第156話 秘密兵器?
さっそく勇者討伐の策を立てはじめた全先正生の妻たちを横目に、マリナは部屋を出たカクリを追いかける。
「申し訳ありませんでした」
駆け足で少し後ろにつき、歩調を合わせる。
「なにがですか?」
振り返りもせず、カクリは言った。
「私が勇者と接触したときに捕まえていれば」
「構いません」
マリナの言葉を遮って、立ち止まる。
「!」
「面白くなってきました」
「面白い、でしょうか?」
振り返って微笑むカクリに、マリナは緊張する。目の前の表情ほどに機嫌が良いようには見えなかった。むしろ逆に怒気を感じる。
「少なくとも、マリナ、あなたはわたくしの命令を最短距離で達成している。こういう形になることで、あの一夫多妻の中に部外者として自然に入り込むことができた」
「それは、確かにそうですが」
実際のところ、正生と特別な関係を結ばずとも良いぐらいのポジションが与えられたことにはマリナ自身、安堵している。あの夫にベタ惚れの集団の目を盗むのは容易ではないからだ。
「正生……間々崎咲子が囮になってくれたことで、いくらか勇者についてもわかりました。彼は結界を無視できる。島の中に同じような能力が最近発見されていましたね。偶像崇拝でしたか」
カクリは言う。
「!」
マリナはハッとする。
竜宮城の事件についての報告書に目は通していたが、この件と繋がるとは想像もしていなかった。だが、それなら筋が通る。
「あの能力、例の四人が作ったものではありませんでしたね。この島で能力開発を行っている人物、彼らが導師と呼ぶ、正体不明の」
怒気の理由がマリナにもわかってきた。
「島に深く入り込んでいる」
「ええ、勇者はむしろ目眩ましでしょう」
カクリは深く頷いた。
「理事会のタイミングを狙って、島を混乱させ、機関の求心力を下げようという狙い。派手な動きは、本当の目的を隠すため。すでに後手に回らされていますね。本当に面白い」
「……」
プレッシャーに押しつぶされそうだった。
かぐや姫の末裔たちにとって、月暈島はヒーローを生み出すための実験場か遊び場のようなものだった。弱い人間を強く育てる。強者の余裕。そこを荒らされたことに対する怒り。勇者に対してではない。機関から離反しようとする日本に対してでもない。
(自分に対する怒り、いや違う)
マリナは震える。
(地球を自分たち以外に好き勝手される怒り)
敵は、機関と同等かそれ以上。
見えざる相手と、地球の奪い合いがはじまっていたのだ。地球人の立場からすれば傲慢な意識だとも思えるが、事実、月暈がなければ地球は守られることもなく、機関が設立されなければ、制御できない能力者によって地球の平和すら安定しなかっただろうことも容易に想像できるだけに、的外れではない。
「勇者のことは頼みます。わたくしはこれで」
「お任せください」
マリナはそう言うのが精一杯だった。
(わたしの力の及ぶ範囲を超えすぎている)
ひとまず考えてもどうにもならない領域の話だったことは確かだった。まずは与えられた任務を遂行するしかない。正生を奪われないようにすることはもちろんだが、勇者を叩き潰して世界に晒すこと、これは相手の宣戦布告に対する見せしめであり、絶対失敗が許されない。
(あの妻たちで大丈夫なのか?)
正直なところ、マリナには不安だった。
球磨伊佐美は別としても、癖の強い他の面子はヒーロー予備軍として突出していた訳ではない。ランキング一位を取った五十鈴あさまでさえ、内面は十六歳かそれ以下の少女だ。
(いざとなれば、私が前に出て戦うしか)
「そやから、セキュリティの応用で、兄さんのスケジュールを管理する部屋を用意したらええんやって。決めた相手しか夜は入れへんように」
「クッキーちゃん、そんなの情緒ないよー。色んな場所で、色んなときに、色んなことをしたいんだからー。色々できないとー」
「逆にもう広い土地を買って、妻一人につき一軒の家を用意して好きにすればいいだろ。全員の要求を満たそうとしたら生活できないぞ」
「なるほど、いっそ正生さんを固定して私たちが通うという形にすれば良いのでは? 動けないようにすれば浮気などできない訳ですから」
「囲い込みが捗りマス」
「なにをやってるんですか!」
妻たちを集めた部屋に戻ったマリナは叫んだ。
「なにて、100億の家をどうするか?」
クッキーが答える。
「それは勇者を倒してからでしょう? 策を練っていたんじゃないんですか? そんな悠長なことを言っている状態じゃ」
「それはできたって言ってるから、ね」
どんよりとした陰鬱な空気をまとって、あさまがマリナの肩を叩く。さわられたところから広がる寒気に、全身の力が抜けそうになる。
「で、できた?」
ちょっとカクリと話をしていた間である。
「ほんなら、ちょっと説明しよか?」
クッキーが言う。
「勇者は、間々崎咲子を連れ去った。せやけど、ウチらにはその場所すらわからへん」
「ええ」
マリナは頷く。
マスクに取り付けられた発信器は、あくまで島の中のネットワークで位置情報を把握できるだけなので、外に飛び出されると有効ではない。
「なので、勇者のパーティを使って誘き出すしかない。勇者を名乗って仲間を助けにこうへんとは思わん。情報的に、移動手段はいくつか持ってるみたいやしな。ここまではええか?」
「現実的な策ね」
異論はなかった。
「助けに現れたところを、正面からガーンや!」
しかし、クッキーの説明は急転直下。
「ガーン」
マリナはショックを受ける。
「天才さん。ちょっと、天才さん」
子供の両肩を掴んで揺する。
「なんや、宇宙一可憐な天才であるウチのレインリリーのように純白な策に驚嘆したんか? サインが欲しいんやったらあげるで。どこに書こか?」
クッキーは自信満々だ。
「正面からガーンは策じゃない」
マリナは言う。
「策やろ」
「相手はなんの能力を持ってるかわからないのに、なんでそんなバカ正直に攻めようと」
「いいや、これが一番だ」
だが、伊佐美がマリナの言葉を遮った。
「叩き潰して世界に晒す、カクリ様の指示は要するに正面から圧倒しろということだ。小細工で勝っても世界は納得しない」
「ですが、失敗したら」
完敗を世界に晒すことになる。
「相手が一人で来るとも限りません。ベアレディ、あなたの現役時代の功績は認めますし、その強さを疑いませんが、他の皆さんはそうではない。全先正生の異常な力を別にすれば、ヒーローには見劣りする」
「正直な人だねー」
当照すみが笑った。
「なるほど、的確な分析です」
ルビアが頷く。
「そこまで言うんやったら、ウチらの秘密兵器を見せとこか。準備万端とはいかへんけど、五割は完成して、実戦投入はできる」
クッキーが胸を張った。
「秘密兵器?」
意外な言葉だった。
このような事態を想定して準備していたとでも言うのだろうか。それとも、やはりテロリストの息子、なにかの思惑を妻たちに吹き込んで、別の機会のために用意させていたのか。
「見せたら秘密じゃないけど、ね」
あさまが言う。
「姉さん、それはええやんか」
天才少女はそう言うと、白衣のポケットからなにかのボタンを取り出す。怪しげで、押してはいけない感じのするものだった。
「これをポチッと押す」
そう言いながら、マリナに投げた。
「え? あの、私が?」
「ウチらのガーンが危ないと思ったら押し。そしたら一発逆転や。ウチは正直ケチやから、いざとなったら予算をつぎ込んで未完成な品をもったいない思て使えへんかもしれんから預けとく」
「……」
このボタンひとつで?
マリナはそう思ったが、妻たち全員がそれで納得している様子に、なにも言えなくなった。少なくとも、これを預けられるのは、自分への信頼の意味が込められていることは確かだからだ。
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