第157話 かみさま

 白い壁の部分部分が触れることで開くドアになっていて、キッチンやバス、もちろんトイレもあった。この部屋は監禁と言うより生活を前提としているようである。


 適度に暖かな室温も管理されているようだ。


「綺麗になってない、そこ」


「ごめんって」


 オレは床を拭きながら、白い女に謝る。漏らした床を拭いただけに留まらず、シャワーを浴びている間に部屋を掃除しろと言われてしまった。ハイテクなのに、掃除道具は箒と雑巾とバケツ、この宇宙船だかの科学技術が謎だ。


 色ボケの仕業だが言っても仕方がない。


「なんでこんな女のお守りを、勇者」


「……」


 風呂上がりの髪をタオルでぽんぽんと乾かしながら、白い女は完全に女同士と油断して全裸である。オレも白い獣で白いと思ったが、そういう次元じゃない白さ。乳首が白いのである。


 正直、ビックリした。


 アルビノってこういうことなのかよく知らないが、ここまでくるとエロくもない。現実感がないのだ。だから、思わず、なんとか。


「こうなあると秘花も白いか気になるの」


 オレの視線を先読みする色ボケ。


「手が止まってる、女」


「ゆ、勇者ってどんな人?」


 オレは女の会話っぽく聞いてみることにした。


「ワタシ、意識がない間に連れてこられて、よくわからないんだけど、良い人?」


「黙れ、女」


 すっかり心を閉ざされたらしい。


 見る限り、クッキーよりは成長してるが、よくて中学生と言ったところ。色手でおもらしなどさせられては仲良くなるのは無理だろう。妻だと言ってるのも、勝手に惚れてるぐらいに思っておくべきだ。勇者は間々崎咲子に惚れてたし、その手の趣味でもないだろうことは推測できる。


 なにか特別な存在なんだろうが。


 下手につついて、戦うことになるのも面倒。


 重要なのは出口だ。


 シャワーを浴びている間に、壁を一通り調べたが、外に繋がるようなドアはなかった。白い服しか入ってないクローゼットだとか、背表紙が全部白い本棚だとか、部屋そのものの超科学感とはとは別に、あるものはアナログだ。床を雑巾掛けしているので床でもないだろうが、天井が開くとかなのだろうか、調べたい。


「働け、女」


 だが、監視は厳しい。


「あの、咲子。ワタシ」


 オレは自分を指さす。


 やっぱりコミュニケーションか。


 間々崎咲子に戦闘能力があることは乙姫誘拐での立ち回りで知れている。それを預けるからには白い女は逃がさない程度には強いか、そういう能力を持っているはずである。


 そこをなんとか突破しないと。


「だからなんだ、女」


「あなたの名前を聞かせて欲しいな?」


 なんとか会話の糸口を掴まねば。


「神」


「かみ?」


「様をつけろ、女」


「かみさま」


 神様?


「ひれ伏せ、女」


「……」


 オレはしばらくその白い姿を見つめる。白紙の神様とかそういうアレなんだろうか。確かに神々しいぐらいには白い。だが、神はおもらししないだろう。おしっこも白ければ信じたかもしれないが、あれは普通に尿だった。


 いや、むしろノるべきか。


「神様、あわれな咲子の願いを聞いてください。ここから出たいんですけど、どうすればいいでしょうか。ぜひそのお力を貸して」


「バカ、女」


「なるほど」


 オレは雑巾を顔面に投げつけた。


「はぶっ、きたなっ、なにして」


 神様は動揺した。


 あまりに横暴だと信仰されない。


「神様さぁ? あんまり愚かな人間を見下してると地上に引きずりおろしちゃうよ? 正直に答えようか? ここからの脱出方法はあるの?」


 誘拐されて友好的にやってられるか。


「そちは相手が女だと甘くなるからの?」


 うるさい色ボケ。


「……」


 白い女はベッドに座ったまま、じとっとした目で近寄ってくるオレを見上げた。唇をつきだして、完全にふてくされた顔をしている。


「もっかいもらす?」


 色手が卑猥に動いた。


「出られない、外」


 脅迫されてやっと言う。


「出たことない、ここ」


「出たことない? いつから?」


「最初」


 断片的なやりとりだったが、ウソを言ってる感じではなかった。そして気配に変化もない。戦えるわけでもなさそうだ。本当にわからない。そして出せもしない。


 そうすると、とんでもなく厄介なんだが。


「助けてくれる、勇者」


 白い女はぽつぽつと言う。


「そしたら、結婚」


「そういう約束なんだ。うん、つらいね」


 しかし、それって出られない場所に間々崎咲子を突っ込んだってことになるんじゃないのか。入れられるけど出せないってなんなんだ。まさか結婚相手をストックしてるとか。


「困った」


 部屋を見回すが時計は見当たらない。


 いつ、男に戻るか。


「ごめん、脅したりして」


 オレはそう言って、部屋の隅に座る。


「する、トランプ?」


「え?」


 不意に、白い女はベッドの下から四角い箱を取り出す。この室内においては珍しくちゃんと色のあるものだった。ないのかと思ってた。


「プレゼント、勇者」


「いいけど」


 心を開いてくれたのだろうか。


 しかし、なんでプレゼントにそんなもんをチョイスしたんだ勇者。こんな部屋に一人きりじゃ、遊べもしない。もうちょっと考えてやれよ。


「好き、七並べ」


「二人でやるにはまたエグいゲーム」


 仕方がない。


 しばらくこの無力な神様と過ごすことにしよう。そう女に甘い傾向を出してしまったのがまずかったと気づいたのは二時間ほどしてからだ。


「強い、女」


「いや、強くないから」


 神様、トランプがクソお弱い。


 七並べなんて二人でやったら相手の手札が見えてるようなものだから、自分ができるだけ出せるとこまで止めるだけのゲームになってしまうんだが、それがどうも考えられない様子で。


「再挑戦、女」


「ゲーム変えない?」


 なんとか勝たせようとするのだが、その八百長だけはすぐに察して「本気を出せ、女」と言うので、弱いのに勝つまでやめないので終わらなくなっている。


「勝ち逃げ、女」


「本当に逃げたいんですけど」


「賭をしよう、女」


「勝ったら、その女女言うのやめるならいいよ」


 カードを切りながら、オレは言う。真っ白な部屋にトランプを並べて、本当になにをやってるんだろうか。いっそトランプタワーでも作った方がまだ建設的な活動だろう。


「なら勝ったら貰う、女」


「貰う?」


「配れ、カード」


「横暴だな、神様は」


 不穏なことを言ってたが、これまでの流れから言って、オレが負けることはあり得ない。ギャンブルになると強くなるとか、そんなことは。


「……」


 オレは自分で配った手札を見て困惑する。


 七に近い方から、まったくないのだ。八も九も十も、六も五も四も。ジャックとクイーンとキング、三と二とエース。ものすごい偏ってしまった。しっかりカードは切ったはずだが。


 ゲームはもちろん負けた。


「運が悪すぎた」


 勝機ゼロの手札とかどんな確率だろう。


「それが、運命」


 白い女は神様みたいなことを言う。


「で、貰うんだっけ? なにを?」


 勝ったから、終わりだろう。


 シュルル。


 白い女の白い髪が、うねうねとまとまってうごきはじめていた。蛇のような形になっていた。オレはビビる。蛇のようなとは思ったが、要するにまぁ、男のモノだったからだ。


「え、神様さ、冗談だよね?」


「辱め、返却」


 思ったより、本気で怒ってた。


「!?」


 立ち上がろうとしたオレだったが、身体が動かなくなっていた。まばたきはしているが、指一本たりとも動かせない。意識的なことはまったく自由にならなくなっていた。


「服を脱げ、女」


 神様が命令する。


「……」


 声も出せない。


 オレは言われるままに立ち上がって服を脱ぎはじめる。シュルルと伸びた白蛇が肌に絡みついてきた。服を脱ぐのは待っていたが、下着は破っていく。


 おい、色姫。今こそなんとかしろ。


「呪いより強い強制力が働いておるようじゃ。もしかすると本当に神やもしれん。珍しい体験、そちも楽しめ。強引なのも悪くはなかろう?」


 本当に役に立たない色ボケめ!

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