第164話 辛い人生

「それは違う。食べようとしたショートケーキの上にイチゴがあった。それだけのことだ」


 なんだか可愛いたとえをつづけてきた。


 オレを狙ってきた訳じゃなく、月暈島を狙ったらそこで目立ってるオレにぶち当たっただけだと言いたいんだろうけど、わかりやすいか?


「なるほど、不器用」


 ルビアが頷いた。


「フォークで刺そうとして転がす人ですね」


 あるある。


「……」


 この空気の読まなさ、力強い!


「それは違う。フォークの刺さらないイチゴが甘くなるまで熟していないという話だ」


 ペックは比喩のディテールを追加してきた。


 そこで頑張らなくても。


「あるな、酸っぱいの」


 クッキーが同意した。


「でも値段によっては生クリームとの相性は酸っぱい方に合わせてる場合もあるから、ね」


 あさまがスイーツの観点で意見。


「酸味と甘味のバランスが大事デス」


 マタが飛んできて加わる。


「……」


 ロボットだから味覚はどうなのよ。


「なに言ってるかわかんないっしょ!?」


 オレが黙ったので勇者がツッコミを入れた。


「エンジェルが? 全先正生? ペック! それを知っていて? おれを戦わせたのか?」


「そうだ。田力男でんりきお


 ペックは答える。


「でん?」


 だが、問題はそこじゃなかった。


「「「「りきお?」」」」


 オレも妻たちも、勇者の名前らしき単語に完全に興味が移った。なんでこの自称勇者は名乗らないのかと思っていたが、でんりきお。


「ちょ? ペック!?」


 勇者は思いっきり動揺している。


「田圃の田に、力に男、田力男だ」


 ペックは追い打ちをかけた。


 ぷふーっ。


 笑い声は島に寄せて停泊されている船から響いてきた。こちらの様子を伺っていたパーティ他の連中が完全に吹き出している。勇者を指さして大笑いする男と女、正直、オレは居たたまれない。この件に関しては他人事じゃないからな。


 辛い人生だっただろう。


「勇者、友達になろう」


 そう言って、オレは握手を求める。


「エンジェル、じゃなくて全先正生? そういうんじゃねぇっしょ? なんでちょっと涙ぐんでる? か、隠してた訳じゃなくて」


「デン? リキオ? ヘン?」


 トゥンヌが言う。


「変っていうか、漢字にすると男男だから、あんまり付けない? 親のセンスが変?」


 金ぴか女が首を傾げる。


「……」


 魔法使いは何度も頷いている。


「人質を解放しておいたぞ」


 伊佐美がパーティの三人を連れてきた。


「ああっ」


 勇者が頭を抱えて小さくなる。


「で、ペック」


 似合う似合わない、読める読めない、好き嫌い。なんだかんだあるが、親が想いを込めて付けているはずの名前をいじるヤツは、敵だ。知的生命体の敵であり、平和の敵だ。


 なによりオレの敵だ。


「すべてを敵に回したところでどうする? まさかこの場から逃げられるとも思ってないよな」


 言って、拳を握る。


 だらだらと喋っている間に、龍頭男の周囲に妻たちが抜け目なく配置完了している。伊佐美を筆頭に、あさまの鬼たちも準備万端、マタやルビアも臨戦態勢、オレ自身の夢魔はジョンの聖鎧で封じられてるが、それでも一体相手には十分だ。


「逃げる?」


 ペックは笑った。


「わかっているのだろう? この身体も本体ではないことぐらいは。イレーンの例もある。攻撃を仕掛けてこないのもそれだ」


「……」


 わかってたか。


 あの身体は間違いなく大人の男。正体を明かされては、救い出す手がないまま仕掛ける訳にも行かなくなっている。緊急性が高ければ、殺しにいく判断もあるところだが、事態としてはそこまでの危機には至っていない。


 実際のところ、立ち回りとしては絶妙だ。


 深刻な事態にならなければ手を出せない。ヒーローの防衛的スタンスを熟知している。中途半端に計略を防いだこの状態では、戦うことによって生じる操られる人間のダメージの方が深刻だ。犠牲を軽々しくは出せない。


「未熟なイチゴなど捨て置く」


 ペックは言った。


「……」


 まだその比喩で続けるの?


「しかし、ショートケーキの消費期限は近いぞ? 全先正生、よく考えることだ。飾られるケーキを間違えば道連れの廃棄処分も受ける」


 ペックはノリノリである。


 これはあれなんだろうか、正体をイメージさせない高度な戦略なのだろうか。女だと思わせたいのか? あわよくばスイーツ大好きアラフォー女性ぐらいのイメージを持たせたいのか?


 でもみひろの口振りからすると古い人だが。


 若ぶった老婆なのでは?


「イチゴに選ぶ権利があるかどうか」


 仕方がないので合わせた。


「イチゴが選ぶのではない。イチゴの熟した甘さと瑞々しさが人々にショートケーキを選ばせるのだ。どんなケーキでも、イチゴが素晴らしければ、それなりに見えるものだ」


「……」


 わかるようなわからんような!


 黙っている間に、ペックは空へ飛び上がっていく。オレたちは見送るしかなかった。確実な本体を見極めない限り、戦うこともできない。


「イチゴ、好きなんやろか」


 クッキーが言った。


「だろうなぁ」


 オレは同意する。


 ともかく面倒な相手がオレに目を付けてるのは間違いないようだ。少なくとも間々崎咲子と全先正生が同一人物だと把握している人物、若ぶった老婆、心当たりが一人いる訳だが。


 巫女田カクリがペックってことはないか。


「ゆうしゃ!」


 船からライラが降りてきていた。


「お? おお」


 すっかり意気消沈している勇者は、船の仲間たちの方を見ようとして、しかし見られない様子である。ほとんどのメンバーに隠してきたとか、ある意味で凄いが、それだけのコンプレックスでもあるのだろう。


「勇者、ま、わかっただろ?」


 オレは男として語りかける。


「利用されてた訳だ。だから、月暈島に来い。機関が気に入らなくても、立派なヒーローになれ、って感じだろ。たぶんな」


「エンジェル、可愛く言ってくれ」


 ライラの頭を撫でながら、勇者は言った。


「は? 中身がわかったら」


 どこまでバカな発言するんだ。


「中身が男でも! お、思い出として!」


「……」


「……」


 オレと勇者は無言で見つめ合った。


「月暈島においでよ」


「わかったよ、エンジェル」


 残念な名前を持つ男同士、通じ合うものがあった、かどうかはわからないが、ライラの占いに導かれたパーティと集められた人材は、勇者がそれを受け入れたことでまとめて月暈島の住人となることになった。


 生き方を貫けば、結果は同じのはずなのだ。


「厄介ごとを増やしてくれましたね?」


 もちろん、オレはカクリの前に連れ出された。


「この始末をどうつけるつもりですか?」


「強いことは強いんだから、ヒーロー予備軍に加えて特に問題ないでしょ? 結界を無視できた能力だって、オレがいる時点で今更の話だろうし、厄介なことと言うなら、フェアリに強引に女にされてることが原因だから。ほぼ完全に」


 オレは言う。


「勇者をというより、ニーヤーという魔神を奪われて、日本政府はトーンダウンしましたから、正生の功績は功績です。しかし、わたくしの気分としてはペックを取り逃がした報告をされても落ち着きません。結界の件ではさらに理事会も紛糾していますからね。仕事が増えました」


「お手数おかけします」


 オレは聞き流した。


 そんな政治家の話は知ったことじゃない。


 むしろ、問題はこっちだ。


「一応、聞くんですけど、ペックの正体が巫女田カクリ、ってことはないと思っていいんですよね? 死霊使ったりしませんよね?」


「ありません」


 カクリは溜息を吐く。


「わたくしは、ショートケーキよりお煎餅が好きです。あえてスイーツなどと若ぶる必要がありません。現にこうして若いのですから」


「……」


 若くはないだろ。


 そう思ったがもちろん口には出さなかった。


 目の前のカクリが頭を抱えている問題は、オレの知ったことではないが、冗談でもない。機関を乗っ取るという目的のために頑張ってはいるのだ。手を組むからには察することぐらいはする。


「旨い煎餅、探しときますよ」


 言えることはこれくらいだ。


「わたくしの知らない美味を見つけたなら、正生、次はあなたの子を産んであげますよ」


「はは」


 情婦の母娘丼とか泥沼すぎだろ。

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