第112話 なんて?
比霊根神社周辺への人員配置が終わる。
「いざってときは逃げればいいから」
水口彩乃は連絡係に伝える。
「球磨伊佐美がいて戦いになんてならない。そう伝えて、姫様はあたしが絶対に逃がすし、いざというときは爺様と二人で自首する。それは約束した通り変わらない」
「……」
連絡係は頷いて去った。
「いこう、あやの」
千鶴の翼を手に重ねてくる。
「うん」
彩乃は繋いで二人、神社へ向かう石段を登る。
(これで、終わる)
彩乃はどこかでホッとしていた。
乙姫の誘拐事件が報道され、その容疑者として名前の出た間々崎咲子を調べた結果、クッキー・コーンフィールドからのメッセージにはすぐたどり着いた。全先正生と関係を持った相手だけに伝わる内容だった。
問題は誘いに乗るかどうか。
自分たちを捕らえる罠である可能性はある。
彩乃は悩んだが、後押しをしたのは意外にも仲間たちだった。竜宮城からヒーローに捕まらずに脱出できたのはクッキーのお陰なのだと言うのである。罠ではありえないと。
インタビューでは首相を奪還したと語っていることから、仲間たちが追って見失った相手がクッキーなのは間違いないと思われる。戦ったマタとか言う熟女もその仲間なのだろう。
竜宮城の内部構造も把握して、宇宙船の制御も奪えて、さらに乙姫も奪っている。そのレベルの有能さを考えれば、逃げるだけなら単独で逃げられたことは間違いないと仲間は言った。
だが、竜宮城は落とされている。
番魚爆弾と呼ばれるものが宇宙船の内部で炸裂したのが原因である。だれがそんなことをしたのかと言われれば、竜宮城の住人ではありえないし、宇宙の方が強いヒーロー碧天刑成に落とす理由がない。
クッキー以外にありえないのだ。
あそこで竜宮城が落ちて、退路ができなければ、仲間たちはリュウジンに食われるか、ヒーローに捕まるかの二者択一しかなかった。当然、首相誘拐犯であり、竜宮城の目的をふまえれば地球外患誘致もあり得る。死刑の罪だ。
「みんな助けられた」
彩乃はつぶやく。
全先正生の姿を模した自爆人形がなければ、自分たちもリュウジンに食われかけている。悪趣味なものだが、あれを作らせたのもクッキーに違いないだろう。
「……」
こくりこくり。
(あとは秘術さえ使えば終わり)
頷く千鶴を見ながら、彩乃は思う。
(クッキー・コーンフィールド。仲間を助けてくれたことは感謝するけど、なにが狙いでも、あたしたちが目的を達するのが先になる)
日本から輸送されてきたところを時止めで奪った巻物、それは乙姫に対して使うよう一族に伝承されていた。首相を誘拐して竜宮城を呼んだのもそのためである。
浦島太郎がどうやって地球を救うつもりだったにせよ、その結果さえ出てしまえば、甲賀古士の役目は終わり、千鶴は自由になれるのだ。
鳥居の向こう、
「時間ピッタリやな」
壊れた社殿の前にクッキーはいた。
隣には球磨伊佐美がいて、カプセルを持っている。中には間違いなく乙姫。周辺に潜んでいる他の人間はいないことは調べ済みだ。
空気熊の攻撃範囲を考えればむしろ当然だが。
「浦島千鶴さんと水口彩乃さん、でええか?」
「……」
こくり、と千鶴は頷いた。
(調べた訳だ)
甲賀古士と知れれば、島が管理している名簿からプロフィールぐらいは調べられる。島生まれで、ほぼ隠されていた千鶴も、出生はさすがに届け出ていた。
「さっさと本題に移ってもええんやけど、ウチからひとつだけ言うとくわ。この泥棒猫ズ!」
クッキーは平然としゃべり出したが、唐突にキレた。その感情の極端な変化は子供っぽいとは言えたが、唐突で二人は目を丸くする。
「え? は?」
「は? やあるか! 水口彩乃! アンタや! アンタが兄さんを巫女田イソラと一緒に閉じ込めたからこないなことになってんねん!」
クッキーはつかつかと詰め寄ってくる。
まるで無防備だ。
(この子を人質にすれば乙姫を無条件で)
彩乃は咄嗟に思ったが、千鶴が手を止めた。
「……」
ふるふる。
「なんや、ウチを人質にしようとでも思ったんか? やってみ? 興味あんねん。心を読む力で、ウチの考えをどこまで読めんのか」
挑発的にクッキーは千鶴を見た。
「しない。わかる。ごめん、なさい」
「千鶴! なんで謝って」
「核心部分を読めるって感じなんやろか」
クッキーは偉そうに千鶴の翼をポンポンと叩く。それはまるで上司が部下を労うかのような、上下関係を意識させる動きであった。
「調子に乗らないでよ」
彩乃は割って入る。
「千鶴さんは賢いのに、アンタはアホやな」
クッキーは首を振って溜息を吐く。
「は?」
「ウチらがアンタら泥棒猫ズにカッとならんと思ってんのって話や。兄さんはアンタがあんなことせえへんかったら清い身体やってん。楽しい新婚生活になるはずやってん。それを初手からメチャメチャにされて、妻として黙ってろ言うんか? な? そこどう思ってんの?」
「だから? あたしは犯されたんですけど?」
彩乃も黙っていられない。
「力を貰ったんやろ?」
目を眇めて、クッキーは凄む。
その眼力は九歳とは思えない迫力だった。
「それとこれとは関係な」
「関係なくないな、アンタが千鶴さんを焚きつけたんやろ? 被害で受けた苦痛よりも大きな利益がある思て、いや、そうやないな。苦痛なんか存在せえへんのやから、ただ利益を得ようとした」
彩乃の言葉を遮って畳みかける。
「な、なに言って」
「気持ち良くなかったん?」
クッキーはとんでもないことを言い出した。
「はぁ!? 気持ち良かったらレイプが許されるとでも思ってんの? バカじゃないの!」
子供相手でも激高せざるを得なかった。
「許される訳がない」
だが、クッキーは冷静に返した。
「なにを動揺してんの? そんなことは女ならわかりきったことやないの。理由はどうあれ、兄さんのやったことはアカンことや。たとえ、あのケダモノとの性行為がとんでもなく気持ちええと、やられた人間が全員証言したとしてもな」
「……」
そう言うクッキーの後ろで球磨が赤面する。
「なにが言いたいわけ?」
彩乃は苛立つ。
天才であるという才能は認めても、それが他人を見下すように使われるのなら、人間としてはまったく評価できない。最悪だ。
「なんで被害を正式に訴えんかったん?」
「それは……」
「こうして千鶴さんに力を与えるためや。そのためにアンタは自分が受けた苦痛を同じように受けるように求めた。それは正しいことやったん?」
天才の冷たい視線が彩乃を見る。
「だ、って、千鶴はあたしの気持ちが読めるから、だから、気持ちは伝わってるはずで」
彩乃は千鶴を見る。
「……」
こくりこくり。
「ふぅん、そんならそれはええわ」
クッキーはあっさりと引き下がる。
「せやけど、アンタのしたことは逆レイプやからな? 兄さんの苦痛はどうなるん?」
「は?」
「は? やあらへん。正式に訴えれば罪には問えたものを、アンタは脅迫で条件をつけさせて、望まぬ性行為に及ばせてる。間違いなくレイプやん。それについてはどう思ってんの?」
「それは! 千鶴を抱けて文句なんてある訳」
彩乃は思わず答える。
「なんて?」
耳に手を当て、クッキーがニヤリと笑った。
(しまった)
「気持ちよさなんか関係なく女はレイプやのに? 男やったら可愛い女の子を抱ければレイプやない? なんてことまさか言わへんよな?」
「も、もちろん」
追い込まれているのがわかった。
「つまり、アンタは被害者であると同時に加害者でもある訳や。ほんなら、なにか言うことあるんやないの? どうなん?」
「ま、全先正生に謝りたいと思います」
彩乃は最悪の気分で言う。
絶対的に優位なはずだった。どんな交渉になるにしろ、自分と千鶴は被害者の立場であり、クッキーらは加害者の妻の立場、この関係性において負けることなどありえないと思いこんでいた。
だが、現在の状況は。
(犯された相手に謝罪させられる?)
「それだけやないんとちゃう?」
だがクッキーは納得していなかった。
「え?」
「とぼけたらアカンわ。余所様の夫を逆レイプしといて妻であるウチらには謝罪のひとつもないん? 精神的苦痛も甚だしいわぁ。お医者さんに行ってノイローゼの診断書を書いてもらわんとアカンかも、六人分? 慰謝料どうなるやろうな? そちらの養育費と相殺されるんかな?」
(悪魔、だ)
仲間を助けてくれた天才というイメージが完全に崩壊して、彩乃は目の前のクッキーの本性に震えが止まらない。とんでもない火力だ。
おそろしい相手を敵にしていた。
「……」
ふるふる。
隣で千鶴も震えている。
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