第3話 特別な者たち/Stand By Me


「こいつは感覚回路とモードメサイアを搭載してますねぇ」


 マスカレード整備班の班長、ブルーノが漆黒のファントムを見上げながら言った。

 ブルーノは30代前半の男で、長いブルネットの髪を後ろで括り、無精髭を生やしている。


「それは知っている。リュカ……これを盗んだ少女は身体を乗っ取られたと言っているが、どういうことか分かったか?」


 リーゼロッテもファントムを見上げた。

 戦神戦艦オーディンのマスカレード格納庫には、20機の量産型マスカレードが鎮座している。

 リーゼロッテのヴァイスリーリエと親衛隊の機体は別の格納庫にある。


「いやいやリーゼロッテ様、感覚回路っすよ?」


 ブルーノは煙草を吹かしながら言った。

 態度が悪いように見えるが、リーゼロッテは特に咎めなかった。

 ブルーノとは長い付き合いなのだ。


「私のヴァイスリーリエにも搭載する予定だろう?」

「ええまぁ、そっちも進めていますがね。感覚回路搭載型の機体なんて滅多にないでしょうに」


 神聖ラール帝国では10機だけだ。

 そもそも、感覚回路はレベル3のシックスセンスを持つ人間の感情エネルギーを使用してモードメサイアを起動するためのものだ。

 モードメサイアとは、通常の兵装より強力なエネルギー兵装を使用可能な状態のこと。

 しかしエネルギー兵装はその名の通りエネルギーを使用する。マスカレードのパワーセルだけではそのエネルギーを賄えないのだ。


「ああ。7年前は世界にたったの1機だけだったな」


 そもそも、シックスセンスを持つ人間の数が少ない。その上で、レベル3となると本当に数えるほどしかいないのだ。

 シックスセンスを持つ人間は、感情を露わにした時のエネルギー量が常人より遥かに多い。それこそ、怒りだけで世界を破壊しようとする程度には。


「伝説の機体エスポワール、っすね。」

「そうだ。パスティア王が自ら搭乗し、国を守るために戦った。その時にエスポワールが示した超攻撃力のおかげで、感覚回路の研究とシックスセンスの研究が世界的に進んだ」


 しかしエスポワールの残骸は誰も回収できなかった。まるで幻のように、伝説的な攻撃力だけを残してエスポワールは消え去ってしまった。


「それまではシックスセンス持ちなんて悪魔の子みたいな感じで、避けられてましたもんねぇ」


 ブルーノは煙草を吹かしながらリーゼロッテを見た。


「ふん。それで? 話を戻すが、この機体、ファントムには何がある?」

「量子ブレイン」

「……なんだと?」

「完全な物ではないですけどね」


 ロボットを完全なスタンドアロンで動かすための電子的な脳。それが量子ブレインだ。もっとも、まだ研究段階の技術で、実用化されたという話をリーゼロッテは知らない。


「こいつはオートドールなのか?」


 量子ブレインを搭載した完全自立型ロボットの名称がオートドール。


「完全じゃない、って言ったでしょうに」ブルーノが肩を竦める。「量子ブレインはエネルギーを食う。だから普段はスリープ状態で、周囲の状況だけ認識している感じですかね」


「ほう。それで?」

「覚醒したら、データベースに蓄積されているあらゆる戦闘データを元に、最適なアタックアシストを行う、ってところですかね」

「セミオートドール、と言ったところか?」

「そんなところですねぇ。しっかし、国際連合はうちより技術が進んでますね。不完全とはいえ量子ブレインを実用化してるわけっすから」

「問題ない。その量子ブレインはこっちの手の中だ。基地に戻った時にラボでバラバラにして徹底的に調べさせろ」


「え?」ブルーノが目を丸くする。「使わないんですか?」


「使える奴がいないだろうに」


 リーゼロッテを除けば、戦神戦艦オーディンにはレベル3のシックスセンスを持ったパイロットがいない。


「リーゼロッテ様が乗ればいいじゃないですか。白く塗っときますよ?」

「私はロボットに操られるのはゴメンだし、ヴァイスリーリエが気に入っている」


 リーゼロッテはヴァイスリーリエを大切にしている。その名にイメージした少女――リュカそのものであるかのように。


「じゃあ、あの子は? 盗んで使った子。メイドなんかにするのは勿体無いっすよ?」

「あいつは私のメイドにする。もう決めたことだ」


 リュカはファントムを怖がっていた。それにリュカは軍人でもない。乗って闘えというのは酷だ。


「あー、勿体無いっすわぁ。でもまぁ、それでオートドールの研究が進むなら、それはそれでアリなのかもしれませんなぁ」


 いつの日か、人類が滅んだらオートドールたちが朽ちた世界で夢を見るのかもしれない。リーゼロッテはそんな風に思った。


       ◇


 表情が緩んでんの、気付いてんのかねぇ?

 メイドの話をしたリーゼロッテが立ち去ったのち、ブルーノはそう思った。


「しっかし、あれから7年か……」


 エスポワールの話が出たことで、ブルーノは7年前を思い起こした。


「友達を助けるんだって飛び出したお嬢ちゃんが、今じゃ綺麗な姉ちゃん……かぁー、オレもオッサンになるわけだわぁ」


 7年前、まだ配属されたばかりのくせに、ありとあらゆる命令違反を犯し、たった1人で、友達のためだけに戦場に征ったリーゼロッテ。あの時ハッチを開いてやったのがブルーノだった。


「あの時、伝説になったのはエスポワールだけじゃねぇんですよ、リーゼロッテ様」


 あの日、リーゼロッテは生きて戻った。誰も生きて戻れるなんて思わなかった。

 マスカレード撃墜数31機。戦艦撃墜数1隻。それが、量産型のマスカレードで飛び出したリーゼロッテの戦績。

 この実績のおかげで、神聖ラール帝国でシックスセンスの有用性が認められたのだ。


「あんたは特別なんだぜ?」


 あの日から、ブルーノはリーゼロッテを見ていた。3年前に世界征服を掲げた時は腹を抱えて笑ったものだ。


 そして、ブルーノはその夢に乗った。数多の王が挑戦し、そして成し得なかった夢に。


「ああ、でも、友達は救えなかったんだっけか……」


       ◇


 一方その頃、空中戦艦アリアンロッドの食堂は悲嘆に暮れていた。

《紫電のセリア》が死んだのだから、当然だ。

 誰が言い出したわけでもないのに、みんな食堂に集まった。ここの調理師がセリアを殺したからではなく、ここには楽しい思い出がたくさんあるから。

 マスカレード隊のハロルド・ブラウンも、食堂を訪れていた。

 ハロルドは19歳の男で、特別な力を持っている。その力はセリアが認めてくれたもの。

 ハロルドは鮮やかな赤毛をワックスで整え、毛束を作っていた。いつも毎日、髪をちゃんとセットしていた。それはセリアにオシャレな男だと思われたかったから。


「わたくしに何かあったら、あなたが世界を守るのですよ!」


 セリアは笑いながらそう言ってくれた。

 この食堂で、何度冗談を交わしただろうか。

 みんなセリアが好きだった。正義感があって、優しくて、本当に真っ直ぐな人だった。いい子ちゃん過ぎてウザい、という奴もいたが、少数派だ。


「ハリー……」


 隣に座っている少女――アメリアがハロルドを愛称で呼ぶ。

 アメリアもハロルドと同じマスカレード隊で、セリアの部下だった。

 明るいグリーンの髪をポニーテールにしている。それは尊敬するセリアの髪型を真似たもの。

 アメリアの年齢は19歳。ハロルドとは同期だ。

 そして、


「辛いね……」


 アメリアはハロルドがセリアを好きだと知っている。


「やっと、セリア隊長、デートに誘えたのにね……」


 そう。ハロルドは何度も何度もセリアを誘った。そしてやっと、次の休暇でデートする約束を取り付けたのだ。

 その矢先に、セリアは死んでしまったけれど。裏切り者の調理師に殺されてしまったけれど。


「仇討ち、したいね……」


「しないさ」ハロルドが言う。「セリア隊長はそんなこと望まないだろ?」


 セリアは望まない。そういう人なのだ。

 だから仇討ちはしない。復讐に生きるなんて、セリアが知ったら悲しむだろうから。


「でも!」

「俺だってあの調理師が憎いさ! でも憎しみを連鎖させてどうすんだよ!? セリア隊長の望んだ正義の通る世界はそうじゃねぇだろうが!?」

「そうかもしれないけど! そうだけど! なんでセリア隊長が……。セリア隊長は……特別な人だったのに……」


 アメリアが泣き崩れる。


「俺たちは、セリア隊長の意思を継いで魔王を討伐する……。それがセリア隊長に対する最大のはなむけだろうが……」


 世界を混乱させ、戦争の渦に巻き込むリーゼロッテ・ファルケンマイヤーを倒すことが、自分の使命だとセリアは言っていた。

 だから引き継ぐのだ。

 しかし、その機会は先延ばしとなった。

 空中戦艦アリアンロッドは本国への一時帰還命令を受けたのだ。

 偉い連中はファントムを奪われた責任の所在を明らかにしたい、ということだ。


「必ず、俺が、魔王を倒します」


 ハロルドは拳を握り、涙を堪えた。

 あなたが世界を守るのですよ!

 セリアの言ってくれた言葉を胸に抱いて。


       ◇


「で、なんであんたメイドになったわけ?」


 オーディンの食堂で1人、夕飯を食べていたリュカの前に座ったクリスタが言った。

 ちなみにマリーとは軽く喧嘩中で、一緒にいない。

 リュカが勝手に戦神戦艦オーディンで働くことを決めたので、マリーは怒ってしまったのだ。


「いやー、リーゼ……ロッテ様に働きたいって言ったら、じゃあ私の世話をしろって言われて」


 リュカはメイド服を着ている。

 黒のワンピースに白のフリル付きエプロン。一般的なメイド服だが、スカートの丈が少し短いようにも思う。

 頭にはレースのヘッドドレス。

 ちなみに、夕食後に早速仕事をするように言われている。最初の仕事はリーゼの夕飯をリーゼの部屋に届けることだ。


「ふぅん。あのリーゼロッテ様がねぇ」


 クリスタは頬杖を突いて目を細めた。


「……えっと?」

「リーゼロッテ様は人を寄せ付けないのよ。わたしたち親衛隊ですら、ちょっと離れて歩いてるのよ? お部屋に入れてもらったことだってないのに……」


 クリスタは酷く恨めしそうに言った。


「そうなんだ?」

「そうよ。あんた、どうやって取り入ったわけ?」

「んーっと」


 元々、友達だったと言ってもいいのかどうか微妙なところだ。

 言ったらきっと、どこで出会ったのかとか、そういうことを聞かれてしまう。


「まぁいいわ」


 リュカが困った様子だったので、クリスタは溜息を吐いた。

 最初の印象は怖い人だったけど、割といい人なのかもしれない、とリュカは思った。


「あんたには《紫電のセリア》を撃墜したって実績があるしね」


《紫電のセリア》。

 リュカが殺してしまった人。自分の意思ではなかったけれど、殺したことに変わりはない。

 アリアンロッドのマスカレード隊隊長で、シックスセンス持ち。食堂で談笑する姿を覚えている。セリアはみんなに慕われていた。


「メイドよりマスカレード乗りになったら? その方がお金もいいし、リーゼロッテ様のお役に立てるわよ?」

「いや、あたしマスカレードの操縦はできるけど戦闘はちょっと……」


 経験がない。

 精々、作業現場でマスカレード同士の殴り合いの喧嘩を何度かしたという程度。


「はぁ!?」クリスタが驚く。「すごい動きだったじゃない!?」


「えっと、あれはファントムが勝手に……」

「何よそれ。だいたいあんた、モードメサイア使ったんだからシックスセンス持ちでしょ? しかもレベル3の。絶対マスカレードに乗った方がいいって」

「無理だよ、あたしには」


 リュカは軍人ではないのだ。過去に軍人だったこともない。


「ふぅん。リーゼロッテ様の最大のライバルと言われた《紫電のセリア》を撃墜しておいて、謙虚なことで」


 やれやれ、とクリスタが両手を広げながら首を振った。


「まぁ、メイドの方が似合ってるよ、あたしにはさ」


 本心だ。リーゼの側でリーゼを支える。そう決めたのだ。

 リーゼが世界征服に集中できるよう、雑務は全部リュカがやる。

 それから、

 疲れて部屋に戻ったリーゼを癒してあげたいなぁ、とも思った。

 なんだかよく分からないけれど、リーゼのことを想うと胸の奥の方が熱を帯びるような感覚があった。

 なんだろうこの感じ?

 変な感じだけど、全然嫌な感じではなかった。

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