第158話 上から目線
月暈島から南に五キロ、離れ小島で勇者を迎え撃つことになった。周辺への被害を考えた上での対応である。クッキーの指示とマリナの迅速な手配で、一時間ほどで準備を完了、高速艇で勇者のパーティ三名の身柄と共に移動、島の中央に陣取り、迎撃体勢を整える。
「地図で見るより狭いわ、ね」
あさまは言う。
島とは言うが、ほとんど岩だ。木が数本生えているだけ、小高い岩の上からは島の全方位が見通せるが、逆に敵からも丸見えになっている。
「周囲一キロなんてこんなもんやろ」
クッキーはパーティの女三人に施された頭にかぶせるタイプの目隠しと耳栓の効果を確認するように耳元で手を叩いたりライトを当てたりしている。自分の技術でないものは不安なようだ。
「ほんなら、最終確認しとこか?」
そう言って、全員を見る。
「勇者との直接戦闘は伊佐美に任せる。マタとルビアでそのサポートや。負けそうやったら異民排撃で勇者を押し返すっちゅう寸法」
「なるほど、コンテニューありです」
ルビアが頷く。
「お世話致しマス」
マタが妖艶に頭を下げる。
「一対一で負ける気はしないが」
船上でウォーミングアップを終えている伊佐美は気迫十分だった。ジャージを脱いでラフなタンクトップとショートパンツ、無防備になっているはずだが、体格の圧倒的な良さは逆にそれを強者の姿に魅せる。
「姉さんは鬼でパーティの捕縛とウチらの護衛、すみはウチとここで待機、秘密兵器までは出番なしや、出番なしで終わるんが一番やけど」
クッキーは言う。
「これまでの勇者の動きを見る限り、こっちの居場所はすぐ割れる思うし、飛行、移動魔法の類を警戒せなあかんけど、この島の広さやったら、大軍勢は送りにくいやろ。数が多い分には空気熊の餌食やしな」
「私は皆さんの戦いの様子を撮影します」
マリナが言う。
「多少は戦闘も出来ますが、今回はあくまで皆さんが勇者を独自に討伐する趣旨ですので、手助けはしないようにしたいです」
「だいじょーぶ。今日のクマちゃん強いよー」
すみが拳を握る。
「……」
伊佐美が少し赤面した。
(白い獣とセックスした後だから)
「妻の力を見せたろ!」
「「「「「「おーっ!」」」」」」
気合いを入れて。
そしてそれぞれが臨戦態勢。
伊佐美は座禅を組み集中力を高め、ルビアは空を見上げて深呼吸を繰り返す、マタはセンサーを稼働、すみとクッキーはなぜか将棋を指している。勝負になるのかわからないと思ったが、かなりの駒を落としてのハンデ戦のようだ。
(戦うのを見るのがはじめての人が多い)
鬼魂石を磨きながらあさまは思う。
正生の妻であるということを別にすると互いに背中を預けて戦えるのかよくわからない面子だ。自分自身、一人でずっと戦ってきただけにチームプレイがよくわからない。クッキーがあまり具体的な戦略を口にしないのも、そういう要因はあるのかもしれない。
でも、不安はなかった。
(伊佐美一人で十分だから?)
それはないとは言えない。
だが、それだけでもないはずだ。
「少し、いいですか?」
考え込みかけたところにマリナが来た。
「あ、はい」
あさまは少し緊張する。
初対面からかなりみっともない状況だった。デートで浮かれていたら、相手を奪われて、逆上したところを取り押さえられた。冷静になってみれば恥ずかしいところしか見せていない。
「皆さん、どういう気持ちなんでしょうか?」
「それは、それぞれ違うと」
「一人の夫を共有するという気持ちです」
「……」
容易に答えのでない話題だった。
「実は、展望デッキでのお二人を見かけました」
沈黙するあさまにマリナは言う。
「!」
「実際、あそこまで大胆な行動を取ってしまうのは、夫を共有する状態への焦りがあると私は思うのです。でなければ、淫乱か……」
「い、淫乱というほどではないと」
見られていた。
あさまの頭の中では恥ずかしさと後悔が高速回転して熱を発する。もう完全にみだらな女だと思われた。初デートに興奮したからって、ああはならないと普通に言われれば否定できない。
「本当は独占したいのでは?」
マリナは遠慮なく突っ込んでくる。
「それは」
あさまは首を振る。
「一番になりたいとは思いますけど、ね」
「これから新しく妻が増えても?」
「う」
「母親と夫を共有する気持ちはどうですか?」
(ケンカを売ってきてるの?)
非常にデリケートな話題だ。
母娘の問題として、みんなが遠慮しているのがわかる話題にズケズケと突っ込んでくる。あさまは改めてマリナの顔を見つめる。地味めの、いかにも役所の人間という感じの個性を主張しない姿だが、内面には色々ありそうだ。
「赤の他人として、正生をどう思いますか?」
あさまは逆に質問で返す。
「それはヒーロー予備軍として?」
あきらかにはぐらかしている。
「今の話の流れで、男として以外にあります?」
あさまは少しムッとして言った。
「怖い、ですかね」
マリナは少し考えて答えた。
「怖い?」
「私から見れば、こんな恐ろしい女性たちをまとめて妻にしてまだ他の女性に手を出しうるとだれもが思っている男は、怖いとしか言えません。特に私が狙われる訳ではないにしても」
恐ろしいとはまた挑発的言葉選びだったが。
「確かに」
納得するしかない理屈だった。
「しかし、恐怖は好奇心の裏返しかも知れない」
「え?」
「いえ、なんでもありません。集中しているところ、お邪魔しました。あと、数分で勇者、来ると思います」
「え? ええ?」
スタスタと距離を取るマリナの言葉に動揺しながら、あさまはマタの反応を見る。半径一キロに入ればセンサーが反応するはずだが、まだ動きはない。
(マリナの能力?)
戦えるが戦わない。
そのどこか上から目線の発言は、裏打ちできる実力があってこそだとは思うが、それを追求して答えてくれるとは思えなかった。なにか、思惑がある。そういうほのめかしだ。
(それをあえて見せてきた?)
あさまは考え込みそうになって頭を振る。
まずは戦いなのだ。
「来まシタ」
マタの声とほぼ同時に伊佐美が構えていた。
完全に見えている。
「ホンマに勇者っぽいな」
クッキーが思わず言った。
「そーだねー?」
すみも見上げて言う。
「龍」
流れていく雲からぶら下がるみたいに伸びた、長く白いその姿は、見るからに龍だった。長い髭と、鱗を光に反射させ、キラキラと輝いている。その頭の上に、ホストまがいの男がたっているのも明らかだった。
だが、意図が読めない。
(空気熊なら攻撃が届く)
あさまは思う。
(こっちに先生がいるのはわかってるはず)
伊佐美がまだ手を出してはいない。勇者を引きつけて映像に残る形で倒さねば、目的を達したことにはならないからだが、相手側から見れば、自分が的になることはわかりきっているはずだ。
(堂々と出てくる。ヒーロー気取り)
「姉さんがなに考えてるかわかるよ?」
クッキーとすみはあさまの背後に隠れている。
「うん。そーだね」
「軽く見られてる、ね」
カチンと来る態度。
ゆっくりと飛んできた龍は、島の上から釣り針のように垂れ下がり、勇者をすぐ近くまで持ってくる。話をしようということのようだ。
「あー、明らかに迎撃されそう? その三人を素直に? 返してくれれば? おれはあえて美女たちになにもしないっしょ? エンジェルが手に入って機嫌半端なくいいっすから?」
「スラッシュ」
伊佐美が構えから腕を振り下ろした。
「!」
勇者が飛び、龍が輪切りになる。
「問答無用?」
勇者は、剣を武装。
そしてスーツ姿に赤いマントで空を飛ぶ。
「戦闘、開始しマス」
「なるほど、空中戦です」
マタが、背中に金属の翼を、ルビアのピンクの髪がウサギの耳のようになって羽ばたいて飛び立ち、勇者と同じ高さまで上昇する。
(二人とも飛べるの?)
あさまは外套をまとって、雨乞い。
勇者が雷の類を使うのはすでに確認されているので、迂闊には落雷させられないが、いざというときのためである。
青空に、少しずつ黒い雲が現れる。
「タッチ」
伊佐美は勇者に向けて二撃目。
吹き飛ばしすぎないように、セーブして攻撃している。だが、輪切りになったように見えた龍がいつの間にか再生していて、とぐろを巻いて、盾のように攻撃を阻んだ。空気の流れが押し戻されて、島に押し寄せる。
「あの龍、なんやろ」
「生物じゃないでしょう、ね」
クッキーの言葉にあさまは答える。
「能力か」
「本体がわからないと倒せないかも」
「前に出るぞ」
伊佐美が駆け出してジャンプ。
龍の頭めがけて突進した。
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