第111話 悪の大樹

「あなた、起きて。宮本さんから電話」


 揺り起こされる。


「んん? ああ」


 柳田常一は妻に手渡されたヒロポンの時刻表示を見てうんざりする。午前十一時過ぎ、まだ昼前だ。竜宮城からの脱出後、明け方まで記事とインタビューの仕事をして、学園に行く娘を見送ってやっと寝たのである。


「もしもし、おはようございまず」


「テレビ! テレビつけて!」


 宮本久美子は挨拶もせず用件から入った。


「テレビ?」


 常一は布団から這いだして、尻をかきながらリビングに向かう。シャツにアイロンをかける妻の視線の先でテレビは点いていた。


「見た? どう思う?」


「いや、いま見てるところで、乙姫誘拐?」


 生放送を示す画面表示の下に出ているテロップを見て、そして画面に映る派手な下着姿の女を思わず凝視する。妻が横で怪訝な顔をしたが、それどころではなかった。


 パッと見て美少女とわかるその姿。


「間々崎咲子、ですか?」


「見間違いじゃないわよね?」


「え、ええ」


 カメラが追うその少女はそのしっかりとした肩幅より大きなカプセルを担いでセンター正面に広がる都市戦闘訓練エリアのビル群を走っていた。その前後上下左右には追っ手らしき姿も見える。小規模な爆発と建物の倒壊が起こっていた。


「なにが、どうなって」


 間々崎咲子は現場からヒーロー予備軍に救助され、倒れたところを病院へ搬送されたという話は聞いている。それから半日も経っていない。


「わからないけど、それを考えるのは後! 私はこれから出るから、柳田もすぐ来なさい! 現地集合! 場所は比霊根神社!」


 バタバタ動き回っている音が聞こえる。


「比霊根神社? それはまたなぜ」


 センター付近に向かうのではないのか。


「利用されたのよ! 私たち、あのクッキー・コーンフィールドに! まんまと!」


 電話越しでも久美子の憤りは伝わってきた。


「利用された?」


 だが、常一には事態が飲み込めない。


「ともかく急いで! スクープよ!」


「あ」


 久美子は一方的に通話を切った。


「どんな話だったんですか?」


「ん。今日は休みのはずだったんだが」


「お仕事なんですね」


 尋ねてきたが、わかっているという風に、妻はアイロンかけたてのシャツを手渡してくる。互いに慣れっこではあった。特に久美子と組むようになってからは頻度が増えている。


 浮気を疑われたりはしない。


「ニュースはなんて?」


 着替えながら常一は言う。


「あなたが行ってきた竜宮城をヒーローが追いかけてる隙を狙った犯行ですって。人手が足りないから近くの予備軍にも召集をかけたとか」


「人手が足りない? 今、理事会前のこの島にはそれなりの数のヒーローがいただろ。竜宮城を追うと言っても、そこまで」


「殺された王子、その星の人類がアメリカの機構システムにもいたみたいで騒ぎが起こっているみたい。それで応援に出ていたタイミングだとか」


「……」


 まるで狙ったかのようだ。


 クッキー・コーンフィールドに利用された、という久美子の言葉が常一の脳内を巡る。比霊根神社という単語はそう言えば昨夜のインタビューで入れるように言われた単語だった。


 天才少女自らやってきた。


 助けられ、社に戻って、竜宮城内でカメラマンベストに仕込んだ自動撮影装置で撮った場内の様子や、間々崎咲子を記事にしようとしているときに、クッキーはさらりと混じってきたのだ。


「写真はそのパンツが見えてんのにしといて」


 コンピュータ画面を横から見て指示をする。


「あ、と、クッキーさん。無事だったんですね」


 机によじのぼるような体勢の子供相手でも、命の恩人なので咎めようとは思わなかった。多少の違和感はあったが、常一は会えたことを喜んだ。


「おっちゃんも無事で良かったな」


 頭のお団子を揺らしてクッキーは頷く。


「えーと、あ、ああ、これを取りに?」


 常一は懐にしまっていたプリンス殺しを出す。


「撃たんかったんや?」


 受け取りながら意外そうにクッキーは言った。


「折角、護身用に頂いたのに、肝心の場面ではパニックになって撃てず仕舞いで」


「おっちゃんの運が良かったんやな。ま、ウチとウチの友達の連係プレイっちゅうことや」


「友達?」


「ほら、その写真の間々崎咲子」


「知り合いなんですか?」


 渡りに船だった。


 ひとつでも美少女の情報が欲しい局面、相手は現在のランキング一位で情報の信頼性は高く、ついでに逮捕された夫の擁護もしたいと申し出を受けてはインタビューしない訳がない。


 警戒すべきだった。


 ニュースソースが自ら接触してくる状況、マスコミとしては冷静に立ち止まって記事を出すかどうかを考えるべき場面だった。だが、相手は天才とは言え子供であり、同時に命の恩人でもある、疑いは差し挟まれなかった。


 ほとんど天才少女の指示通りの記事である。


「行ってくる」


「行ってらっしゃい」


 妻に見送られ、常一は家を出る。


 ヒロポンで今朝公開した久美子の記事を読みながら車に乗り込み、記事中にも登場した比霊根神社へと出発する。乙姫を誘拐して、センター前などという目立つ場所で大立ち回り。言われてみれば不審な行動である。


 その友達を名乗るクッキー。


「まさか」


 ハンドルを握りながら、常一は背中に汗を感じる。久美子の言ったことを百パーセント信じている訳ではないが、偶然で片づけるには一連の事件は繋がりすぎているように思えた。


 天才少女の描いた意図通りなのか。


 ヒーローより早く竜宮城に現れていたこと。島の警戒を薄くしている王子殺害事件。見つからない首相誘拐犯。比霊根神社。クッキーはすべてに関係を持ちうる立場に思える。


「むしろ、一夫多妻から?」


 島にやって来たばかりの少年、全先正生を利用して、王子を殺させ、誘拐犯とも繋がり、竜宮城はヒーローに潰させて乙姫を奪う。複雑な計画だが、凡人には天才の頭の中までわからない。


 だが、目的はなんだ?


「! テロリストの息子」


 常一の頭の中でひとつの線が繋がる。


 逆だ。


 地球外患誘致の罪に問われる父を持つ少年が、その思想を天才に吹き込んだ結果と見るのが自然だ。娘の憧れる天才も、まだ九歳の少女、男と言うものを知らなくて不思議はない。


「……」


 常一は車を停め、ヒロポンで資料を開く。


 全先正生が妻にした女たちについて、久美子が調べていたものだ。特に興味がなかったので放置していたが、予想が正しければ。


 球磨伊佐美、元ヒーロー、男の噂なし。


 桜母院ルビア、議長の娘、男の噂なし。


 五十鈴あさま、元一位,男の噂なし。


 当照すみ、特別科卒業生、男の噂なし。


「見事に」


 クッキーを加えて、男に免疫のなさそうな経歴が並んでいる。島の女性は強ければ強いほど独立できるので、男と縁が遠くなる傾向がある。それを知ってか、利用価値の高そうな存在を調べ、片っ端から狙っていると考えるべきだ。


 あるいは間々崎咲子もその一人かもしれない。


「機関を内から崩そうということか?」


 現在、本人は逮捕されている。


 それさえもこの推測の中では都合が良いことのように常一には思えた。少なくとも、王子殺害以外の件には一切関われなかったという絶対のアリバイが成立する。


 安全地帯だ。


 そして王子殺害は妻を守るためだったと、クッキーがインタビューで擁護している。これが事実ならば、罪はそれほど重くならないだろう。妻であれ、だれであれ、地球人類を守るために戦うのはヒーローの正義に他ならない。


 筋書きは整っていた。


「これは、天才だが幼気な少女に、計画とその実行を押し付けているようにしか見えないな」


 常一は戦慄していた。


 地球を守るヒーローの本拠地たる月暈島にとんでもない邪悪が根を張り、悪の大樹を育てはじめているイメージだった。もちろん、具体的な証拠はなにもない。だが、この全先正生という少年がこの島にやってきてからの動きは短期間で派手すぎる。


「スクープ、か」


 再び車を走らせながら、常一はつぶやく。


 一連の事件について久美子がどう考えているのか聞かなければならないだろう。そして記者として自分の時代を夢見る生意気な女を焚きつけてでも全先正生を追わせるべきだろう。


 そしてテロリストの証拠を必ず掴む。


 ヒーローにはなれなくとも、地球は守りたい。カメラマンの仕事ではないが、命の恩人であり、娘の憧れの存在であるクッキーの手を汚させたくもなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る