第17話 テロリストの理想

「五年ってのは現役として戦える期間のことだろ? 寿命ってのがそれなら聞いたよ」


 オレは言った。


「嫌といえばそりゃ嫌だけど、アスリートでもピークの期間はそう長くない。それが命懸けで戦うヒーローなら仕方ないだろ」


「おとうはんもそない言うとったわ」


 クッキーは頷いた。


「え? 父親ってもしかして」


「ヒーローやった」


 そうだったのか。


「凄いな……親子二代で」


 オレは正直に言った。


 暫定テロリストの息子とは大違いと言える。


「なんも凄いことあらへん。兄さん」


 オレは素直な感想を述べたつもりだったが、クッキーの瞳に冷めた光が宿った。なにか微妙な問題に踏み込んでしまったかとオレは身構える。


「戦えなくなったヒーローなんて社会の厄介者や。引退したって言うても、危機が迫れば命を捨てても戦えという空気になる。それで負ければ役立たずと罵られるんや」


「そこまでは」


 極端じゃないだろうか。


「日本の話ではないよ。大阪自治区のことや」


 こちら反応を見透かしたように言われる。


「……クッキーはあそこの出身なのか」


 オレはかなり驚いた。


 戦後のどさくさに日本からの独立しようとした土地、後に地球人に化けた宇宙人が住人たちを洗脳して画策したものだったと発覚したが、投入されたヒーローとの激しい戦いがあり、戦後の復興が五十年は遅れたと教科書に書かれている。現在まで自治権を与えるという形で、日本政府が介入したがらない日本の暗部とも言われていた。


「ヒーローは大阪におらんと思ってたんやろ?」


 こちらの反応に満足げにクッキーは言う。


「ああ……月暈機関を拒否してたよな、確か」


 うろ覚えの知識。


「拒否できたんや。大阪人は宇宙人の残してった技術を隠し持ってた。キュイ・ダオ・レーン」


 クッキーは静かに言う。


「キュイ?」


「機械の鎧やね。簡単に言えば。装着した人間に無敵の力を与える、とか洗脳が解けても信仰されるぐらいには恐ろしい代物やった」


 クッキーは宙に浮かぶランドセルを見る。


「テヤン手はウチがあれを再現しようと試みたもんや。結果的にはあまりにも天才過ぎて別物になってしまったんやけど」


「……」


 シリアスな話っぽいところに自慢を挟むなよ。


「おとうはんは、大阪一ケンカが強いと評判の男で、アメリカ人のおかあはんに一途な純情男で、宇宙一可憐な天才を娘に持つ親バカ男で、キュイ・ダオ・レーン史上一番の装着者やったけど、最後は大阪一の嫌われ者になった」


「引退後に戦って負けたとしてもそれは」


「戦えへんかったんや」


 クッキーはポツリと言った。


「戦えなかった?」


 四年前の事件だというから、オレだって知っていてもおかしくないのだが、最終的にヒーローの活躍に繋がっていたのでおそらくはニュースを見せられていなかったのだろう。


 小学生のオレが新聞など読むはずがない。


「ウチは天才やから生まれた直後には物心もついとった。それでも、ウチが知ってるおとうはんは引退後のぼんくらな姿だけや」


 クッキーの父親はキュイ・ダオ・レーン装着時代に得た収入のほとんどを博打につぎ込み、それでも足りず働く妻の稼ぎに手をつけ、それでも足りなければ借金してでも、ひたすら博打に没頭していた。酒も女もやらなかったが、ともかく勝つためならイカサマでもなんでもする博打狂い。


 もちろん金は増えなかった。


 それでも、妻をはじめ、町の人々にいたるまで、現役だったときの勇猛果敢さを覚えていたから、豊かではないが温かく見守られていたところはあった。事実としてのダメ人間部分以上には悪く言われることはなかった。娘のクッキーを溺愛して、たまに博打で勝てばとんでもない量のプレゼントを持ってきて借金が増える。


 それだけのことだった。


「その侵略者は大阪を洗脳した宇宙人の半身やと自称した。キュイ・ダオ・レーンは形見やから返せというのが要求やったけど」


「大阪の自治を支える屋台骨だから拒否した」


 オレは言った。


「そうや。それで戦いになった」


 もともとが宇宙人側の技術だから予想すべきことだったが、戦いは一方的なものになった。大阪が六十年以上も自分たちのものと信じて疑わなかった技術は逆に利用され、装着者が次々と洗脳され、予備、予備の予備、そのまた予備と次々に人員が損耗していく。


 辛うじてキュイ・ダオ・レーンが奪われずに済んだのは地球で取り付けられた安全装置のお陰だったというのが喜ぶべきことだったのか今となってはわからない。


 現役の予備がいなくなり、引退したクッキーの父親に装着の要請が来たのが戦いがはじまって一週間後のことだった。大阪はその独立の経緯から洗脳の研究は進んでいて、その対抗装置が完成したので名誉ある勝利のための人選だったらしいのだが、それは結果的に最悪の結末へと向かう。


「おとうはんは怖いから乗れへん、言うたらしいわ。ワシの娘が大きいなって男を連れてきて殴るまでは死ねんとか、ワシを殺してビスケットを寝取る気やろとか、ムチャクチャにゴネて、やっと乗る言うたかと思ったらキュイ・ダオ・レーンを

自爆させよった。そんでしまいや」


「……」


 母親、ビスケットなんだ。


 救いのない話にオレは思わず現実逃避する。


「大阪はずっと拒絶してきた月暈機関を日本政府を通じて受け入れてヒーローに宇宙人を追っ払ってもらうという屈辱を受け、ウチら一家は大阪中からの非難囂々雨霰に晒された。おとうはんのやったことは大概アカンことやけど、引退してもヒーローであることを求められるっちゅうのは納得がいかん言うて、おかあはんは頑張ったんやけど、結局おとうはんの博打狂いが治らんで」


 ここからの話はやや長く愚痴が多い。


 要約すると紆余曲折の後に離婚したそうだ。


 そして母親の故郷であるアメリカへ連れて行かれたクッキーは天才ぶりで大学に入り、侵略者迎撃ロボを造ろうとして逮捕され母親を泣かせた。そして無罪放免と引き替えの司法取引で月暈島にやってくる親不孝エピソードがつづいた。


 女の話は長い。


「ごめん。なんの話だっけ?」


「ウチはヒーローの要らん世の中にしたい」


 即座に答えられた。


 クッキーの頭の中ではまとまった話のつもりだったようだ。どうも天才の論理には飛躍があるような気がしてならない。飛躍があるからこそ天才なのだと言われれば凡才に反論の余地はないが。


 なにより。


「自分がヒーローになって?」


 なんか矛盾していないだろうか。


「ウチがヒーローになるんやない!」


 クッキーは立ち上がって宣言した。


「ウチが作ったマタがヒーローになる!」


「ああ……」


 そういうことか。


「それを各家庭に一機配備すればええねん! メンテやらアップデートの問題はまだあるけど、それもいずれは解決する! ウチは天才やから! そうすれば引退もなにもない! 臆病もなにもない! ヒーローという言葉さえ要らん世の中になる! 家庭を守るのは家政婦、家政婦のマタや!」


 力強くクッキーは言い切った。


「……」


 こっちは力が抜ける。


 ついに言っちゃったよそれ。スルーしてきたのにそれ。オートマタのマタだからという言い訳も通用しなくなるよそれ。家政婦は見ちゃうよそれ。そして無駄に下ネタだよそれ。


 しかし、クッキーの言わんとすることはわかった。


「ヒーローを終わらせるためのヒーロー、ってことか」


 壮大である。


「そういうことや」


 九歳の天才は強く頷いた。


 目の前の子供の頭脳がどこまで見通しているかはわからないが、オレにはとても達成できそうにない目標にしか思えない。地球に降りかかるすべての脅威、果てしなく広い宇宙の彼方此方から攻められうると知った上でそのすべてを排除できる力を、家政婦のマタに託そうというのだ。


「やっぱりチームは組めないな」


 そう言うしかなかった。


「オレはオヤジさえ救えればヒーローとしての寿命が五年で尽きようが命が尽きようが構わない。そういう理想に溢れた目標は同じ理想を共有する者同士で目指すべきだ。悪いけど」


「兄さんは月暈機関を信用してるん?」


「か……」


 帰ってくれ、と言い掛けた言葉をクッキーの一言が押さえ込んだ。冷静だった血液が熱を帯びてくるのがわかる。


「……どういう意味だよ」


 ドックドックと急に自分の心拍が耳障りなほどに高まる。


「兄さんがヒーローになったとき、月暈機関がテロリストとして逮捕されていて、もしかしたら裁判も終わって死刑が確定してるかもしれへん人を助けてくれるとホンマに思ってんの?」


 天才は突きつけてくる。


「それは」


 考えないようにしていたことだった。


「兄さんが口にできひんなら、ウチが言ったろうか? 信用なんかしてへんやろ? わかんねん。それが女の勘やし、論理的帰結やから」


 クッキーは腕を組み、正面のオレを見据える。


「確かに兄さんとウチは理想は共有してへんと思う。でも根っこは同じや。こんな島に興味がないっちゅうことではな。そやろ?」


「天才だな」


 ひきつった笑いをしながらオレは言う。


「何遍も言ったやない。ライラックのように謙遜してもウチは天才やねん。だからこそ兄さんはウチと組むべきなんや。わかるやろ?」


 クッキーは正面から受け止める。


「………………考えさせてくれ」


 そう言うのに時間がかかった。


「次は兄さんからウチの拠点に訪ねてきてくれると嬉しいわ。アドレスを交換しとくから連絡してな。突然訪問して秘密を握りたいんやったら別やけど?」


 クッキーは満足そうに言って帰った。


「オマチシマス」


 ロボは名残惜しそうにオレの手を握って帰った。クッキーの理想を実現するかはこの恋愛ボケの性能次第なのだから限りなく実現の疑わしい話であると感じる。


 でも、言ってることは正しいのだ。


「参ったな」


 見透かされていた。


 あの日、巫女田カクリの言葉を受け入れたのは藁にもすがる気持ちだった。本当にオヤジを信じていたし、だからこそ助けたかった。自分にウソをついて頭を下げた訳じゃない。


 けれど、その判断は正しかったのか。


 この一ヶ月、オレはそのことについて何度も考えていた。オレがヒーローになることで白と黒はひっくり返る。そんなあの女の言葉を何度も反芻した。どこかで納得できてなかったのだ。


 白と黒をひっくり返していいのか?


 世界はオセロではない。


 自分と同じ色に染め上げてそれで勝ちにして終わりになる訳でもないはずだった。問題は白と黒のどちらが求めるべき色かということではないのか。あるいは白でも黒でもない色を求めるべきではないのか。


 もしオヤジが本当にテロリストだったら?


 その問いは最初からオレの中の不安としてあった。だが、次第にそれはオヤジがなにに対してテロを起こそうとしていたのだろうかという疑念へと変わっていった。今の世界の色をひっくり返そうとしていたとするなら、オヤジにも言い分はあるはずなのだ。


 オヤジは日本の法律で捕まった。


 だが、宇宙人と共謀するテロリズムの対象は地球だ。より正確に言えば、地球を現在治めている月暈機関という秩序そのものへのテロリズムだ。それに気付いてしまったとき、疑念は不信へと変わっていく。


「オヤジを捕まえたのは月暈機関だ」


 いつしかオレはそう確信していた。


「そしてオヤジが標的にしていたものも……」


 逮捕直後の加熱した日本の報道の中で、テロリストの言葉が伝えられることはなかった。名前を伏せられてもオレとわかる息子が改造されたという事実で現在の地球の秩序を崩す危険思想が疑われているだけである。


 なぜオヤジは危険思想を持ったのか。


 なぜ地球の秩序を崩す必要があるのか。


 その矛先に月暈機関はある。


 宇宙人が大挙して押し寄せたときに、都合良く地球を守ることができた。まるで予想していたかのような手際の良さは、オヤジというテロリストが現れ、息子を改造して実際にテロ行為に走る直前のタイミングで捕まえるような手際の良さに通ずる。タイミングが良すぎる。


 あるいはオレをヒーローにすることさえ。


 胡散臭い組織だ。


 別にオレだけがそう思ってる訳じゃないだろう。おそらく戦後七十余年、月暈機関と向かい合ってきた大人たちはそう思ってきたはずなのだ。親切すぎるのである。そして親切な割に親身ではないのだ。


 ニートを放任する親のような親切さ。


 地球を守るためのヒーローを各国に派遣して、金以上の見返りは要求しない。宇宙技術の平和的活用という名で普通に仕事をして得た利益を地球に還元するのだと言ってはばからない。


 なにか裏はある。


 そう考えるのが地球人だろう。いや、宇宙人でさえも戦争を行っているのだから、人の心に裏表があるのは全宇宙的な事実のはずだ。でなければかぐや姫の末裔たちだけが清く正しい心を持っているとでもいうのだろうか。


 あの昔話はそんな話だったか?


 裏はあるのだ。


 だれもその尻尾を掴めなかっただけ。


 あるいは尻尾を掴んだ者を葬ってきただけ。


「オヤジ……」


 どうすればいいのか。


 話をしたい、顔を合わせて本心を。


 オヤジと面会したい、というオレの願いは一ヶ月の間に叶えられることはなかった。打診してみる。そんな言葉があり、時期尚早だろうというのが結論だった。実際にオレは三種の心器のパワーを持て余していて日常生活に支障があったので本当に仕方なかった面はある。


 だが手段はあったはずだ。


 直接でなくとも会話ぐらいは許されるのではないか、オレはそう言った。電話でもなんでもいい。テロリストとその被害者とは言え、血の繋がらない関係とは言え、親子なのだから。だが、それでも結論は変わらなかった。


 会わせられない。


 それが本音なのではないか。


 肉体を改造して、頭の中身を改造しなかったのは、改造するまでもなくオヤジがオレを説得できると思っていたからではないか。テロリズムに正当性があるのではないか。オヤジの敵はオレの敵でもあるのではないか。


 すべて憶測だ。


 証拠もなにもない。


 あったとしても、やっと能力を制御できるようになった程度で、あの巫女田カクリもいる月暈機関を相手に戦えるはずはない。裏があるのなら、もみ消される懸念は強まる。オレに選択の余地はなかった。信じられなくともオヤジを救える可能性を捨てる訳には行かない。


 ヒーローにはなるしかない。


「真実を知るには、もっと強く」


 チームを作ることはひとつの道ではある。


 オレ自身も、オレの能力も、無敵とも万能ともほど遠いことはこの二日でもう痛感している。その意味では仲間を求めるのは自然なことだ。


 だが、オレは月暈機関を疑っている。


 この島の住人はどうなのだろうか。


 仲間になる人間が機関を信じて、今の地球の秩序を維持するつもりなら、真実を知ったときに敵対するつもりのあるオレは最初から裏切っているも同じことだ。利用するつもりで仲間になれるほど一年が短い気もしないし、罪悪感がある。


 それも根っこが同じなら。


「クッキー、か」


 あの子供はオレがグダグダ考えるようなことはもうとっくに見通しているのだろう。だからこそ初日から勧誘にきたのだ。天才だから。オレの立場だけでオレの敵がだれになるのかという答えを手にしていた。


 ヒーローを終わらせる。


 それは月暈機関を潰すに等しい理想だ。


 そしてそれはテロリストの理想でもありうる。

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