第30話 椅子取りゲーム

「……でも要は雷対策をして踊ってる間に五十鈴本人を倒せばいいってことだろ? そこまで困難な感じはしないんだけど」


 戦い方を見てしまえばそれほど恐ろしい相手とも思えないのが実感だった。それこそ鬼の女たちが出る前に勝負をかければ弱点も関係ない。


「確かにそうや。巫女服の外套も踊りの最中に五十鈴を守っている力も兄さんなら簡単に突破できるやろ。おそらく鹿骨光の壁ほどにも強度はないはずや」


 クッキーはオレの意見に同意した。


「せやけど、問題はこっち」


 そして映像を少し巻き戻して、取り囲んでいる連中の方の動きを拡大する。鬼の女たちと戦っている側、戦いの全景を見ていたときは意識できなかった一人一人の攻撃対象が見えてくる。


「妨害か」


 オレは言った。


「その通りや。一位を奪い合う攻防において、取り囲んだ側はむしろ敵同士になってまう」


 足の引っ張り合い。


 過半数がやられても、数の上では囲んでいる側が有利に見えていたが、鬼の女たちが結束して迎撃するのに対して、襲撃している側はまとまりがなく、スキをみては五十鈴を倒すことよりライバルの邪魔をする動きをしている。


 これは椅子取りゲームでもある訳か。


「数で上回ると心理的に余裕が出る。余裕は色気を生むんや。上手く立ち回れば一位を奪えるとなれば、そら自分ら以外の邪魔をしたなるし、邪魔されればやり返すのも必然のことや」


 クッキーは立体映像をぐるりと回していく。


 あらゆる角度で、一位を狙う側の小競り合いが生じていて、囲まれているかに見えた戦いはむしろ五十鈴のいる中心が無風になっている。


 これでは攻めきれない。


「映像からではどこで使ってるかまではわからんけど、五十鈴あさまが人を操って混戦になるようにし向けてるのは間違いないんちゃうかと思う」


 真剣な顔でクッキーは言う。


「なるほど、呪いはここで効くのか」


 オレは頭を掻く。


「つまり、オレは妨害されても反撃せず突っ込めばいいってことか? 多少のダメージは受けるだろうが捕まりさえしなけりゃなんとか」


 対応しようにも不確定要素は多い。


「基本的にはそうなるんやけど」


 クッキーは映像を止めると目を外した。


「もっと肝心なことは倒した後にあるんや。兄さん、KOの取り方、覚えとる?」


「え? 気絶させた相手にヒロポンを触れさせて一分だっけ? まだやったことなくて、あ……」


 言いながら、オレも肝心なことに気付いた。


「わかったやろ?」


「横取り」


 クッキーの言葉に頷いてオレは言う。


「システム上、戦闘さえ開始していればだれでもKOは取れる。ちょっと頭を使えばだれかに倒してもらって美味しいところを横からかっさらうのが賢い方法やと気付く」


「卑怯だ」


 全然ヒーローらしくない。


「兄さんがそないな顔をするのはわかるけど、この島で正々堂々を求められるんは一位だけや。あとは結局、敵の立ち回りを考えるんがこのランキングによる選抜の狙いや」


 苦笑いしてクッキーは言う。


「そうなんだろうけど」


 確かに、敵がどう考えるかを襲撃の戦略を立てながら自然に学んでいるのだろう。それが迎え撃つ側になったときに経験としても生きる。ヒーローの教育としてはおそらく悪くはない。


 けれども。


「一位が正々堂々としてないし」


 オレは気になってたことを言う。


「そもそも戦ってくれるのか?」


 二十日に戦う前提でこうして作戦会議をしているが、そこさえ守れば来月分のボーナスが確定するのはあちらの方だ。隠れて出てこない線も十分に想定できる。


「一位は年間五十戦はせなアカンことになってる。最低五十戦して一位を一年間キープや」


 クッキーはこちらの疑問に答えた。


「五十戦、週一戦ペースか」


 多いのか少ないのか微妙だが、オレのような治癒能力を持たなければ、一回の戦闘で怪我をして連戦など無謀でしかない訳で、現実的にはかなりハードかもしれない。


「五十鈴あさまにとっても誤算やったやろうけど、この戦闘で呪術の厄介さが広まりすぎて戦闘回数が不足気味になってる。序盤はあんまり気にならんノルマやけど、後半にジワジワと首を絞める条件やからな。回数を稼ぐ意味でむしろ狙われる二十日に向けて調整して準備万端やろ」


「それはそうかもな」


 逆に迎え撃つ気満々で隙はなさそうだが。


「ともかく横取り対策が肝心やねん」


 クッキーは話を戻した。


「それこそ最下位から一気にジャンプアップしてきて一位を狙おう言う鯉の滝登りな兄さんなんかは妨害でも横取りでもマークされてるんや。そして相手を倒す瞬間が一番狙われるときやからな」


「オレより有力な候補まだゴロゴロいるだろ」


 首を傾げざるを得ない。


「あんまり気は進まないけど、こっちが横取り前提で動くのが合理的な結論じゃないか?」


 そこまで注目されるほどでもない。


 岩倉先輩の57位より上を考えたって五十のチームがあるのである。多少は注目度が上がってもマークされるほどじゃないだろう。二位を除外しても三位や四位は当然いるわけなのだから。


「やっぱりか」


 クッキーは大きくため息を吐いた。


「なにが?」


 呆れられることを言ったつもりはない。


「兄さん、結界破った記憶ないやろ?」


「?」


 なんのことだ。


「これ見てみ」


 クッキーは再び目を装着して立体映像を出す。それは岩倉先輩との決闘の模様だった。オレが一発逆転のラムネ討ちを繰り出し、倒して決着したはずだったのだが。


「なんだこれ?」


 記憶にまったくないシーンがつづく。


「兄さんの潜在能力やろ」


 クッキーは言う。


「潜在能力、ってなに? なにが潜在してんの? え? だってオレの能力って改造されて……」


 オレには心当たりがなかった。


「能力の解析は一朝一夕ではどうにもならん。その筋の専門家も必要になる。ええねん。今はなんの力でもな」


「いいのか?」


 どうもオレには納得できない。


「重要なことは、決闘で破られた記録のない結界を兄さんが破ってもうてるということや。これはランキングの順位より参加者に脅威を与える事実やねん」


 深刻そうな顔でクッキーはつづけた。


「そうなのか?」


「入院してたし、島の事情に疎い兄さんにはわからんやろうけど、大事やねん。この島で単に結界と呼ばれてるもんは月暈機関ご自慢の月暈の技術の一部を用いてるんやけど、これ、島全体を囲ってもいるんや」


「…………そうか」


 少し考えて、ようやくオレは頷く。


「能力者の脱走防止」


 その発想はなかった。


「そういうことやね。島の中では参加者もそうでないものも、能力を使うことに制限はほとんどないけど、外の世界に出られるんはヒーローになるもんだけ。この大前提を崩しかねん力を出したわけや、兄さんは」


 記憶がなかったとは言えマズいことだ。


 一般社会には適応できない能力をこの島に集めて閉じ込めてる雰囲気はあったし、色んな人の言葉から感じていなかった訳でもないが、必要なことではあると思っている。巨人になるヤツとか人を呪う女とか、世間に出していい訳がない。


 人間兵器なんてその代表格。


 ヒーローという侵略者に対抗する存在としての必要性がなければ、そもそも危なくて困るものなのだ。その意味でテロリストの黒がヒーローという白にも変わると巫女田カクリは言ったのだろうし、信用していない面はあるがオヤジを救う可能性のひとつであるとは思っている。


「大事になってるのか?」


 急に不安になる。


「機関の大物が島に召集された言う噂はあるな。銀河系には散らばってる人たちやから今日明日でどうこうはならんやろうけど、その意味でも兄さんに一位を取られたら取り返せへんかもしれん。そう思っとるもんは少なくないやろう。島に現れたばかりで実力も未知数、出る杭はは打つしかない。あっちはあっちで必死にもなる」


 クッキーはおそらく的確に状況を見通してる。


「徹底的にマークされる訳か」


 気の重いことだ。


「岩倉宗虎が事実上脱落してる今、おそらく他の有力候補は今回の襲撃には参加せえへんしな。先月の傷が癒えてへんのもあるし」


 先月の傷?


「でも、そやからこそ、今月は一位を奪うには絶好の機会でもあるんや。兄さんに自覚はなくとも、あの攻撃力に怖じ気付かず近寄ってくる数は限られる。そんな訳でウチの作戦を伝えるわ」


「お、おう」


 クッキーの方はやる気を漲らせている。


「リョクチャ、チャガシ、オマタセ」


 ゆったりとマタがお茶を運んでくる。


 気になることは色々とあったが、まずは一位を取るという目的に変化がある訳でもない。オレは作戦を聞き、明日に備えることにする。

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