第65話 ラブラブ
「契約書は、契約書は勘弁して!」
ひん曲がった首が治らない内に、オレは怪しいペンを握らされ、奴隷になる呪いをかけられそうになっていた。
「信頼! 結婚って信頼だから! 契約だから妻を褒め称えるとか違うと思うし、契約だから履行されても嬉しくはないでしょ!?」
「心配しないで、操り人形になる訳じゃないから。これは精神を縛るだけだから」
五十鈴がペン先に紙の署名欄に近づける。
「それが怖いっての!」
「先生としても人権には配慮したかったが、被害者を出してしまった以上、ある程度の制限はやむなしだと判断した」
球磨が力を込めて、文字を書かせようとする。
「教育者としてその発言はダメでしょ! 更正に期待して! 反省してますから!」
「反省してたらなんですみに迫ってんねん!」
クッキーのテヤン手がオレのデコをぴしゃりとはたき、そしてほっぺたをつねりあげる。機械の指に爪のようなものを用意するムダなこだわりはなんなんだ。
「だから、ごめんて」
「それは両想いだからだよー」
すみが割って入り、オレの手からペンを抜き取った。発言と想わぬ行動に三人は反応できず、オレたちの顔を交互に見る。
「両想いとは、ラブラブですか?」
ルビアが真面目な顔で言った。
「これからラブラブになっていくよねー?」
すみは小首を傾げてオレに言う。
「え? ええ、そうなりた、いっ?」
ボキリ。
「っでえぇえええ!」
素直に答えようとしたら、球磨がオレの手首をへし折っていた。普通の人間なら大事であるが、治るから無茶をされるのは拷問の類である。
「クマちゃん!」
「ちょっと待て、すみ。どういうことだ」
手首だけでは足りないのか、手羽先でも広げるみたいに肘を無造作に掴む球磨は、苦痛に悶絶するオレに乗って逃がさない構え。
「わたしが告白したの。奥さんになるんだから当然でしょー? だから、求められるのは問題ないんだよ。疲れてるから今はしたくないけど」
「兄さん、ホンマに反省してるん?」
クッキーが床にはいつくばるオレの顔をシラケた顔でのぞき込む。言いたいことはわかる。反省しながら恋愛する人間など、信用できない。
自分じゃなかったらオレもそう思う。
「あ、あの、色々と流れがありまして」
「どんな流れでも許さないから、ね」
五十鈴がまだ折られていない方の手にもう一本あったらしいペンを握らせ、契約書を差し込んでくる。そこにはメモ用紙みたいなものが張り付けられていて「一、五十鈴あさまとはラブラブになる」というバカみたいな条文が突貫で付け足されていた。
やっぱり操り人形じゃんそれ。
「お、落ち着け!」
オレは叫んだ。
「もちろんみんなともラブラブになりたいから! ちゃんと平等に、みんな仲良く過ごせるように献身的に頑張るので、その頑張りを見てください! 奴隷はそれからでも遅くないから!」
「なるほど、わかりました」
ルビアが言った。
「では、次にラブラブになるのは私で」
「おい。それはズルいだろ」
球磨がオレの肘間接をねじ曲げた。
「ぐ。ぎゃっが」
痛すぎて意識が途切れそう。
どうにも全員を納得させるのは無理そうだ。
オレがそう思ったとき、
「ルビアちゃんはちゃっかりしてるね。わたしはそーゆーの好きだよ。カレーを作ろー」
その言葉で場の空気が変わった。
カレーという単語が強かったのかもしれない。その場の全員が腹具合を思い出したようだった。もしかすると、朝からあまり食べれていないのかもしれない。そうした様々な要因。
心配をかけただろうしな。
「……」
オレはそう考えて納得する。
洗脳ではないはず。
「はい。すみさん」
ルビアは素直に頷いた。
二人が離脱する。
「ま、ええわ。ほな、ウチはその次にするわ。すみ、なにカレー? らっきょあんの?」
クッキーがとことこと追随。
「ポークだよー。クッキーちゃんの好きな漬け物はちゃんと持ってきたから、ばっちり」
「先生は次だ。正生。覚えておけよ」
「う、す」
オレは頷いた。
球磨も合流して、台所がにぎやかになった。すみは能力を使わなくても人の気持ちを整えてしまうのだろう。そういう人間だからこそ、そういう能力を得たのだ。
オレの能力がアレなのはアレな人間だから?
「正直な人、ね。すみさんって」
五十鈴はそう言った。
「わたしは、ラブラブじゃなくてもいいから」
契約書をくしゃくしゃに丸めて、待機していた鬼に手渡して燃やさせる。とりあえず奴隷にする気はなくなったようで、それは良かった。
でも釈然とはしてなさそうである。
「他と一緒は嫌なんだな」
オレは頷く。
「別にそういうことじゃなくて」
そう答える目が泳いだ。
そりゃそうだろう。一夫多妻が一妻多夫だったとして、オレが多数の夫のひとりだったとしたら、そういう気持ちをなかなか割り切れないと思う。正直、かなり嫌なことだ。みんなでラブラブなんて根本的にウソ臭い。自分で言っててどうかとも思う。
愛情と独占欲は切り離せないからだ。
ルビアやクッキーは結婚が目的ではないのでそこまで本気でラブラブを求めてもいないだろうし、球磨は大人だから一夫多妻の状況をある程度は覚悟してたと思うが、たぶん兄を寝取られて引きずってた五十鈴にそれを求めるのは酷だ。
「わかるよ」
けれども言う。
結婚を受け入れた責任として。
「オレもあんまり人の輪に加わるタイプじゃないし、正直なところ、同じようにラブラブなんて無理だ。それぞれのペースで、オレの立場は六人と結婚するんじゃなくて、六回、結婚するようなものだと思ってる。全部、本気で」
ともかく、妻に対しては常にガチで行こう。浮気ではないのだ。オレにとってそういうことがみんなでラブラブの意味である。
「そう願いたいかも」
五十鈴は肩をすくめる。
「バツ5みたいだけど、ね」
少し笑いながら言うと、四人の輪に加わった。
「洒落になんないから」
やったことを考えれば、離婚されないだけ御の字なのだ。それだけでも全員を愛せると思う。身体が治って、五人が並んでなにやら小声でおしゃべりをしながら料理する姿を見ているのはなんだか幸せだった。
家族が欲しい、とは思っていたかもしれない。
別にオヤジとの二人暮らしに不満はなかったし、オフクロのこともそれほど気にしていなかったのだけれど、欲しくなかったと言えばそれは強がりだった。工場を継いで、結婚して、一人前になって、オヤジに孫を抱かせて楽させたい。
そういう夢は抱いていた。
だからと言って。
「……」
オレはテーブルに突っ伏す。
地球を支配とか全地球の女に子供を産ませるってのは、夢を通り越して野望とかそういう感じだ。人間兵器として利用される獣の本能としてはそうなのかもしれないが、人間が持っちゃいけない類の欲望に他ならない。
そんな夢を分けて、能力の燃料とする?
「決めた」
オレは言う。
「もう白い獣にはならない」
五人の妻たちが一斉に振り返った。
「なに言うてんの、兄さん?」
クッキーが首を振った。
「そんなん、許される訳ないやん」
「え? なんで? 常識的判断じゃん」
「あれだけ強い力を捨てるなんてもったいないです。安全に利用できるように努力するのがヒーローの為すべきことですよ」
ルビアが包丁の刃を輝かして言う。
「正生。危険を制御するのがヒーローだ」
球磨は真面目な顔で言った。
だが、その手に握られているニンジンは見るからに男性の卑猥な形に細工されている。料理をしてるかと思ったらなにやってんだ。
「わたしだけこの気持ちよさを独り占めできないよ? 正生くんは責任取らないとー」
すみはそのニンジンに包丁を刺す。
「いや、獣になんなくても」
やめて。なにを参考に作ったのか知ってるからやめて。ラブラブになる予定が猟奇的になっちゃうからやめて。先っちょが痛いからやめて。
「くのいちのことなら、正生が気にすることないから、ね。まず魅了の能力を持ってる女と一緒の空間に閉じ込めて、きっかけを作ったのはあっち。訴えるって言うなら、巫女田を抱き込んで受けて立つから」
なんか怖い目をして、五十鈴が言う。
「え? あの、なれってこと?」
オレにはよくわからない。
「次になったら、その、みんなわかんないよ? 自分で言うのもあれだけど、今のところ制御できる気がまったくしないから」
「ええよ、大人になれるし?」
「了解の上です」
「先生に勝てると思うな」
「気持ちいいらしいから、ね」
「全員で受けて立ったら、正生くんが死ぬねー」
みんな、その気だった。
ラブラブってこういう意味だっけ?
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