第2話
♦︎スクルータ・ドゥ・ディスハ・ヘルゼルトside♦︎
産出舎に連れて行くローウルフを引き連れたスクルータの一行が村の出口で立ち止まる。スクルータは振り返って監視兵に向かって口を開いた。
「見送りはここまでで良い。お前たち、後のことは頼んだぞ」
「はっ。お任せ下さいスクルータ様」
声を揃えて敬礼をする彼らに気を良くしたスクルータは、返礼すると馬を反転させて山を降り始めた。と、そこへ——
「おい、帝国の下種野郎ども!そこの女性たちを返してもらおうか!」
「ふむ?誰ぞ騒がしい奴は」
スクルータが首を回して声がした方を目を向けると、そこには14歳程のローウルフの少年が此方を睨みつけて立っていた。
恐らくこのメス犬の中に恋人かなにかでも居るのだろう。その証拠に……。
「ロキル……?どうして今更来たの!?もうあなたの顔なんて見たくないわ。早く帰って!」
メス犬の中から少年と同じ年頃の白髪の少女が声をあげた。
「さっきはごめん。俺に力がなかったばかりに……。でも、今の俺なら必ずテュナを助けてみせる」
少年の格好つけたような威勢を耳にしたスクルータの部下から、ドッと嘲笑が湧き上がった。
「おいおいボクチン。さっきの負け犬クンじゃないかぁ。なに?もしかして俺たちに喧嘩売っちゃってるの?」
「辞めときなよぉ。一瞬で死んじゃうよ?」
「そうだね、一瞬で死ぬのはキミたちだろうね」
「……はぁっ?」
「あ゛あ゛っ?」
少年の口から飛び出した挑発に、監視兵の二人は青筋を立てて激昂した。
「スクルータ様。礼儀の知らないアレですが……殺してしまっても良いでしょうか」
「あの様な不遜なことを申す輩が出ぬ様に見せしめにしとう御座います」
腹わたを贄繰り返す兵士の言葉を受け、スクルータは内心早く帰ってワイン風呂に浸かりたいと思いながらも首肯した。
「良いだろう。だが、心臓には傷つけるなよ。幼体とはいえ価値が下がるのはごめんだからな」
「もちろん承知しておりますとも。……おい、殺やるぞ」
「まずは死なねぇ程度にいたぶってから……」
「お前たち、手短に片付けろよ」
スクルータは品のない彼らにすかさず釘を刺した。こんなことで10分や20分も時間を取られるのはごめんである。
「……了解です」
「……分かっておりますよ」
残念そうにお互いの顔を見やって肩を竦める兵士。後処理は部下に任せてサッサと引き上げよう。
そう思って今頃は地べたにボロ雑巾の様な格好で倒れているであろう少年の方へ視線を向ける。が、目の前に広がっていたのは信じがたい光景であった——。
「ぶ……ぶぷっ……!?」
「おや、逃げなくても良いのかい?」
「あ……ああっ?——ぎゃぁあああああああっ!?」
なんということか、兵士の一人は背中から腕が生え、もう一人は胸から腕を生やしているではないか!
「な、なんだ!?一体なにが起きたというんだっ!?」
しかし、身体から急に腕が生えてくるハズもなく。事の次第に気がついたのは数十秒後のことであった。
絶叫をあげて血溜まりを作っていた監視兵の背中から腕が引っ込み、その引っ込めた手には既に魔石と化してしまった監視兵の心臓が握りしめられていた。兵士の背中には腕が二本ほど通る大きさの穴がポッカリと空き、彼らはその場で力なく崩折れてしまった。
戦場でも感じたことがない悪寒を覚えたスクルータは、血の気の失せた顔でオロオロと狼狽える兵士たちに向かって咄嗟に声を張り上げていた。
「ぜっ、全員武器をとれぇ!!あのローウルフを殺してしまうんだー!!」
♦︎ロキルside♦︎
ロキルが走って追いついた頃、スクルータの一行は丁度山を降り始めようとしていたところだった。
ロキルは大きな声を張り上げて彼らを呼び止める。
「おい、帝国の下種野郎ども!そこの女性たちを返してもらおうか!」
声を耳にした一行が振り返って立ち止まる。
ロキルがまず確認したのはテュナの安否だ。ローウルフの女性の中に彼女の姿を見つけて目が合った。
良かった……。今のところ彼女にも他の女性たちにも目立った乱暴はされていないらしい。そう安堵の吐息を吐き出していたところへテュナが大きな声で叫んできた。
「どうして今更来たの!?もうあなたの顔なんて見たくないわ。早く帰って!」
そう怒鳴る彼女だが、その目は「ここに居れば殺されちゃう。お願いだから早く帰って」と訴えていた。
テュナは優しい子だな。改めて不甲斐ない自分を殺したい気分になる。
こんなクズ男の為に必死に庇おうとする彼女を安心させようと、ロキルは優しい口調で言い聞かせた。
「さっきはごめん。俺に力がなかったばかりに……。でも、今の俺なら必ずテュナを助けてみせる」
兵士たちからドッと笑い声が湧き上がるが、ロキルの真剣な瞳を見たテュナは目を丸くした後に力強く頷いた。
彼女とアイコンタクトを取っていたとき、テュナを強引に連れ去った監視兵の二人がロキルを茶化し始めた。
「おいおいボクチン。さっきの負け犬クンじゃないかぁ。なに?もしかして俺たちに喧嘩売っちゃってるの?」
「辞めときなよぉ。一瞬で死んじゃうよ?」
「そうだね、一瞬で死ぬのはキミたちだろうね」
「……はぁっ?」
「あ゛あ゛っ?」
明らかに憤怒をあらわにする二人。それはそうだろう、家畜に大口を叩かれておきながら笑って許せるような人間はいない。
「スクルータ様。礼儀の知らないアレですが……殺してしまっても良いでしょうか」
「あの様な不遜なことを申す輩が出ぬ様に見せしめにしとう御座います」
二人の進言に対して、スクルータは面倒臭そうな態度で頷いた。
「良いだろう。だが、心臓には傷つけるなよ。幼体とはいえ価値が下がるのはごめんだからな」
「もちろん承知しておりますとも。……おい、殺やるぞ」
「まずは死なねぇ程度にいたぶってから……」
「お前たち、手短に片付けろよ」
「……了解です」
「……分かっておりますよ」
面白くない、と言わんばかりに肩を竦める監視兵。彼らは徹底的にロキルをなぶり殺しにしたかったらしい。
それを肌で感じたロキルは、やる気満々で歩み寄ってくる彼らを憐れに思いながらほくそ笑んだ。
「おいおい、コイツ笑ってやがるぞ」
「へへっ、怖くてイカレちまったんじゃねぇか?」
ロキルの肩に手を置いて「おいガキ、逃げなくて大丈夫なのかなぁ?ま、逃がしゃしねぇけどな」と愉快そうにガハガハと腹を抱えて笑い飛ばした。ロキルはそんな彼らの手を払いのけると、逆に両の腕を彼らの肩に回すのだった。
「キミたちこそ、俺から逃げられないと思った方が良いよ」
「はあぁ?良い加減調子に乗るのなよガキ——」
「——それはこっちの台詞だ」
吐き捨てるような声音で言い放った瞬間、気づいた頃にはロキルの腕が兵士の胸を貫通していた。
「ぶ……ぶぷっ……!?」
訳が分からないといった顔のまま、血反吐を吐いて生き絶えた仲間を見たもう一人の兵士は本能的に後退りする。
「おや、逃げなくても良いのかい?」
「あ……ああっ?——ぎゃぁあああああああっ!?」
恐怖で顔を歪ませ、身体を反転させて逃げようとした兵士にすかさず腕を突き出した。背中から胸に穴を開けられた彼は断末魔をあげて仲間同様に力なく膝を屈する。
「な、なんだ!?一体なにが起きたというんだっ!?」
スクルータが状況を飲み込めず、ロキルが握り締める二つの魔石と倒れた兵士を交互に視線を這わせた。他の兵士たちも彼と同様に、頭に疑問符を浮かべて身体を硬直させている。
しかし、そこは腐っても大陸最大の大帝国騎士。幾度となく死線を潜り抜けてきたであろうスクルータは、腰から剣を抜き放ち、その切っ先をロキルに向かって突き付けた。
「ぜっ、全員武器をとれぇ!!あのローウルフを殺してしまうんだー!!」
うおおおおおっ!!と、束になって雄叫びをあげる兵士たち。ロキルは、武器を手に突進してくる彼らを冷酷な笑みをもって迎え撃った。
「へぇ、案外立て直しが早いんだね。でもその心……一体いつまで続くのかな?」
ロキルは死んだ二人の兵士から剣を奪い取り、疾走する矢の如く兵士の懐へ飛び込んでいくのだった。
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