第126話 男としてのケジメ

 龍門グループのホテルは浮気も安心。


「えー? 三回でギブアップ!?」


「無茶言うな」


 淫魔の能力を持ってしても、既にオレが限界である。伊佐美と朝まで、テスト、あさまの母と夜まで、それからイソラで午前零時。


「一日の半分以上セックスだぞ?」


 どうかしてる。


「セックスバカだ! セックスバカがいる!」


 イソラはクタクタになったオレ自身をぐいぐいと引っ張りながら言う。ラブホテル前を待ち合わせ場所に指定して、一人露出プレイを敢行してたバカに言われたくない。


 透明な素材の服を単体で着てたのだ。


「ともかく、五十鈴レイジってのを探してくれ」


 はしたなく足を広げてしゃがむ相手に言う。


「なんかマサキ、変わった?」


「話、聞いてた?」


「今、アタシ、情婦扱いされてる!」


 オレの言葉をスルーしてイソラは目を輝かせた。その眼差しは淫魔のそれというより、恋に恋する乙女という感じがある。


「ヤりたくなったら呼び出され、コトが済んだらポイ。役に立たないなら要らないとばかりの邪険な扱い。こんなに酷い男なのに、どうして、どうして、どうしてアタシは濡れてるの!?」


「わかった、調べてくれたらまた呼ぶから」


 オレは言った。


 抱かなきゃ話を聞かない、と既にゴネられている。そのための三回だ。白い獣になれないほど性欲が満たされていた訳だが。


「オッケー」


 イソラはオレ自身にキスをして、メガネをかけるとどこかへ電話しはじめる。透明な服の下で見せつけていた気合の入った下着は、後ろから見るとさらに気合が入っていて凄い。


 なんか曼荼羅。


「……」


 オレはベッドに腰掛けて燃え尽きる。


 疲労が蓄積して回復しないのは睡眠不足はもちろん空腹のせいもあるだろう。三種の心器は健康な状態でないとまともに機能しないようだ。


 なんか食事を頼めないだろうか。


 ただ、中華料理屋の時点で食えなくもない龍門グループが果たしてラブホにまともなメシを持ってくるのか疑問はある。メニューのほとんどは冷食にありそうなものなのでむしろ安心か。


「しかし、値段高っ」


 チャーハン 2000H¥?


 ラーメン 1800H¥?


 ギョーザ 1000H¥?


 三点セットで5800は月の最低生活費が十万だとすると取りすぎである。オレが食い過ぎとかいう問題のレベルではない。学生の使うような施設ではないと言われればそうかもしれないが。


 性交後の空腹を狙う阿漕な商売である。


「外出……食える時間でもないが」


 そう言えば、オレの手持ちは現在どのくらいなのだろうか、逮捕されている間に 支給日を迎えていたので確認していない。


「!」


 ゼロ。


 初日の説明通りなら10万プラス最下位から順位が上がる度に1000、1783位との差だけでも軽く180万は入ってるはずなのに。


「うわ、アタシの男の収入、低すぎ?」


 電話を終えたらしいイソラがヒロポンを横からのぞき込んでわざとらしく口に手を当てる。確かにホテル代も払えない有様だった。今回、払って貰ってる時点でどうかとは思うが。


「なにかの間違いだと」


「たぶんチームメイトに使い込まれてるよ」


「え?」


「デフォルトだとチームの財布は共有されるようになってるから。ほら、装備とか、まとまったお金が必要になる場合もあるし」


「……」


 クッキーさん! 相談してください!


「あ、それで五十鈴礼司だけど」


 イソラは落ち込むオレを無視して言う。


「本人の居場所はわからないけど、足繁く通ってる女の名前はわかった。マサキの話通りの男なら、ここで張ってれば会えるでしょ」


 自分のヒロポンをかざしてデータを送ってくれる。素早い調査である。予想はしていたが、機関はおそらく島の住人の生活もしっかり監視しているということだ。監視した上で放置している。


 ヒーローを育てるという名目で。


 呪ったり呪われたりレイプしたりされたり。


「んじゃ、もっかい!」


「!」


 名前を見つめて考え込んでいると、イソラに押し倒された。濡れた箇所をこすりつけ、ものすごい密着してくる。流石に深夜に押し掛けたりはしないから時間に余裕はあるが。それでも勃たないモノはどうしようもない。


「寝かせて?」


 オレはもう甘えてみることにした。


「淫魔は死ぬまで搾り出すのが本業だ! いいぞベイべー! 勃つヤツはおいしい食い物だ! 勃たないヤツはこれからおいしくなる食い物だ! 本当ベッドの上は地獄だぜ! フゥハハハーハァー! アタシのテクで昇天だぜ!」


 メガネを放り投げ、ギラギラと見つめてくる。


「女子供もやったのか?」


「時々」


 二徹、決定。


「もう、食べられない」


 明け方近くに眠ったイソラを残して、オレはホテルを出る。起きるまで待っている場合ではない。今日もテストがあるのだ。最悪のコンディションだが、とりあえず出席はしなければ。


 サボればいい。


 正直なところ、そう思った。


 テストだけならオレだってそうするところだ。だが、あさまがオレと話をするべく登校してきたら、と考えたら出ない訳にはいかない。母親を犯しておいて関係修復など望み薄だが、やはりちゃんと話はするべきだ。


 男としてのケジメというものがある。


「……」


 イソラに搾り取られながら、オレはレイジがなぜ呪いをかけたのか考えていた。復讐かも知れない。そんなことを思った。二十五年の夫婦生活、浮気の発覚百回、十分に自由奔放に生きているとは思うが、相手からは離婚されなかったという事実はある。


 縛られていたのかもしれない。


 傍目には十分に自由を謳歌しているように見えても、本人が窮屈さを感じているとすれば、そこに復讐の要素は入り込みうる。自分の人生を縛った女に離婚を言い渡し、そして破壊する。そんなところじゃないだろうか。


「殴り殺す」


 疲労と睡眠不足はピークを越え、逆にオレのテンションはハイになっていた。どんな理由があろうが知ったことか、あの男は許さん。義理の父になると思えば大人しく話を聞いてやったが。


 巻き込まれて迷惑もいいところだ!


 オレが欲しかったのは娘であって、その両親の確執なんか知ったこっちゃねぇえええんだよ! なんなら妊娠したって言う浮気相手を犯してやろうかって話だ! もう二回も三回も大差ないし、こうなったら逮捕歴も重ねてやるよ!


「殴り殺す殴り殺す殴り殺す殴り殺す」


 ブツブツ。


「犯し倒す犯し倒す犯し倒す犯し倒す」


 だれもオレには近づかなかった。


 登校中はもちろん、校内でもオレの圧倒的な殺気とヤる気に皆が道を開けた。そして教室で落書きまみれの机を見つめていたら、気の弱そうな女子がやってきて綺麗にしてくれた。


「私が、書いたんじゃないけど」


「わかる」


「こ、殺さないで、クラスのみんなも」


「殺さない」


 この怒りはまずレイジ本人にぶつける。


 羽黒リリと他三名はオレより後に教室に入ってきたが、この光景を見て目線すら合わせなかった。この際、左手が勝手に動く呪いを発動させない意味でも不機嫌でいた方が良さそうだ。


 あさまは来なかった。


 テストは滞りなく終わる。


 試験監督も男ばかりだったので、左手が問題を起こすことはなかった。こんなことなら、昨日、五十鈴家を訪問しなければ良かったと思わせる平穏さ、無駄足を通り越して怒りが膨らむ。


 さっさと下校。


 レイジの浮気相手の家へ向かう。


「時任東子」


 二十七歳、保育士。


 データにあった写真は割に素朴で、子供が好きそうな、良いお母さんになりそうな雰囲気のある、少し丸めの女性だ。可愛い。


 妻とはまったく違うタイプを選んでる。


「人質にするのが確実だけど」


 気分的には部屋に上がり込んでレイジがくるまで待たせてもらいたかったが、気が小さいのか、母体への影響をつい考えてしまって踏み切れずにマンションの前に立ち尽くす。


 待ち伏せてりゃいずれは来るんだから。


 そう言い聞かせて悪人になりきれない。善人でもない癖に、だれに見られるでもない癖に、こうやってカッコつけるのはオレの悪い癖だ。それで失敗しているような気がする。


「待つか」


 時任さんの部屋にレイジの気配がないことを確認して、マンションの屋上まで駆け上り、オレは横になる。午前中で学園は終わっているが、保育士なら夕方までは仕事中だ。軽く寝よう。


 午後四時にアラームをセット。


 眠りに一瞬で包まれる。


 夢にあさまの母が出てきて、オレを詰った。


「!」


 アラームの三分前に目を覚ましたのは、覚えのある気配が夢に紛れ込んできたからだ。一気に現実に引き戻されてマンションの入り口を見る。


「なんで」


 時任東子と並んで歩く、すみの姿があった。

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