第135話 夢じゃない

 抵抗しなかった訳じゃない。


 向かってくる人形を千切っては投げ殴り蹴り、脱出を試みようと胃の各所を掘り、それこそ胃の先でも前でもいいから進めないかと駆け回った。だが出口はなかった。


「おろかもの」


 人形たちは口々に言う。


「逃げ場など与えると思うか? ここは罪人が絶頂と絶望の狭間で土に還る場所だ。トシテにすべてを捧げよ。そして罪を悔いて逝け」


 繰り返される言葉。


 食欲で土を食ったりもしたが、量が多すぎた。結局、多少の穴ができても、そこに人形が入り込んで塞いでしまう。そして土から得られるものに、オレを強くするものはなかった。


 相手はただの土である。


 気づけばオレは裸にされていた。


 人形は叩いても潰しても動いた。泥のように付着したそれは制服のボタンを外し、ズボンのチャックを下ろし、オレのモノを露出させた。ぬちゃぬちゃと握られ、はなさなかった。


 そして足を掴んで転ばせる。


 倒れた先、胃壁だったはずの場所が人形の姿になっていて、オレは結合させられている。勃起などしているはずもないが、関係なかった。泥としてまとわりついて、刺激を与えてくる。


「おろかもの」


 そして力を抜かれた。


 休む間など与えられない。転がったオレに人形たちは群がり、ただ力を放出させようとする。思考力が失われた。それはもう快感ですらなかった。キスのようにへばりついた土が、口の中に入り込んで、内側から刺激してくる。


 鼻や耳や、尻からも。


「がはっ」


 食欲の能力を利用して、ともかく体内に入った土を排出しながら、オレは群がってくる人形から逃げる。立ち止まった瞬間に捕まる。


 そこに落ちてきたのが、鎖鬼だった。


 近づいてくる気配を感じて、オレが見ると炎の鎖をまとった裸同然の女である。白い肌がまぶしい。緩慢な土の刺激の中にあったモノが堅くなるのを感じて、オレは駆け出す。


「やらせろぉおぉおおおおっ!」


「え? 正生様、なんでここにっ!?」


「なんだっていい! やらせろ!」


 オレは鎖鬼の身体を抱きしめ、猛烈に迫った。土とセックスするなんて嫌すぎる。どうせ出られないなら女を抱いていたい。


「ま、待ってください。待って」


「魔性の女の癖に、なにを嫌がってんだ」


 近づけようとする顔を押し返してくる女鬼に、オレは言う。いつかはやらせてくれる感じだったじゃないか。今でなにが悪いんだ。


「みひろ様、の身体に入ったクッキー様が」


「クッキー?」


 大きな気配はまだ上にあった。


「あ」


 オレの顔面に振ってくるおしり。押しつぶされながら、その柔らかな身体の感触にさらに興奮しそうになったが、顔を見て血の気が引く。


「兄さん、や?」


 あさまの母の顔。


「ウチ。夢でも見てるんかな」


 だが、口調はクッキー。


「ど、どうしたんだ?」


 しかし、明らかに虚ろな表情だ。


「だから、みひろ様の身体にクッキー様の魂が入っているんです。それで、先ほどから体調が優れないようで、鎖鬼にもどうすればいいのか」


 群がってくる人形に対して、炎の鎖で壁を作って防ぎながら、女鬼は言う。足下の土もパリパリに硬くなっていた。乾燥すると動けないのか。


「魂が入ってる?」


 ちょっと意味がよくわからない。


 なんであさまの母にクッキーの魂が入るなんて状況が発生するんだ。だれが入れたんだ。クッキーの身体の方はどうなってるんだ。


 いや、そんなことはどうでもいいのか。


 不思議なことはいくらでもある。


「クッキー、オレだ、夢じゃない。わかるか?」


 オレはあさまの母の姿に呼びかける。


「ウチ、熱い。熱くて、なんも考えられへん」


 子供のようなことを大人の口で言うと、なんだかもう変な気分になるからやめて欲しい。レイプした後の記憶だってまだ生々しいのだ。


「鎖鬼、火力を落とせないか?」


 オレは言う。


 鎖がドームのようになって人形を防いでくれているが、内側が熱いのは確かだ。ほとんど釜、オレはそれでも耐えられるが、生身の人間にはつらいだろう。


「む、難しいです。むしろ抑えてこれくらいで」


「……」


 仕方がないのでオレは火を遮ろうと横たわるあさま母の身体の上に覆い被さる。全裸でモノがぶらぶらしてしまうがもう仕方がない。


「どうだ、ちょっとは涼しくなったか?」


 考えろ、脱出方法を。


「ちゃうねん」


 苦しそうにクッキーは言った。


「熱いんは、そういうことやないと思う」


「どういうことだ」


「身体が、火照って、アカン」


「……」


 オレは生唾を飲み込んだ。


 すっごい色っぽいんですが!


 泥に汚れた巫女装束が乱れて、胸元が開いて、汗の浮き出た胸が谷間も大きく広げている。握りしめた感触が蘇る。と思ったときにはオレの左手が勝手に揉んでいた。


 呪われてたんだったっ!


「ご、ごめ、クッキー」


「兄さん、おっきなってるやん」


 潤んだ瞳で、クッキーは躊躇なく掴んだ。


「あの、クッキーさん?」


 あさまの母の顔なので混乱する。


「ウチの魅力についに負けたわけやな」


 熱い吐息で、キスをしてくる。


「んん」


 思いっきり舌入ってきてる。


 いいんだろうか、別人の身体なんだが。


「え? するんですか。この状況で? あの言ってなかったですけど、鎖鬼の目を通じて」


「うるさいわ。ちょっと黙っとき」


 ぎろりとあさまの母の目で睨むと、女鬼は思いっきり萎縮した。クッキーに足りなかった貫禄がついてしまってほぼ無敵状態かもしれない。


「兄さんのせいなんやと思う」


 そう言って、装束を脱ぎはじめる。


「うん」


 内容を聞くまでもなくクッキーが言うならそうだろうとオレは頷く。これ、後で問題になるよな、確実に。あさまの母の身体だもの。


 どうしよう。


「この身体に入れられてから、ずっとや。ずっとおなかの中に違和感があんねん。なんや熱うて、硬いもん入ってんねん。握ってわかったわ。これや。このくらいの大きさ」


 クッキーはぐいっと引っ張った。


「はうっ」


 これですか。


「そらこんなん刻み込まれたら、姉さんのおかあはんやっておかしなるっちゅうねん。ウチかておかしなる。ウチ、今、おかしいやんな?」


「うん」


 オレは頷いた。


「アホか!」


 ビンタ。


「な、んんんんっ」


 予想外の攻撃に顔を戻した瞬間、クッキーがオレの唇を再び奪って引き倒してくる。理性なんかとっくに残っていなかった。オレはあさまの母の身体に、クッキーの魂を抱きしめるつもりでのしかかり、焼き付けるように押しつけた。


「んん、ぅんん、んんんん」


 クッキーのキスは長くて情熱的だった。


「み、見てた方がいい? 見ない方がいい?」


 鎖鬼がつぶやいていたが、たぶん見ていたと思う。痛いほどの視線を感じる。でもオレももう止まれなかった。クッキーが上手いのだと思う。あさまの母の肉体もそりゃ凄いんだが、天才ってのはなにをやらせても天才らしい。


 大人になるのが楽しみだ。


「夢でもええわ。こんな気持ちええんやったら」


 ひとしきりを終えて、クッキーは言った。


「たぶん、夢じゃないぞ?」


 この疲労感で夢とか勘弁して欲しい。


「脱出の方法、思いついたわ」


「え?」


「せやけど、教えたらへん」


「ちょ」


「あと十回」


「いやいやいやいや、それは無理だから」


 死ぬから。


「無理やあらへん。やるんや」


「あ、あの、この体勢そんなに長く持ちません」


 鎖鬼が流石に止めに入る。


「はぁ? そやったらあんたも混ざり!」


 だが、ヤクザと化したクッキーは女鬼を引っ張り込んでずいぶんと恥ずかしい体勢にした上で重なった。3Pとかどこで知識を得たにしてもオレは流石にどうかと思うんだ。


「兄さん、呆れた顔してもアカン」


 クッキーは不敵に笑う。


「そっちは大喜びしとるわ」


「……」


 これですか。


 なんというか別人格というか、オレ自身よりよっぽどタフなヤツになりつつありますね。美味しい目は絶対に逃がさないぞという決意に満ちあふれています。


 決意というか血意?


「ウチがはじめてやろ。ここまでやるんは」


 クッキーは勝ち誇った。

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