第74話 鶴の仇討ち
考えるべきことは色々とあった。
ライバルになるかもしれない相手に力を与えていいのかとか、ここで白い獣になって制御できなければ大惨事だとか、やることを考えればただの浮気でしかないとか、主にセックスを避けようという理性的判断の数々が頭を過ぎる。
だが直感的にはもう決めていた。
「名前、ちづるでよかったか?」
オレは薬を受け取り、制服を脱ぎ捨てる。
終わったら服を着なければならない。
「……」
こくり。
「あやのの心を読んで、大体は知ってるだろうけど、優しくはできないと思うぞ。力を与える前に、身体が耐えられないかもしれない。それでもいいんだな?」
「い、い」
ちづるは深く頷いて、スクール水着をずらす。
肩紐をずらし、肋骨の浮いた胸元を露わにする。手枷と足枷があるので脱げないようだ。それにしても、まったく肉がない。
痩せているとかではなく、限界まで絞られている。腹も、腰も、脚も、ただ立っているだけで折れてしまいそうなほどに華奢だった。
とても男の性欲をかきたてない。
それに自覚的だからこそ、媚薬まで持ち込んでいる。そこまでして、好きでもない男に抱かれて、力を欲するというのだから、あげられるものはあげるしかない。安い同情の心は読まれているだろう。
本当ならば、強引に医者へ連れて行くべきかもしれない。あるいはこの忍者一党のやり方を拒絶させるべきかもしれない。さもなければ力を欲する理由を肩代わりすることを提案すべきかもしれない。
だが、オレにはわかっていた。
「ど、う、ぞ」
ちづるはオレを見て言う。
「あやのには、悪かったと言ってくれ」
薬を飲みながら言う。
「……」
こくり。
目の前に立つ少女はヒーローなのだ。
オレという悪によって傷ついた友人を救うために、あえて不合理な手段を選び、同じ傷を負って、同じ道を行こうとしている。正しいかどうかではない。それがちづるの気持ちなのだ。
「苦い」
だから、オレは悪に徹することにした。
「!」
喉を通った黒い丸薬の効き目は信じられないほどすぐに現れた。全身が熱くなって頭の芯がジンジンと重くなる。そしてオレのモノは十分な興奮状態に至る。集中するまでもなく、白い体毛となってエネルギーが噴出した。
「オレの子を産むことになるぜ?」
気が大きくなって言った。
「……」
こくり。
頷く少女の身体を白い毛でからめ取りながら、オレは容赦なく犯した。唇を奪い、その弱々しい身体を壊すような勢いでただ犯した。人格もなにも無視した。くのいちのことを思い出したときに、涙を流すのを笑った。
「ぎ」
呻き声を無視し、身勝手に動いて終える。
「う?」
だが、待っていたのは力を与えると言うより、力を奪われるような感覚。ちづるは貪欲だった。オレの腕の中で、艶のなかった黒髪が生き生きとし、細い肉体に生命力が宿っていく。
「……」
最終的に、オレは白い獣ではなく、ただの全裸の男として玄関に倒れる。まったく全身に力が入らない。気持ち悪くなるぐらい、気持ちよかった。セックスの快楽じゃない。なにか別のものだが。
これが本物の防虫術。
「あ、り、が、と」
まだ掠れた声で言うと、ちづるはぐっと延びをした。華奢な身体だったが、手枷と足枷を力任せに引きちぎる。そして水着を脱ぐと、白い鳥の羽を全身にまとった姿に変わる。
外套の一種か?
「……」
こくり。
「ふ、く。じゅ、つ。と、く」
「あ、ああ」
服を着ないとマズい。
時間停止を解除したときに、オレの体勢が変わっているとややこしいことになる。特に口止めはしていないが、ちづるはこのことを喋ったりはしないだろう。止まってるとはいえ、衆人環視のこの状況でヤることヤっちゃったのだ。
「……」
こくりこくり。
「便利だな。まったく」
ズボンとパンツをずらした、下半身露出状態の戻るという今後の人生でも滅多にないだろう情けない行動をしながら、オレは言った。
「……」
すっかり鳥と人の中間のような姿になったちづるは肩をすくめる。クチバシまで生えて、キリッとした立ち姿は細くても力強い。
「鶴?」
オレは言う。
「せんの、つる」
クチバシを開けて、喋ったその声からは掠れが消えて、高音がピンと突き抜け、建物が揺らぐほどに力強くなっていた。
「千鶴。良い名前だ」
オレに誉められても嬉しくないだろうけど。
「そうで、もない」
千鶴ははにかむように鳴くと、翼となった両手をパンと合わせる。すると滝の音が戻ってきて、周囲の時間が動きはじめた。
「っ」
ちょっとぐらりと脳が揺れる。
「やめな、さい」
時間が動きはじめた直後、千鶴はあやのとオレの間に立ってそう言っていた。頭巾をかぶっていないくのいちがオレを見たのは、事情を理解したからだろう。
「ふくしゅ、う。なんて、こうか、こしの、なおれ。みて、ちから、とりも、どした、この、すがた。みらい、みちび、く。この、すがた」
「姫様!」
あやのが即座に片膝をつく。
おそらくそういう段取りだったのだ。
自力ではおそらく動けなかった千鶴をここにつれてきて合わせ、力を手に入れさせる。それができなければ、オレを断罪して終わる。
信用できない男を状況的に追い込みたかったに違いない。意味のわからないスクール水着はおそらく多少なりともやる気を出させるための誘惑の手段というところなのだろう。
割と的外れだと思うが。
「!!?」
あやののそれに、一瞬遅れて反応して、他の忍者たちも一斉に、同じ体勢を取る。どうやら問答無用で忍者が忠誠を誓うからには主君ということなのだろう。
「……」
それを見ながら内心、激しく動揺していた。
姫様、思いっきり犯しちゃったよ。
「はじを、しれ」
振り返った千鶴がオレを翼でビンタした。
「……」
力を抜かれて弱っていたところに、なかなかしなやかな動きで思わずよろめいてしまう。たぶん本気の怒りも籠もっているだろう。羽根が舞い散る向こう側の凛とした表情は美しかった。
「つぎは、ない」
千鶴は高らかに鳴いた。
「もし、つぎ、また、かしん、をけが、すなら、その、ときは、こうか、こしの、ちから、そのみ、にうけ、おもい、しる」
「……」
オレは頭を下げる。
ありがとう。
しでかしたことは許されることじゃないが、これで手打ちにしてくれることに感謝しかない。家臣たちの前で自らオレを制裁することで、しこりが最小限になるように配慮までしてくれている。
見事な鶴の仇討ち。
「……」
こくり。
千鶴はバサリと羽根を広げ、壊れた玄関から出て、優雅に飛び立った。忍者たちもオレをにらみつつ、その後につづいていく。
「奥さん方」
一人残ったあやのが背後で見ていた妻たちに向かって挑発的に口を開いた。そりゃ、勝利宣言ぐらいしたいだろう。
「シモがだらしない夫を持つと、これからも苦労することになる。結婚はよく考えた方がいい。あと、子供が産まれたら養育費を請求するので、きちんと準備しておくように。最低でも二人分」
「!」
オレはズボンを上げながら戦慄する。
それ、ここで言いますか。
「それじゃ、あたしたちは忙しいので、ランキング一位は預けておくわ。姫様が力を得た今、ヒーローになるより先に片付けることもある」
本当のことを言っているかはわからない。
もしかしたら、こう言って油断させておいて、襲撃してくるかもしれない。でも、それはそれで忍者としては正々堂々とした戦い方だ。
それはいい。
「……」
オレは背後で高まる強い気配に震える。
だまって見守ってくれた妻たちも、流石に最後の一言は看過できなかったようだ。時間が止まってた間にこの場でなにをしてたかなんて説明できるわけがない。
「二人分ってどういう意味や、兄さん?」
クッキーが口を開いた。
「……」
オレは振り返って、全員の冷たい目線を受ける。正直に言ったら許して貰える、訳がない。まともな手段はあっただろうと言われる。間違いなくその通りだ。言い訳のしようがない。
ヤりたかったんだろ?
そんな風に言われたときに、全面的にそうではないとは言い切れない。千鶴は不健康そうだったが、なんだか庇護欲をかきたてられる可愛さがあったのだ。
白い羽根の姿にも、ちょっと共感した。
同じ白い獣なんじゃないかと。
「ちょっと走ってくる!」
耐えきれずにオレは逃げ出した。
「「「「「逃げた!」」」」」
五人の妻が声を揃える。力を奪われてヘロヘロだったので、すぐに捕まり、あらいざらい吐かされた。離婚時の慰謝料請求額が確実に増えたと思われる。
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