第152話 スプラウト・マウンテン

 一人ぐらいすぐ背負って帰るつもりだった。


「買い物?」


「ゆっくり話す時間が欲しいから」


 あさまはすっかり乙女モードだった。


「ま、いいけど」


 センター内を並んで歩くと、メガーネがあっても隠しきれない美人二人にになってしまって視線を集めるのを感じていたが、デート的なことはロクにしてないので求められれば応じるべきな気がしてる。


 そりゃセックスだけでいい訳がない。


 間々崎咲子だとバレなければそれはいいのだ。


「でもオレ、げふん、ワタシ。ヒロポン落としちゃって、お金も持ってなくて。だから、あんまり楽しくないかもしれない」


 女演技で話もちゃんと出来るのか。


「マタの改造で使い切ったって」


 それでもあさまは嬉しそうだった。


「ま……咲子、お昼食べてないでしょう? さっき吐いちゃったし、お母さんのせいでもあるから、今日はわたしが出す、ね?」


「ありがと」


 オレは頷いた。


 空腹なのも事実である。


「行きたかったお店があるんだけど、いい?」


「もちろん」


 そしてあさまの明るい表情を見ていると嬉しくもなる。母親に手を出したりしてストレスを与えていることは間違いないので、気持ちが晴れるならなによりだ。できればデート代も出したいところではある。


「いらっしゃいませ」


「二名で、ドリンク飲み放題」


「かしこまりました」


 ブッフェスタイル、ようするに食べ放題の店だった。ピザとパスタがメインとは書いてあるけど、大体なんでもある。気にはなっていたが一人では入りづらかったらしい。


 あの大食いだからな。


「……」


 オレも日本じゃいくつかの店で出禁になった。最終的には食べ放題のブラックリストに乗ったようで、入った段階で一人分の倍の金を渡されて別の店で食べてくれと言われたことがある。


 ほとんどヤクザの扱いだ。


「お席まで案内します」


 店員に連れられ、席まで移動。


「あさま」


「え?」


 それこそ、目立たないようにセーブして食おう、と提案するつもりだったが、ブッフェを見つめる女の目が輝いていて、言えなかった。金を出してもらってる立場でもある。


「ワタシに付き合わせちゃってるけど、お昼食べてきてるよね? 時間が時間だし」


 午後二時前、ランチの閉店は三時らしい。


「一人前は、ね」


「そっか、余裕だね」


 出禁、やむなし。


 食芸者とは元を取るために食うに非ず、とは教えのひとつであるが、残念ながら、あさまとオレのコンビでは店を潰すレベルなので道場破りであり、看板を持ち去ることになる。


 食べ放題。


 まったく罪な看板だ。


「こちらへどうぞ」


 店員は二人掛けのテーブルに案内する。


「もっと広いテーブルにしてくれる?」


 だが、あさまの先制攻撃。


「わたしたち、すごく食べるから」


「そうでございますか?」


 店員の女性は目を丸くした。あまり聞かない要求なのだろう。ただランチタイムもピークを過ぎた時間帯、席はそれなりに空いている。


「ではこちらで」


 四人掛けも空いていたが、これで文句は言うまいという空気で八人掛けへ案内された。店員さんなりに精一杯の皮肉だろう。


「ありがとう。ワガママ言ってごめんなさい」


 だが、あさまには通じない。


 素早くメニューを開いて、既に注文の目。店員のことなんか見ていないのだ。性欲しか見えない目だが、食欲が迸っているのは見えなくてもわかる。普段、かなり我慢してるんだろうな。


 気持ちはわかるんだけど。


「いいえ。当店のシステムは」


「ここに載っているの、全部ください」


 あさまはメニューを閉じ、全力のオーダー。


「全部、五皿ずつ」


 選んでいる訳ではなかった。


 すべて食べる。それは規定事項なのだから。


「はい?」


 店員さんは明らかに仰天していた。


「咲子はどうする?」


「!?」


 そして間髪入れないあさまの言葉で、言葉を失っている。たぶん、残すと料金が発生するとかあるはずなので、ここは忠告のひとつでも入るところだが、桁違いなので動揺するだろう。


「ワタシも同じでいいかな。全部、五皿」


 オレは店員さんの為に確認のオーダー。


 あさまが一人目立って恥をかくようなことにならないためにも同数は食う必要がある。ピザ十二種類、パスタ八種類、五皿ずつで百皿、あとブッフェもあるから十分だろう。


「ほ、え? つまり全部十皿でよろしいです?」


「そう。お願いします。咲子、百人前頼んでも2980H¥ってすごい、とても、ありえないぐらいお得だと思う、ね?」


 あさまはオーダーを終えたつもりで喋る。


「んー、そうだね」


 相槌を打ちながら、店員さんが血相を変えてキッチンに向かっていくのをオレは横目で見る。注文通りに出してくるか、店の覚悟が問われる事態だ。平日だし、仕入れがどこまであるか。


「あさま、こういうお店、はじめて?」


 オレは一応、確認しておく。


「? そうだけど? 月暈島にはじめて出来た食べ放題の店で、日本の情報とかで憧れてたんだけど、一緒に食べてくれる人がいなくて、気後れしてた。ずっと来たかった。ありがとう」


「うん」


 二度目はないだろうから、今日は思う存分食べて欲しいところだけど、どうだろうな。月暈島に店を出すぐらいだから、日本のそこらの店よりは人間離れした客への準備があると思うけど。


 あさまは人間離れを離れてるから。


 なんて言うか、オレの中で、満腹になってるところをイメージできないのだ。一度、学食で勝負めいた状況になったけど、勝てる気がしなくて焦ってたぐらいには胃袋が強いと思う。


「お客様」


 そこにやってきたのはスキンヘッドでいかつい顔立ちの海賊めいた大男だった。ブッフェだと思ってたけどバイキングだったらしい。


「なにか?」


 あさまが見上げる。


 その目に少し緊張が走っているのは、間々崎咲子がバレたかどうかという意味だと思うけど、たぶんそういうことじゃない。


「支配人の村上と申します」


 笑顔というには怖すぎる顔だったが、きちんとスーツを着て、お辞儀もちゃんとしてる礼儀正しさは伝わった。客としては扱ってくれるらしい。大食いヤクザ扱いはあさまに酷だ。


「はぁ……」


「この度は、漂海亭への来店、まことにありがとうございます。そしておめでとうございます。お客様で来店、十一万一千百十一人目になります」


「111111人?」


 オレは思わず口を開く。


 ゾロ目だけど、また数えてたとは思えないほどに中途半端な記念である。大台の万人なら会計処理で今日到達とか明日到達とかわかりそうだが、とってつけた感が半端ない。


 時間稼ぎか?


 ギリギリまで出さずに残させて料金を払わせるとか阿漕なことを考えているかも知れない。オレとあさま相手では焼け石に水だが、なんせ相手はバイキングである。客を食い物にするから飲食店なんて上手いことを言っても許さないぞ。


「当店よりお祝いのメニューを差し上げたいと思いますが、よろしいでしょうか?」


「ま、咲子。お祝いだって」


 あさまは嬉しいみたいだった。


「貰ったら?」


 オレは言う。


 これはたぶん食わせない対策だろうと思ったが、お祝いと言われると拒否しづらい人間心理を巧みに利用したなかなかの戦略である。大食いがくることは想定しているかやはり。


「ありがとうございます」


 あさまは満面の笑み。


「では、すぐにお持ちいたします」


 支配人がお辞儀する直前の笑顔が見える。


「ラッキーだった、ね?」


「ワタシたちラッキー」


 しかしあさまが純粋に喜んでるのでそれは口にはしない。相手は海賊、奪い奪われの戦いだ。いざとなれば、オレが食欲を解放すればどうとでもなる。ここは楽しい食事にしよう。


「スプラウト・マウンテンでございます」


 しばらくして支配人と店員さんが巨大な皿で持ってきたのは、八人掛けのテーブルを埋める巨大なもやし炒めの山だった。どこにお祝い要素があるのかまったく理解できない。


「富士山みたい、ね」


 だが、あさまは嬉しそうだった。


「いただこっか」


 ま、嫌いなメニューじゃないなら良かった。


「うん」


 そしてオレたちの胃袋をこの程度で止めることなど出来はしない。怯むだろうと意地の悪い笑顔で見つめていた店の従業員全員をぶっちぎってもやし炒めを完食し、注文を要求し、ブッフェを空にして、その日のディナータイムを臨時休業に追い込んだのはまた別の話だ。


「あ、りがとうございました」


「サービスのいい店」


 あさまは店を出るときに言う。


「また一緒に、ね?」


「はは」


 店員たちがその背後で青ざめていた。

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