、みんなが幸せになれるように、たくさんの愛を吐き出した。

 7年前に、全てが変わってしまったけれど。

 愛の花だったリュクレーヌは壊れて、自分と妹を守るために毒の花になった。

 リュカはシャワーを止めて、個室から出る。


「あ、リュカ。やっぱあんた凄いじゃない」


 全裸のクリスタがいた。これからシャワーを浴びるところなのだろう。

 あまりにもクリスタの身体が女の子っぽかったので、リュカは少し照れた。


「でもリーゼロッテ様に怒られちゃった」


 そして拒絶された。


「毎度のことよ。リーゼロッテ様は短気だから。わたしなんて年中怒られてるわよ?」

「そうなんだ?」

「そう。でもそれが幸せなのよねー」


 ふふふ、とクリスタが笑った。

 怒られて幸せ、というのがリュカにはよく理解できなかったので少し首を傾げた。


「ぶっちゃけ、罵られながら踏みつけられたいわね」


 リーゼは怒っていても美人だ。それは理解できる。でも、


「……?」


 クリスタの発言はまったく理解できなかった。

 リュカが困惑していたので、クリスタは1度咳払いした。


「同類かと思ったけど違うのね。忘れて」

「うん」


 リュカは素直に頷いた。


       ◇


「マリー、ただいま」


 シャワールームから自分の部屋に戻ったのだが、そこにマリーはいなかった。


「あれ? まだブリッジにいるのかな?」


 呟いて、下のベッドに視線を送った。特に深い意味があったわけでもなく、ただ自分が眠る方のベッドをなんとなく見たというだけ。

 でも。

 そこに手紙が置いてあった。


「なんだろう?」


 リュカはその手紙を拾い上げて、目を通す。

 そして目の前が真っ暗になった。


       ◇


 お姉ちゃん大好きだよ。でもさよなら。

 お姉ちゃんが自分の道を進むと言うなら、マリーも自分のするべきことをします。

 反政府軍――パスティア王国軍と一緒にパスティア王国を取り戻します。

 マリー・ベルナールとして過ごした日々は、辛いこともあったけどお姉ちゃんがいてくれたから幸せでした。

 育ててくれてありがとう。

 マリー・ベルナールより、愛を込めて。

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