第89話 叩き台
「敵意は感じないけど、何者だと思う?」
別室に通されたところであさまはクッキーに尋ねた。身長170越え、スタイル抜群な同じ学園に通う謎の美少女など存在し得ない。
黙っていたって目立つ。
それこそ、学園の全生徒をリストアップして呪いをかけまくっていたあさまでなくとも、現れた女が不自然な存在なのはすぐにわかるはずだ。
「素直に考えれば忍者なんやろうな」
クッキーは言う。
「すみを襲った変わり身っちゅうんも自作自演でウチらの情報を得ようとしてる言うんが自然ではある。悪い人ではなさそうやけどな、この状況は逆にウチらに正体を知らせるようなもんやし」
「確かに、戦ったらある程度は、ね」
あさまは同意する。
改造されたマタの性能を知れるとしても、自分で戦うというのはほぼ情報交換になる訳でフェア過ぎる行動だ。裏表はともかく、深く考えていないのはわかる。
「えー? 二人ともまだ疑ってるのー?」
すみが驚いていた。
「そら疑うわ」
クッキーがその腰を叩いた。
「よう知らん人をこの状況でフワーっと連れてくんの止めてくれる? 兄さんが逮捕されたってだけで、一位狙いに絶好のチャンスなんやから」
「さきこちゃんはそんな子じゃないよ」
(すみさんとタイプが似てる感じ、ね)
初対面の相手をそこまで信じ込めるガードの甘さ、これを計算の上で入り込んだのだとすれば自作自演は大成功である。勘の鋭さがあって、油断ならないということにもなる。
(バカなのか賢いのか、判断に困る)
「どんな子でもええけど、次からはちゃんと相談してな? 姉さんが機転利かせて話を合わせてくれんかったらややこしいことになってた」
「うーん」
九歳に説教されてすみが拗ねる。
「すみさんが、わたしのためにというのは本当に嬉しかったので、その、ウソではないです」
あさまはフォローに回った。
確かに状況的に話を合わせた面はあったが、自分以外の妻は嫉妬の対象という意識に、すみの言った「幸せな初体験をして欲しい」という気持ちは刺さるものがあった。
取り残される状況に妥協しかけていただけに。
「うん。ありがとね、あさまちゃん」
「こちらこそ、心配してもらって」
「やっぱり、みんなで楽しくならないとねー」
「楽しくなる状況は弁えて欲しいけどな」
皮肉を言いながら、クッキーが壁に触れると、その壁に真っ白な部屋が映し出される。いくつかの角度に分割された画面、既にそこには謎の美少女とマダムと化したロボットが入ってきていた。
「下、気をつけてな」
床からは椅子が迫り上がってくる。
「ここってこーゆー部屋なの?」
言いながら、すみがすぐに座った。
(確かに)
背もたれが高く、楽な姿勢で大画面を見られるようなやけに心地の良さそうなシートを見ながらあさまも思う。機関はなんだかんだで予算は出し渋るタイプの組織だ。
贅沢感がありすぎる。
「対宇宙人兵器を売るための部屋やからな。国家の要人を招いてデモンストレーションを見せたりするのに最低限、ってとこやろ」
クッキーはさらりと言う。
「そんなことしてたの?」
椅子に座りながらあさまは驚く。
「ウチらが、やないけどな。研究室によってはそういうこともやっとる。地球の軍事力自体も底上げはしとかんとな。ホンマの戦争になったら、ヒーローだけではどうにもならん」
「お待たせお待たせ」
言いながら奥田教授が戻ってきた。
「どうやった?」
クッキーが尋ねる。
「ままさきクンには特段の変化はなかったね。素手でマダム・マタとやりあう気というのは相当の自信家か、本物かどっちかだ」
基本的に死ぬ心配がないらしいこの機械の教授に迎えに行かせたのは謎の美少女が武器などを隠し持っていないかチェックして貰うためだった。危険がないことは確認している。
「自信家にも見えんかったけどな」
「なら本物かも知れない」
「本物か、それは難儀やな」
少し嬉しそうに言いながらクッキーも座る。
「あのロボット、見た目はかなり変わったけど、性能的にはどうなの? 人間っぽくなって機械の良さがなくなった気もするんだけど」
あさまは隣に向かって言う。
「今回、最終調整にはタッチしてへんからな。パーツパーツは前々から準備しとったもんやけど、組み合わせた時の性能まではわからん」
「わからないの?」
すみが珍しそうに言う。
「ウチの目指してたこれまでのマタとはコンセプトが逆やから、そこらへんは教授に任せたんや。叩き台やな。ヒーローオートマタの」
「言ってくれる言ってくれる。この奥田、これでもコーンフィールドクンよりヒーローには哲学があるんだよ。叩かれる前に完成させたとも」
そう言いながら奥田教授は嬉しそうだ。
タコ型宇宙人の体であるとか、頭がおかしいのは確かだが、おそらく百歳以上も年下の天才に期待していればこそ、対抗心を出してくれるのが教育者冥利に尽きるのだろう。
「それやったらウチも楽できてええんやけど」
「あ、はじまるよー」
壁の画面を見上げて、すみが言う。
距離を取って、準備運動で体を解していた謎の美少女が頭を下げた。よろしくおねがいしますとかそんな感じだ。ふわりとセミロングの黒髪が遊ぶ。
「音声は拾えへんの?」
「拾えるとも」
クッキーの言葉に、教授がなにかを操作。
「よろしくお願いしマス」
熟女声のロボットも礼をした。
「……」
謎の美少女は不敵に笑って唇を舐めるとまっすぐに歩き出した。見た目の清楚さに反してノーガードで無骨な動きである。
「!」
ロボットが構える。
「だっ!」
可愛らしい声と共に大降りのパンチ。フェイントもなにもないストレート、とても当てる気があるとは思えない一撃だった。
当然のようにロボットがガードする。
が、その体が浮き上がって、飛ばされる。
「んん!?」
奥田教授が足を伸ばして画面に近づく。
「見えへん教授!」
クッキーが怒鳴った。
「も、申し訳ない!」
「やっ!」
吹き飛ばされたロボットが壁に着地したところに美少女がスカートの中も露わに脚を振り上げる。それもガードして天井へ吹き飛び、追いつき今度は掴んで床へと叩きつけていた。
「さきこちゃん、はっやーいっ!」
すみが感嘆していた。
「強いみたい、ね」
あさまもそうつぶやかざるを得なかった。
「そやな」
クッキーも頷く。
実際のところ、そこからはかなり一方的な戦いになっていった。素早い動きで肉薄し、攻撃を繰り出しては広い室内を縦横無尽に追い打ちする美少女に対して、熟女ロボは手が出ない。
「教授、どうなってんの?」
「いやいや。マダム・マタはままさきクンの能力を解析しているだけだ。予想外にパワーがあって派手に吹き飛んではいるが、ダメージは、受けていない、はずだ!」
奥田は強気に不安がっている。
「ほらほら。ここ、見たまえ見たまえ! そろそろベラ紡スーツを使うみたいだぞ!」
足の一本を分割画面のひとつに伸ばし、熟女ロボがおなかに手を当てる仕草を一時停止してみせる。言っている意味がわからない。
「なにスーツって?」
あさまはクッキーに尋ねる。
「改造とはちゃうんやけど、あの黒いスーツはベラ棒の素材を繊維に混紡して、電気的刺激で四次元通路を開けるようにしてあんねん」
「どーゆー意味?」
すみは首を傾げたが。
「どこからでも武器が?」
何度かそれをみているあさまにはピンと来た。
「取り出せるっちゅうことやね」
クッキーが頷く。
「反撃を開始しマス」
ずぶん、と黒いスーツの中に手を突っ込んだように見えた直後、出てきたのは鎖につながった大きなトゲトゲの金属球である。
「出たぞ出たぞ! 超重力ハンマー!」
教授が叫んだ。
熟女の肉体よりも大きなそれは、盾のように美少女の突進を防いだかと思うと、生き物の頭のように空中でうねった。
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