第90話 エンドレス・ハンマー・ロンド
直径二メートルはあるトゲ付きの球。
「ただの鉄、ってことはない、か」
オレは言う。
空中に浮かんでいるので重さがイメージできず、手を出しにくい。わかるのはどうやらあのピッタリしたスーツが四次元通路になっていたらしいということだけだ。
「かもしれまセン」
球につながる鎖を握って、マタは淑やかに微笑んでいた。その構えは要するにハンマーということなのだろうとは予想できる。
重量と遠心力でダメージを与える武器。
要するにオレのパワーを打ち砕くぞと言うストレートな宣戦布告である。マダムな外見とのミスマッチでかなりヤバい感じだ。
「……」
素直に受けて立ったものか悩む。
ロボット相手の戦闘は気配が読めないので手応えに乏しい。かなり攻めたが、ダメージを与えた感じがないのだ。相手の意気というかテンションの上下を感じながらこちらも加減していたのだとわかる。
戦闘が気配頼みになってたな。
「警戒三割、戸惑い五割、油断二割、デス」
マタが言う。
オレの感情を読んだ?
「超重力ハンマー、連携完了しまシタ」
「!?」
ぐるん。
浮かんでいた球が音もなく回転をはじめていた。マタが握る鎖からの力ではなく、球自体が鎖をよじるようにひねっていく。
「ターゲット、ロック」
フォンッ!
その言葉とほぼ同時に、空間が振動して、球がオレに向かって飛んできた。反射的に避けたが、それは壁に当たることなく空中で急旋回して、こちらを勝手に追尾してくる。
シュンシュンシュンシュン。
「!」
球自体もドリルのように横回転、鋭いトゲがスカートを引き裂いた。咲子の生足が太股まで一気に露わである。我ながらエロい。
「回避、予想範囲内デス」
マタは言った。
「ちっ!」
ナチュラルに煽ってきやがる。
実際のところ、球の動きはオレが避けることを前提にしたかのような動きだった。壁なり床なりに当たって止まったところを本体に向かいたいオレに対して、行く手を阻みながらも、速度をジワジワと上げながら止まらないハンマー。
ヒラヒラした女子制服が徐々にボロボロに。
「……!」
止めるしかないか。
あんまり治癒能力を見せて正体バレしたくないから当たらないように消極的にやってたが、それで負けたのではカッコがつかない。
一回止めてしまえば、再加速までは隙だ。
「とぉりゃ!」
オレに向かって突っ込んでくる球、その回転の軸をめがけて力任せに拳を叩きつける。ズンと重さが全身に乗ってきたが見た目ほどには重くもない。これなら弾き返して。
フォン。
空気が振動した。
「!」
「斥力、発動しマス」
マタの言葉が聞こえた途端、オレの体は白い部屋の壁まで吹き飛ばされていた。大の字になって壁に貼り付けられるような力に抵抗できない。
「この武器は、ハンマーに受けた衝撃を、重力として返しマス。ターゲット、ロック」
「!?」
ふっと、全身を押さえていた力が抜ける。
だが、直後にまた球が回転しながら腹に当たってきて、オレは壁に叩きつけられる。そのまま抉るようにトゲが食い込む。
「あ、がっ」
「斥力、発動しマス」
球が引いたところで壁に押しつけ。
「ターゲット、ロック」
さらに球が抉る。
逃れられない。
そうオレが気付いたときには完全にハマっていた。視界を塞ぐトゲトゲの球が回転してはぶつかってきて、離れても反発する重力がオレを逃さない。さながら壁に押しつけられ八つ当たりの暴力をくらう人形のような状態である。
「うぶ」
何発目かで、血を吐いた。
意識がとぎれかけたところで、攻撃が止んだ。
「降参してはいかがデスか?」
マタの声が聞こえる。
「まだ、まだ……」
オレは立ち上がる。
ここは必死に戦うところでもない。負けたところでなんの問題もない。だが、天才の一個の発明に屈したらもうなんか精神的にダメだろ。オレの存在意義とかなさすぎる。
どう考えてもマダムの本気を見てないし。
「わかりまシタ。続行しマス」
「ありがとう」
原理はわからないが、あの球にぶつかると終わりだということはわかった。ぶつかった衝撃を跳ね返されて、さらに追い打ち、追い打ちの衝撃を追い打ち、さらに追い打ちのエンドレス・ハンマー・ロンド。
それに対抗するには。
「戦い方を変えマス」
「!?」
仕切り直した途端、マタは鎖を頭上で回し始める。ハンマー本来の使い方だが、こちらが対策を考える間を与えないつもりか。
ぶぅん。
「どうなさいマスか?」
マタはハンマーを回しながら部屋の中央へ。
ぶぅん。
鈍い音を立てて空気を引き裂く球の描く半径が徐々に広がる。鎖は黒いスーツから伸びていて、長さの限度がわからない。五十メートル四方ぐらいはあるこの室内ぐらいは余裕そうだ。
行くしかない。
「動きはわかりやすいっ」
オレはハンマーが目の前を横切った直後に、マタに向かって突進する。本体と戦えばいい。追尾してくるよりはよほど楽だ。
「引力、発動しマス」
マタの栗色の髪が、球の移動する方へなびく。
「え」
そこへ突っ込もうとしていたオレの脚が空中で引っ張られていた。踏ん張ろうとするが、床の上をずるずると滑ってハンマーへ引き寄せられる。ハッとしたがもう遅かった。
避けても、球に引き寄せられる?
「ご理解いただけまシタか?」
淑やかに言うと、ハンマーを振り回しながらマタは一礼。栗色の髪が頭上で巻き上げられ、まるでセットしたかのように盛られる。
「おしまいデス」
「う、ああああっ!?」
オレの体が浮かび上がって、室内を回る球に引っ張られていく。掴まる場所のない、なにもないこの室内ではどうにもならなかった。
引っ張られるままハンマーにぶつかり。
「斥力、発動しマス」
「ターゲット、ロック」
「斥力、発動しマス」
「ターゲット、ロック」
「斥力、発動しマス」
「ターゲット、ロック」
待ち受けていたのはエンドレス・ハンマー・ロンドである。どう足掻いても一対一ではハマってしまう。食欲を使って球を食ってしまえば脱出はできそうだったが、正体がバレる。
「降参です」
オレは敗北を認めるしかなかった。
圧倒的。
改造は見事に成功している。
「お粗末様でシタ。正生様」
四次元通路の向こう側に球を押し込みながら、マタが言う。黒いスーツのチャックをおろして、前を開くと、蒸気のように湯気が出た。
もちろん無臭だが色気が匂い立ちそう。
「あとしばらく我慢されればオーバーヒートして、マタが行動不能になりまシタ。超重力ハンマーは強力ですがボディへの負荷が大きいのデス」
「え? いや、今、なんて?」
勝敗分析はともかく、オレの名前。
「動きの癖が完全に一致していまシタ」
「バレ、てたの?」
「申し訳ありまセン」
淑やかに、倒れるオレに頭を下げる。
「は、はは……」
笑うしかなかった。
完敗である。
もしかしてクッキーたちも気付いてて、逆に驚かせようとこんな舞台を用意したのだろうか。まったく油断も隙もない妻たちだ。
「くあーっ! 女の演技してたのもバレバレとか、恥ずかしすぎ! カッコ悪ぃ!」
オレは床にうつ伏せになってジタバタする。
割と自然に女っぽいじゃんと、演技もイケるとか思ってました。申し訳ありません。生まれ変わったら美少女になろうと思ってごめんなさい。
「恥ずかしいのはこれからデスよ」
「そりゃ顔合わせるか、らっ!?」
言いながらマタを見上げて、オレは硬直した。
「なにそれ」
マタの股にとんでもないものが。
「正生様の身体データを元にした疑似ペニスになりマス。マタの人造ヴァギナはこれにピッタリ合うように設計されまシタ」
「へー」
棒読み。
他人のモノとして自分の相棒と対面することは人生においてまずないことだろうが、透明な素材で作られたそれは割とエグかった。
「これは運命なのデス」
「?」
「初めてお会いシタあの日から、マタは正生様をお慕いシテ、結ばれる日を夢見て参りまシタ。ですが、この機械のボディに処女はありまセン」
熟女ロボットが感情を込めながら、どこか不自然な日本語で迫ってくる。その見開かれた目に映る美少女が怯えている。
「ヴァギナも作り物、道具でしかありまセン。わかっていマス。マタは道具なのデス。正生様が欲求不満を発散するために作られていマス」
「……」
逃げなければヤバい。
だが、身をよじろうとした瞬間、マタの手がオレの両乳房をむんずと掴んで、的確にその先端を刺激する。事態は確定的だった。
「ひゃィっ!?」
変な声が出た。
なんだ、この脳髄が痺れる感覚。
「今は、違いマス」
覆い被さってくる熟女、マジヤバい。
両腕を押さえ込まれる力が想像以上だった。やっぱり戦いでは本気なんか出していない。とんでもないものを生み出したなあのタコ教授!
「わ、わかった。だから、待って、心の準備」
オレは首を振る。
「待ちまセン。マタが、正生様の処女を望まぬ形で奪って、道具から一歩踏み出す最初で最後のチャンスなのデス。マタも妻なのデス」
「あ、ああ、あ」
マタの脚が、オレの脚を広げた。
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