第6話 憧れの人/Dancing With The Phantom



 クリスタはARインターフェイスを通して、ヴァイスリーリエとヴォルクの一騎討ちをただ見ていた。

 リーゼロッテに手を出すなと言われたわけではない。ただ純粋に2機の動きが速すぎて援護できないのだ。

 下手にライフルを放ったらヴァイスリーリエに当たってしまう可能性もある。

 他の親衛隊機も、それが分かっているので何もしていない。ただ見ている。

 とはいえ、周囲の警戒は怠っていない。

 まぁ、ポトン共和国のマスカレードたちは基地防衛に忙しく、こちらを攻めてくる様子はない。

 唯一、神聖ラール帝国のマスカレード隊を突破してきたのはヴォルクのみ。

 たった1機で世界最強。たった2人の傭兵団。《ヴォルクの柩》の名は伊達じゃない。


「リーゼロッテ様……」


 何もできないことが酷く悔しく、クリスタは唇を噛んだ。

 そして信じたくないことだが、押されているのはヴァイスリーリエの方。

 ヴォルクは感覚回路とモードメサイアを搭載していて、その能力を容赦なく使っている。

 ヴァイスリーリエの弾丸はヴォルクの左腕に装備されたエネルギーシールドに弾かれてしまう。

 しかしヴォルクの使用しているライフルには成形炸薬弾が詰め込まれていて、ヴァイスリーリエの丸盾は2発でその左腕ごと消し飛ばされた。

 ヴァイスリーリエがライフルから鋼破ソードに持ち替える。ヴォルクもライフルからエネルギーソードに武器を変更した。

 そして、

 エネルギーソードによって、ヴァイスリーリエの鋼破ソードが真っ二つに叩き斬られる。

 勝てない。

 あまりにもヴォルクが強過ぎる。

 リーゼロッテとヴァイスリーリエは最強の一角だが、ヴォルクは桁が違う。

 それに、闘い方もマトモじゃない。本当に獣が闘っているのかと勘違いしてしまうぐらい激しい攻め。

 ヴォルクからは死ぬことへの恐れも、傷付くことへの恐れも感じない。

 しかしリーゼロッテは違う。死を恐れ、傷付くことを恐れている。

 クリスタのシックスセンスはレベル1だが、それぐらいは分かる。


「役立たずどもが!」リーゼロッテが親衛隊へのチャンネルを開いて叫ぶ。「何もできんのならせめて私の盾となれ!」


 残酷な命令だが、親衛隊とはリーゼロッテのためなら命を投げ出すことも厭わない連中の集まりなのだ。クリスタも例外じゃない。

 ヴァイスリーリエが距離を取ろうとするが、ヴォルクは逃さない。こんなの、間に入ることさえできない。

 リーゼロッテのために死ぬのは本望だ。けれど、それができないから悔しいのだ。

《ヴォルクの柩》は自身でそう名乗った通り、

 悪夢そのものだった。


       ◇


 リーゼは殺される。

 戦神戦艦オーディンのブリッジで、外の様子を映し出しているメインディスプレイを見ながらリュカは確信した。

 リーゼが闘っている相手は普通じゃない。《紫電のセリア》よりずっと恐ろしい敵だ。

 リーゼやセリアが最強の一角でいられたのは、今まで《ヴォルクの柩》と闘ったことがなかったから。それがすぐに理解できてしまうほど、《ヴォルクの柩》は段違いに強い。

 リュカは拳を握り締める。

 もしリーゼが死んでしまったら、全てが終わってしまう。まだ何も始まってすらいないのに。

 助けなくちゃ!

 そう思った時、リュカの脳裏を通り抜けたのは、


「ファントムなら……」


 リュカに人殺しをさせた漆黒の機体。まるで悪魔のような、機械が人間を操って殺戮させる狂気じみた機体だった。

 ファントムは恐ろしい。リュカを乗っ取ってしまう。

 でも、他にリーゼを救う方法が思い付かない。

 世界のためだけじゃなく、

 リーゼという個人を失いたくないと思った。

 みんなが幸せに暮らせる世界――そのみんなの中にはリーゼだって含まれている。

 それに、

 リュカはそっと自分の唇に触れる。

 あのキスの意味を、怖くて聞けなかった。

 だから何もなかったことにした。

 リーゼが死んでしまうかもしれない。そう感じた時、意味を知りたいと思ってしまった。


「艦長さん! あたし、ファントムで出ます!」


 決意する。

 手を汚す覚悟をする。

 リーゼだけに、背負わせるわけにはいかない。そんなこと、本当はずっと分かっていたのに。

 卑怯で、臆病なリュカ・ベルナール。

 今日、この瞬間にそんな自分とは決別する。世界を手に入れるために。リーゼともっとずっと一緒にいられるように。

 リュカは走ってブリッジを出る。

 その時に、


「お姉ちゃん! 行かないで!」


 マリーが叫んだけど、リュカは振り返らなかった。

 たぶんそれが、分水領だったのだろう。

 この時のリュカにはもちろん分からなかったけれど。


       ◇


「メイド服で出撃ってのも悪くないわなぁ。けど、スーツ着た方がいいぞ」


 煙草を吹かしながら、ブルーノが言った。

 ブルーノの前にはリーゼロッテが雇ったメイドの少女、リュカ・ベルナールがいる。


「着替える時間が惜しいんだよお!」

「分かった分かった」


 マスカレードに搭乗する際に使用するコンバットスーツは、防弾防刃で対衝撃仕様の優れ物。

 それを着ないということは生存率を下げることになるのだが。

 リュカの必死な様子は、7年前のリーゼロッテと重なる。

 リュカが移動式階段を登ってファントムのコクピットに入る。


「よぉ、お嬢ちゃん、どういう風の吹き回しか知らんが、なるべく生きて戻れよ」


 艦長からメイドが出撃すると聞いた時は酷く驚いた。

 しかしまぁ、元々ファントムはリュカが持って来た機体だ。それに、ブルーノとしてはファントムはバラすより戦力として使った方がいいと考えている。


「ありがとう整備士のおじさん!」


 リュカが笑う。

 その笑顔があんまり可愛かったので、ブルーノは咥えていた煙草を落としてしまった。


「オレ、ロリコンだっけか?」


 ブルーノはそう呟きながら床に転がった煙草を拾う。

 まぁ、ロリコンと言う程リュカは若くないが、10代の少女であることに変わりはない。

 他の整備士たちが階段を外し、リュカがコクピットのハッチを閉めた。


「ああ、妹に欲しいタイプか……」


 見た目はそれほど美しいわけじゃないけれど、リュカは可憐だ。元気だし、何より笑顔がいい。

 こう、なんというか、荒んだ心が癒されるような感覚があるのだ。


       ◇


「さすが百合姫リーゼロッテ! 簡単には撃墜できないかっ!」


 イズが心底嬉しそうに言った。


「ああ、憧れの人を私たちの手でぶっ殺せるなんて! 下着の替えが欲しいわ!」


 オリハに至っては嬉しいを通り越して絶頂の中にいる。

 百合姫リーゼロッテは2人の憧れだった。

 リーゼロッテは7年前、何の変哲もない量産型のマスカレードで未だかつてないほどの戦績を残した。しかも当時弱冠14歳。同世代の2人が憧れないはずがない。

 もちろんエスポワールにだって憧れたが、そっちは機体の性能が鬼畜だったのだ。純粋にパイロットの腕前だけとなると、やっぱりリーゼロッテの方に意識が向いた。


「今日はいい日だねオリハ!」

「人生最良の日ねイズ!」

「やっぱり最後はフェイルノートがいい!?」

「そりゃそうでしょ! 私たちの代名詞なんだから!」


 イズはスロットバーを親指で回転させて、兵装をエネルギーソードからフェイルノートに切り替える。

 ヴォルクの右掌にエネルギーが集中する。

 左手ではアサルトライフルを撃ってヴァイスリーリエの動きを制限。

 そしてリーゼロッテに通信を送る。

 リーゼロッテがそれを受け、

 ARインターフェイスにリーゼロッテの顔が浮かぶ。


「僕らは《ヴォルクの柩》。君のための悪夢だ」

「私たちは《ヴォルクの柩》。地獄でまた遊びましょう」

「言いたいことはそれだけかっ! 頭のイカれた野良犬どもがっ!」


 リーゼロッテは酷く怒った表情のまま通信を切った。


「あは。怒った顔も悪くない」

「美人よね、私の次に」


 ヴォルクの右掌をヴァイスリーリエに向ける。


「「さよなら愛しい人!」」


       ◇


 殺されるのかっ!?

 この私が、魔王と恐れられたこの私が、野良犬なんかにっ。

 アサルトライフルで動きを制限され、ヴォルクの放ったフェイルノートを躱せないとリーゼロッテは悟った。

 せっかく、せっかくリュカと再会できたのに。

 最後に想ったのは世界でも何でもなくて、

 ただ1人の友人のことだった。

 私はリュカを、こんなにも、こんなにも愛しているのに。

 ああそうか、とリーゼロッテは最後に理解した。

 私は、リュカを恋愛対象として見ていたのだ、と。

 たぶん10年前からずっと。


       ◇


「ファントム!! 起きろぉぉぉ!!」


 リュカが叫ぶ。その叫びには激しい感情が乗っていた。


「レベル3のシックスセンスを確認。高純度の感情エネルギーを認識。感覚回路を始動。モードメサイア展開。全兵装使用可能。アタックアシストの対象を指定してください」


 対象の指定?

 前回と違う。前回は勝手に攻撃したのに。

 でも、何がどう違うのか考えている余裕はない。あとで整備士のおじさんに調べてもらえばいい。


「ヴァイスリーリエを護れ!!」

「命令を了解。アタックアシストを開始します」


 リュカの両手の親指が勝手にスロットバーを回す。

 右のスロットでエネルギーウイング・イカロスを選択。

 ファントムの背中に薄いグリーンの翼が形成される。

 左のスロットではエネルギーシールド・オハンを選択。

 ファントムの左腕に同じく薄いグリーンのシールドが展開された。

 ファントムが加速する。

 リュカの身体がシートに押し付けられて呼吸が苦しくなる。重力制御装置であるアンジーにエラーが出たのかと思ったが、そうではなかった。加速度が尋常じゃなかったのだ。

 ファントムはヴァイスリーリエとヴォルクの間に入り、オハンをヴォルクに向ける。

 至近距離でヴォルクの放ったフェイルノートを受け止める。

 押されないようにスラスタを全開にするが、それでもフェイルノートの出力を殺し切れない。

 ARインターフェイスに表示されたオハンのエネルギー残量が凄まじい勢いで削られて行く。

 フェイルノートに押され、ファントムはヴァイスリーリエにぶつかってしまう。

 オハンの残量は7%まで削られたが、受け切った。


「リュカなのか!?」


 ARインターフェイスにリーゼの顔が浮かぶ。

 それと同時にヴォルクが距離を取った。ファントムというイレギュラーの介入に戸惑っている様子だった。


「あたし以外にファントム使える人いないでしょ!」

「それはそうだが、なぜ出てきた!?」


 ヴァイスリーリエがファントムから離れ、ヴォルクに正面を向ける。


「アタックアシストを終了。モードメサイアは継続中。次の指示を」


 ファントムの量子ブレインが淡々と言ったが、リュカはスルーした。

 アタックアシストが終わったので、リュカは自分でファントムを操作してヴォルクに備えた。


「なんでって、リーゼが負けそうだったから!」

「バカな! 危険過ぎる! そもそもファントムは怖いと言っていただろう!」

「なんで素直にありがとうって言えないの!?」

「私はお前が……」

「あたしだってリーゼに死んで欲しくないんだよぉ! 世界征服どうこうじゃなくて、リーゼに生きてて欲しいんだよぉ!」

「……ん」


 リーゼは頰を染めて視線を泳がせた。

 嬉しいくせに素直じゃないんだから。

 10年前の方が素直だったなぁ、とリュカは思った。


       ◇


「フェイルノートを受け止めるとか、あのシールドどうなってんのオリハ?」

「知るわけないでしょう? 見たこともない機体よ、アレ」


 イズとオリハは少しだけ困惑していた。

 今まで戦艦のバリアフィールド以外でフェイルノートを受け切った兵装はない。

 モードメサイアを搭載したマスカレードとも闘ったことがあるけれど、フェイルノートを受け切った機体というのは初めてだ。


「ラール帝国の新型、ってことかな?」

「そうなんでしょうね、きっと」

「どうする? 性能は向こうの方が上っぽいけど」


 今のところ、ヴァイスリーリエも黒い機体も攻撃を仕掛けて来る様子は見えない。

 黒い機体の識別コードをイズが確認すると、神聖ラール帝国所属のファントムとなっていた。


「それ聞くの? 本気?」

「ははっ、まさか! 面白そうじゃないかっ! 性能で勝ってる奴なんていくらでも喰って来たさ!」

「イズのそういうところ大好き! 征きましょう!」


 オリハが言って、イズはエネルギーソードを選択。

 一気に加速して2機との距離を詰める。

《ヴォルクの柩》は究極の戦闘狂。

 性能差を理由に逃げ出したりはしない。

 それどころか、相手の性能がいいと激しく燃える。そういう性癖なのだ。

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