読書対決~名作編
鵜川 龍史
読書対決~名作編
(ラーメンズ、「読書対決」を下敷きとして)
A:アンドレ・ジッド『狭き門』。
B:芥川龍之介『羅生門』。
A:ジェロームは二歳年上の従姉、アリサに恋をしていた。
B:下人は青二才の上、主人から仕事をくびにされていた。
A:しかしアリサは、ジェロームの愛に応えることができず、ついには命を……落として……。(A、さめざめと泣く)
B:実は、主人は不治の病にかかっており、下人を雇い続けることができなかったのだ。それを知った下人は……。(Bも泣く)下人の心に降り続く雨は、決してやむことは……なかった。(B、号泣)
A:実は、アリサもジェロームのことを愛していた。しかしアリサは、母親の不倫のことがあったり、妹が同じくジェロームを愛していたりして、自分がジェロームと幸せになってはいけない、と。
B:実は、下人も主人を愛していた。しかし下人は、羅生門の上で出会った老婆のことを好きになったり、その着物を無理やり剝ぎ取ってしまったり、ちょっと高圧的な態度で傷つけてしまったりしたので、主人のことはきっぱり忘れよう、と心に決めたのだった。
A:アリサは、敬虔なキリスト教徒だったので、そのような境遇にある自分が幸せになる選択をすることができなかった。
B:老婆は、敬虔なキリスト教徒だったので、死者を放っておくことができなかった。
A:おいおい、さっきから黙って聞いてれば、好き勝手なこと言って。マネするなよ!
B:知らないよ。キリスト教徒だったんだから、しょうがないだろ。
A:平安時代だろ。まだ、キリスト教、伝来してないし。
B:フラゲだよ、フラゲ。直輸入盤だよ。いちいち、正規ルートで入荷されるのなんか待たないよ。
A:なんだよ、正規ルートって。
B:イエズス会だよ。
A:……知ってるよ。(咳払いをして、気を取り直す)一方アリサは、自分の意志よりも、神の意志を尊重しようとしたのだった。「狭き門」とはつまり「あえて困難な道を選んだ」ということなのだ。
B:なんで、それが「狭き門」なんだよ。
A:狭い方が通りづらいだろ。
B:だったら、それは「通りづらい道」であって、「困難な道」じゃないだろ。通りづらい道は、通れないっていうわけじゃないんだから。
A:うるさいな。そこは、なんていうか、原文のニュアンスをくみ取らないとダメなんだよ。
B:はいはい。原文厨、乙~。「狭き」とかいって、古語っぽい響きにしてる段階で、イタいんだよ。その点、老婆はすごいぞ。老婆はな、自分の意志なんかよりも、大いなる意志を尊重しようとしたのだ!
A:なんだよ、大いなる意志って。お前の方が言ってることがイタいだろ。
B:(余裕の表情で)しかたないだろう。すべては、宇宙の大いなる意志の導きに従っているのだから。そう、「羅生門」とはつまり「宇宙」なのだ。老婆は宇宙の大いなる意志の執行者なのだ。ふはははは!
A:(あきれた様子で)老婆が?
B:老婆も。
A:(驚く)「も」?
B:そう。俺も、お前も。
A:巻き込むなよ。
B:そこはさ、巻き込まれとこうよ。この、老婆の抜いた髪の毛にさ。
A:うわっ。やめろよ。死人の髪の毛、巻き付けんなよ!
B:この髪の持ち主が、生前は、蛇を売ってたのに、お前はあえて断るっていうのか?
A:なんでそれが、断らない理由になるのかが分からん!
B:(激怒する)分からずや!
A:(なんで怒られたか分からず、戸惑いながら)とにかく、アリサは「狭き門」を選び、あえて禁欲的な人生を選択したのだった。
B:老婆もまた、禁欲的な選択をしたのだった。
A:ほらほらほら、おかしいって。またマネしたでしょ。
B:何がだよ。
A:だって、老婆、禁欲的じゃないよね。めっちゃ、強欲だよね。
B:(指を立てて)チッチッチ。老婆は、全ての人間が持っている所有権を一度なかったことにして、ゼロから所有者を決めようとしたんだ。つまり、老婆は全ての人間の欲の存在を否定したということ。つまり、老婆は禁欲的だった。
(Bが勝利を確信して、本を閉じようとするのを、Aが止める)
A:ちょっと待てよ。下人はどうなったんだよ。
B:老婆の禁欲主義に感化された下人は、老婆の愛を独占することをあきらめ、羅生門をくぐり、あえて苦難の道を選択するのだった。
(Aが本を閉じて勝利を宣言する)
B:なんでお前の勝ちなんだよ。
A:下人のくぐった「苦難の道」こそが、「狭き門」だから、な。(あらためてガッツポーズ)
B:ああー。確かに、羅生門の楼の上から降りるのは「通りづらい」けど「通れなくはない」もんな。悔しいなあ。
A:(戸惑いながら)や、やったあ。
B:さすがだなあ。「通りづらい門」は名作だなあ。
A:(ムッとしながら)いや、もう一回やらない?
B:(にやにやしつつ)さすがに、勝ち逃げは気が引けますか。世界文学、ですもんね。
(A、あからさまにイライラした様子、B、余裕の表情で、再戦を始める)
A:フランツ・カフカ『変身』。
B:中島敦『山月記』。
A:ある朝、グレーゴル・ザムザがなにか気がかりな夢から目をさますと、自分が寝床の中で一匹の巨大な虫に変わっているのを発見した。
B:ある夜、李徴が一睡してから、ふと眼を覚ますと、戸外で誰かが自分の名を呼んでいることに気がついた。声を追って走りだし、気が付くと既に虎となっていた。
A:ザムザは外交販売員だったが、旅ばかりの生活に嫌気がさしていた。
B:李徴は若くして科挙に合格したが、身分の低い仕事に我慢がならず、やめてしまった。
A:いやいや、我慢しろよ。三年で辞める若者かよ。
B:三年どころか、三か月、いや、三日と我慢しなかった!
A:そこ、自慢にならないから。ザムザだって、両親がいるから、仕方なく我慢して仕事してたんだから。
B:李徴だって、妻子がいるのに、仕方なく仕事を辞めたんだから。
A:だったら、なおさら辞めるなよ。
B:分かってるよ。李徴だって、本当は地道に仕事して、出世したかったんだ。
A:出世? その前に、食べていけるかどうかが先だろ。
B:お前は、相変わらずつまらない人生だね。アリとキリギリスの、アリみたいな人生だね。
A:まあ……虫になった話だからな。
B:キリギリスも虫だぜ。だったら、人生を、こう、なんていうか、謳歌? しないと。虎なんて、虎としての生を、楽しんでるぜー。
A:何を楽しんでるんだよ。
B:例えば、狩りとか。虎にとっては、獲れたての食材を生のまま、食べたい放題だからな。
A:獲れたて、っていうか、獲りたてだろ。
B:山の幸、海の幸、町の幸――考えただけでよだれが出る。
A:なんだよ、町の幸って。
B:「駅吏が言うことに、これから先の道に人喰……」
A:(途中で遮って)言わなくていい、言わなくて。
B:食事シーンが見せ場なのになあ。「グルメ虎一人旅 山月記」!
A:放送できない放送できない!
B:まあ、グロシーンはモザイク入れてもらうとして。
A:全編、真っ赤なモザイクになるわ!
B:放送事故だな。
A:自分で言うなよ。こっちもこっちで、負けじと食事シーンに力を入れたぜ。
B:おお、聞かせてもらおうじゃないか。
A:虫になってからのザムザは、これまで大好物だったものや新鮮な食材が美味しく感じなくなる。それに対して、腐った野菜やチーズのうまいこと。どれもこれも、妹の愛情によってもたらされたものだった。
B:腐った食材を与えられたのが?
A:そう、妹の愛。なんと美しい兄妹愛だろう。
B:熟成肉、的な話?
A:いや。ザムザが二日前に「こんなもんが食えるか」って言ったチーズを、また出された。
B:普通の愛情が美味しく感じられなくなってしまったんだな。腐った愛情が……。(涙をこらえる)
A:なんだよ、腐った愛情って。
B:(涙を拭きながら)その、背中に刺さってるのは?
A:リンゴだよ。
B:背中にも口が?
A:どんな虫だよ!
B:ああ。妹の愛か。
A:違う! これは父親だよ!
B:父の愛?
A:うるさいな。ちょっとした行き違いだよ。ザムザが母親をおどかして気絶させてしまって、父親が怒ったんだ。
B:ああ、分かるよ。李徴も、旧友の袁傪を間違えて食べそうになったし。
A:いや、それと同じにするなよ。
B:誰にでも間違いはある。
A:間違えなくてよかったな。
B:まあ、食べちゃってもよかったんだけどな。袁傪は友達だったけど、実際には心を開いて話をするほどじゃなかったし。
A:そうか、李徴も苦労してんだな。
B:李徴はプライドが高いんだよ。だから、自分より才能があって、社会性があって、人望が厚い人間と一緒にいることに耐えられなかったんだ。
A:ダメな奴じゃん。結局、仕事もそれが原因で続かなかったんだな。
B:ふふふっ。そう思うだろ。しかし、李徴には別の才能があった。詩人として有名になって、自分の名前を死後百年に残そうとしたのだ!
A:才能っていうなら、ザムザにも才能くらいあった。えーと、えーと……まず、口が器用。
B:口が、器用?
A:そう、器用。だってさ、ドアのカギを口で開けたり……あと、女の子が「ジャムの蓋が開かないんだけどー」とか言った時には、口で開けてあげるし、旅行先の冷蔵庫に瓶ビールが入ってて、なぜか栓抜きがない時でも、口でくわえて開けることができるんだ。――詩なんか、何の役にも立たないもんね。
B:でもさ、役に立つものには、どれだけの価値があるっていうんだろうね。君の読んでる、その本だって、何の役にも立たないからこそ、価値があるんじゃないの。
(B、静かに本を閉じて、Aの肩を叩く)
B:役に立たないことに価値を置くことができる。そんな人間ってやつは、なんてすばらしいんだろうねえ。
A:これ、虫と虎の話だけどね。
(幕)
読書対決~名作編 鵜川 龍史 @julie_hanekawa
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