第7話 フラッシュ殺し
戦闘開始を感じてか、湖を囲む森から小鳥が飛び立っていく。オレは拳を握り締め、カウボーイは手を銃の形に構えていた。
湖の上の雲ひとつない空から鳥が消えた直後。
「弓ァ単!」
構えた人差し指が輝く前に、オレは横っ飛びに駆けだしていた。やってることはガキの遊びのような能力だが真っ直ぐに突っ込んで勝ち目がないことぐらいはわかる。
魔術、とか言ってたな。
「弓弓弓弓弓弓ァ単!」
カウボーイは湖の縁を走るオレに向けて次々に光弾を撃ち込んでくる。ビルの屋上で受けたスナイパーの銃弾とは違い一発一発が大きい。逸れた弾が木々に拳大の穴を空け、次々に貫通するのを視界の端に捕らえながら様子を見る。
どのくらいの連射が可能なのか。
「弓弓弓弓弓弓弓弓弓弓弓弓弓弓弓弓……」
どうやら残弾を気にせず撃てるらしい。
そこそこの広さがある湖の三分の一ほどを一気に駆け抜ける間、カウボーイはひたすら「だだだ」と言いつづけていた。どうやら言わないと光弾を出せないようである。
魔術と言うからには呪文のようなものか。
「弓弓弓弓弓ァ単! 弓弓弓弓弓弓……」
呼吸する度に少し間が生じるが、この状況では致命的とも言えないとオレは気付いた。さっきはキレているようだったが、案外この場所が自分に有利だと見越した演技だったのかもしれない。
ここならば勝ち易いと踏んだか。
狙いを定めず連射しなければならないほどスピードでこちらに分があるにしても、相手は水深のある湖上のほぼ中央に足場を持っているからこちらからも間合いは詰めにくい。
それでも思い切りジャンプすれば飛べない距離ではないが、光弾を受けることは覚悟しなければならないし、なによりカウボーイには光の壁がある。あれを破れなければオレに勝機はない。
どうしたものか。
「あのさぁ!」
オレはそう叫びながら落ちていたハンドボールぐらいの岩を掴むと湖にシュート。超エキサイティングな水柱を作り出す。
とりあえず視界を封じて。
「お前のそれ! ダサくねぇ!?」
挑発しながら停止、脚に力を込める。
もともと狙いなど定まっていない光弾は止まったオレに当たることなく地面や木々へと撃ち込まれていく。ガサガサと倒れる木に少し心が痛むがさすがに木までは守って戦えない。
「弓弓弓弓ァ弾! なんだと?」
「だからさ! お前の魔術、カッコ悪いって!」
ダメ押しだ。
水柱が砕けて落ちるタイミングで、オレは湖面すれすれに跳ぶ。能力を得てから、忍者のように水面ぐらいは走れるのではないかと何度か試して無理ではあったが、それっぽいことは出来る。
「陽光の魔術を愚弄ぅぐ!」
前傾姿勢で水面を滑るように突っ込んだオレの拳は察知した気配通りカウボーイを捕まえたが、相手の回避動作は思っていたより早く、手応えは弱かった。
やはり喋ってる途中は壁を作れない。
バシャン、と湖に潜って即座に浮上するが、相手は即座に水面より遙か高い場所まで移動していて、光弾を降り注がせている。
着水したところからは湯気が立ち上る。
「弓弓弓弓弓弓弓弓弓弓弓弓ァ単!」
「うぶ」
実験は成功だがこれは避けられない。
「ぶぐ、っぐ」
泳ごうとしたオレの体に次から次へと食い込んでくる光弾の熱と重み。貫通まではしなかったが沈まないように湖から出るのが精一杯だった。
「これでもまだカッコ悪いか?」
びしょ濡れのオレにカウボーイが言う。
「呪文ならそれらしい文言があるだろ」
這い上がって、すっかりボロボロになったブレザーとシャツを破り捨て見上げる。消えかけた光の道は螺旋のように湖の中央から伸び、カウボーイはその先端へ皿のように光を広げて移動していた。かなり上空だ。
喋っても安全に守れるのを意識したか。
「それらしいとは?」
「なんかあんだろ。難しそうで賢そうなのがさ。むしろ、だーん、とか、へーき、とか、ばーく、とか言ってて疑問に感じないのか?」
どうすればいい。
喋っている間は攻撃が来ないとわかっているのでオレは考える。相手までは百メートルはあった。跳んだとしても勢いはなくなる。挑発して近寄らせるか。いや、本当に接近戦となればまだ見ていない魔術が飛び出す可能性は高い。
光弾は鬱陶しいが、食らっても致命的ではないのはわかった。未知の魔術はその意味でもやっかいだが、相手の戦い方を変えさせるのは経験不足の分こちらが不利にもなる感がある。
今のパターンを変えさせるのが得策とは。
「それを言うなら貴様の方だ」
「なんだって?」
「靴を投げたり岩を投げたり泥臭い!」
「泥臭っ!?」
カウボーイに放った言葉がブーメランのように突き刺さった。確かに、初めての実戦に集中していて、どう戦うかは二の次だった。
「技の名前のひとつもないのか!」
勝ち誇って畳みかけてくる。
「わ、技の名前なんてなくてもいいだろ!」
オレは反論した。
「どんな名前をつけようが、オレの場合は肉体が強化されてるだけだからパンチはパンチで、キックはキックだ! 虚飾を誇ってなんになる!」
「虚飾? 笑止!」
カウボーイは両腕をグーにして右手を縦に、左手を横になにかを掴むような仕草で突き出した。なにかを仕掛ける気だ。
「ヒーローたるもの、愛されなければ!」
「……は? 愛ィ?」
思考が追いつかなかった。
「そうとも。愛だ。そして愛は愛着よりはじまる。子供たちに馴染まれること、それ故に親たちに好感を持たれること、到来を待ち望まれること、その空気が社会にヒーローを許容させるのだ!」
高らかにカウボーイは語り出した。
「許容?」
なんの話だ?
「そうとも、今のボクらの周囲を見ろ。森は荒れ、湖は濁り、大地はボロボロだ。必要な戦いであれ、ヒーローの戦いは破壊を伴う。これが町の中だったらどうだ? 恐ろしい侵略宇宙人による破壊も、ヒーローによる破壊も、後に残る平穏な暮らしの中では同じ破壊なのだよ!」
「それは……」
仕方ないだろ。
「諦めるのか!」
わかりきったことなのだろう。オレが言い掛けた言葉を先読みしてカウボーイは叫んだ。
「ボクは愛されるヒーローになる!」
宣言だった。
「これはボクの師の願いでもある。心得のない者には稚拙な詠唱に聞こえるかもしれないが、師の生み出した呪文は実戦的発想による簡便化を実現した合理性と理解しなければ決して模倣できぬ独自性を兼ね備えた唯一無二究極の魔術! 子供たちはボクの強さに憧れ、この魔術を真似して愛着を得るだろう! 子供たちの憧憬を集めるボクの功績を親たちは認め、社会はヒーローによる破壊を穏やかに受け入れる!」
「真似されたいのか」
よくわからないがヒーローとして戦うからには歓迎されたいということらしい。
要するに目立ちたがり?
「それをこの一撃でわからせてやる!」
「!」
だが、呆れてばかりもいられなかった。
「オオオオオオオオ」
カウボーイの構えに光が集まってきている。力を溜めているのは明らかだった。大技で決める気だ。突き出した両手に向かって肩に乗せるように光の柱が現れている。
それはまるで。
「
バズーカ。
どうしても間抜けな掛け声にしか聞こえなかったが先ほどまでの光弾とは違う巨大なエネルギーの砲口がオレに向けられていた。
目前に広がりながら迫る光の塊。
直撃すれば無事では済まない。
本能がそう直感し、すでに受けた光弾によって刻まれたダメージから理性は判断する。感情的にも肉体的にも明白な危機。だからオレの三種の心器は拡大加速状態に入っていた。
認識拡大に伴う思考処理の加速。
光の塊が動きを止めそうなほどに減速して見える。けれども実際には速度はまったく変わっていない。こちらの能力が上昇している訳でもない。あくまで思考が加速しているだけだ。
だが、それこそが驚異的な力だと言われた。
宇宙獣の力がオレに周囲の気配として察知させている情報は、人間を越えて鋭敏になった感覚の極一部であるらしい。こぼれ落ちていく大半は脳が人間のままなので受け取りきれず、処理もできないが故に無意味なものになっていた。
処理さえできれば無意味ではなくなる。
原理はそういうことだ。
通常はバラバラに働いている人間と獣と機械が偶然的にシンクロする一瞬、オレは認識できるすべてを思考処理できる状態になる。刹那に限界までの思考を詰め込むことで時を引き延ばすのが拡大加速だ。
負ける。
その一瞬、オレの思考が叩き出した答えに、オレ自身が立ち尽くしていた。今、目の前の攻撃を避けることはできる。前後左右上下どこへでも。そう判断しながら、次の瞬間、加速した思考が途切れた先にはなんの勝機もないと判断していた。
こちらに攻撃の手がない。
百メートルは上空にいる相手に迫る方法。
そして光の壁を打ち砕く方法。
それがないのだからこの大砲の二発目はもちろん、再び光弾の雨霰であったとしてもこちらは避けることしかできない。いや、避けることができればまだいい方だ。
あの避けられない投げ縄がある。
カラフル五人衆は避けていたので方法はあるだろうし、カウボーイがあれをすぐに使ってこない理由もあるのだろうが、オレは知らないし、当たらないとなれば動きを封じにくるのは当然のことで、知らないオレに対策もない。
それを耐えて長期戦に持ち込めればどうか。
相手が落ちてくるまで耐えられれば。
ない。魔術も無尽蔵ではないだろうが、こちらのスタミナも無尽蔵ではない。どちらかと言えば走り回らされて疲弊しているのも、実際に攻撃を受けているのもこちらばかりだ。現時点でジャッジを取られても敗北は必至だろう。
「負けたくねぇ」
そう口走って、ハッとした。
あるじゃないか。
思考が加速したところでバカの思考だった。こんな簡単なことにも気づかない。ヤツの魔術の正体、これまでの戦いを振り返ればわかること、おオレにできる打開策はひとつだけだ。
「この……っ」
直撃する光の塊の上へオレは跳んだ。当たった地面が抉れて砕け、湖の水が流出していく。
「絶好の的! 弓ァ単!」
カウボーイが狙いを定めて撃つ。
「ふんっ」
拡大加速の最後の残りで、向かってくる火弾をオレは拳で叩き落とす。通常ならここまでの反応はできない。だが威嚇には十分。
世界の速度が戻ってくる。
避けない。それが答えだ。
「ならばもう一撃、くれてやるまで」
カウボーイはバズーカを構えた。
「撃たせるかよ!」
指先の銃でダメだと思えばパワーを上げてくるのは必然、大砲に溜めがあるのはわかってる。その隙に勝機がある。
「な」
ジィィウウ。
足の裏が焦げる音がしていた。
「その魔術、光を物質に変えてんだろ?」
「!」
オレは足下の一撃、光の塊が地面に突き刺さるように消えていくのを足場にカウボーイの頭上へ向けて駆け上がった。光弾も、壁も、投げ縄も、道も、すべて物理的なものだった。
「上を」
カウボーイの目に迷いが浮かんだ。
これは予想通りだ。
「逃げるなよ!」
だからオレは釘を刺す。
道を作って一旦退くか、壁を作って立ち向かうか。飛行能力を持たないオレに対してなら前者が圧倒的に確実だが、向かってくるオレがそう言えば目立ちたがりのコイツは逃げない。
「おおおおおっ!」
脚を振り上げ、落下に合わせかかと落とし。
「忘れたのか! 辟ェ土!」
そして当然、光の壁を張る。
「陽光の魔術が物質だとわかったところで、パワーで破れなければ意味などない!」
壁を挟んで、上下にオレとカウボーイは相対する。かかとが焼け焦げ、激痛が遅う。壁はビクともしていない。だが、この状況が欲しかった。
「愛着なんて必要ねぇ! 泥臭いのも結構!」
オレは笑って叫ぶ。
「なんだと?」
「だが、オレはお前より愛されるヒーローになれる! それを教えてやる!」
挑発。
「どうやって」
「勝つ! それだけで十分だろ?」
オレは右拳を振り上げた。
「ふ、ははっははははは!」
カウボーイは笑った。
「この状況でどうやって勝つ? 身を焦がし、決死の突撃をしてもボクの魔術を破れなければ……」
「全力だ!」
言って、拳を振り下ろす。
ビキ。
「ぜ、んりょく?」
ヒビの入った壁にカウボーイが驚愕する。
「手を抜いて、まさか」
「うおぉぉおおおおおおおおおおっ!」
そうじゃない。
腕が引きちぎれるような音、全身に返ってくる反動。宇宙獣の力をオレが引き出せば引き出すほどベースが人間でしかいオレの肉体は壊れる。全力を出せばそれだけ激しく。
バリバリと壁は破れる。
「この屈辱、必ずっ!」
カウボーイは目をそらさず拳を受けた。
「ああ」
次はもっとスタイリッシュに勝とう。
泥臭さは改善点だ。
カウボーイが湖に落ちる轟音と共に、巨大な水柱が立ち、水が森まで溢れ出る。そんな光景を見ながらオレも落ちていく。心臓が引き絞られるように痛む。
「技の名前は、フラッシュ殺しにしとこう」
くだらないことを決める。
体は動かない。
全力をいつも出せない理由はこれだ。限界を超えると三種の心臓のバランスが崩れるらしく回復も追いつかず身動きが取れなくなる。実際の戦闘ではほぼ使えないということだ。
落ちて溺れ死んだらどうしよう?
「ダーリン!」
「だ?」
引き波の起こる水面になにか白いものが駆け込んできた。ソイツは水面を器用に走っている。忍者的に、しかし四本の脚で、馬だ。
「よくもダーリンを!」
そしてこちらを睨んでいる。
「え?」
喋れるの?
島に到着して既に喋る鳥に出会ったばかりで驚くべきかどうかもよくわからなかった。馬っぽく嘶いてたのはなんだったんだ?
カモフラージュ?
なんの?
「ダーリンの仇!」
「あ」
落下に合わせた馬のキック。
意識が吹き飛ぶには十分過ぎた。
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