第151話 メガーネ

「んな訳で、謙虚に認めるっしょ? おれの女たちがあんたにやられたってことは?」


 勇者の気配が変わった。


「だから、おれがあんたを倒す」


 スタンスを開けて、両手で構えると手元から剣が姿を現す。ホストみたいなスーツ姿とは不釣り合いに無骨で重量感のある両刃の切っ先がギラリと輝いた。


「覚悟しろ」


「やなこった」


 オレは部屋の窓を破って外に飛び出した。


「逃げる? ありえねーっしょ?」


「……」


 全裸で逃げ回りたくなどないが、吐き気を堪えて対処できるほど余裕はなさそうだ。第一、オレはもう連戦に次ぐ連戦、セックスに次ぐセックスで戦う気力がない。


 どこか、隠れられる場所は。


「待てこのフリチン野郎!」


 窓から飛び出して勇者が追いかけてきている。


「うるせぇ! フリチンの現場に踏み込んできたのがテメェだバカ! なにが勇者だ! 知らねぇよ! 実績あっての勇者だろ無名勇者!」


「好きで無名な訳ねーっしょ!」


 ビカビカに白い歯をむき出しにして剣を振り上げると刃がバチバチと閃光した。ヤバい。オレは反射的に別の窓から内側に飛び込む。


 ドン、バリバリッ!


 窓の外が一瞬暗くなって、轟音と共に雷が走った。口を大きく開けた龍みたいなのが網膜に焼き付いたのは洒落じゃないだろう。


「キャーッ! 来ないで!」


「痴漢! 痴漢よ!」


「なにあれ! 信じらんない!」


 室内の女性たちの悲鳴が飛んできて、オレは苦笑いをして逃げ出す。勇者の気配は迫っている。建物内に飛び出して、男やら女やらを驚かせながら廊下を突っ走りながら隠れ場所を探す。


 なんとか逃げ場は。


「貴・様! こっちよ!」


 唐突にドアが開いてオレは引っ張り込まれる。


「ふむ! やはり異・男!」


 髭オカマがそこにいた。


「……!」


 筋肉質な胸板に抱き寄せられ、オレは呪いの気持ち悪さで死にそうになる。呪われてなくても死んでるかも知れない。なんか近づいちゃいけない系の甘い匂いがするんですよ。


「お困りのようね!」


「……」


 オレは頷く。


 前門のホスト、後門のオカマ。


「傲・顔、不・遜!」


 抱き抱えられたまま顔を掴まれる。


 まさか。


「拙・者にお任せ! ゲイ術の前に敵無し!」


「もごごご」


 オレはもがいたが、なんか凄い力でふりほどけない。オレの調子が悪すぎるのか、この人が異常に強いのかよくわからん。


「交・歓!」


 なんで女装させんのっ!?


 全身を叩かれ、身体が形を変えていく。


 怖い。なんでオレこんな目に。


「完・了! やはり傑・作!」


「……」


 たぶん三分もかかってない。初回より時間的に早い気がするのは、一回作ったからなのだろうか。股間の間々崎咲子と再会しながら、オレは著しくテンションを下げる。


 呪いの影響はなくなったけどさ。


「ここか! フリチン野郎! ぉ!?」


 勇者来ちゃった。


「あ!? なに見てんだこら!? ただじゃねぇぞ! 安くもねぇぞ! わかってんのかこら!? おいそこのホストまがい!」


 もうやさぐれるしかなかった。


「おれのエンジェルっ!」


 だが、勇者は剣を捨て、膝をついた。


「は?」


「きみを探してた間々崎咲子! おれと一緒に行こうっ! 月暈機関を離れ、おれの新組織にくるんだ! そうすればきみの罪もすべて帳消しにできる! 理由があったんだろ?」


 なんか喋りが変わってんだけどコイツ。


「出て行けっ!」


 オレは寒気の赴くままに勇者の顔面を蹴り飛ばして部屋から追い出した。そしてフェアリに向き直る。なにかさらにヤバい事態に。


「男に戻してください!」


「何・故!」


 フェアリは女物の洋服を持っていた。


 準備万端、っつーか、この部屋がアトリエなんだろうか、見れば彫刻やら絵画やら作りかけのものがゴロゴロしている。そしてフェアリと男やら女やらがツーショットで並ぶ怪しげな写真が大量に壁に貼られてもいる。


 これ、作品群なんだろうか。


「なに・ゆえ! じゃなくて、困るから! 間々崎咲子指名手配中だから! もう女装はしない前提で無茶やったから!」


「メガーネ」


 フェアリは急に優しい声色で、野暮ったいデザインの黒縁をオレにそっと手渡してきた。


「メガーネ」


 なるほど、これをかければ。


「あら別人、なわけあるかぁっ!」


「心・配、無・用!」


 だが、その一瞬のノリツッコミの間に、フェアリは信じられない素早さでオレに女物の下着と服を着せ、軽いメイクまで施す。


 なんの変身だ。


「え、もしかして一日は戻せないの?」


「正・解!」


 フェアリはオレの前に鏡を持ってくる。


「うーん」


 しかし、制服と違って大人しめに見えるのコーディネートというかメガネに合わせて委員長感がソフトになって図書室にいそうな子に。


「バレない?」


「!」


 指毛の凄い親指を立ててフェアリは頷く。


「はぁ…………お世話にはなってるし、わかった。目立たないように一日過ごすよ。それじゃ」


 部屋を出ようとしたところで、肩を掴まれた。


「写・真!」


「あ、はい」


 どうやら、自分の作品を記録に残したかったらしい。ツーショットで並んで撮影をすると、フェアリは嬉しそうに手を振ってオレを送り出した。悪い人じゃないと思うんだけど。


「やっぱ怖い」


 芸術家って理解できそうにない。


 とりあえず呪いを解くのが先決だ。そう思ってあさまに連絡を取ろうとするが、ヒロポンをまた落としてきている。白い獣になって金ぴか女と戦ったときに違いない。


「……」


 気配から探ろうにもセンター内は騒がしい。


 暴れた勇者と走り回った全裸のオレ、そうした事情も関係あるだろうし、理事会も開かれてるというし、人が多すぎて個人を識別するのが難しい。ただでさえ呪いで同性とすれ違う度に気分が悪くなる。もうなにもかもダメだ。


 オレは吐き場所を求めトイレを探す。


「正生?」


 そして女子トイレ前でぶつかる。


「あぶ」


 あさまの顔を見た瞬間に限界。


 トイレに駆け込む。


「ああっ、解呪、解呪、ね」


 呪いはテキパキと解かれた。トイレの鏡から、みひろに封印された鬼を呼び戻して飲む。オレを苦しめた同性愛矯正がやっと終わった。


「勇者が現れたの?」


 あさまはオレの話を聞いて驚いた様子だった。


「それで、戦えないから逃げたら、フェアリさんに捕まって助かったと言えば助かったけど、一日は男に戻れない。本当にすまん」


 オレは流れを説明して頭を下げた。


「約束したのに」


「いい。気にしないで」


 そう言うあさまにはうっすらと性欲が見えて、けれど表情は穏やかだった。浮気する男でいるよりは安心みたいなものだろうか。


「待っておるぞ、手を出せ」


 バカ色ボケ。


 オレは左手を握りしめて押さえる。


「先生? はい、見つけました。それが、ええ。また性別を変えられて、連絡が行ってますか。見つからないように引き取ります。はい。よろしくおねがいします」


 あさまはすぐに連絡する。


 落ち着いてみると制服でも巫女装束でもなく、おしゃれしているように見える。今の間々崎咲子と並ぶと近いというか、白い獣のときはヤることしか考えてなかったけど、気合い入れてたんだな。本当に悪いことをした。


「伊佐美はなんて?」


「勇者は逃げたって、パーティと引き替えに交渉しようとしたけど、話も聞かなかったみたい」


「……」


 あいつ、島に潜伏するな。


 目的が女のオレかもしれない、と伝えるべきなんだろうけど、気が進まなかった。勇者には色んな意味で近寄りたくない。機関と日本の話ならば、オレが出る幕でもないだろう。


 どうせ明日には元通りである。


「五十鈴家に戻る?」


 オレは言った。


「元に戻るまで待てば」


「帰りたくない」


 あさまは女になった手をギュッと握る。


「ま……あなたの部屋に行きたい」


 名前を呼ぶのを控えて、見つめてくる。


 そう言えば、みひろとケンカしたまま飛び出してきてたんだった。色々ありすぎて気持ちが落ち着いてもいないだろう。甘根館のオレの部屋が落ち着ける場所かどうかは疑問だが。


「わかった」


 頷いて、手を引く。


 そう言えば、オレ自身も、部屋を借りてからまったく甘根館には帰れていない。あさまと一位を争って戦った日から、ずっと? マジ? どんだけ事件つづきなんだ。おかしいだろ。


「たわけ、色狂いに静かな夜などないぞ」


 ええい、色ボケは黙っとけ。

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