第108話 冒眼七目
「
ルビアは電話越しに説明した。
「ジンの視界に入った相手の七秒後の位置を見ます。正生さんには千里眼の一種と説明していましたがあれは兄弟姉妹以外への決まり文句です。障害物を透視したりはできません。単純に視力が桁外れに良いだけです」
「オレに言っちゃって良かったのか?」
協力してくれるのはありがたいが、チームを裏切る形になっている。夫婦という関係と異母兄弟姉妹の関係、どちらが大事かと言うと、やはり夫婦は他人に近いのではないかとも思うのだ。
特に、義父に近いであろう義兄との関係は。
「能力を知っていても、正生さんがジンに勝てるという気はまったくしません。申し訳ありませんが、これは三途の川の渡し賃だと思ってください。敗北してすべてを失っても子供は大切に育てますので安心してください」
「なるほど」
オレ自身よりも、危機感を持ってる。
「そのつもりなら、遠慮なくもっと詳細に聞かせて貰うよ、化けて出ないように」
七秒後は確定している。
「……」
義兄は腰に差していた刀を抜きつつ、懐から取り出したピストルでオレを撃った。指の動きは見えていたから即座に射線から避け、
「だっ!」
そして背後を取る。
「うん、強いね」
だが、義兄の後頭部を捕らえた拳からは鮮血、動きのまったく見えない刀の一閃で切り裂かれていた。その能力以前に剣術家としての腕が超一流であるらしい。
「でも、まだまだ」
血飛沫すら浴びずゆらりと振り返ると、オレの首のある位置を容赦なく薙ぎ払った。ルビアから聞いていなければ避けられない。
「……」
屈んだ頭上で毛先が斬れた。
背後に飛んで距離を取る。
三秒。
頭の中でカウントしながら、義兄の動きを見る。振り切った刀の先端をじっと見つめていた。殺気は漂っているが、表情は穏やかである。
「!」
壁の外からの気配に反応する。
ナイフが飛んできていた。
「鈍ってるよ、ジン!」
金髪義妹が素早く駆け込んでくると、ナイフを抜いてかかってくる。鋭いが、義兄の動きに比べればまだ見える。だが、呪いのせいで、近づくだけで気分が悪い。
「そうだろうか?」
義兄は首を傾げる。
「アタシたちに任せとけばいーのっ!」
「……」
たち。
オレはハッとして見上げた。
ぶぅん、と鈍く空気を切り裂いて巨大な剣がまっすぐに突き刺さるコースで飛んでくる。オレは反射的に義妹の腕を掴んで身体を入れ替えた。
「うっ」
吐き気は覚悟で我慢。
完璧に当たるタイミング。
「このアマッ」
だが、義妹の頭上で剣は止まった。
「なにやってんだよ! セディっ!」
金色の鞘を背負った少年が走ってくる。
手を伸ばすと、剣がひとりでに戻っていく。名もなき聖剣、完全に扱えている訳ではないらしいが、斬ろうと思わなければ斬れないらしい。
義弟。
「うっさい! ルギィ!」
「ちゃんと注意を逸らせって」
「ケンカするな、二人とも」
言いながら義兄がピストルを構えた。
その銃口の先にオレはまだいない。
六秒。
「……」
オレは研究所に向けてジャンプする。
「逃がさないだに」
剣が喋った。
「おい、勝手に!」
義弟の小柄な身体を引っ張り上げるように剣からこちらに向かって斬りかかってきた。幅広の刀身が叩きつけられるのをオレはガードする。
「ぐっ」
腕の骨に入った。
空中に放り出されて、落下した先。
「……」
義兄の銃口が向いている。
発砲音。
どすっ。
予め着込んでいた防弾の服に銃弾が当たる。威力は一般のものと変わらないらしい。それが油断を誘う。だが、肉体に当たれば、神経伝達に阻害して能力を乱す特注の弾になっている。
これで七秒。
「情報漏洩だな」
義兄がオレの様子を見て言った。
「しっかりと防弾装備をしている。こちらと戦う心積もりで来ていなければ、間々崎咲子。あの強さで銃弾を恐れはしないだろう」
「だれが漏らしたの? ジン」
「彼女が何者かによるだろう。聞けばわかる」
ぶぅん。
オレを叩き落とした聖剣ごと、義弟がこちらに飛んできていた。周囲に気配が増える様子はない。この三人で止めるつもりらしい。
「……」
オレはさらに横っ飛び。
七秒毎に、未来が見えるのが義兄の能力。
「チーム全員を投入することはないでしょう」
ルビアの言っていた通りだ。
「それでも乙姫を狙ってくる可能性が高い、というのはジンの言葉ですので、戦闘向きのきょうだいが配置されるとは思います」
関迅七郎。三十二歳。
ルギィ・マクリル。十二歳。
セディ・マクリル。十四歳。
この三人構成も予想されていたもののひとつだ。簡単に言えば研究所に被害を与えない戦い方ができる能力の持ち主たちということである。
だが、殺傷能力は高い。
「マクリル姉弟の弟、ルギィの方は聖剣に耐える身体能力に夢魔を使っています。その意味ではシンプルです。問題は姉の方、セディのナイフに刺されると気落ちします」
「気落ち?」
「曖昧な効果に聞こえると思いますが、あらゆる能力を全般的に弱体化させるので侮れません。特にテンションが強さに連動する正生さんのようなタイプには覿面に効くと思います」
一秒。
「逃げるな!」
振り回されながら、しかし柄を握ったルギィが力を込めると、聖剣の威力が増加する。刀身の当たっていない地面にも大きな裂け目ができた。
「つっ」
オレは転がりながら、それを避ける。
使い手と聖剣が同調すればするほど強くなる。だが、手に入れて一年経っても、相性が良くないのか使いこなせていない。そんな説明だったが、威力は十分にある。
「う」
「そこっ!」
セディが見計らったように飛んでくる。
気配察知より吐き気で先に感じて、オレは脚を振り上げ蹴り飛ばす。気落ちさせられなくても呪いで気落ちしそうだった。
「二人とも、ムダが多いぞ?」
そこに迅七郎の銃弾。
「くっ」
かすめた。
バラバラなようで攻撃が途切れない。
三秒。
こちらの優位は逃げると思われていることぐらいだ。実質的には迅七郎だけでも倒さない限り、この作戦はダメになる。追われて七秒後の動きを見られたのでは、誘拐なんて成立しない上に、協力してくれる妻たちの存在もバレかねない。
罪は間々崎咲子に引き受けさせねば。
とりあえず。
「ふっ」
オレは息を吐いて義弟を見つめる。
熱く。
「!」
十二歳の少年が眼を見開いた。
別にオレの気迫に怯んだ訳ではないだろう。そういう芸当はオレにはできない。芸術家が生み出した実在しない美しさにやられたのだ。
「ね?」
オレは微笑む。
「いけないだら!」
「ルギィ!」
聖剣と二つ年上の姉が気付いた。
「なんだよ!」
叫びながら振るう剣の軌道は荒い。
「かわいい、と思って」
幼さの残る顔立ち、その耳元に囁きながらオレは、横目で迅七郎を牽制する。銃は構えているが、異母弟を盾にされては撃てまい。
まだ五秒。
「か、かわいくなんて」
ルギィが明らかに動揺する。
戦闘中に色仕掛けを受けたことはあるまい。
「そう?」
こちらの間合いだったが、あえて殴らない。
「じゃ、カッコよくなる顔、かな?」
オレは誉めながら、ぎゅっと抱きしめた。
「っ!?」
胸に顔を押しつけられて、少年の力が抜ける。こうして距離を詰めていれば、聖剣はもちろん、迅七郎もセディも迂闊に攻撃はできない。
気持ち悪い?
早漏共に抱かれたことを思えば、大したことはない。こんなことを考えているオレが気持ち悪いのは確かだが、女になったことは生かす。
「思ったより、ふしだらだな」
迅七郎が銃を懐に戻した。
「ジン!」
「わかってる。見えてなかった」
そしてこれが義兄の能力の弱点でもある。
七秒後が見えるのは一人だけ。
「本格的に情報漏洩だな」
言いながら、本差だけでなく脇差も抜く。
二刀流。
ここからが剣術家としての本番か。
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