第165話 似た者親子

 カクリの部屋からホテルのロビーに戻ってくると、あさましかいなかった。なんだか色々あって疲れたが、そう言えばデートの途中でもある。みんなが気を利かせてくれたのか。


「ごめんなさい、ね。ま、咲子」


 なんか深々と頭を下げられた。


 理由はわかるけど。


「気にしなくていいよ。結果的には捕まってあっちの事情もわかって、悪くない形に収まった。なんか、人生万事塞翁が馬?」


 オレは言って、あさまの手を引く。


「あのオイル残ってる?」


「え?」


「今度はこっちが塗る番」


 少し駆け足でホテルを出て、オレはそのままあさまを抱き抱え夜の空に飛んだ。またバスに乗って誘拐されちゃたまらない。このまままっすぐ五十鈴家に向かおう。


「オイルは捨てちゃって」


 申し訳なさそうにあさまは言う。


「別にいいよ!」


 もちろんそんなの冗談だ。


「惚れ薬とか、そんなのなくても、オレはあさまにちゃんと惚れてるから! なんか、こういうのちゃんと言ってなくてこっちこそごめん! オレ、好きだよ、あさまのこと!」


 謝らなきゃいけないのはこっちなんだ。


 なんで今回こんなことになったのかわかっていた。オレ自身、なし崩しに次から次へと妻をもらっちゃって、さらに増やしちゃって、一人一人にちゃんと言うことができてない。


 みんな好きなんだ。


 節操がないかもしれない。それでは満足させられないかもしれない。でも、みんなだ。オレはみんなが不安にならないように、もっとちゃんとしなきゃいけないんだとわかった。すれ違いは致命的なことにもなりうる。


「さ、正生!」


 あさまは肩に手を回して抱きついてくる。


「女の姿で言うなって話だけど!」


 さっさと戻りたいところだ。


「あさま」


「お母さん」


 五十鈴家の前で、みひろが待っていた。


「……」


 向かい合う母娘を黙って見守る。


 どう考えても口出しできるポジションではないのがオレだ。あさまは妻で、みひろも妻で、そして二人は親子なのである。オレの立場は義父であり夫であり義理の息子と実にややこしい。


「三人で、しましょう」


 開口一番それ?


「なに言ってるの?」


 そらそう言うよ。


「なにって、あさまの気持ちを考えなかったわ」


 みひろは言う。


「うん」


 あさまは強めに頷いた。


 確かに考えてないとしか言いようがない第一声だった。正直に言って、この親子関係はオレの介入とはまた別に根の深い問題を抱えてると思う。なんか冷め切ったピザをこね直して新しいピザにしようとしてるみたいな強引さというか、道理の通らない感じ。


 元々、終わってた的な。


「自分の母親が、自分の夫とどんなセックスをしているか想像するのは怖い。そうでしょう?」


「違う」


 みひろの言葉をあさまは即否定。


 違うだろうね。


「わかるわ、認めたくない気持ち」


「……」


 娘さんは違うって言ってます。お義母さん!


「お母さん」


「テクニックでは雲泥の差、若さだけが取り柄と言っても、正生くんにはもっと若い妻もいる。生まれ持った美しさでは残念ながら、親にかなわない。呪術の才能にも乏しい。こうなってしまうと、完全に下位互換!」


 うわー、娘に向かってスゲェこと言うなぁ。


「お母さんが下位互換だから」


 娘の方は冷静だ。


 言われ慣れてるという雰囲気がある。


 たぶんここに至るまでに色々あったんだろう。まず家を飛び出していた訳だからな。兄の死とは別に問題がなければ、こうはならない。


「もう別に正生と結婚することに文句は言わないし、セックスするならすればいい。礼司を捨てるのもいいと思う。でもそれはお母さんの問題だから、娘を巻き込まないで」


 あさまはきっぱりと口にした。


「みひろ」


 そして呼び捨てにする。


「これからはそう呼ぶことにする。同じ妻だから、女としては対等と考えて。そうでないなら、親子の縁は切らせてもらう。こうなったのはみひろのせいだから、わかってるでしょう?」


「……」


 え、そうなっちゃうの?


 板挟みのオレは戸惑うばかりだが、あさまとみひろは無言で向かい合う。ヤバいな、こじれないで欲しいんだが、イレーンの兄のこともあるし、これから色々と話をしなきゃいけないんだが。


「わかったわ」


 しばらくして、みひろが頷いた。


「母親面はもうしない。たぶんその資格もないものね。あきらが死んだときに、わたしの中で、母親としての気持ちも途切れてしまってる。それは事実だもの。今更と思われても仕方がない」


「……」


 あさまは目を伏せる。


「でも、三人ではしましょう」


「なに言ってるの?」


 しかし話がループしてきた。


「したくないの?」


「したくないよ」


「わたしはしたいわ」


「わたしはしたくない」


「だって、あさまとどんなセックスをしてるか気になるでしょう? わたしとより情熱的だったら許せないもの。そんなの我慢できない」


「知ったら知ったで、どっちが情熱的かって話になるでしょう? それでわたしの方がセックスが良いとか悪いとか、そんな話したくない」


 ああ、これ、似た者親子だ。


 家の玄関先でセックスがどうとか言い争う妻たちのやりとりをただ聞くことしかできない。両方とも好きだから、どっちも最高だよ、と言えればいいのだが、残念ながら、あさまとはまだ男としてはしていないのだ。最高と決まっていても、比べようがないのである。


「してみなきゃわからないでしょう!?」


「してみたら人として終わりでしょう!?」


「そんなの母と娘の両方と結婚した時点で同じことよ! 終わってるのよ正生くんは!」


「終わってるのは知ってる! でも、わたしの目の前で終わってるところをみたくないの!」


「……」


 えー、オレ、終わってます。


 わかってるよ。


 そんな風に言われなくても。


「あさま、嫌なことから目を逸らすのやめたら?」


「みひろ、母親面しないんじゃなかったの?」


「母親面しなくても、友達でも言うことよ」


「母親じゃなかったら友達にもならないよ」


「友達になれないなら、わたしたちはなに?」


「それは、一人の男を取り合う三角関係?」


「学生? 親子ほど歳が離れてるのに?」


「事実、親子なんだから仕方ないでしょう?」


「母親面しないんだから娘面もしないで」


「娘面? 産んだのはみひろの気持ち!」


「呪いでパイプカットしてたから油断してて」


「二人目の子供で出来ちゃったとか!?」


 言い争いに終わりの気配はない。


「……」


 白いもやがもわもわと二人の間に広がりはじめていた。欲求不満が凄いことになっているのは別に見なくてもわかる。この辺りも似た者親子なのだろう。これ以上、互いの傷口を広げあう様子を見ているのは辛い。


 オレは静かに二人の性欲を掴む。


「あ?」


「れ?」


 二人の勢いが一気に落ちた。


「二人とも、そのくらいで」


 オレは言った。


「あの、オレちゃんと頑張りますから」


 そして土下座。


「争うのを見てるのは辛いです。二人だけじゃなく、全員が納得できるように頑張りますから、責めるなら、オレだけを責めてください」


「「そう、ね」」


 二人は声を揃えた。


「今日は色々疲れたでしょうから」


「そうだよ、疲れてるんだから」


 とりあえず落ち着いてくれたようだ。


 性欲って人を狂わせる。


「そち、それをどうするつもりじゃ?」


 色姫が頭の中で言った。


 欲ボール、これ捨てちゃだめなの?


「永久に消えぬぞ? そこに生き物が当たれば、性欲が爆発するの。人間の性欲は過大じゃから、他の生き物にとっては毒になる」


 今更すぎる説明だった。


「……」


 性欲が爆発するとどうなる?


「妾は一度みたことがあるだけじゃが、化け物になったの。小さな蝶じゃったが、怪しい女になって、都のおのこの精気を奪って回った」


 大事件ですねそれ。


 性欲の鬼とか言われて封印されて当然ですね。


「じゃから、気安く触るものではないの」


 最初に言えよ! な!?


「……」


 厄介な廃棄物を抱え込んだ。


 五十鈴親子は落ち着いたが、どうすんだこれ。あ、いいや。勇者だ。勇者にやろう。魔神と二人きりにしてこれぶつけりゃいいんだ。千鶴を呼んで説明する手間が省けたと思えばいいんだ。


「正生。もう頭上げていいよ」


「少し遅いけど、軽く食事にしましょう?」


「はい」


 土下座から立ち上がってオレは二人の後につづく。この時、掴んだ性欲の塊が新たな事件の引き金になるとは、もちろん思ってもいなかった。

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