第3話 パーティへのお誘い
「なるほど、お前とあの盗賊の一味との因縁は理解した」
酒場の丸テーブルに4人の男女がいた。ルビィとグエン、それにグエンのパーティメンバーである魔術師と、軽装の弓使いらしき人物である。
男嫌いの評判通り、グエンのパーティは全て女性だけで構成されているらしい。元々、女性との接点に乏しいルビィは緊張至極で終始、何処に目をやればいいかわからないといった具合であった。
その女性のうちのひとり、黒髪の魔術師はレーベと名乗った。グエンとの付き合いが長いらしく、どうやら参謀格といった様子で、パーティの実務的な部分はほとんど彼女が請け負っているようだった。
「ルビィ君、パーティはどこか参加済みかしら?狙われているなら単独行動は危険だと思うのだけれど」
迷宮探索の際、特に中層以降を攻略するのであれば、複数での集団戦闘に対応できるよう人数を揃えることはもはや必須事項といってよかった。中層部には亜人種の集落があったり、危険な生物群もその数が表層とは比べ物にならないほど増加している。単独で進入するなど、自殺行為に等しい。
恥ずかしながら、ルビィはどこのパーティにも参加できていないというのが現状だった。まだまだ駆け出しで、実力も経験も不足しており、手のかかる新参者に足を引っ張られても構わないという奇特なパーティなぞ、あるわけがない。
「ルビィは我らのパーティに参加するのだ」
グエンは高らかに宣言した。テーブルについていた他の三人は元より、近くに陣取り、興味津々といった様子の野次馬酔客たちの誰もが、あっけに取られていた。
「ちょっとグエン。いきなり何を言ってるの?」
レーベはやれやれ、といった風体で翻意を促すが、
「これは、決定事項だ。撤回も変更も有り得ない。我が剣にかけて」
といった具合である。グエンは話に着いて行けずただ、おろおろするばかりルビィの手を取った。
「お前は、わたしのものになれ」
酒場全体がどよめいた。普段、酔っ払い共にとって、迷宮のどこそこで何が見つかったとか、誰が死んだだの、戻ってきただの、そんな世間話が流れる程度がニュースなのだが、この爆弾発言は翌朝のトップを飾るには格好のネタとなるだろう。
言い寄った男達を例外なく、完膚なきまで叩きのめして砂漠に放り出すと噂されているグエンだ。中原有数の戦士であり、迷宮探索の世界でも、トップクラスの探索家といって差し支えない実績を誇っている。
それがどこの馬の骨ともわからない小僧に熱愛宣言を行ったのだから、周囲のもはや収集不能な程の騒乱は、当然の産物とさえいえるだろう。
むしろ、当のルビィの方がその言葉の意味を深くとらえてはいないようだった。まさか自分のような底辺に位置する新参探索者に、グエンが本気で執着することなど考えが及ぶはずもなかったのだ。
言い回しが多少、大げさになったのだろうくらいにしか思っていないようで、単に気まぐれに『子分になれ』とか、その程度の誘いと受け止めていた。
「いや、でも・・・僕、そんな経験もないし、遠慮しておきます」
実際問題として、パーティメンバーとして参加する場合、やはり能力のバランスは重要となってくる。同程度の実力を持つメンバーであればこそ、探索目標も身の丈にあったものに設定できるのであって、あまりに実力差に開きがあれば、単にお荷物になってしまうか、場違いな狩場でその日のうちにあの世へ旅立つことになるだろう。
「嫌なのか?断るというのか?何故だ?」
その疑問はそっくりそのままお返ししたい、というのがルビィの率直な感想だ。何故そこまで自分に執着するのか、理解に苦しむところである。乳を触ったからだろうか?まさかそんな理由ではないだろうに。
「グエンさんには色々助けていただきましたし、あのっ、その、大変失礼なこともしてしまいまして・・・そ、その節は、も、申し訳ありませんでした!」
「いや、そんなことはどうでもいいのだ」
ルビィの精一杯の謝罪を、グエンはむしろ淡々とさえ言える様子でスルーした。ここ半月ほどの彼の一番の悩み事だった案件はおおよそ二秒くらいで終了処理が完了したのである。今日までの葛藤の日々は一体なんだったのか。女心は本当によくわからない。
「・・・よし、ではこうしよう。ルビィはあの盗賊にお宝を奪われたのだったな」
「お宝というか、お師匠様からいただいた餞別が入った箱です。鍵は僕が持っているので中身は無事だと思いますが・・・」
グエンは立ち上がり、再び高らかに宣言した。
「わたしがそれを取り返してやろう!それならば、どうだ?」
「えっ、ほんとですか!そんなことできるんですか?」
こほん、と咳払いをしてレーベがグエンの言葉を引き継いだ。
「先日、襲われた隊商はうちの補給物資も積んでまして、結構な被害を被ってます。ここはひとつ、落としま・・・いえ、罪を償ってもらいませんとね。商工会からも盗賊討伐の依頼が出ていますし」
「それなら、ぜひ!出来る限りのお礼もしますし、お手伝いもします!お願いします!」
繰り返しになるが、この時のルビィはグエンの要求について深く考えてはいなかった。もちろん盗賊から大切な荷物を取り返してもらえたのなら、その礼がどんな高額であっても、なんとしても支払おうと覚悟はしていた。自分が出来る限りの誠意を尽くすつもりであったのだ。
しかし自分自身の認識の甘さを、後に彼は思い知ることになる。この時、ルビィはグエン・スミラミスの内面に燃え盛る炎が、まさかに自分を蹂躙し支配しつくそうとしているとは思いもよらなかった。
グエンとルビィが今しがた地下迷宮で出くわしたことも、実際には偶然ではなかったことがわかった。行方をくらました盗賊の一味が地下迷宮で目撃され始めたため、グエンらパーティメンバーは手分けをして待ち伏せをかけていたのである。盗賊はルビィごと、その罠に飛び込んだというわけだ。
程なくして、逃げ去った盗賊を追跡していたパーティメンバーから連絡が入った。フクロウによる伝書であった。追跡技能の高さで知られるスカウトがその役を果たしているらしい。みな有名人ばかりだ。
弓使いの女が、ジョッキに注がれた麦酒をあおって不満を漏らす。
「今回は出番なさそうだな。グエンが妙に張り切ってるしよ。このガキ、そんなに具合がいいのか?味見していいか?」
見た目の爽やかさを完璧に裏切っている弓使いの指先が、ルビィへと伸ばされようとした瞬間、ふたりの境を轟風が遮った。グエンの振るった大剣が弓使いの鼻先に突きつけられている。下品な物言いに完全に相反して美しい、やや緑がかった金髪が数本、ぱらぱらと地に舞った。
「じじじ、冗談だよ。冗談!やだなぁグエン、冗談だから!ね?」
「アビゲイル、気をつけた方がいいわよ。今日のグエンは・・・まともじゃないみたい。冗談は程ほどにしとかないと、首を落とされかねないわよ」
レーベは連絡用に使用しているフクロウの足から筒を外し、中に入っている通信文に目を通した。
「盗賊のアジトが判明したけれど、ちょっと予想外の展開だわ。アビーにも活躍してもらわなきゃならないかも」
タイフーン・グエンの作戦参謀は悪戯好きの妖精のような笑みを浮かべて、これからの手はずについて皆に説明を始めた。どうやらこの妖精は可愛らしいといった類の者とは程遠い存在のようである。レーベはむしろ邪悪とさえいえるほど、残忍に微笑んでいた。
「なるほど、こいつは予想外だな。探しても見つからないはずだぜ」
商館が立ち並ぶ一角で、口の悪い弓使いアビゲイルがつぶやいた。キルギスホーンの大通りにある大商人の屋敷が、盗賊達のアジトと化しているというのだ。
都市の警察機能を担う自警団や、盗賊征伐を請け負ったパーティなどが都市周辺の捜索を何度も行ったのだが、その痕跡すら見つけることができなかったのも頷けよう。
彼らが都市近郊の荒野なぞを探索している間、当の盗賊たちは街の中心部にある大きな屋敷で、なに不自由なく、のうのうと日々を送っていたに違いない。
一行は屋敷の裏門に音もなく忍び寄った。先行しているスカウトはすでに建物内に侵入しているという。アビゲイルが短く口笛を鳴らすと、裏口の扉がそっと開き、一行を中へと招き入れた。
「盗賊連中は建物の奥。たぶん屋敷の主が首魁」
闇に融け込み易い、暗灰色の装束を身に着けた小柄な女が、これまでに入手した情報をみなに伝えた。この、クロマという名のスカウトはキルギスホーンでも『凄腕の変わり者』として知られている。その職種の名が示す通り、彼女の斥候に関する技術は折り紙付きであり、単独で迷宮下層域までの潜入さえも可能にするという。
そんな潜入のエキスパートにとって商館の警備など紙にも等しいのだろう。さして障害もなく、一行を目的地へと導いた。
突入の様子は惨憺たるものだった。一味が詰めている部屋に飛び込んだグエンは問答無用で大剣を振り回し、最初の遭遇戦でほぼ全ての盗賊を制圧してしまったのである。致命傷こそ与えはしなかったものの、それはまるで室内で荒れ狂う嵐に遭遇したかのような有様であった。
ルビィにナイフを投げたリーダー格の男などは、グエンの剣に巻き込まれたまま散々に引きずり回された挙句、豪快なアッパーカットを喰らって顎の骨を粉々にされた。
数人がその場から逃げ出すことに成功したのだが、その連中も待機していたアビゲイルの狙撃の的となり、商工会から通報を受けた自警団の手によって残らず捕縛されている。
この突入劇はほんの半刻ほどで収束したのだが、盗賊の首魁として捕らえられた商人の顔を見てルビィはがっくりと肩を落とすこととなった。
それはなんとルビィが出店手配のために訪問し、色々と物件の相談をした商人その人だったのだ。思い起こせば手付けで払った費用についても、商人側に落ち度がないという理由で返金に応じてもらえなかったのである。
「とんでもない男だわ。法廷でじっくり追い詰めて、根こそぎ毟り取ってやりましょう」
そう言うレーベの微笑は、やはりどう見ても邪悪そのものに見えた。
酒場に戻り、ルビィは魔法の錠前で守られた箱を開封することにした。悪徳商人のこれまでの犯罪については、これから本格的に解明されてゆくことになるのだろうが、この箱だけはと先に取り返しここへと持ち帰ったのである。魔法鍵を使うと箱は簡単に開けることが出来た。
「これは・・・」
箱の中には乾燥させたキノコや、様々なスパイスを詰めたガラス瓶、なにやら奇妙な乾物、干物類と、いくつかの壷がぎっしりと詰め込まれていた。なぜかグエンは黒ずんだ石ころのような物体と、壷に興味を示している。特に壷から発する香りが気になるようだ。
「これがお師匠様からの餞別です。滅多に手に入らない香辛料とか、希少品を分けていただいたんです」
ルビィはキルギスホーンで、師匠から学んだ料理を出す屋台を出店しようとしていた。これはその店で使う予定だった、まさに最重要機密に当たるような代物だったわけだ。
「ちょっと台所、お借りしますね」
酒場の台所を借りて、ルビィは調理を始めた。グエンが興味を示していた黒い石ころを小さなかんなで薄く削ってゆく。それを覗き込んでいたレーベが尋ねた。
「それはなに?」
「これは魚の燻製なんですよ。東方からの輸入品です」
薄く削った魚の燻製を湯を沸かした鍋に放ち、火を止める。その間に刻んだ根菜を用意した。別の鉄鍋で豚肉を炒め、刻んだ根菜を加える。そこに先ほどの鍋の湯を濾したものを加えて軽く煮込む。そこでルビィは壷をひとつ用意した。
中を覗き込んだアビゲイルが目を丸くしている。壷の中には艶のある茶色いペーストが入っていたのだが、それが一体何なのか、皆目検討が付かなかった。
「これは大豆と麦を発酵させて造った調味料です。これ食べると疲れが取れますよ」
鍋の火を止め、ルビィは茶色のペーストを濾し入れた。なんともいえない芳香が立ち上る。できあがった汁を椀によそって仕上げにスパイスを少々。これを皆にふるまった。
「美味しい!」
「こりゃいいな!」
なかなかの好評にルビィの相好も崩れっぱなしで、テーブルの向こうでつぶやいたグエンの言葉にも気付くことはなかった。
「やっぱりこの味、ほっとするな・・・」
さて、その直後にルビィは自分が今、どのような立場なのか改めて、強制的に理解させられる羽目に陥った。グエンがルビィの財産を取り戻した報酬を要求したのだ。
グエン曰く、ルビィは専属のコックとしてパーティに加入すること。また、ルビィはグエンのものであって、絶対的な不可侵領域とする。これを破る者には死あるのみ。以上がその内容であった。
そのぶっ飛んだ言い草に一同、開いた口が塞がらなかったのだが、どうやらどこまでもグエンは本気のようである。その理由もわからず、ルビィには、もはや理不尽の極地ともいえる女戦士の暴挙に、抵抗する手段がありはしなかった。
なんで、僕?どうして僕なんですか――?
その問いに答える者はいない。大体、そうやって姫君が捕らえられる理由が理不尽ではなかった試しはないのである。そこに理由を求めるのは無駄というものであろう。性別の逆転などというものは今のご時勢には珍しくもなんともないのだから。
「ルビィは約束した。まさかそれを違えるとは言わんだろうな?」
ルビィに選択の余地がないことは言うまでもない。そうして彼は自分の意思とはまったく関係なく、かのタイフーン・グエンのパーティに加わることとなったのであった。
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