第29話 目の付け所がいやらしい

 動き出した五十鈴は、巫女装束の開いた胸元に手を突っ込むと、長い紐のついた棒をするりと引っ張り出す。どうやってしまっていたのか、棒の上部には鈴が沢山ぶら下がっていた。


 痛いだろ、あれ。


「呪術や言うても、能力の展開法は基本的に他の夢魔と変わらへん。巫女さんの格好が外套コートで神楽鈴は武装アームのひとつやと考えればええ」


 クッキーが言う。


「能力で作ったものってことか」


 オレは頷く。


 コートとかアームとか初耳の言葉だが、とりあえず胸の谷間に収納されていた訳ではないことはわかった。深大寺もいきなりライフルを出してたし、落ち着いて考えればわかることだ。


 残念。


「でもなんで胸元に手を突っ込むんだ?」


 別に必要のない動作だ。


「兄さんはホンマ目の付け所がいやらしいな」


 呆れた声を出しながらクッキーが腕につけた機械を操作すると立体映像の五十鈴がスローモーションになり、拡大されていく。


「よう見てみ?」


「え? ああ……」


 ほぼ実寸大まで大きくなった五十鈴の胸元になにか黒いものが挟まっているのが見える。それにしても思ったより胸が大きい。


 大食いのカロリーが正しく蓄積されている。


「呪具、鬼魂石きこんせきや」


 クッキーは言う。


「これは現実に存在する道具と言われとる」


「実物を使うときと同じモーションにしてる?」


 そう言われてオレは理解する。


 要するにフェイント。


「そういうことやね。これが五十鈴あさまの確認されてる最も強力な武装を発動させるキーになっとるようや。つまり胸に手を突っ込むことで敵を警戒させることができる」


 頷いてクッキーは説明した。


「映像内で使ってるシーンもあるけど、これを使うには実物が必要なんやろ。能力で作られる武装は使うときしか実体化せえへんのが普通や。能力の使用限界を圧迫するからな」


「実物の方が強いのか?」


 気になることが多い。


「そうとも限らんけどな」


 質問攻めにクッキーは肩をすくめる。


「ある種の夢魔を含んだ物質から作られた道具っちゅうんは色々あって、それを使うのに魔法やら呪術やらと言った特定の能力形式が必要になってる場合は多い」


「読書家も?」


 オレは言った。


 あの怪しい図書館の怪しい本。


「兄さんもう読書家に会うたんや?」


 クッキーは少し驚いたようだった。


「ちょっと」


 オレは言葉を濁す。


 矢野白羽についてはこの九歳の天才に話すべきかちょっと悩ましいどころがある。オレが言うことでもないが主に性教育的配慮として。チームメイトとしては今後の敵になるかもしれないが、なにからどう説明したものか。


「読書家は月暈機関が独自に開発した能力のひとつやね。本という形態であれば、能力形式を無視して道具を使用できるらしいわ」


「割と凄いな」


 岩倉先輩が修得してたらヤバかった。


「読んだ本の冊数が強さに比例するとか、正直ウチはめんどくさーてかなわんけどな。世の中には要らん本が多すぎんねん」


 辛辣な意見だった。


「……」


 オレは昔の映画を思い出していた。


 酔えば酔うほど強くなるヤツ。


 読めば読むほど強くなるってのも?


 どうも泥臭いオレの戦い方を改善するために格闘技は今後修得したいから読書家になるのもアリっちゃアリな気もする。そういや、紹介された師匠はなにを教えてくれる予定だったのか。


「先に進むよ?」


 クッキーが拡大を解き、映像が進行する。


 昼間の公園らしい。カメラが徐々に引いていくと、五十鈴を中心にだだっ広い芝生が広がっていて、さらにそこを何十人もの敵が取り囲んでいた。


 どう戦うのか。


「五十鈴あさまの戦闘は主に三種類の攻撃で成り立っとる。これからのが最初のひとつ」


 クッキーは説明する。


 映像内の五十鈴が手に持った鈴を振りながら、ゆったりと踊り始める。鈴のついた棒から延びた紐が優雅な動きを見せた。


 取り囲む連中に迷いが広がる様子も見て取れたが、果敢なヤツはもう飛び込んでいた。だが、童子に映像が暗くなっていく。


「雨乞いや」


「あまごい?」


 オレがつぶやいた時には映像内に雨が降りだしていた。立体映像ではわかりにくかったが、どうやら天気を変えたらしい。しかし雨を降らせることがなんの攻撃になるのか。


 取り囲んだ連中も当然、五十鈴に迫っている。


「ここでドーン」


 クッキーが言うと映像が一瞬白く飛んだ。


 そして元通りになったときに残っているのは五十鈴の周りの焼け焦げた芝生とそこに倒れている相手の姿である。自然現象としての落雷ではここまで狙い澄ましたことにはならないだろう。


「雷を操るのか?」


「これはほぼ無差別攻撃のようやね」


 クッキーがオレの疑問に答える。


「近寄るもんに片っ端から落としてくる」


「一人で戦えるわけだ」


 一撃で倒れなかった根性のある相手もいたが、踊り続ける五十鈴にさらに近寄ろうとすると連続して雷が降ってくる。


 雨は強くなり、取り囲む半数以上は倒れた。


 立っているのは立ち止まった連中だけ。遠距離から銃などで攻撃しているものもいたが、踊っている五十鈴には効果がないようだった。


「ここで、鬼魂石に持ち換えとる」


 クッキーが映像を一時停止する。


「ほう」


 踊ったことで少し乱れ、さらに広がった胸元に差し込まれる手が黒い棒状の石を掴んでいるのは確認できた。あの谷間の開き方はノーブラなのではないだろうか。そうに違いない。


「ほう、て。兄さん、もうええけどな別に」


 オレの視線にクッキーは呆れている。


「ふたつめは鬼の召還」


 五十鈴の踊りが激しくなった。


 強く地面を踏むようなステップ、雷で焼け焦げた芝生から現れる赤い肌をした女たち。サイズは人間大。ウェーブのかかった金髪を振り乱すとちらちらと頭の角が見える。そして担いでいるのはずんぐりと太い金棒だった。


「……!」


 オレは言葉を失う。


 ビキニだった。よくわからないが鬼の女たちはみんなビキニ姿であり、色んな体型をしつつもみんな可愛い雰囲気なのだ。ちょっと牙なんかのぞかせてるのがヤンチャな感じで良い。


「やっぱりな」


「なにが?」


 クッキーの言葉の意味は映像の中にあった。


 次々と現れた鬼の女たちが襲いかかって乱戦になったのだが、男たちがまず倒されているのは明らかだった。完全に目を奪われて、そして容赦なく金棒で殴られている。


「お、恐ろしい攻撃だ」


 なかなか抗えそうにない。


「おそろしいんは兄さんの頭の中身や!」


 軽くオレの頭をはたいてクッキーは言った。


「確かに、ただの鬼というよりはそういう色仕掛けの能力を持ってるみたいやから、現場にいたら抗し難いんかもしれんけど、映像越しでそんなんでどうするん?」


「はい」


 反省しかない。


 先に見ておいて良かったとは思う。


 色んな意味で。


「で、みっつめは弓や」


 出てきた鬼の女たちの半数ほどが五十鈴をガードするように配置されたところで、踊りが止まり、五十鈴は石を胸元にしまうと能力で出した弓を構える。ほぼ無力化された男たちの残りと、鬼の女たちと戦いながら接近してくる女たちに狙いを定める様子もなく弓を引くと、つがえてもいなかった光の矢が拡散して降り注ぐ。


「これは当たった相手の動きを止めるようや」


「ああ」


 戦っていた連中の動きが明らかに鈍くなり、そこへ容赦なく鬼の女たちが攻撃を仕掛けていく。圧倒的多数で囲んでいたかに見えた戦いは、ほんの十分で完全に形勢をひっくり返されていた。


 五十鈴は一人でチームに匹敵する。


「わかったやろ、襲撃への強さ」


「数の優位は当てにならないな」


 オレは顎に手を当て、考え込む。

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