第6話 それを修羅場というのです


 

 傀儡師――魔法で制御された非生物を操る者の総称だ。


 命無き者を、まるで生物のように操り使役する能力を行使するわけだが、その方法や操作する対象物も多岐に渡っている。彼らは職業特性などによって区別され、それに応じてさらに細分化された呼び名を持っていた。


 アネルと名乗った少女のように、実存する物体を使役する者は、パペットマスターと呼ばれ、人型だけでなく様々な生物の形を模した人形を操るという。


 これらの人形は総じてゴレムと呼称されており、構造や素材によって特性が異なっている。例えば、土塊や瓦礫など、素材そのものに術式を施して動作させるものは耐久性に優れるが、動作が緩慢で器用さに欠ける。また、機械構造を持つオートマタをベースにしたものは、素早く複雑な動作が可能ではあるが、故障し易かったりメンテナンス性の問題を抱えていたりと、それぞれ、利点と弱点を持つのだ。


――布製ってどうなんだろう?


 ルビィは考え込んでしまった。アネルの傍に傅く、ぬいぐるみタイプのゴレム。明るいところでよく見てみても、やはり巨大なぬいぐるみにしか見えない。熊かウサギか、はたまた犬なのか猫なのか、どうにも判断が出来かねる微妙なデザインである。素材は、なにやら可愛らしいデザインの布をパッチワークしており、大きさを除けば概ねファンシーな代物だった。


 アネルとの遭遇の後、ルビィはこの傀儡師と共に街へ帰還し、市場近くの酒場へと移動した。彼女から、あの迷宮の奇妙な箇所について話がしたいと持ち掛けられたからだ。


「あそこにはたぶん、未調査の部屋が隠されていると思うわけよ」


 果汁を加えたエールをうまそうに飲み干し、アネルは卓上に広げた地図を指差す。以前より地図上におかしな空間を見い出し、独自に調査を行っていたらしいのだが、周囲には入り口どころか、小さな仕掛けや細工の痕跡すら見当たらなかったそうだ。


「だからといって、諦めたわけじゃないわよ!とにかくあそこは、あたしが先に目を付けたんだからね!」


「わ、わかったよ。僕は自分の地図が間違ってなかったって確かめたかっただけだから」


 ルビィの言葉に、アネルは半信半疑の表情をありありと浮かべている。


「まぁ、いいわ・・・そうね。それなら、あたしを手伝うことを許可するわ。正直、手詰まりだっ・・・ううん、側で手伝わせれば抜け駆けのしようもないし。あなた、明日からあたしの下僕として働いてもいいわよ」


「・・・」


 とんでもない方向からとんでもない話を持ち込まれて、ルビィは開いた口が塞がらなかった。いや、最近ごく身近でも、こんな理論で押し切られた記憶があった。ルビィが今、感じている眩暈がデジャヴを伴っているのは気のせいではないようだ。どうにも、この少年の周りには、同じようなタイプの人間が集まってくるらしい。


「明日も朝から迷宮へ行くわよ!遅刻したらクビだから!」


 いつの間にやら従業員か何かの扱いにまでなっていて、もういっそクビでもいいか、とも思うルビィではあったが、地図の謎にはやはり興味がある。続きは明日にしようということで今日のところはお開きと相成った・・・はずであった。


「どうして、ついてくるんです?」


 夕焼けの橙色に染まっていた町並みが夜の帳に包まれ始める頃。家路を急ぐ者や、夜の遊興に繰り出さんとする人々でごった返す大通り。そこで一際、異彩を放っている者がいた。ドレス姿の少女と巨大なぬいぐるみであった。それがルビィの後を、やたら優雅な足取りで付いて来ている。周囲の視線が痛いほど自分に集まっているのがわかり、たまらずルビィはアネルに尋ねたのだった。


「あたし、夕食がまだなの。知ってるわよ。あなたこの辺りではあまり見かけない、珍しい料理をお店で出しているんですってね。それをあたしに振舞っていいわよ」


「・・・」


 結局、アネルは『暁のカモメ亭』で今や名物になりつつある豚汁と、ふんわりと焼き上げた玉子焼き、亭主自慢の塩漬け肉の燻製に舌鼓を打ち、エールをしこたま呑んで上機嫌で帰っていった。


「お前さんはどうも、あの手合いに好かれる星巡りらしいね」


 亭主の苦笑いに、ため息が出るルビィ。その亭主が言うには、やはりアネルは街でも変わり者で知られているそうで、それに加えてどうやらグエンと何か因縁があり、相当に反りが合わないらしい。鉢合わせにならないように気をつけた方がいいとの助言までされた。


「そういうことは先に教えてほしかった・・・」


 明日からが思いやられるルビィであった。




 蒼く燃え盛る焔が自分を見つめている。

 ただ無窮に広がる深い闇の底で焔は、永劫に続く怨嗟の謡に揺らめいていた。


 ――何故、迷うのだ?


 繰り返される問いに答える者はいない。逃れられぬ運命の頸木はやがて、まるで茨の蔓のように全身を縛りつけ、選択を迫る。


 ――ならば抗ってみせるがいい。そしてお前は知ることになるだろう。


 嫌だ!嫌だ!嫌だ!


 ――お前の希望は儚く、その道に待つものは絶望のみ・・・


「レーベ!レーベ!しっかりしろ!」


 レーベが深い意識の底から這い上がり最初にその視界に見い出したのは、自分を案じ心配げな表情をしているグエンの姿だった。


「・・・グエン?」


「大丈夫か?ひどく、うなされていたようだが・・・」


 身を起こそうとしたレーベは覚醒に伴う眩暈に襲われ、再び横になった。


「大丈夫・・・心配ないわ。ひどい夢をみただけ」


 グエンのパーティは地下迷宮第4層にてキャンプを張っていた。中層域最初の階層である第4層には、迷宮に潜むモンスターなど、危険な存在の出現が比較的少ない安全地帯がいくつか点在している。そこに天幕を張り、神官の加護による持続的な障壁と魔物避けの香を炊き込めて安全を確保するのが、迷宮における宿営の一般的な方法である。


 第7層で、さらに下層に侵入するには装備、消耗品等の準備が不足しているとの判断から帰路についたパーティは、この第4層で休息を取っていた。


「本当に大丈夫か?あの遭遇で影響を受けているのではないか?」


 眠っている他のメンバーを起こさぬよう、声を潜めてグエンは尋ねた。危機に対する防御を施しているとはいえ、不測の事態が起こることも有り得る。グエンは見張り役として寝ずの番をしていたため、レーベの異変に気付いたようだ。


「・・・やっぱり、これ以上、みんなを巻き込むのは・・・」


「よせ。それはもう何度も話し合ったことじゃないか」


 目を伏せるレーベに、グエンは優しく語り掛ける。その瞳には強い決意が漲り、レーベの肩に置かれたその手は暖かく、また揺らぐことの無い信念を表すかのように力強かった。


「みんなも納得づくで同じ道を歩んでいるのだ。レーベ、君は我々の大切な友人だ。君はこのパーティの誰かが、もしも何か大変な苦境に立っていたとしたらどうする?」


 レーベは返答することが出来なかった。どんな言葉を紡ごうとしても、それが嗚咽に変わってしまうとわかっていたからである。



 パーティの無事帰還。それは喜ぶべきものであったはずだ。

 

 しかし、本来であれば祝宴の場になるはずだった『暁のカモメ亭』は、今や一触即発の緊張感に包まれている。


「ここで何をしている?子供の来る場所ではないぞ」


「うるさいわよ、この牛女。ちょっとばかり胸にでっかい贅肉が付いてるくらいで調子に乗らないでくれる?」


 亭主の助言虚しく出会ってはいけない二人、グエンとアネルが『暁のカモメ亭』で鉢合わせするという事態が発生してしまったのだ。


 朝から迷宮へ潜る予定だったルビィとアネルは、消耗品の調達に手間取り、出発が大幅に遅れてしまっていた。結局、昼食後に出発することとなり『暁のカモメ亭』で二人が食事をとっていた時、間の悪いことにグエンの一行が帰還したのだ。


 そんな状況において、おろおろしているのは亭主とルビィくらいなもので、グエン以外のパーティメンバーは若干、この状況を楽しんでいるような節がある。アビゲイルなどはあからさまに下品な笑みを浮かべているではないか。


「ふふふ、今回はあたしの勝ちよ。あんたのお気に入りはもう、あたしのものなんだからね」


「なに?それはどういうことだ!」


 きっと、どんな危機にも動じないに違いないという、グエンに対する世間の評価はこの日を境に一変することとなった。強大な悪魔に対してさえ、まったく臆することが無かったグエンが、今まさにあからさま過ぎるほど狼狽している。


「ルビィはあたしが、いただいちゃいました!残念でしたね!ひとりであまった肉でも揉んでいたらいいのだわ!」


「なんだと!ルビィ!どういうことなんだ!ちょっと留守にしている隙に・・・お前・・・お前と言うやつは・・・」


 ルビィは返答することが出来なかった。なぜならこの不幸すぎる少年は、身に覚えが微塵も無いアネルの発言に半分、意識を失っていたからであった。




















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