第103話 美しい女と、それ以外。
「と、その前にこれを」
ヘキテンは片手抱っこに切り替えると、ズボンのポケットからピルケースのようなものを取り出して、オレに手を出すように促す。
「?」
「飲んでおくといい。君の美しさの前では些細なことで、おれも気にはしないが、戦いというものを知らない人間にはわからないこともある」
「え、っと?」
気障なセリフで伝わらない。
いきなり毒を盛られることもないだろうが。
「戦場で気分が悪くなることもあるさ」
「あ」
口のニオイか。吐いてたから。
「ありがとうございます」
礼を言って飲ませてもらうことにした。
ミントの香りが鼻の奥まですぅっと広がるのを感じながら、なるほど、伊達ではないと思った。臭いを感じても表情には出さなかったし、それでいてちゃんとフォローもする。
こういう心遣いに女は弱いのだろうか。
「礼には及ばない」
ヘキテンはさらりと頬を撫でてきた。
「ミーティア・アッセンブル」
そして耳元で囁くように言うと、その体にまとった光が強くなった。そのままゆっくりと円盤へと降下していく。
「え?」
リュウジンの群がる中心へ堂々と。
「ええ?」
だが、光が強くなっていたのはヘキテンだけではなかった。夜空から海から陸から光の粒が猛スピードで飛んできて、男を中心にぐるぐると回りはじめている。
「君の名前は?」
着地しながらヘキテンは言った。
「間々崎咲子、です」
答えながら、オレは周囲の光景に震えた。
こちらを襲おうと飛びかかっていたリュウジンだったが、光の粒が当たった途端に青い体が穴だらけになっていた。飛び散った血飛沫さえも、光の粒が消していく。
かなりえげつない攻撃だった。
「覚えておくよ。サキコ」
しかし本人は表情ひとつ変えない。
「心配しなくてもいい。おれのミーティアは敵と味方を区別する。美しい女と、それ以外だ」
「……」
それ、ほぼ全宇宙が敵じゃん!
「サキコがおれよりも先にここに到着していたことはきちんと覚えておく。だから、今日、活躍できなかったことを悔やむことはない。残念ながら、おれの前で、おれより活躍できるヒーローは存在しないのだから」
「はあ」
要するにオレの出番はないらしい。
実際、浮かんだ円盤の上に光の粒が広がっていって、リュウジンがほとんど一掃されていた。肌色は青いが、流れ出た血は赤く、しかしそれさえも消されていく。
「外はこのくらいでもういいか、な?」
だが、ヘキテンの目は円盤の端に向けられる。
「……」
確かに、そこに気配があった。
「共食い」
ぼろぼろのリュウジンが這い上がってこちらを睨んでくる。その口は真っ赤に染まっており、そして脚と思しきものを握っていた。
「リュウジン、いきのこる。さいゆうせん」
「悪趣味な生き物だ」
ヘキテンは容赦しなかった。
「ミーティア・ボール」
すっと掌を広げて前に出すと、付近を回転する光の粒が急速にその上へ集まってきて激しく輝く光の塊になる。ひとつひとつの粒の威力を考えれば結果は明らかである。
「ショット」
言いながら掌をリュウジンに向けた。
「!」
リュウジンが横っ飛びに駆けだしたのと、塊が音もなく急加速したのは同時だった。まっすぐに飛んでいった塊が海の波を抉って突き抜ける。
「ショット」
だが、ヘキテンは既に二発目。
「っ!」
逃げ道を封じ。
「ショット」
確実に三発目を当てに行く。
直撃した。
「……」
外れた二発が起こした波がぶつかって消えていくのを見ながら、オレはヘキテンの気配になんの変化もないことに気付く。能力を使っても消耗した様子がない。
集まった光の粒が移動しただけなのだ。
「悪趣味な生き物だ」
ヘキテンはこっちを見て肩をすくめた。
「リュウジン、いきのこる」
見ると、リュウジンの全身が鱗に覆われ、攻撃を防ぎきっている。気配の質も変わっていた。共食いしたことで強くなったのだろうか。
「ヒーローも甘く見られたもんだ」
すたすたと歩き出して、ヘキテンは言う。
「目の前で首相を誘拐されて、勢いだけのヤツに半分の力で負ける。そんなことじゃ示しがつかない。そう思うだろう? サキコ」
「……」
光の粒を引き連れたヘキテンの気配にプレッシャーを感じる。勢いだけのヤツ、と中身を名指しされたのもあるだろうが、こちらの肌が火傷でもしたみたいにヒリヒリしていた。
美しい女と、それ以外。
冗談ではなく、コイツの正義の基準なのだ。
「……」
青いリュウジンが、青ざめて見えるのは気のせいではないだろう。そして逃げだそうとして逃げ出せなくなったのもわかる。
オレに救いを求める目をしたのだ。
「ミーティア・ソード」
ヘキテンが腕をピンと伸ばした。
手の先に光の粒が刃を描いていく。そしてそのまま腕を十字を切るように動かした。距離はあった。だがその一瞬で終わってしまう。
リュウジンの気配が消えた。
跡形もなく。
「……」
オレはまるで自分が食らうような気分でそれを見ていた。別に同情していた訳ではない。ただ、あの青い肌の生き物は、オレを同種と見ていたのだ。地球人類ではないものとして。
宇宙人はヒーローの敵だ。
美しい女でもなく、それ以外だから。
「悪いね、サキコ」
ヘキテンからプレッシャーが消える。
「おれはこのまま中に入って仕事をする。この場は彼らが仕切るだろうから、その指示に従うなり、自分で帰るなりするといい」
「彼ら?」
見ると、新たな船が円盤に近づいていた。
「流星はいつも君の頭上にある」
ヘキテンは星空を指さした。
「会いに行くよ、必ずね」
「……」
女を口説くスタンスを崩さなかったな。
そこは尊敬すべき点かもしれない。ああいう男こそ一夫多妻向きなのだろう。既に二、三百人ぐらいは妻がいても自然な感じだ。オレにはあんな立ち振る舞いは無理だけどな。
ケダモノはいつも君に子供を産ませたい。
会いに行くよ、必ずね。
「……」
完全に脅迫のセリフだよ、これ。
ヘキテンが光の粒で外壁に穴をあけ、内部へと侵入するのを見届けて、オレは船とは逆方向に駆け出す。時間停止能力を持つ千鶴はヒーローの力でもそう簡単に捕まらないだろうが、先に接触されると説得どころではない。
なんとか先回りせねば。
海に飛び込んだ。
泳ぎはそれほど得意でもないが、今の身体能力なら溺れることもないだろう。リュウジンが現れた気配の動きを考えれば、裏側に出入りできるポイントはあるはずだ。
ヘキテンはリュウジンを潰していくだろう。
さっきの攻撃、相手を完全に消すことを目的にしていた。理解できる。生き残ることが最優先、その言葉の意味は厄介そうだ。
共食いで力を増した。
イカの臭いが強いヤツが喋っていたことも含めて考えると、あれは成長していく生き物だという推測は立つ。現時点ではともかく、一個体でも残せば、どうなるかはわからない。
ヘキテンは確実を期すはずだ。
竜宮城の隅々まで、一体残らず敵を消す、そういう行動を取るだろう。首相を助けるのを後回しにしてもだ。ヤツはオレを口説いたり別に焦っていなかった。おそらく首相に興味がない。
男だから。
「……」
予想としてはちょっと根拠が弱いが。
海中にはひっくりかえった竜宮城があった。
建物と海の間に見えない壁があるようだったが、既に海水が流れ込んでキラキラと輝く珊瑚が浮かぶ様子は、あたかもスノードームのようだ。オレは入り込める穴を探しながら泳ぐ。
息は思っていたより余裕がある。
肺活量も強化されているのは調べられていたが、なかなか実感できるものでもない。これなら一度の潜水で中まで入れそうだ。
と思った瞬間。
「だごばっ」
オレは口から泡を吹きだして逃げ出した。
スノードームの中の竜宮城が円盤の中にするりと仕舞い込まれ、代わりにずんぐりとした脚のようなものが飛び出し、その爪のようなもので、見えないドームの壁をぶち破ったからである。
明らかに変形しようとしていた。
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