第75話 同盟
それこそ自分たちが与えた罰の結果であり、突発的事故という側面も大きかった忍者の一件よりも、今回の件は殊の外ショックが大きかった。
取引という形であれ、合意の上の行為。
「……」
それも時間停止能力下とは言え、目の前で見せつけられていたらしい。想像するともはや、嫉妬を通り越して正生に対して殺意が芽生えるのを感じながらあさまは無言でキッチンに向かった。
他の妻たちの表情も一様に暗い。
(無理もないわ、ね。三日連続、三度目だもの)
非常識にも限度がある。
これを放置しては、一年後にはこの島に何人の腹違いのきょうだいが生まれてしまうかわかったものではない。ここできちんと手を打たなければならないのは明らかだった。
一通りの話を聞いた結果、だれが言い出すでもなく、正生抜きで話をしようという形になる。忍者に言われたからではなく、いくつか気になるポイントもあったのだろう。
「五十鈴、頼めるか?」
キッチンに入ると球磨が言った。
「はい」
予想できたことなので、あさまは頷く。
ドアを閉め、呪符を張って簡易的な結界を部屋の内側から張り巡らせる。正生には部屋での待機を言い渡したが、会話は聞こえるかもしれない。女の本音には、男の存在は邪魔である。
例え、それが夫だとしても。
「もう、ええの?」
クッキーが言う。
「大丈夫、音は通さない」
「わたし、力なんか与えられてない」
即座に手を挙げて発言したのは管理人だった。
「能力が使える気なんかしない。どーゆーことなの? 正生くんウソついてる?」
「すみ、失った能力まで戻るかはわからない。ちょっと落ち着け。こればかりは正生本人も自覚のしようがない。その点の検証は保留だ」
球磨が諫める。
「少なくとも、甲賀古士とやらが正生の能力を言いふらすということはない。効果が認められた以上、貴重な能力なのは明らかだ。相手にとっても有益な交渉カードになる」
「私たちで試せばいいことですから」
ルビアが言った。
「それはどうやろ? 検証できんかも知れん」
だが、クッキーが否定的に口を開く。
「どういう意味?」
あさまは尋ねる。
「言うてもええんかな?」
話を聞いてから、ずっと渋い顔をしている天才少女は、言いにくそうに全員の顔を見回す。もちろんだれも「言うな」とは言わなかった。
「巫女田イソラの淫魔の能力、そして甲賀古士の姫さんが持ち込んだ媚薬、兄さんが白い獣になれたんは本人が思てる性欲だけやないんちゃう?」
「!」
言われて、あさまもハッとした。
「なるほど」
ルビアは素直に感心していた。
「……」
球磨が無言で椅子に座って、テーブルに肘をつき顔を押さえる。妙に深く落ち込んでいる様子だった。管理人が横に座って顔をのぞき込む。
(先生、もしかして)
力を得られることにかなり期待してたのではないか、とあさまは思った。ヒーローとしての現役引退の正確な理由はわからないが、能力的にピークを越えていた可能性は高い。
それが取り戻せるとなれば、当然。
「それは、科学的な方法も試せるってことでしょう? すぐには無理かも知れないけど、媚薬だって作ろうと思えば」
あさまはフォローするように言った。
「夢魔に影響を与える薬は今のところない。そんなもんがあるなら、機関がとっくに人工的に能力者を作ってるっちゅう話。地球を巡ってスカウトする必要もない。能力に影響を与えられるんは、能力だけや」
だが、クッキーは断言する。
「それじゃ、正生が飲んだっていう媚薬は」
「能力ということですか」
あさまとルビアが言った。
「そう考えるんが妥当やろ。時間停止術、読心術、房中術、変化術、兄さんの説明だけでも忍者の姫さんはなかなかのもんや」
「ルビアちゃんがコピーすれば?」
管理人が提案した。
「私の握因悪果、見たことのないものは使えないんです。淫魔の能力はわかりませんが、媚薬のようなものを作る能力は、普通の戦闘で使われることはないでしょうから」
「んー、難しいねー」
球磨の背中を撫でながら、管理人は口をへの字に曲げる。力を与えられなかったことよりも、正生がウソをついたかどうかを気にする辺り、能力そのものには未練がないようだが。
(よくわからない人)
「ウチらの立場からすれば、兄さんが白い獣になってええことなんてない。せやけど、これをこのまま放置もできひんと思うんや」
「どういうこと?」
あさまはクッキーに言う。
「兄さんもいずれ気付くっちゅうことや」
「必要となれば、正生はそっちを選ぶと」
据わった目になった球磨が言う。
「かもわからん。食欲。もうひとつの潜在能力は弱ないやろうけど、使える状況は限定的やと思う。戦いの中でいざとなれば、白い獣の方が圧倒的に使えるはずや」
「なるほど」
ルビアが言う。
「正生さんは割と後先考えないですから、目先の戦いのために、力を求めて、それらの女性と再び関係を持ちかねないということですね?」
(ストレート!)
あさまは驚いた。
全員が言いたくても言葉を濁すところに遠慮がない。だが、現実的に言えばそういうことだった。今回のように求められてではなく、逆に力を与えることを条件に自ら取引しかねない。
「寝取られる」
あさまは思わずつぶやく。
具体的に考えると、結論はそれしかなかった。この島において、力が得られるなら、好きでもない男に抱かれる女は決して少数ではない。ヒーローになれれば一千億以上の年収も約束される。
普通に割に合う。
そして相手は正生だ。ランキング一位、現時点で最もヒーローに近い男、ルックスは言うほどのこともないが、強い。これからも強くなる可能性を持っている。魅力がない訳がない。
「寝取られる。わたしの……」
そこに力も与えてくれるとなれば、取引を求められた女が出す条件はひとつしかない。自分のものにすることだ。それが一番いいに決まっている。離婚、そして戻ってこない。
「姉さん」
クッキーをはじめ、全員が憐憫の視線を送ってくるのがわかったが、あさまは感情の高ぶりを抑えられなかった。思っていた以上に、兄のことはトラウマになっていた。
「やだ。そんなのやだ」
力が抜けて、床にへたりこんでしまう。
「クッキーの言いたいことは、そうならないようにするということだ。五十鈴」
球磨が立ち上がった。
「でも、だって」
「あさまちゃん、わたしたちが協力すればなんとかなるよ! 五人、ここにいないマタちゃんも入れれば六人、数は力だもの。正生くんの心と体をガッチリ掴んで離さないよ!」
管理人が、ぎゅっと肩を抱いてくる。
(なんか、すごいいい匂い)
「ポロッと、わたしの、言うたんは気になるけど、愛情があるんはええことや。兄さんのやったことは許せへんかもしれんけど、逆に言えば、それだけ好きなんやろうとも思う」
クッキーがあさまの前に手を出す。
「ウチが言うと自分のチームの一位を守りたいだけやと言うかもしれんけど、兄さんにとってもヒーローになることは最重要項目や。心と体だけでなく、この島での戦いでもみんなに協力して貰いたい。戦いが優位なら、白い獣の出番もなくなる」
「そうだな」
球磨が同意して、手を重ねた。
「戦いでは力になれないけど」
管理人も重ねる。
「直接対決にならない限りは協力します」
ルビアは条件付き同意。
「当然、ね」
あさまも手を出した。
「結婚と戦闘は分けて考えたかった。せやけど、こうなった以上、ウチら妻は、全先正生という夫を他の女から守らなアカン。そのために誓いを立てたいと思う」
「誓い」
あさまは言う。
「妻を守るんが夫の役目なら、夫を守るんが妻の役目や。浮気するんが男の恥なら、浮気されるんは女の恥。ウチらは愛される妻になる!」
クッキーの言葉に全員が頷いて、重ねた手を押したとき、あさまは不思議と暖かい気持ちになった。偶然、一人の男に集まってしまっただけ、自分が愛されていればいい、そういう薄い繋がりが変わりはじめている。
自分だけが愛されればいい訳ではない。
全員が愛されるようになる。
それでこそ、幸せな一夫多妻なのだと思えた。
「なるほど」
ルビアが言った。
「愛妻同盟、って感じです」
「え? そのネーミングはどうやろ?」
「ちょっと恥ずかしくないか?」
「んー、そーかも。愛妻って、ねー?」
「わたし、それ好き、それにしよう」
あさまが推して、結局、それに決まった。
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