第47話 謝罪
「ケッコン、ショウダク」
例によっての機械的な言葉とは裏腹に、行儀良くお辞儀をして、マタはオレをじっと見つめ、そしてクッキーの後ろに回り込んで隠れた。
「なんか珍しい反応だな」
オレは言う。
それこそ初対面のときのようにキスされるのではないかとちょっと身構えてもいたのだ。恋人になりたがっていた事実はある。気持ちというよりオレの弱点を攻撃する意味でだが。
「恥じらいをちょっと強めにしたんや。昨日の……ま、緊急措置としてな。とりあえず今日からの強化で別物になる。気にせんといて」
クッキーは言葉を濁した。
金ぴかの鬼をどうにかしたことについては触れられたくないようだ。性知識もあるし、別にその手の話題ができない訳でもなさそうなのだが、自分の発明の不備不手際は語りたくないようだ。
「わかった」
オレは頷いておく。
あの鬼を籠絡した技に興味はあるが、今そんなものを尋ねたらだれに使うつもりだと言う話になること請け合いである。空気は読む。
八時前に学園に到着。
穂流戸市からの移動中に多くの気配に追跡されたが、仕掛けてくる相手はいなかった。楽に勝てるとは思われていないようで少しホッとする反面、仕掛けられるときはそれなりの策を講じてくるだろうと思うと緊張もする。
強敵には相応の扱いがあるだろう。
「ほな、授業終わったら連絡してな」
「わかった」
クッキーはオレの背中から、マタの背中にテヤン手を移して、自分はふわふわと学園内でも横着に移動していく。子供として運動が足りないのではないかと思わなくはない。
「……保護者不在だしな」
その様子を見送りながら、オレはつぶやく。
結婚以前にチームメイトとしてオレが面倒を見るべき問題のような気がする。別に健康体でなくても科学の力で補助できる才能があるだろうが、健康であるに越したことはない。
大学だと体育とかないだろうから。
「あ」
オレは球磨のことを思い出した。
「あー」
気分が重くなり、肩を落とす。
胸を揉んだ件の謝罪をしなければ。
あれから一日だが、くのいちの胸を揉み、中二の胸を揉み、結婚だのなんだのとオレの身の回りが忙しないので忘れそうになっていた。こういうことは朝一で終わらせないと。
先送りしてもいいことなどない。
登校した足で職員室に行ったが、体育科の準備室の方ではないかと言われ、オレは場所を聞いて体育館に併設されているという部屋に向かう。しかし、他の教師の目がある中だ。言葉を選んで恥をかかせないようにしなければ。
「あれが新しい一位? はじめて見た」
「思ったよりフツー。もっと威圧感あるかと」
「決闘で岩倉宗虎を、襲撃で五十鈴あさまを?」
「案外あなどれない対応力があるよな」
「それはあの天才のおかげだろ。どう見ても頭は良くなさそうだぜ?」
「まぐれだまぐれ」
「天才少女の力はそうだろうけど、あれであの子供あんまり上位にちょっかいは出してなかったからな。下位あしらいは上手かったが」
「クマ先生の胸を揉んだって」
「マジ? 怖いもの知らず過ぎだよそれ」
「もう両手で容赦なく、性犯罪者の手つき」
「信じらんない、ヒーローの資格なくない?」
「こわーい。戦いの最中の事故を装って?」
「ぶち殺そう。おれらで!」
「ああ、あんなヤツを一位に置いておいたらこの島の恥だ!」
「なんとしても叩き潰そうぜ!」
「恥ずかしくないのかね、生きてて」
「テロリストの息子だろ? なんともないんだよ、そのくらい。恥を感じる知能があったら、自殺してるっつーの。クズだよ。クズ」
「うわ、こっち見た。犯される!」
「ありえないんですけど、死んでくれない?」
生きてて本当にごめんなさい。
「……」
校舎内を歩いている間にオレの聴覚が拾った様々な声は一位に対する注目以上にオレのしでかした行為の評判の悪さを物語っていた。ヒーローにあるまじき行いなのはオレ自身も認めるしかない。この状態では球磨に恥をかかせないのは不可能だ。
いっそ顔を合わせない方が傷が浅いのでは?
「……」
体育科準備室前でオレは首を振る。
なんと言っても担任だ。顔を合わせない訳にはいかない。謝ったところで世間の理解は得られないだろうが、だからと言って当事者同士での和解をしないのでは本当の外道である。
「失礼します」
ノックをし、扉を開ける。
「全先か」
女教師はちらりとこちらを見て言った。
入り口の一番近く、おそらくは教師の中でも若手ということでの配置であろう場所に球磨が座ってパソコンに向かっていた。
「おはようございます」
オレは室内を見回す。
「お仕事中と思いますが、お時間を頂けないでしょうか、あの、昨日の、戦闘中の件でお話ししたいことがありまして」
ありがたいことに他の教師はいなかった。
「謝る必要はないぞ」
球磨はキーボードを叩きながら言う。
「! いえ、その本当に申し訳ないことをしたと反省しています。どうやら噂にもなってしまったようで、先生にも多大なご迷惑をおかけして」
「責任は取るんだろ?」
キィ、とデスクチェアを回して、球磨がこちらを向く。威圧的な気配がオレを飲み込んだ。腕を組んだジャージ姿は相変わらず胸を強調しているようにしか見えない。
この状況で見てる場合かという話だが。
「それはもう、罰でもなんでも」
オレは頷いた。
「なら、先生と結婚しろ」
球磨は言うと、赤面して視線を逸らした。
「は、へ? それは、罰ですか?」
朝から同じフレーズを聴いているので聞き間違いではないとオレはすぐに理解できたが、意図は汲み取りかねた。おっぱいを揉んだら結婚、いい大人の発言とは思えない。下手をすればアホの子である。
「罰な訳がないだろ。褒美だ」
心外だという風に球磨は唇を曲げる。
「褒美? えー、と、今、謝罪して」
そもそもなんの褒美なんだ?
おっぱいを揉んだことに対する褒美が結婚?
責任って言わなかったか?
球磨の人生の責任を取ることが褒美になる?
「謝る必要はないと言ったが」
それは聞いた。
「……」
オレは沈黙し、球磨の目を見つめることになった。真剣な目ではある。見つめられて少し照れているということが、その本気さを伝えてくれている。この室内に他の気配はない。なにかのドッキリというようなこともないはずだ。
「教師と生徒ですが?」
再確認するしかなかった。
「だから結婚だ。常識的には交際からはじめたいところだが、それは立場上よろしくない。世間に対して遊んでいると思われる。きちんと身を固めることで遊びではないと明確にできる」
球磨は真剣に言っているらしかった。
「……」
どんな理屈だよ! とは言えなかった。
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