第102話 プリンス・ミーティア

 アイドルを追いかけるための発信器とやらで、竜宮城の場所を追跡可能にできる男たちが、約束を果たさずにオレを逃がす訳はなかった。考えてみれば、当然のことである。


 流石に大学部、バカではない。


 そしてアイドルにされると恋愛禁止になるというヤツらが説明しなかった能力を解除してもらうために、オレは仕方なく行為に応じた。ファンクラブ解散式とか感謝祭なんとか。


 結論から言えば、気持ち良くなかった。


 人生最悪の経験から学んだことは、早漏だとか下手くそだとかは問題ではなく、気持ちが入ってないともうセックスとか苦痛だということだ。これは男の立場に戻ったときにきちんと経験として生かそうと思う。


 男が勝手に気持ちよくなっても仕方ない。


「……」


 汚れてしまった。


 くのいちには悪いことをしたと心から思っていたが、体で体験してさらに申し訳ない気持ちでいっぱいである。この不快感を一生背負わせることについて一生謝らなければいけないだろう。


 胃の辺りが重たい。


「う、ぷ」


 また吐きそう。


 臭いも酷いが、呪いの効果も継続中だ。


 気持ちとしてはもう女ならだれでもいいから抱きついて眠りたいレベルで渇望してるのだが、近寄るだけで吐くとは生き地獄にも程がある。


 イラつく。


「援護するので、さっさと逃げて」


 月暈なんとかの二人に言って、オレは浮かんだ円盤に上がってくる青い人間たちを見る。軽く二十体はいるが、気配の数は海中からどんどん増えている。


「どうやって逃げれば」


 二人の内の女の方が言う。


「陸はあっち」


 オレは雑に指示をした。


 女が混じっているのでは抱えてジャンプする訳にもいかない。そもそもこう敵だらけでは助走距離が取れないので無理だが、なにやら人が集まりはじめていた頭上を飛び越えたので、竜宮城が見つかったことが知れたのだろう。


 つまり、オレの努力はほぼタッチの差。


 待てば良かった。


「急がないと、コイツらまだ増えるよ」


 ま、縁も所縁もない相手を助けるのもヒーローの役目ではあるだろう。オレが来なきゃこの二人は死んでたかもしれないのだ。


「柳田」


「宮本さん」


 女と中年男は互いを見て駆けだした。


 オレは二人の進行方向の前に飛び出し、こちらの動きにあわせて駆けだした青いヤツらを阻む。気配はそこそこだが、動きに知性は感じない。


「八つ当たりだ。ごめんな」


 オレは近寄ってくる気配に、容赦なく拳を叩き込んだ。どういう生き物なのかは知らないし、敵かどうかもわからないが、オレが聞いた話では中年男が早漏共を助けたそうなので、味方する側は決まっている。


「……」


 四、五体海に落としたところで、流石に学習したのか近寄ってこなくなった。実力差がわかる程度の知能は持っているようだ。


「こっちを向いてください」


 広い円盤の縁までたどり着くと、シャッター音とフラッシュが浴びせられた。カメラを構えた中年男が頭を下げ、海獣のような姿になり、女がそれにまたがる。


「さきこさん、感謝します」


「気をつけて」


 オレは吐き気が強まらない距離で言う。


「岸からも救助が来てるし、ここで」


 船らしきものが到着したのが見える。


 首相はもちろんだが、中にどのくらいの人間がいるかわからないのだから、助けに来るとなれば、それなりの準備をしない訳にはいかないだろう。


 千鶴たちを説得する時間があるかどうか。


「はい。必ず、記事にします!」


「しなくていいです」


 だから写真か。


「絶対、しますから!」


「……」


 どうせ、今日中には実在しなくなる女だからどうでもいいことではあるのだが、このアイドルの格好で残った記録は思い出したくない記憶の塊みたいなものになるだろう。


 バチは当たってんだろうな。


「あー」


 悩むのは後だ。


 ともかく首相を助けて、甲賀古士を止める。


 竜宮城? 乙姫?


 オレの知ったことではない。


 そんなものは機関がなんとかするだろう。


「なんだ、おまえ」


 おびえる青いヤツらの中から、喋れるヤツが前に出てきた。他のヤツの青い体が比較的ツルツルであることに比べると、ヒレのようなものが体の各部に見える辺り成長してるのか。


 おたまじゃくし的な?


「お前らこそなんだよ」


 オレは言った。


「リュウジン」


「そう言われてもよくわからん」


 とりあえず近づいても気持ち悪くならない辺り、女ではないのだろう。股間もつるんとしてるので男かどうかも不明ではあるが。


 それとは別にイカの臭いは特に強い個体だ。


「ちきゅうじんるい、ではないのか?」


「らしい」


 日本語はたどたどしいが、意志疎通に問題はなさそうだった。そしてこっちが宇宙人だと察している風である。なにかあるのだろうか。


 女の姿になってもわかる特徴。


「ならば、たたかわない」


 喋れるヤツは言った。


「お前らの仲間をぶっ飛ばしまくったぞ?」


「リュウジン、ちきゅうしはいする。それまでまて。ちきゅうわけあう。たたかうな」


「……」


 交渉のつもりらしい。


 手にも入れてないのに地球の支配者気取りで、勝ち目がない相手と思えばそれさえも分割するとは、なかなか柔軟な教育を受けている。


 平和主義者かも知れない。


「よし、なら乙姫をここに連れてこい」


 オレは言った。


「で、地球諦めてお前ら連れて宇宙に帰りますと宣言させろ。そうしたら戦わないでおいてやる。地球は欠片もやらん」


「……」


 リュウジンは黙った。


 喋れない連中の怯えた目つきが変わる。侮辱は侮辱として伝わったようだ。強い相手が弱い相手になにかを譲ると思っているのが甘い。


「ほら、とっとと乙姫連れ、てっ!」


「……」


 喋れるヤツが蹴ってきた。


「……」


 頭を狙ったハイキックをガードしながら、オレは宣戦布告を受け取る。なかなか重たい。本気は出してなかったんだな。


「おとひめ、リュウジンのはは」


「なるほど、親孝行」


 オレが脚を払って突進すると、他のリュウジンたちが一斉に向かってきた。数は五十体ぐらいになっている。およそ海に出たものは上がってきたようだ。


「観客もいないからな」


 オレは集まってきたところで腰を落とし。


「ラムネ・フラッシュ!」


 全力で円盤を蹴りながら、全力で拳を繰り出す。ジャンプしながらのアッパー。屈んだところに多い被さってきたヤツらをまとめて十体、吹き飛ばしながら、上空に飛ぶ。


「……」


 さっきからずっと竜宮城内の気配を探っていたのだが、どうも感じとれない。宇宙素材が邪魔しているのか、なにか別の要因があるのか。


「!」


 だが、巨大な気配は外からやってきた。


「おっと、美少女発見」


「……」


 ヘキテンだった。


 流れ星のように光り輝きながら飛んできたそいつは、飛び上がっていたオレの腕を掴んでさらに上昇、足下から追いすがっていたリュウジンの群を置いてけぼりにした。


「危ないところでしたね」


 妙にカッコつけた声でヘキテンは言った。


「え、ええ」


 オレは戸惑った。


 女の演技をした方がいいのか?


 どうもオレだと知らないらしい。こいつは巫女田カクリの腹心なのかと思っていたのだが、それほど事情を聞かされてないのだろうか。


「しかし、おれに出会ったのは幸運だ。もう心配は要りません。なぜなら、おれは碧天刑成、ご承知の通りプリンス・ミーティア」


「……」


 知らない。


 女の前ではキャラが変わるらしいヒーローに、気がつけばお姫様だっこされながら、オレはひきつった笑いを浮かべるしかなかった。


 だって相手がオレだと知ったら可哀想。


「お見せしましょう。貴女だけに」


 口説いてるよね、確実に。


「ワタシ、だけ……?」


 それ、絶対他の女にも言ってるよね。

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