転生魔術師の建国王覇譚
うるふパンツ☆ぴこまる
第1話
♦︎ロキルside♦︎
見渡す限りに広がる黒茶色の畑。村の三分の一という大きさの畑の至る所には武装を施した人間・・の兵士数十人が、中腰で雑草を抜いているローウルフたちを目を光らせて見張っていた。
先程まで近くをウロウロしていた兵士が別のところへ去っていくのを確認してから、ローウルフの少女は作業の手を止めずに小声で口を開いた。
「ねぇロキル、ちゃんと働かないとダメじゃない」
隣で這いつくばっていた黒毛のローウルフの少年は少女の叱責を受けると、遠ざかっていく見張りの兵士を一瞥して小さく鼻を鳴らした。
「ふん、バレなかったじゃないか、なら何も問題ないよ。てか、そんなに怒るんならテュナもサボれば良いだろ」
「はぁ、そうじゃなくって……」
テュナは白い狼の耳と尻尾をだらんと垂らして呆れ返ったように嘆息した。
「そうじゃなくてね。手を抜いているのをもし彼らに知られたら絶対に酷い目に合わされるじゃない。もしかしたら殺されちゃうかもしれないし……」
作業の手はそのままに、テュナはロキルを心配そうに上目遣いで見つめる。だが、ロキルは彼女のそんな気も知らないのか、またも鼻を鳴らして応えるのだった。
「別に殺したいんなら殺せば良いよ。どうせ生きてても行き着く結果は変わらないんだし」
「またロキルはそんなことを……。どうしてそんなことを言うの?死ぬなんて嫌やだよ私。だって……」
テュナは言葉を躊躇うように目を伏せて「生きたまま心臓を抉り取られちゃうんだよ?そんなの絶対に痛いよ、苦しいよ……」と悲しげにポツリと呟いた。
この世界には魔石というものがある。それは動物であれば人間でも魔物でも、彼らローウルフのような亜人でも皆持ち合わせているものだ。そしてその魔石は命あるものが有している心臓という臓器と同じもので、生きている生物から生の心臓を取り出し空気に触れた途端魔石に生まれ変わるのだ。
魔石には強力な魔力の力が存在し、魔石を体内に取り込むことによってその生物は力を大きくすることが出来る。
故に、人間たちは良質な魔石を求めてローウルフのような亜人たちを家畜のように支配し、死ぬ寸前まで働かせてから生きたまま心臓を抉り出すのだ。
弱々しく顔を背けるテュナに、ロキルは溜息して肩を竦めた。
「じゃあテュナは今すぐ死ななくて良いだろ。何そんなにつっかかってんの?」
「どうしてそんなこと言うのっ?あたしはただロキルが死んでほしくな——」
「——しっ!!」
目付きを鋭く尖らせたロキルの顔を見たテュナは、その意味を瞬時に理解して口を噤んだ。側の畑の淵に別の兵士が静かな足音で通り過ぎていく。
「……ごめん。ありがとう」
「死にたくないんなら気をつけろよな」
「うん……」
ロキルに助けられたテュナはそれから何を言えなくなり、気を取り直すかのように両手で頰を叩いて雑草を引き抜く作業に戻った。
その様子を尻目に見やったロキルは穏やかに流れる風を顔に受けた後、手についた砂を払ってのっそりと立ち上がった。
「ロキル?」
「小休止の時間だよ」
ロキルが首をかしげるテュナにそう告げた途端、見張りの兵士達が「これより五分の休息を与える!」と大声でローウルフたちに言い触れ回った。
それを見届けたテュナは、畑の淵に座り込んだロキルの隣に腰を下ろした。
「いつも思うんだけれど、どうして休憩の時間がくると分かるの?毎日バラバラの時間だと思うんだけれど」
彼女が不思議そうな顔を浮かべてロキルを見上げるが、ロキルは大きく背を伸ばしていつものように答えた。
「さあ、なんとなく?」
「んもぅ、ロキルってば何を聞いてもそれだよね。ちょっとくらい教えてくれたって良いじゃない」
「だから本当なんだって。本当になんとなくそんな気がしただけだから」
そう言って見せるものの、テュナは信じようとせず「むぅ……」と唸りながらロキルをジト目で見つめた。
それから直ぐに機嫌を直したテュナといつもと変わらぬ談笑をしていたところ——。
——ドドドドドドドドドド……。
軽い地響きと馬のいななきを伴って村に派手な格好をしたある一行がやって来た。それを認めた兵士らは彼らの前に走り寄って敬礼し、ローウルフたちは慌ててその場に跪いて額を地面に擦り付けた。もちろんロキルとテュナもサッと頭を下げる。
見張りの兵士たちを馬上から見下ろす一行の中から、一番きらびやかな甲冑を纏った中年の男が前へ姿を現した。
「スクルータ様。このような穢らわしいところへ如何なさいましたか?」
「なに、少し野暮用でな」
スクルータと呼ばれた男は平伏するローウルフ達を眺めて微笑を浮かべた。
彼の名はスクルータ・ドゥ・ディスハ・ヘルゼルト。ファエクス帝国に仕える騎士爵の下級貴族であり、ここローウルフの集落を管理している屈強な領主だ。
「なんだ、休憩中か?」
「はい、スクルータ様。今ちょうど奴らを仕事に戻すところで御座いました」
「そうかそうか。ならば仕事に戻らせる前に、奴らの中から状態が良いメス犬を10匹程引っ張ってこい」
「はっ、直ちに」
命令を受けた兵士たちは、ワラワラと散り散りになってローウルフの女性達を選別していく。容姿端麗な者たちが次々とスクルータの下へ引っ立てられる。彼女たちが連れて行かされるところは《産出舎》と呼ばれる所で、ローウルフの女性たちはそこで人間と交配させられる。
なぜ人間となのかというと、より強力な魔石を生み出させるために、人間という別の種族の血を混ぜされる為だ。純粋なローウルフの血と人間の血を混ぜることによって、ローウルフの血は拒絶反応を示してより強くなる。そうすれば強い個体が産まれ、結果的に良質な魔石に育つというのだ。
そんな家畜としか言いようもない辱めを受ける女性たちを品定めする兵士たちが最後に選んだのはテュナであった。二人の兵士が下卑た笑みで彼女に歩み寄る。
「なぁ知ってるか?コイツ、泥まみれだけど洗ったら結構な上玉なんだぜ?ほれ、見てみろよ」
「んー?……おお、確かにそうだな。でもこりゃ14〜16……まだ幼体だぜ?良いのかよ」
「なに、問題ない。少しすれば良いメスになる。それまでたっぷり調教させるのも面白いだろう?」
「フハッ、確かにそうだな。じゃあコレにしよう。おい、立てよおらっぁ!」
「い゛っっ——!?」
テュナの泥のついた白い髪を引っ掴んで強引に立たせる兵士。テュナは苦悶の表情を浮かべ、助けを求めるような弱々しい視線をロキルへ向ける。
最初こそ怒りを露わに拳を握り締めるロキルであったが、魔法を制御された軟弱なローウルフ1匹が二人の屈強な兵士に敵うはずもなく……。見なかったフリをして顔を伏せるロキルを見て、彼女の顔に絶望の色が広がった。
ローウルフは魔力で身体を強化させると、人間よりも倍以上の力を有する戦闘種族だ。だが三年前の戦争で人間たちに大敗した彼らは、魔力を制御する為の首輪——魔力拘束具を首に取り付けられてしまった。
魔力拘束具というのは、取り付けられた者が魔力を行使しようとした際に発動する装置である。魔力を行使した瞬間、首輪に内蔵されたオリハルコン制の糸が飛び出してその者の首を切り落とすという仕掛けが施されている。すなわち魔力を発動させるということは即、死を宣告されたも同然ということである。
「ロキル……お願い、ロキル……!」
「ハハッ、男に見捨てられてやんの」
「う〜ん可哀想にぃ俺たちが慰めてあげるよぉ。ゲヘヘヘヘ!」
抵抗虚しく兵士に担がれて連れさらわれるテュナ。弱者を嘲り笑う兵士の後ろ姿を睨み上げながら、ロキルは怒りで身体を震わせた。
それは自分たちローウルフを家畜のように扱う人間に対してであったが、なにより怒りを覚えたのは己の無力さ故からからくる途方も無い情けなさであった。
ロキルの父親は戦争で死に、母親が産出舎に連れていかれ、それを妨害した兄は皆んなが見守る目の前で体内から心臓を引き千切られた。ロキルはただ恐怖でなにも動くことが出来ず、その様子をただ蹲って目を逸らしていただけであった。……産出舎に連行された母親も、結局は人間に飽き捨てられて半年前に死んでしまっている。
(あれから……なにも、なにも変わってないじゃないか……!)
ただ己が弱いせいで家族が、仲間が、親友が、そして想い人のテュナまで……。
(どうして、どうして俺には力がないんだ?なにかを護る為の力が……。どうしてなにもない——)
『——力が欲しいか、小童……』
爪が剥がれんばかりに地面を握り掴んでいたそんな時であった。ロキルの頭の中で低い男の声が心を揺さぶるかのように話しかけてきたのだ。
「だ……誰、だ……?」
ロキルは戸惑って辺りを見渡すが、そこには平伏した仲間たちしかいない。それに、こんな男の声など一度たりとも聞いた覚えがなかった。考えられるのは自分の頭の中に、誰かが直接話しかけてきているという可能性しかない。
ロキルは声に出さずに、自分へ語りかけるように男の声に質問を投げかけた。
(お前は誰だ……?)
そう尋ねると、男の声は少し嘲るように笑った後にこう答えるのだった。
『ふふふふふ……余のことか?余は小童……お主だ』
(は……何を言って——)
『ええい煩わしい、余の正体などどうでも良いではないか。それより小童。お主、どうやら力が欲しいそうではないか。どうだ、力が欲しければ与えてやろうと思うのだが?』
(力……?——っ!お、お前、俺に力をくれるっていうのかっ!?)
『左様だとも。どうだ、欲しいか?』
(ああ欲しい!俺は、大切なものを護れる力が欲しい!!)
『ムフフフフ……。そうか、欲しいか。ならばくれてやろう……余の能力ちからを——』
「——ぅあっ!?ぐわぁぁうぅっ!!??」
『ムフフフフ……一つ目の賭けには勝った。約束は必ず果たしてもらうぞ。ルークス……』
急な激しい頭痛に見舞われたロキル。全身から鳥肌が立ち、あまりの気持ちの悪さに胃がせり上がって中のものを畑へ盛大に撒き散らかした。
ロキルを褒め称える為に「良く耐えてくれたな。おかげで一族は守られた」と言い寄ってきた族長のヴォリスや、慰める為に「すまねぇロキル。俺にゃあなんも出来ねかった」と頭を下げていた親友のキオルは突然の出来事に驚いて飛び退いた。
しかし、直ぐに気を取り直したキオルは、ロキルの背中を撫でて心配そうな顔を向けた。
「だ、大丈夫かロキルっ?今日は俺がお前の分まで働いてやる。だからもう休め、な?」
ロキルを気に掛けて周りの仲間たちが一様に頷くそんな中、ロキルはフラリとした足取りで立ち上がった。そして背筋を伸ばして静かに前を見つめる。
「ど、どうしたロキル?」
「ありがとうキオル、皆んなも。もう大丈夫だよ」
「そ、そうか。それなら良かっ……え……?」
据わった目で笑みを浮かべるロキルを見たキオルや仲間たちは、声にならない悲鳴をあげてその場で氷漬けに合ってしまった。
「じゃあ行ってくるよ」
そう言って静かに歩き出したロキルを眺めていたが、ふと我に帰ったキオルが追いかけて来た。
「お、おい、行くってどこにだよっ?」
「どこへって?そんなの決まってるだろ、大切なものを護りに行くんだよ」
「なっ……まさか、お前」
「大丈夫、すぐ終わるから。それよりキオルは皆んなを広場に集めておいてくれ」
「おい、なにを言って——」
キオルが言い終わらないうちにロキルは猛スピードで駆け出していた。慌ててキオルが追い掛けるも、馬よりも早い速度について行けず途中で追い掛けるのを断念してしまった。
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