第153話 五宝拳

 球磨伊佐美の視界から全先正生が消えていた。


 マリナは気だるさに身を起こす。


 のめり込んでしまった.


「別行動か」


 マリナは能力で奪った視界から見える景色と、正生のマスクに仕込まれた発信器の位置情報を見比べ、乱れた服を整えて部屋から出る。


(勇者のパーティは気になるけど)


 今の任務とは関係がない。


 球磨の視界から、どうやら三人を連れてカクリの元へ向かっている様子だとわかるが、それは任せるしかないだろう。新しく必要な情報があればこちらにも回ってくるはずだった。


 再びセンターに戻って、正生が留まっている地点を確認する。飲食店、漂海亭。食べ放題の店のようである。一も二もなく入店しようとする。


「大変申し訳ありません、お客様。本日、臨時休業になりまして。こちらドリンクのサービスチケットになります。次回のご来店を心よりお待ちしております」


 だが店員にいきなり頭を下げられた。


「中にお客さんいるようだけど?」


 忙しく料理を運ぶ店員の姿が見える。


「実は」


 店員が小声になりマリナに耳打ちした。


「そのお客様たちに店の食材をすべて食べられそうなのです。夜の分も出して対応しているのですが、もう止まらなくて」


「そうなんですか」


 引き下がるしかなかった。


(そう言えば、大食いという資料があった)


 しかし、仮にもヒーローを目指す人間が店の迷惑も考えない食事をするのは頂けない。そこまでするなら、食べ放題などとケチくさいことを言わずに、店を貸し切るぐらいはするべきだ。


 マリナは店の外で待つ。


「洋服を見たいけど、いい?」


「ウエスト大丈夫?」


「このくらいで影響ないから、ね」


「そうなの?」


 女性の二人連れ、ひとりは五十鈴あさま。


(あれ? 交・歓された全先正生?)


 間々崎咲子の姿に、マリナは首を傾げる。


(なんのために?)


 事情が飲み込めなかったが、資料でみたよりも大人しめな装いながら、フェアリによって作られた完璧な美少女は見間違いようがない。


(球磨とした後に、別の妻とはデート)


 一夫多妻の忙しさを感じながら尾行する。


 なんとかあさまの視界を手に入れたい。


 眼中有人の圧倒的な優位性は条件が触るだけだということだ。普段なら不自然でも強引に触ってしまう。今回の任務はその後の関係もあるから多少は自然さに配慮しなければならないが、それでもそう難しい訳ではない。


「これ、似合うと思う?」


「似合う。似合うけど、その、やっぱり」


 二人はいきなりランジェリーショップに入っている。女子高生には過激すぎるデザインの下着の前で、正生が怖じ気づいていた。


「動揺しない。今は女」


 あさまがその耳元に囁きながら、


(おしり触ってる?)


 明らかにスカートの上から撫でていた。


 少し離れた場所で見ながら、マリナは目を疑う。女同士で買い物をしていることは不自然ではないが、ほぼカップルなのは目立つ。はしゃぎすぎだった。


「咲子、一緒に試着しよう、ね?」


「オッ、ワタシも?」


「ほらほら」


 試着室に強引に引っ張っていく。


(二人はいいだろうけど)


 見ていられなかった。


 他の客が目に入ってなさすぎる。こうなればさっさとあさまの視界だけ奪って去ろう。フェアリの能力で性別が変わったら一日は戻れない。それはつまりマリナにとっても正生に近づく意味がないということでもある。


「いたっしょ?」


 だが、そのマリナの目の前を男が歩いていく。


「え?」


「おれのエンジェルっ」


(だれ!?)


 理解が追いつかなかったが、マリナは反射的に男の手を掴んでいた。普通に、ランジェリーショップの試着室に近づこうという男は危険だ。


「どちら様っすか?」


 ホストめいた男だった。


「あ、あなたこそ、ここがどこかわかって」


 好みではなかったが、一定程度の女性には好まれそうな男ではある。女には不自由していないのはわかる。だが、それで性犯罪者でないということにはならない。


「お姉さんのに興味ないんで? 関係ないっしょ? 邪魔しないでくれます? 純愛っしょ? 正義感出すとこ間違えっとモテないっすよ?」


「!」


 あまりの物言いに、マリナは男の手を引いて外へ引っ張り出した。男は抵抗せず、溜息をつきながらも大人しくついてくる。


 センターを出て、ずんずんと距離を取る。


 正生ときちんと接触する前に、変な印象を持たれても困る。任務とは関係ないが、それでもヒーローとして見過ごせないこともあった。


「強引っしょ? そんなにおれが気になる?」


「自惚れも大概にして」


 マリナは言う。


「私は、っ!?」


 振り返ったところに、男の拳が迫っていて、マリナは飛び退いた。地面が割れて、めくれあがる。軽くはない。軽く人を殺すぐらいの力は入っている。


「あれ? お姉さん強い人?」


「何者なの?」


 マリナは身構える。


「そりゃいい質問っしょ? 何者って聞かれたら、勇者って答えるのが、勇者の務めなんで? 正体バレとかしても、正々堂々? 面倒っすよね?」


(勇者? これが?)


 話題になっていた人物だったが、本人の姿は未確認だった。パーティと目される女たちが島で捕まったのと同タイミング。ありえないとは言い切れない。


(けれど、目的は?)


 マリナは考え込みそうになって頭を振る。


 目の前の男は手柄だ。


「私はマリナ、覚悟して」


「敵だらけ?」


 勇者が白い歯を見せた直後に、マリナはその腹に拳をたたき込んでいた。油断しきっている。手応えはしっかりとあった。


「おげっ」


 深く抉って、頭を地面へ叩きつける。


「ごぅっ」


(意外と、弱い?)


 そう思いながらも、カクリの教えでマリナに手加減の文字はない。かぐや姫の末裔が受け継ぐ戦闘体術・五宝拳の技を繰り出そうとする。


「波拳・燕」


「女にはまず殴らせる主義っしょ?」


 勇者が剣の武装を出す。


 二人の攻撃がぶつかり合った。


(雷撃!?)


 周囲が吹き飛び、マリナ自身も吹き飛んだが、互いの技が相殺しあってダメージはない。だが、目の前から勇者が消えている。


「眼中有人」


 マリナはその視界を奪う。


「砕拳・蓬莱」


 背後から自分を見つめる目に向かって攻撃を繰り出そうとする、が、直後、視界は上空にあがっていた。完全に雲の上で島すら見えていない。


「……」


 マリナは見上げる。


(瞬間移動能力?)


 そして視界を見失う。


(限界距離)


 眼中有人はマリナを中心に半径三キロ圏内に相手がいるときのみ使用可能だ。それでも破棄しない限り能力は継続されるが、近づいてきたかは視界を奪えるかどうかで判断するしかない。


(勇者のことは報告しないと)


 マリナはカクリに連絡を取る。


(色んなことが同時に起こる)


 勇者はなにをしにきていたのか。


 エンジェル?


(まさか間々崎咲子を全先正生と知らず?)


 同一人物だと知っているのは、確かにフェアリの能力を知っている一部の人間だけだろう。その意味ではありえない仮定でもない。


 しかし、間々崎咲子は指名手配中だ。


「勇者をおびき寄せるエサにはできませんね」


 案の定、カクリが言う。


「そうですか」


 手柄にはならなそうで、マリナは落ち込む。


「ええ、機関でもみ消している事実ですから、利用するにしても、対処するのに応援を出せません。勇者には他の目的もあるでしょうからこちらに任せて、マリナは引き続き正生の周囲を」


「わかりました」


 そして発信器を頼りに正生の元へ取って返す。


(やれやれ、忙しい)


 場所はセンターの屋上、空港を離発着する飛行機が見える展望デッキだ。あさまと、女になった正生は並んでベンチに座っている。


(暢気にデート)


 任務だが、苛立ちはあった。


 他の客はいないが、二人は屋上入り口とは逆の滑走路側を向いているので音を立てないように出る。できるだけ近づいて、あさまと正生、両方に触るチャンスを。


「あ、さまっ。やめっ」


 だが、咲子が出した甘い声にマリナは硬直。


「こんなにして、ね?」


 あさまの手が、怪しく伸びていた。

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