第109話 七秒後

 だが、二本を握った迅七郎は構えなかった。


「あまり良くないな」


 その視線はどこかを見つめている。


 七秒後のオレの姿だろうか。


「間々崎咲子、ひとつ提案があるんだが」


「提案?」


 この場面で交渉?


「おとうとを解放してくれたら、僕がひとりで相手をする、というのはどうだろう?」


「ジン! なに言って」


 セディが叫んだが、迅七郎はそれを制止した。義父とよく似た力のある眼光である。冗談や奇策の類ではなく真剣に言っているようだが。


 相手の思い通りになる理由がない。


「嫌がるなら、ワタシとしては」


「このまま戦えば、僕らが間違いなく勝つ」


 オレが喋りかけたのを遮って迅七郎は言った。


「な」


「今、僕の眼には君の首と胴体が切り離された姿がずっと見えている。能力は知っているんだろう? このまま戦えばそうなる」


 義兄の視線は、オレの足下を見ていた。


 倒れているというのか。


「これは君が強いという証拠だ」


 迅七郎は言った。


「僕らは侵入者の生け捕りを約束してここの警備を引き受けている。殺すつもりまではない。けれども結果的には殺すことになる。この思考と未来のギャップが意味するのは、想定よりも僕らが追い込まれるということだろう」


「そちらが勝利する未来を変える理由は?」


 オレは言った。


 追い込まれたとしても、生け捕りが失敗するだけなら戦えばいい。まさか殺したくないとは言わないだろう。追い込まれれば殺すのだから。


「なるほど、当然の質問だ。答えよう。僕が今ここで君を殺すとしたら、この場でルギィかセディのどちらかが死に至る場合だけだからだ」


「ジン」


 金髪義妹がオレを迅七郎を見る。


「まったくいい歳して恥ずかしい話なんだが、僕がヒーローになれなかった理由は逆上すると自分を抑えられなくなるからなんだ」


「……」


 そう言った義兄の気配が変化して、オレは少年を抱きしめたまま半歩退く。目の前の男の中にはなにかがいる。自分を抑えられないとかではなく、自分ではないものだ。


「勘が鋭い」


 オレの反応に迅七郎は唇を歪める。


「きょうだいでも気付くまで時間がかかるものなんだが、お察しの通りだ。父の目をみたことがあるかい? あの傷は僕が母を殺しながら生まれたときにつけたものだ」


「よく、喋るんですね」


 オレは言う。


 全先正生としては義父に傷の理由を尋ねる前に教えて貰えたのはありがたい限りだが、初対面にも等しい相手にする話ではない。なにか裏があるようにしか聞こえなかった。


「そうかな? そうかもしれない」


 迅七郎は苦々しい顔をするセディを見る。


「でも大事なことだ。冒眼七目が見る未来を変えるには僕と相手、つまり君が納得して行動を変えなければいけない。片方が変えても必ず結果は同じになる。信じて貰えなくて相手を殺したことは何度もあるからね。言葉を尽くすに越したことはないんだ。それに」


 脇差を持ち上げ、こちらを指す。


「おとうとの人生が既に狂いはじめている」


「……」


 ふと気付くと胸に顔を埋めたルギィがオレを見つめていた。抱きしめられることに抵抗はしていない。視線が会うと顔が真っ赤になり、申し訳なさそうに、けれども自らは離れようとしていない。


 十二歳には刺激が強すぎたか?


「ルギィ! アンタなに!?」


「……」


 姉の声にふるふると首を振っている。


 なんか子犬みたいな目だ。


「でも一対一サシで負けたら、研究所は守れないですよ。たぶんもうおとうとさんはワタシを攻撃できない」


 そしてセディ一人なら敵ではない。


「それは仕方ないだろうね」


 迅七郎はあっさりと言った。


「ただ、言っておくと、機関は乙姫に価値を認めなかったようだ。地球外人類の血は混ざっているが、それも薄く、能力の解析にはもう少し時間がかかるが、使える能力だとしても子供すぎて運用できない。奪われてもいいという話ではないだろうけどね。碧天をはじめ、血眼になって探してるのは竜宮城を動かしていた側の方のようだ」


「なら、なぜワタシがここにくると?」


 オレは問う。


「竜宮城について知っていたなら、宇宙船に乗り込むための準備をしていただろうからだね。僕らに頼んで同行しようとした時点で、目的は中身だとわかる。可能性としてはリュウジン狙いということもあったから、サンプルのある方面にもきょうだいを送ってはおいたけどね」


 迅七郎の答えに淀みはない。


「わかりました」


 オレはルギィを解放する。


「ワタシも死にたくはないので」


「え、あ」


 名残惜しそうに離れていく少年は、すぐさま姉に引っ張られて頭を小突かれていたが、その視線は熱くオレに向いていた。前途有望な才能に変な心の傷を与えた気がする。


 いつかルビアの夫として真実を話そう。


 その方がトラウマものか?


「よし、見えなくなった」


 迅七郎はスタンスを広げ二刀を構える。


「七秒後、間々崎咲子は死んでいない」


「それはどうも」


 オレも身構える。


 動き出してから七秒。


 結果的には悪くない形になった。一対一なら義兄にのみ集中できる。七秒毎さえ気をつけて距離を取っていれば、そう簡単には斬られ。


「ぬんっ!」


 迅七郎が踏み込んだ。


「な!? いっ」


 脇差の鋭い突きが喉元を抉り、避けたところを容赦なく袈裟懸けに斬られる。防弾繊維の服がばっさりと割れて、胸から腹まで血が吹き出す。


 速い。


「ああっ!」


「ああ、じゃないバカ!」


 義姉弟の反応に気を取られている場合ではなかった。大きく飛び退いたオレだったが、迅七郎の斬撃は止まらない。殺すつもりはないのだろうが、その寸前までは構わないというぐらいの連続攻撃で、服が一瞬にしてズタズタになった。


「勘は鋭いが、腕はないな」


 言いながら、笑った。


「このっ!」


 オレは転びながら拾った石を投げつけたが、即座に刀の鍔で弾かれる。殺気があるのに落ち着いている妙な気配だ。攻撃のタイミングがまったくわからない。


「もう七秒だぞ?」


「う?」


 オレのカウントでは五秒。


 刀の間合いから逃れようと思わず後方へ飛び上がったが、しかし迅七郎の刃はオレに当たってはいなかった。研究所を囲む壁を蹴って、前に飛び出す。


「そこっ!」


 発砲音。


 いつのまにか銃を抜いていた義兄に撃たれる。斬られた服の隙間から思いっきり銃弾が腕に突き刺さり、全身が痺れたようになる。


「ウソだ、今のが七秒」


「せ、性格悪」


 実力が上だと自覚しててそれかよ。


「若い頃からそれなりに強かったからね。性悪女にもそれなりに会ってきたさ。おとうとのようにはいかないよ。間々崎咲子」


 そう言った迅七郎の目が少しゆるんだ。


 見ると、ズボンのベルトが斬られていて、するりと脱げてしまっている。マタが持ってきた教授の熟女趣味下着はゴージャスだ。


「女に興味ないのかと!」


 オレは叫ぶ。


 冷静なフリしてなかなかやるな。


「そんな訳ないだろう? 僕は父に似ているんだ。浮気はしない。妻は三人、子供は五人」


「ああ」


 腕を押さえて地面に着地しながら、オレは女としてこの義兄と顔を合わせたことを残念に思った。男同士、一夫多妻同士として会えばきっと仲良くなれただろうと思うのだ。


 いや、男に戻ってから仲良くなろう。


 そのためにも勝たなくては。


「っく」


 力が入らなくて、オレはがくんと四つん這いになる。自分のおっぱいが揺れて垂れ下がるのをみるのは不思議な気分だ。


「ちょ、セディなにすんだよ」


「アンタは見るな! クソアマ! 尻を隠せ!」


「いもうとの教育間違ってないか?」


 パンツ半分ずり落ちてた。


「セディは跳ねっ返りで、困ってる。恋のひとつでもしてくれた方がいいんだけどな」


 迅七郎が言いながら刀を振る。


「いもうとの恋愛ってあにとしてどうなの?」


 オレはかわして走り出す。


「難しい。最近ひとり心配な男に引っかかって」


「!」


 斬撃の鋭さが増した。


 切っ先を避けても、皮膚を切り裂いてくる。


「なんとか諦めさせたい」


「……」


 あれ、もしかして、オレの話かな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る